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力の限り入江さん  作者: 渡邉鍋大
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犯人さん2

 

 元々買い物に行く数十分前だった櫻子は、予定通りに外出し、名雪は一人寂しく家に残された。 

 名雪の両親は共働きである。

 基本的に帰りは遅く、土曜日の今日だって仲良く仕事中である。

 いつものことだ。

 ただ、そういった事情もあるので、小野家の食卓は櫻子の管理下にある。

 名雪は家事全般をこなせない。

 どこぞのどじっ子メイドのように、彼には家事活動における能力がまるでないのだ。

 彼が皿洗いをすれば、皿がパリーん! 布団を干せば、マンション二階のベランダから真下の道路に瞬間移動する。櫻子が熱を出したときに一度だけ料理を試みたが、そのときは櫻子に涙ながらにとめられた。


『料理だけはやめて! 家が燃えちゃうから!』


 と。

 ショックだった。

 それはすごくショックだった。

 けれど、自分が家事をすると妹が号泣してしまうのだと気づいた妹想いの兄貴は、その日のうちに家事活動の一切を引退した。

 今、彼が家内で役に立つことがあるとすれば、それは『お留守番』という、おそらく遥か昔から現代に受け継がれてきたのであろう役回りだけであり、

 そして、彼は今まさにその任務の真っ最中だった。


 ――ピンポーン。

 

 甲高いチャイム音が家内に鳴り響き、それが名雪を玄関へと誘う。

 ……どうせ櫻子が何か忘れ物をしたんだろう。

 まったくもーう、しょうがない妹なんだからー。

 そうあっさりと、あっさりとした推理を終えた名雪は急ぎ足で玄関に到着。

 それから、不用心にも覗き穴から相手を確かめることもなく、ドアノブを捻った。 

 ――カチャ。


 彼には、推理力と注意力が欠如していた。


「おい櫻子、お前気を付けろ………………へっ」


 両の目を見開く彼の前に立つのは、血の繋がった実妹。

 ではなく、


「……ぐずっ。あ、あのね、私……私ね……」


 相変わらず地味な白Tを身に纏い、

 泣き腫らした赤い瞳をこちらに向ける――、


 ――犯人だった。

 

 ……ま、マジか~。

 くらり。思わずふらついてしまった肉体を名雪は何とか支え、

 そして、ポツリ……と、声を絞り出した。


「お、お前……うんそうか……大変だったんだな」

「うん、すごく。大変なことになっちゃった」


 本当に大変なことをやらかしてしまった入江に、名雪はフッと優しく笑いかけ、入江も入江でそれにつられたように穏やかな表情を浮かべる。


「はははは」

「うふふふふ」

「あっ、はっはっはっはー!」

「うっふふふふふー!」


 優しい世界が二人を包み、名雪はそれを体感し、抱きしめ、一度大きく頷いて――、


「じゃ」


 直後、マッハで扉を閉めた。


「ふえぇぇ! ちょ、ちょっと!」

「ふん!」

「えぇぇ! なゆきー! なゆきくーん! なゆ」

「ふん!」


 ――カチャ。 

 サッ! と、名雪はおっかない顔で扉に二つ付いたカギを素早くかける。

 ――とにかくまずは!

 それから後方へ全力ダッシュ! 家中の窓をバタン! 施錠! 確認! オーケだ!

 ――そう、前回の犯行を顧みるに、奴の侵入口は窓だった。

 だが、これで窓は塞いだ! あとはどこだ? はっぁぁぁ! げ、玄関か! 俺、針金使ってカギを開ける手口よく観ます! ど、ドラマでですけど!

 ――チッ! こうしちゃいられない!

 名雪は『うおおおー』と無駄にめいいっぱい腕を振り、ヘッドスライディングで玄関へと舞い戻り、ドアの覗き口からそっと入江の様子を窺った。


 幸い、彼女に奇妙な行動を起こす気配はなかった。


 うちの前で蹲って、目をこすって、ワンワン泣いているだけだった。

 ……ふぅ~、ひとまずこれでよしっと。

 彼は、額から大量に溢れ出す汗を手の甲で拭う。

 ……だが、まだ安心はできない。

 何せ、今現在このドア向こうで蹲っているのは、昨夜に八千万にも及ぶ大金を盗み出した大泥棒なのだ。

 入江の監視を続行しつつ、彼女が娑婆を諦め牢へ去ってくれるのを静かに待つ。

 だが、

 直後、名雪は――思わぬ敵に出くわす羽目になった。

 入江に気づかれぬよう息を殺す彼の耳に、ドアの向こうから彼女のものとは明らかに異なる、中々にしゃがれた女の声が聞こえてきた。

 その内容というのが、それはそれで。


「いや~、何? あそこ小野さんの宅? ひっどいわね~、あんな可愛いお嬢さんをほったらかしにして~。名雪くんはちゃんと挨拶するし、いい子だと思ってたんだけどね~、あの様子を見ちゃうとね~」

「えぇほんとそうザマスね~。小さい頃はあんなに~ザマスだったのに~。やっぱり童貞だからザマスか? 童貞ザマスだから気が歪んでしまったザマスなのかね~」

 

 ちょ、ちょちょちょ。

 おい~! 何で無視してんのが俺だって分かんだよババア共!

 名雪はうっかりシャウトしそうになったが、ドア越しの泣き声をしっかり耳にすれば、それもそのはずだった。


「なーゆーき~! なーゆーき~! お部屋に入れてよ~! なーゆーき~!」

 

 あ、あの馬鹿!

 くっそが! てめぇわざと言ってんじゃねぇだろうな!

 名雪は床に両膝を付け、「だあぁぁー!」と、これでもかってくらいに顔を歪めた。

 ヤバい、どうする? 

 いや、どうするって……。

 そりゃ……。

 それはまさに苦肉の策だった。

 ――カチャ。


「よぉ、入れよ」


 名雪はドアを開き、入江を招いた。

 彼もまた、彼女と同様に涙を流しながら……。


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