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力の限り入江さん  作者: 渡邉鍋大
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入江の本気

 名雪が入江繭の犯行声明を聞いてから四日後。

 薄暗く、静まり返った自室の中で入江繭はだらんと床に女の子座りをしながら、小さなバッグに今日使う物物を収めていた。

 今宵は、遂に犯行日。

 下見はバッチリだ。

 家のセキュリティや、家主が外出する時間帯等々――必要な知識はすべて頭に入っている。


「あっ、あの部屋何か侵入しやすそう! ラッキー! だなんて、そんな突発的な理由から痛い目を見た前回とは違うんだからね!」

 

 入江がぐっと自らを奮い立たせ、そのおかげか、彼女の表情はとりわけ緊張した様子もない、ずいぶんスッキリしたものに仕上がっていた。

 ただ、ちょいと気を抜いてしまうと、自らの懐に大金が入った未来――いいや、それよりさらに先の未来が頭を巡るようになり、彼女は「うひぃぃぃ!」。頬をだらしなく緩めてしまう。

 もっとも、それは仮に入江以外の者共がその場に居合わせようものなら、こぞって彼女を精神科にでも連行したくなるほど酷い面だったが――現在午後十時。彼女にとっては幸いなことに、そのマンションの一室には、彼女以外の姿はなかった。


「うひひ! えーとぅ、これを使って、侵入して、お金を取ってぇー。そして、そのあとは……」


 ぶひっ! と、入江はまた気持ち悪い奇声を上げる。

 今の絶好調な彼女の頭には、失敗のイメージなど微塵もなかった。

 

 ――この私が二度も同じ失敗を繰り返すわけないじゃない!

 

 いつか彼女自身が放った言葉。

 それは、にわかに信じ難いが、わりと彼女の本心に近いものなのだ。

 入江繭は、自分に並々ならぬ自信を持っている。

 そして、それを支える確かな才が彼女にはある。

 生まれながらにして運動や勉強、あるいは音楽や手芸などといった多分野に渡り、彼女はとにかく優れていた。

 もっとも、彼女だって日々の努力を怠っているわけではない。むしろ人より何倍も努力している(とある方面に)。

 けれど、ある程度努力すれば少なくとも学内の誰よりも彼女は上に行けた。

 そういった日々の積み重ねが、彼女に行き過ぎた自信と慢心を与えたのも、また事実だった。

 ――もし仮に、それがどの程度のものなのか? などと問われたら、


「ふふふ。そうね、私が本気を出せば、もう空だって飛べちゃうんだから」


 それはもう、真面目な顔してそんなことを口にしてしまうほどである。


 ぬくりと立ち上がった入江は、一人おもむろに両手を広げ、鳥の羽ばたきようにパタパターと振ってみた。

 そして、ぴょんぴょんと野ウサギのように二・三度跳ねてみる。


「……」


 何も起きない。


「……ん、ま、まぁ、いつかは。ね、うん、いつかは……」


 彼女は何だかとても空しい気持ちに駆られた。

 その気持ちを払拭するよう、さっとカバンを手に取り、大股でズカズカと部屋を出る。


「……まぁ天才とは常識にとらわれない人を指すっていうしね。うん、そう。だからそう言った観点において私の発想は、うん、天才的。だから私は天才だってことよ、うん。そういうことにしましょう」


 そんな世迷言をブツブツと呟きつつ、

 彼女は、自室と隣接するリビングを見回す。

 真っ暗な闇に覆われたリビングには、やはり誰の姿もない。

 その中で確かなぬくもりを感じるのは、ケーブルの上にポツンと置かれた、彼女の真心の詰まった手料理だけ――。

 それを肌で感じると、何だか余計に空しい心持になった。

 自分は紛れもない天才である。

 自分だけでない。周囲の人たちだってきっと私をそう思っている。

 だから、私は自他ともに認める天才だ。

 ……。

 でも、

 だけど……ね。

 知ってる。


 一見すると、まるで全てを兼ね備えているかのように見える自分にだって、ちゃんと弱点があることくらい、知っている。

 私は、私は……。


「ううん、弱気はダメね」


 真っ暗な闇の中、入江は自分を鼓舞するようにポツリと一言呟き、


「じゃあ張り切っていってみよー!」


 無理やりに声を張り上げた。

 

 完璧そうに見え、誰からも愛され、羨まれるスーパーな入江繭。

 そんな、彼女の弱点は――、

 

 ――大好きな人と接することが、大の苦手であることである。


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