第3章「土曜日」(5)
「東から聞いてないの?」
アリシアさんは額にしわ寄せた表情で東さんの方を向いた。
東さんは顔を少し紅くして、顔を下に向けた。
「聞いてないよ・・・、東さん!あなた”あの時”の子だったの?!」
「ごめんなさい・・・信じてもらえるかどうかわからなかったから・・・言い出せなかったの」
私は『あの時』のことは、今日まで忘れたことがない。いや忘れることができない出来事だった。
それは小学6年生の10月末の休日だった。私はその頃から友達だった瑠琉とその休日を使って繁華街の梅田の方に遊びに行く約束をしていた。
繁華街に遊びに行くことと修学旅行も間近に控えていた私は能天気に心をうきうきさせていた。
梅田に向かう電車がある最寄りの駅に着いた時目に付いたのが、プラットホームにいた少し変わった子だった。
手入れしてそうにない短い髪の毛に、アイライトが消えた瞳、地元でも有名な私立の小学校の制服を着た私とあまり歳が離れてなさそうな女の子だった。
そしてその時がやってきた。
梅田方面の電車が来たとき、彼女は前に並んでいる人の列を無視して近づいてくる電車に歩いていった。
割り込み乗車だ!
そう確信した私は、見ず知らずの他人にも声を駆けれそうなくらいの精神的余裕があったこともあり、私なりの正義感から彼女にマナー違反であることを教えるために彼女の手を握り、ホームから遠ざけた。
私は上機嫌でマナー違反であることを彼女に言いながら、電車に乗り込んだ。そこで終わるはずだった。
でも、彼女の様子は変だった。
急に大粒の涙を零し、しなせて・・・しなせて・・・と小声で言いながら電車の中で泣き出した。
私は彼女がやろうとした行為は割り込み乗車じゃなくて自殺だったのだと気付き、動揺した。
自殺しようとした人と出会うのは初めてだったが、とりあえず他の乗客に騒がれないようにひたすら優しい言葉を掛けて落ち着かせた。
どうしても彼女を放っておけなくて、もっともらしい理由をつけて瑠琉に遊びのキャンセルを伝えた。
そして、彼女を何とか元気にしようといろいろやった。
・・・・・・。
「まさか、あの時の自殺未遂の子が東さんだったなんて・・・」
「あの、希々さん。信じてくれますか・・・?」
「信じるも何も、昨日から信じられないことばかり体験てるし、そんなことがあってもおかしくないと私は思ってるよ。いや、私はあなたのことを信じたい!」
「希々さん、ありがーーー」
東さんがありがとうの意を伝えようとした時に、突然残酷な現実が戻ってきてしまった。
「AIsだ!近くにいるぞ!」