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時にそれは恋する乙女のように  作者: カカオ2%
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3・鬼神の乱闘と一人の少年

――アルハンブラ領主館

 アルハンブラは聖王国との国境に面した大規模貿易都市として発展を遂げ、戦時中は兵士の最大駐屯地として活用された帝国の歴史ある街である。


 当然領主も無能ではない、超えて太った醜い容姿ではあるが判断能力などは決して鈍くはなく、アルハンブラに広がる平和主義がアルハンブラの毒であることは承知していた、そしてパルト騎士団がもし反撃するのならここを狙ってくる可能性も勿論承知していた。


 しかし、パルト要塞からアルハンブラまでの道は片道で1日かかると言われていた、これをパルト騎士団が半日以下で到達、兵士を排除していた街に強襲を許すこととなってしまった、領主は一般市民でも兵力になるよう高級な最新兵器である銃を大量輸入していた、だが市民がとった最初の行動は和平交渉であった。


 結果はパルト騎士団をほぼほぼ無傷で街に招き入れることとなってしまった、領主はその太った体を机に押し付け、青ざめた顔をしてうつむいた、自分の想像する悪い方向へ全て進んだことに対し心が折れていたのだ、寄りにもよってこの平和主義連中が蔓延はびこるこのタイミングでよりにもよってパルト騎士団がやってきた、これはあまりにも絶望的な展開で、もはや打開策が頭に浮かばない。


≪ガチャ≫


 そして死の音は部屋前方から聞こえてきた、ドアの開く音がこれほど絶望的な音に聞こえるのは領主にとって最初で最後の体験だ、扉越しの青い髪の女、魔女・ラインは血塗れで領主の部屋に入ると何処からともなくティーセットを取り出した。


「貴方は何がお好き?、お砂糖はいりますか?」


 ラインの目的は捕虜の発見、奪還である、しかし彼女はそのことなかなか口に出さない、紅茶を領主の前に置き、自分のぶんのお茶は立ったままその場で飲み干した後薄っぺらい笑顔を浮かべ領主の机の前の椅子に腰を掛ける。


 領主は既に負けていた、街は蹂躙じゅうりんされ、目の前には敵の使者が、館内の兵士は全滅、この展開で尚且つパルト騎士団が相手というのは簡潔に言えば【詰み】である、降伏が出来ず必ず殺されるとわかっている以上もはやできることは何もなかった。


「そう怯えなくてもいいのですよ、すでに戦いは終わったのです」


 そんな絶望に落ちた領主にラインは甘い言葉を掛ける、甘いそのセリフは領主に希望を与えこの場を何とか切り抜けようとする活力を見出させた。


「そうですな、要求をいっておくれ」


 ラインは紅茶をすすりつつ柔らかい笑顔で言葉を紡いだ、紡がれた言葉は領主の耳に淡く滑り込む。


「私は団長の命を受け、貴方にこの惨劇を帝都に報告させるよう言われています」


 領主はこの言葉を聞き一筋の活路を見出した、この街から逃げられる、即ち生き延びられるという唯一無二の道であった、自分だけは生き残れる、自分だけは逃げられる、人間とは儚く、そして弱い生き物だ、逃げられる現実が目の前にあって心折れぬ者はいない。


「わ、わかった、この事態を帝都に広めればいいのだな」

「はい、あと、、ああ、そうですね、この街にいる聖王国の民、捕虜の場所を教えていただきます」


 領主は地面を這いずる様に慌てて机の中から地図を取り出した、捕虜の場所が書かれた機密地図である、早くこの街から逃げたい彼は何の躊躇いもなくこの街の秘密を吐き出した。


 ところで魔女・ラインの発言はおかしな場所がいくつかあった、まず領主に言った帝都に対しての報告指示、この街は国境に面した大きな街で、しかも最近は平和主義者が跋扈する話題性に富んだ街、さらにパルト要塞に遠くないときたものだ。

 こんな街が奇襲を受け、帝都に使者を出さねばこの事件に気が付けぬほど帝国上層部も無能ではない、使者を出す理由などほぼほぼなかった。


 それに加え、有能な文官である領主を帝都に送り返すという行為にも疑問が浮かぶ、どう考えても無能な市民を使者にしたほうが良い、この領主が帝都に帰ればパルト騎士団の弱点などを的確に伝えてしまうだろう。


 これに気が付いた領主は地図を手渡した後にこの不可思議な点の執着地点が分かってしまった、領主は震える膝を地面について苦笑いを浮かべてラインを見上げた。


「あ、あああ!!、そ、そういうことか、あ、あああああ!?」


 ラインは最初から領主をこの街から生きて返そうなど考えてもいない、ただ機密書類をさっさと手に入れるために騙しただけ、ただ生きて返すと言えば慌てて目的の物を差し出すかなと思っていった法螺ほら話であった、そもそもパルト騎士団が異教徒を生かして返す訳がなかった。


「察しがいいですね、まあお察しの通り生かして返す訳ないじゃないですか」


 ラインがそう言うと扉の向こうから足音が鳴り響いた、この屋敷の従者は全て殺された、騎士団は街の蹂躙じゅうりんで忙しい、となるとこの屋敷に来る人間は一人しかいなかった、そう、ロマである。


 その姿を見た領主は失禁しながら地面を這いずり回った、街の領主ともなればロマの顔ぐらいは知っているし、彼女が目の前にいることが何を意味するかよくわかっていた


「ろ、ろ、ろ、ロマ、ロマ・アリエーゼ!!!」

「うむ、もう殺しても問題ないかな?、ライン」

「問題ありませんよ」


 次の瞬間ロマは領主の懐に足を食い込ませるとそのまま机の向こう側に蹴り飛ばした、領主は血を吐きながら吹っ飛び壁を砕きそのまま二階の壁から地面に真っ逆さまに落ちていった、これを見たラインは『この人は人間なのであろうか』という疑問を抱く


 

 アルハンブラはたった数時間で陥落した、生存者44名、その全てが幼児であった、食料は全て強奪され、街は焼かれ建物一つ残らず崩壊しつくした。

 その後アリスと12名のパルト信者を迎えたパルト騎士団一行はシャンロン派の要塞【シャンロン・ロゼッタ】まで進行を再開した、しかし馬の疲弊が激しくパルト要塞からアルハンブラまでの勢いはなく、馬を休ませるためにも低速移動をすることとなった、それに伴い作戦会議を行うため街にあった馬車を拝借し、その中にライン、アリス、ロマ、軍医の4人が干し肉片手に今後の動向を確認していた。


「ふむ、シャンロン派までは、、、一度どこかで休む必要があるな、馬が持たん」

「いえいえ、人も持ちませんから」


 ロマは頭は良いがどうしてもパルト騎士団の能力を勘違いしているところがある、自分基準で騎士団を考えているのだ、ロマであれば不眠不休の飲まず食わずでいくらでも動けるであろうが、これを他者でもできるという基準で考えてしまうのだ、当然こんな真似他の人間にはできない、魔女にも食人鬼にだって不可能である。


 進路はアルハンブラから南下、目指すはハイゼンの森であった、森にて野営、その後森を抜けテンダイ湿地を抜けてシャンロン派に合流するというのが騎士団の進路である。


「あの、これ、恐らく失敗しますわよ」


 この計画に待ったをかけたのはアリスであった、彼女は地図を指でなぞりつつこの計画の破綻性について説明を開始した。


「アルハンブラの陥落、これがこの騎士団のせいだというのは帝国でしたらすぐに分かりますわね、これを追うべく追跡隊を出したとして、追跡するのは【ギャドの砂丘】【ハイゼンの森】【シャントン旧坑道】の三つですわ、疲弊した移動手段の騎士団はこれを振り切れませんし、仮に戦ったとしても物資を失いシャンロン派に合流できませんわね」

「ならばシャントン旧坑道経由に変更、坑道口を崩してしまおう、帝国の追跡兵如きでは崩れた坑道を追跡などできるものか」


 シャンロン旧坑道まではアルハンブラから東方にあるオリハルコンの旧採掘地である、距離はここから10時間ほど、今から行けば夜が明ける頃にはたどり着く程度の距離である、アルハンブラ陥落を受け追跡部隊が出されるまでは13時間程度と考えている騎士団としては若干遠い進路である。

 しかしアリスの言う通り物資不足に進路が限られる現在で休息をとるには雑多な追跡兵とて相手にできないことは明白であった。


 ロマは全部隊に進路変更を支持し、疲弊した騎士団員たちは気怠そうに返事をして馬の向きを変える、騎士団員たちの戦闘中の覇気は何処へやら、今の彼らはとても一級の騎士とは思えない。



≪ガガガ!!!≫



 瞬間、馬車内には無数の矢が突き刺さった、幸い中の4人には当たらなかった物のその急な攻撃にはロマでさえも冷や汗をかいた、馬車の窓の外には赤い剣の紋章が書かれた旗が、【帝国第一軍遠征部隊・烈火の剣】、たまたまであろう、遠征から戻る帝国本軍の遠征部隊に鉢合わせたパルト騎士団は予期せぬ襲撃を許してしまった。


「くそ、、、糞畜生共がしゃしゃりでやがって!!!」


 ロマは鬼のような形相で剣を片手に防具も身に付けづ外に飛び出た、外は血の海、騎士団には多大な被害が出ていた、銃を持った民兵よりも弓を持った熟練の兵士のほうが怖いのは周知の事実、敵は50名ほど、対してパルト騎士団は残存兵力、約25名、敵は弱くない、勝ち目は皆無に等しかった


 ただし、士気の低さを考慮しなかった場合の話である、敵はロマ・アリエーゼという狂人が馬車から飛び出た瞬間士気は瞬く間に下がった、正規軍として足を引くことこそないが動揺していた、ただの残党だと思っていたからである、これを把握したロマは地を割るような大声で騎士団に命令を出した。


「全軍!!!!蹂躙せよ!!!神の名のもとに奴らの首を撥ねて罪を償わせろ!!!」

≪≪オオオオオオオオオオ!!!!≫≫


 パルト騎士団が大槍片手に抵抗を始めると人数差の割には帝国軍は戦果を上手く上げられない、諸劇で数十人殺したのは良いが、その後の近接戦闘では1人に対し4人で当たっても止められない、ロマに関しては開始数分で5人切り殺した



 そのころ馬車では魔道防壁を張ったラインと軽装備を着付けるアリス、そして瀕死の騎士に処置を施す軍医の姿があった、ラインの魔道防壁は敵の矢をはじき馬車周囲を安全地帯に変えていた


 そしてアリスが着付けを終了し、鉄の胸当てや小手を装備し終わると、その膝を曲げて敵軍に一直線に飛び込んだ、アリスはついさっき読んだパルト聖書の第二句『神は我らに救いを与えず、許しを与える』と唱えながら敵兵氏の喉笛を噛み千切った。


 戦鬼と恐れられたロマの登場に加え、魔女、食人鬼まで出始めると敵軍はいよいよ士気が保てなくなった、例えパルト騎士団を全滅させても『あの三人』を相手にせねばならない、その恐怖と絶望感は剣を鈍らせた。

 

 そもそもロマに関しては一騎士部隊で相手に出来るような人間じゃないという認識が帝国軍にはあった、帝聖戦争終盤、22騎士団を単騎壊滅させたことでロマは軍の中で【重要警戒人物】として有名であったのだ、パルト騎士団自体かなりの強さを誇るが、ロマは異常とされ、4大英雄を1人で屠れるとさえ言われていた。

 そんなロマを、食人鬼、魔女、狂気の騎士団相手にたった一騎士団で相手にしなければならないという恐怖感は自分の命の危機を感知させる、ここで逃げればもう戦争に行くことは暫くないのだ、戦果を挙げた部隊だし逃げても給金はがっぱりはいるし、ここで死ななければ今後の生活が保障されている、こんな中でこの化け物連中を相手にしたい者がどこにいるであろうか。


 結果は10人死んだところで帝国軍は失速を見せ、15人死んだところで後ろに進み、20人死んだ時点で烏合の衆に成り下がった、ロマとアリスはそれらを馬の倍速で追いかけ殺す、それを見た兵士は余計に恐れ、それに対してパルト騎士団が行進する、悪循環は帝国軍の遠征部隊を数十分で壊滅させた、練度の低さが人数差で埋められないことをこれは証明していた。


 戦闘には勝った、しかしシャンロン合流作戦は失敗に終わった、食料馬車が壊滅、助け出したパルト信者は2名残して死亡、騎士団の残りは30名内負傷者10名、残存兵力20名となった、さらに馬は15頭まで減り、帝国軍の馬車を鹵獲してもギリギリ負傷兵を運べるか運べないかの状態であった。


「あ!パルト騎士団だ!!」


 そんな絶望的な状況の騎士団に指を指したのはパルト十字を首に掲げた少年であった。

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