07 お肉が食べたい!
「そ、粗末なものをお見せして申し訳ありませんでした」
『まだ気にしとるのか、妾は龍じゃからして人間の裸など気にせんと言うておろうに』
「それはそうかもしれないけど」
水龍の言い分はどうあれ、さっきまでの状況を第三者がみたら全裸で下半身についたものをぶらぶらさせた男が身長150cmもない少女にすげえすげえ叫んでいたのだ。
もしも俺が前世でその光景をみていたら絶対に通報している。
いや、この世界でも警察みたいな組織があるなら絶対通報する、間違いない。
では今はどうなのかというとしっかり服を着せてもらっている。
ゴシック調の、けれどあまり派手ではない感じの衣装だ。
具体的にと言われても困る、俺は服飾には詳しくない。
色合いは黒や茶を中心に白いラインや金の装飾品などがけばけばしくならない程度についている。
一目で良い品だとわかるものだ。手触りも滑らかで気持が良い。
「本当によかったのか? こんな良い服もらっちゃって」
『気にすることはない、もう長いこと誰にも着られていなかったものじゃからな。服も着てもらったほうが嬉しいじゃろう』
「それにしては随分綺麗なんだな」
『姉上が当時ご自分の父上へプレゼントした魔法の品じゃからな。多少の汚れは弾くし、時間の経過で劣化もせん極上品じゃ』
その極上品をさっき濡らそうとしてたのか。
しかも姉上と呼ぶ相手がその父上へプレゼントした品を。
「そんな大事なもの、ますます良いのか?」
『妾はな、この屋敷にしばりつけた事については姉上へ怒りを覚えてはおらぬ。おらぬが50年もの間ほっておかれたことには少々怒っておるのじゃよ。その罰として服の1つや2つ貰ったとて責められるい
われはないじゃろ?』
なんでも水龍の着ている服もその姉上が幼かった頃気に入っていた服らしい。
本当にいいのかと思ったがその姉上と父はすでに故人。
大事な家族の遺品を仕舞いこむのではなく、傍に置きたいのではと思うと遠慮しすぎるのも違う気がしてくる。
改めて自分の姿を確認し、俺については孫にも衣装だなと悲しい再認識をしてから水龍に目を向ける。
彼女の青く長い髪を左右にまとめているピンクのリボンは髪の色によく映えているし、白を基調に金のラインがはいった衣装はその白い肌と金の瞳によく似合っていた。
これだけ似合う人に来てもらえるのだから、衣装のほうはうれしいんじゃなかろうか。
俺の遺品は誰か使ってくれてるのだろうか。
ふとそんな事を考えてしまうのは、俺がまだ前世を引きずっているからだろうか。
「そういうことなら遠慮なくもらうよ、ありがとな」
『うむ、そうしてくれれば妾も嬉しい』
「でもなんか悪いな、見逃してもらった上に服まで。なにか俺にできることがあれば言ってくれよ」
本心だ。
たしかに俺は水龍をこの屋敷への呪縛から解き放ったかもしれないが、それは我が身可愛さでしたことにすぎない。
対してこの服は水龍からの善意100%。俺への義理は俺を見逃すことですでに果たしているのだから。
『そうさのう、妾も長いことここに閉じ込められて魔素から力を得ている状況でな』
「ふむふむ」
『じゃが今の身体ではそれもようできんのじゃよ』
「ふむふ、む?」
『じゃから久方ぶりに、肉が食べたいのう』
水龍の金の瞳がギラリと光り、俺を見た、気がした。
「ひいいいいいいいいいい!? お、お助け!」
『きゃははは、冗談じゃ冗談。お主はからかうと面白いのう』
「や、やめてくれ性質の悪い!!」
危うくここまでの恩やら出会いへの感謝やらを全て反対に感じるところだったぞ!
笑っている顔がかわいいのが尚更ムカツク。
『まぁそういうな。実際50年のうち最初の数年でこの屋敷の保存食は尽きてしまってな。妾が成長した結果どんどん食べる量も増えてのことじゃが、もう何年もモノを食っとらんのじゃよ』
「それは、まぁ肉くらい食べたくなるか。ていうか肉食なのか?」
水龍なのに?
魚ではなく?
『妾自体は雑食じゃよ。龍はドラゴンと違って食材そのものではなくそれに宿る魔素を摂取して生きておる。とはいえ味も分かれば歯ごたえだって感じるぞ』
この世界における龍とドラゴンは似ているようで別の種族らしい。
ドラゴンは種として確立されているが、龍は生き物の中で力を得た存在が突然変異してなる存在で、基本的に食事は必要とはしておらず世界に漂う魔素を摂取して存在を維持しているとは水龍の言葉だ。
水龍は本当に幼い頃急激に力を得たらしく元の種族も覚えていないらしい。
「記憶もないほど幼い頃に突然変異して龍にって、相当すごいんじゃないか?」
『うむ、妾は所謂天才というやつなのじゃ』
だがそのせいで自分の同族も、親のことなどもわからないらしい。
『曲がりなりにも龍へと転ずることのできる種族なのじゃからか弱いそこらの動物ということはないはずなんじゃがの。っとと、話がそれたがそういうわけで龍の時なら肉は食わなくとも平気じゃが食べたく
はなるのじゃよ』
「人間にとってのお菓子とか、酒みたいなものか?」
『そうじゃな、別に酔うわけではないから菓子のほうが適切なたとえかもしれん』
50年菓子なし生活……辛すぎる。
「50年前、その姉上たちと暮らしてた時はよく食べてたのか?」
『妾が食事をせんでも平気だと気がついたのは姉上に拾われてしばらく経ってからじゃったからな。日常的に食事を共にしておった』
当時のことを思い出しているのか。特徴的な耳がぴこぴこ上下している。
俺は生前あまり酒を飲むほうじゃなかったが、極度のアル中から酒をとりあげるようなものだろうか。日常的に摂取していたものを得られなくなり、50年ぶりにそれが得られるようになった。
「そりゃ食べたいよなぁ、肉」
『じゃろう? この身体では空気中の魔素も吸えぬしな』
「そういえば俺もろくに食べてないなぁ、肉」
狩りはしていたがこの身体で大物は狩れないし、|≪前世還し≫を使ってしまうと大物だろうと小物になってしまう。そして|≪前世還し≫を使った後死んだ生き物は元に戻せないのだ。恐らく魂に関与して
使う能力なので死んで魂の離れた身体には効果がないのだろう。
『じゃからこれからちょっと狩りに行って来ようと思う』
「え、なにか狙ってる生き物でもいるのか? 50年も外に出てなかったら動物の生息図とか変わってるんじゃ」
『何を言うておるのじゃ』
呆れたようにため息ひとつ、水龍は俺のすっかり忘れている事実を教えてくれた。
『お主を追ってきたというオオカミども、妾が全て食肉に変えてやるわ』