06 龍の前世と水魔法
あ、やば、と思ったときには遅かった。
目の前で水龍の姿が変わる。それはいつものように一瞬の出来事だった。
薄暗い家の中で全裸の男女が2人。
大問題だった。
『お? お? なんじゃこれは』
「え、あ、いやその」
『人間の女子か? いや、微妙に違うの』
「ご、ごめん! それが一番ましっぽかったからつい!」
その姿を巨大な龍から人間のような生き物になった水龍は自分の体をしげしげと見つめている。
そう、正確には人間ではない。主に違うのは見慣れない形の耳と、長い爬虫類のような長い尻尾だ。
他にも様々な動植物――驚いたことに植物もいた――があったが、俺の前世が人間だったこともありこれが一番コミュニケーションをとるのに適していると思ったのだ。他に人型の種族はいなかったし。
だからこの姿にしたこと自体は間違いではないし、謝ったのもそのことではない。
「ええとええと服、なにか服かその代わりになるものは」
俺が人間になった時、つまり今も全裸なのだから、相手もそうなると考えておくべきだった。
齢50を越える龍だろうと女性は女性、しかも美少女だ。男の俺と同じように考えてはいけない。
え? 人間のようでも違う種族だろうって?
ケモミミ美少女と同じような愛らしさがあるんだよ、わかるだろう!
『なんじゃ、自分で裸の女子に変えておいて恥ずかしがっておるのか?』
「それにしたのは想定通りだけど裸にしたのはわざとじゃないんだ!」
『照れるな照れるな、このエロガッパめ』
「んな!?」
散々な言われようである。
「え、ていうか河童? おれって河童なのか?」
まさか緑のもふもふは河童で額の宝石はお皿だった!?
『何を言っておる、どうみても人間じゃろう』
「いや、でもいま河童って」
『カッパは東の国にいる魔物じゃよ、向こうでは妖というらしいが。なんでも人間の女の裸が大好きらしいぞ?』
いるのか、この世界に河童。それも種族として。
しかもエロいのか、河童。
『それでいて尻を撫で回しはするが犯したりはしないらしい。純粋な変態じゃな』
「それはそれですごい種族だ」
『水龍を裸の女子にするだけして慌てふためくお主も大概じゃがな』
「それはごめんっていうかなんでお前はそんなに冷静なんだ!」
やらかした俺が言うのもなんだけど、別の種族になってしかも裸で、事前に説明はしてあったけどもっとこう驚いたり慌てたりしないものなのだろうか。
それとも龍というのはこの程度では揺るがない鋼の精神でも持っているのか?
『目の前で自分以上に慌てふためいておるものがおると、案外冷静でいられるものなんじゃよ』
俺のお陰だったらしい。
水龍は手をぐっぱーぐっぱーと握ってみたり、首を回したり、尻尾をぶおんぶおん振り回したりと一通り身体の動きを確かめるとようやく納得したらしい。
『服をとってくるからそこでまっておれ、お主の分も用意してやるから勝手に動くでないぞ』
と言い置いて他の部屋へ向かってしまった。
俺はその様子をちらちら見つつ、しかし直視も出来ず頷いておいた。
前世では天寿を全うしたとはいえ恋人もお嫁さんもいなかったからな、異性の裸というものには慣れていないのだ。
しばらくするとシックな衣装に身を包んだ水龍が帰ってきた。
手には男物の服も抱えている。
そう、抱えているだ。人型になった水龍の身長は150cmもなかった。
前世ではロリ美少女として愛されていたことだろう。
『お主、なにか無礼なことを考えておらぬか? この服はいらぬと見える』
「要ります要りますごめんなさい!」
『ふむ、素直に謝れるのなら渡してやろう。下手に誤魔化そうものなら魔法で水浸しにしてから渡してやったが』
結局渡してはくれるのか、やさしいですね水龍さん。
ん? 魔法?
「あれ、その姿でも魔法って使えるのか?」
少なくとも俺は魔法なんて使えない。|《前世還し》なんてチートスキルはもってるけれど、もふもふ状態でも人間状態でも魔法なんて使ったこともなければ鏡に所持スキルとして表示されたこともなかった。
だから水龍が人型になったら魔法は使えなくなるものと思っていたのだけど、もしかして水龍の前世は俺がいた世界と別の、魔法が存在する世界だったんだろうか?
『うむ、どうやら今の妾には魔力がほとんどないらしい。じゃからそれを用いる魔法は使えぬが、世界にたゆたう魔素を用いた術なら問題なく使えるじゃろ。ほれ』
言うが早いか水龍が右手の人差し指をくるくると回す。
すると俺と水龍の丁度中間くらいの中空に握りこぶし大の水球が現れる。
それは水龍の指の動きに合わせてくるくると踊っている。
「す、すげえ、魔法だ! 本物の魔法だ!」
『な、なんじゃ。この程度駆け出しの魔法使いでもできるじゃろうに』
「そうなのか? 俺は初めてみたぞ! すげー水龍かっけええええええ!」
『ふ、ふふ。そうかそうか。ではこういうのはどうかのう』
俺の言葉に気をよくした水龍は、その後も色々な魔法を見せてくれた。
水球を大きくしたり、いくつも同時に出してみたり、槍のようにしてとばしてみたり、鳥の姿にしてみたり。
「おおおおおすげえええええええ!! それって龍の形とかにもできるのか!?」
「ふふふ、はしゃぐなはしゃぐな。その程度造作もないわ」
水龍も長いこと閉じ込められて他者との交流に餓えていたんだろう。
俺の無茶な要求も笑顔で叶えてくれた。
やっぱりこの水龍、いいやつだ。
俺はこの世界で初めてコミュニケーションの取れた相手が彼女だったことに感謝しつつ、幻想的な光景に目を奪われていた。
俺が全裸マンのままなことに気がついたのは、それからしばらく経ってからのことだった。