04 逃げ込んだ先は
さて、どうやって切り抜けようかと知恵をめぐらせる。
狼に追われて、逃げ込んだ先に龍が居ようとも、まだ生き延びることを諦めるわけにはいかない。
誓ったんだ、前世での恩を今度こそ返して見せるって。
たしかに一瞬忘れかけてけもけもライフを満喫しそうになったが、ちゃんと反省したわけで。
その後狼から命からがら逃げた先でこうなっているわけだから見逃して欲しい。
「り、龍?」
トカゲのような頭、四肢はなく、ヘビのように長い身体にはシャチやイルカのようなヒレがある。
長い尻尾と全身のほとんどを空色のうろこが覆っている。
そしてうろこのない腹や尻尾の地面側の面は白い肌が見えていた。
西洋でいうところのドラゴンではない、東洋風の龍がそこにいた。
「な、なんでこんなところに」
別に龍の生態に詳しいわけじゃないが、こんな場所にちょこんといるものじゃないだろう。
なによりこの屋敷は龍がいるには狭すぎる。
床から天井までが5mもない。
対してこの竜はざっと見た長さだけで30mを越えている。
今もその長い身体は窮屈そうに地面でとぐろを巻いている。
『妾の寝所へ入り込むとは、とんだ無作法ものじゃな』
「……は?」
『侵入者とはな、何年ぶりかも覚えておらぬが、せめて良い退屈しのぎになると良いがのう』
「や、いやいやいやちょっとまってくれ!」
話してる、言葉が通じる!?
これチャンスなんじゃないか、言葉が通じるなら見逃してもらえるかも。
いや、あの狼たちを追い払ってくれるかもしれない!
「待ってくれ、怪しいものじゃないんだ! 侵入、はしてるかもしれないけど敵じゃない!」
巨大な水龍に向かって、俺は説得を試みることにした。
『む、なんじゃお主。妾の念話が届くのか。けったいなやつじゃのう』
「ね、ねんわ? お前が言葉を話せるんじゃないのか?」
『何を言っておる、よく耳を済ませてみるが良い。これがお前の言う言葉に聞こえるか?』
そう言われて、龍の声に耳を傾けてみると。
「グルウゥウウルウルル」
「うおっ!?」
鳴き声!? これ鳴き声、言葉じゃない!?
『わかったようじゃな』
「え、なんで、え?」
『妾たち龍は龍同士でのみ通じる念話が使えるんじゃが、稀に人間や亜人の中にも聞き取れるものがおる』
「な、なるほど」
ラッキーだと思っていいんだろう。
この際理由はなんだっていい、意思の疎通が出来るということが重要なんだ。
「えと、じゃあ頼みがあるんだが」
『ふむ、言葉の通じる相手を一方的に嬲るのも気が咎めるからのう。聞くだけは聞いてやろう』
「お、俺は本当に怪しいものじゃないんだ! ただオオカミに追われて逃げてきただけで。た、助けてくれ!」
『……妾の記憶違いでなければ人間は衣服を着て生活するのではなかったか?』
そうだった! いまの俺全裸マンだった、超怪しいじゃん!
「も、森の中に湖があるんだ! そこで水浴びをしていたら襲われて、服をとる暇もなかったんだよ!」
ここで実は動物にもなれるんです、最近はそっちの姿で暮らしてるんですと言っても良かったかもしれない。
ただそれで余計怪しまれたら取り返しがつかない。
まずはただの人間として助けを求めよう。
『森の湖か、懐かしい。久しく行っておらぬが』
「知ってるのか?」
『うむ、妾が幼き頃はよく姉上と行ったものじゃ』
言葉通り懐かしむように龍は天井を見上げている。
いけるか? このまま無害だと信じてもらえば助かるか?
『お主の言葉に偽りはないのじゃろう、なんとなくじゃがそれはわかる』
「じゃ、じゃあ!」
『が、お主には死んでもらわねばならん』
「な、なんでだよ!」
『妾は姉上からここを守護するよう仰せつかっておる。……とはいえ少しの間なら見逃すこともできる、はやく立ち去るがいい』
「それができるならそうしたいんだけどな」
俺は今の状況を話して聞かせた。
俺を襲ってきたオオカミがまだこの近くにいるだろうから外へ出たくないという、それだけの話なんだが。
龍としても俺が悪意を持って侵入してきたわけではないと分かってくれたらしいが、長時間いるようだと俺のことを襲わなければいけないという。
龍が言う姉上というのは彼女――念話の声が女性的だった――のことを育ててくれた人間らしい。
ある時何らかの理由でこの村を捨て、村人全員で他所へ行かなければいけなくなった時、この家を守っておいてほしいと頼まれたのだそうだ。
『当時は妾も幼くてな、なにも考えず頷いてしまったのだが、姉上は若いながらも高レベルの魔術師でな』
「魔術師!? 魔法があるのか!」
『何を当たり前のことではしゃいでおる?』
当たり前じゃないんだよ! とは口に出せなかったが、そりゃテンションもあがるというものだ。
ここは異世界なんだろうなとは思っていたし、目の前に龍が出てきて驚きはした。
俺にだって変な能力はあるが、それはそれとしてやはり魔法というのは魅力的だ。俺にも使えるのかな。わくわくが止まらない。
『魔術師と約束する時は良く考えねばいかん。まさかそれが契約となり50年以上もこの家に縛りつけられるとは思わなんだ』
「50年……それは長いな」
人の半生、時代や場所によっては一生分の長さだ。
『じゃからな、この家に入り込む輩は皆生かしてはおけぬのだ。もうしばらくの間なら契約を誤魔化すこともできる。狼のいる中追い出すのは気が咎めぬでもないが、妾はここから外にも出られぬのでな』
「そ、そんな」
なにか、なにかないのか。
このまま外に出たら確実に殺される。
今だってちょいちょい遠吠えが聞こえているのだ。下手したら数が増えているかもしれない。
「あ、もしもだけど俺が人間じゃなくて子犬とかだったりしたら」
『殺す、例外はない』
「じゃあもしその契約が解除されたりしたら!」
『まぁ、殺すことはせんが、いきなり解除もできまい。お主が高名な魔術師だというのならともかく、大した魔力も感じぬしな』
「たしかに俺は魔法なんて使えないけど」
大した魔力もと濁してくれてはいるが、そもそも魔力とやらがあるかどうかすら疑わしい。
皆無とか言われたらどうしよう、魔法のある世界で魔法が使えないとか悲しすぎる。
『そもそも姉上本人なら解けるじゃろうが、あれから長い時が過ぎておる。人の寿命ではすでに他界しておろう。それでもこの魔法文字が消えぬという事は、今生で契約が破棄されることはあるまい』
「ん? 魔法文字?」
『なんじゃそんな事も知らんのか、ほれこれじゃ』
そう言って龍は俺に顔を近づける。
爬虫類めいた鱗や、鋭そうな牙が口の間に見えてすこし、いやかなり怖かったがなんとか逃げ出さずによく見てみる。
龍の額には複雑な模様が刻まれていた。これが魔法文字だろうか?
『これがある限り妾はここから動けぬし、入ってくるものを見逃すこともできぬ』
「洗えば消えたりは」
『妾は水龍じゃぞ、そのくらい水魔法で試しておるわ』
「そうなのか。それじゃあいっそほかの何かで上塗りしてみるとか」
『あほう、魔力で書かれた文字を見えなくしても効力は残るわ』
あほうて、魔法のことなんてなにも知らないんだから仕方ないじゃないか。
洗ってもだめ、塗りつぶしてもだめ、魔法なんて俺には仕えないし。
俺はこのまま狼のいる外へと追い出されるか、ここで殺されてしまうのか。
「ん? 額からその文字が消えれば、いいのか?」
待てよ、それならなんとかできるかもしれない!