01 もふもふに包まれて
「きゅきゅきゅーーーーーーーーーい!」
深い深い森の奥で、小さな四足の獣が一声鳴いた。
緑の毛並みはもこもこふわふわと、青い瞳は綺麗に澄み切っている。
犬や狐のように突き出した鼻、兎のように長い、しかし垂れ気味の耳。
四肢が短いのはまだ子供だからだろうか?
目と目の間、丁度額より少し下にはルビーのような石が突き出している。
角というよりは宝石がそのままくっついたような感じだ。
見方によっては第3の目に見えなくもない、当然視力はないのだが。
中々に愛らしい、ペットとして人気が出そうな見た目である。
俺だってこんな生き物がいるなら飼ってみたい。
俺自身のことじゃなければ。
目の前に転がる円形の鏡を見つめながら、四足の獣、つまり俺はため息を吐いた。
「きゅーきゅきゅきゅー」
あー、やっぱり人は無理だったかぁ。
そう呟いたつもりだったんだが愛らしい鳴き声に変換されてしまった。
最初の一言も「森だああああ!」って叫んだつもりだったもんな。
転生して最初に見えたのはこの森だった、次にこの鏡、最後に自分の姿だ。
目覚めてすぐの俺は鏡をみて真っ先にやったことがある。
なんだと思う?
鏡に向かって全力で突撃した。
比喩じゃない、タックルをかましたのだ。
お陰で額が痛い。
それというのも転生直後の俺には記憶がなく、鏡に映った自分を敵として認識してしまったからだ。
前世では鏡に映る姿を自分だと認識できない動物を見て、かわいいかわいいと笑っていたものだが、いやこれわからないって。
自分が同じことしたのも恥ずかしいし、動物たちにちょっと謝りたくなった。
頭に衝撃を受けて前世の記憶が戻ったのか! と一瞬考えたけれど、その程度で戻るなら前世で前世の記憶――ややこしい――が戻る機会なんていくらでもあったはずだ。
少なくとも俺の前世においてそんな記憶はない。
そこで改めてぶつかった鏡を見た。
相変わらず愛らしい小動物の姿、とその上、正確には鏡面に文字が浮かび上がっている。
――スキル『前世還し』を使用しました。
「きゅい?」
お? これはなんだろう。
たしたしと鏡を叩いてみる。
持ち上げろって? そんな器用なことができる指じゃないんだよ。
肉珠ぷにぷにの可愛らしい指なのだ。
――使用可能なスキルを表示します。
――『前世還し』
・対象を前世の姿に戻すことができる。
・スキル所持者はいつでも戻ることができるが、他人に使用する場合は接触する必要がある。
・対象とあまりにレベル差が開いている場合、対象に承諾を得るかを弱らせる必要がある。
――『前世視認』
・前世還しの付随スキルです。
・このスキルの持ち主は意識すれば他人の前世の姿を見ることができる。
ほう、なるほど。
なるほど?
俺は恩返しがしたいと言ったはずなんだが、この能力がどう関係あるんだろうか。
まさか、たまたま転生した近くにこんな鏡が落ちてるわけもあるまいし。
それとも恩返しは鏡じゃなくてこの姿のほうか?
恩人がもふもふ好きに転生してて、だからこの姿とか?
うーむ、わからん。
わからんことは悩んでもしかたがない、ならばわかることを増やそう。
自分の姿は鏡をみてわかった。
今居る場所は森っぽいがそれ以上はわからない。
この場から動かずこれ以上調べられるのはこの鏡くらいだろう。
『前世視認』は前世の姿を見られるってあるけど、これは鏡を使えば自分の前世も見られるのだろうか?
たしたしたしと叩いてみる。
自分の姿を見るには文字が邪魔だ。その希望が通じたのか文字が消えてくれる。
そして現れる緑のもふもふした姿をジーッと見つめる。
前世よ「みえろーみえろーみえろー」と念じながら見つめてみる。
すると、ぼんやりと緑のもふもふに重なってさわやか好青年の姿が。
すまない、盛った。
日本ならどこにでもいそうな平凡な青年の姿が浮かび上がった。
おや? 間違いなく前世の自分だ、それは間違いないのだが。
おかしいな、前世での俺は老衰で死んだ。つまり相当な高齢だったはずなんだが。
鏡に映っているのはどうみても10代から20代。
まぁ前世には違いない、死んだときの姿が出てきてグロ画像とかじゃなかっただけ良かったと思おう。
ほら、もしかしたら火葬場での姿とか出てきたかも知れないのだし。
前世還りというくらいだしこの姿に戻れるのだろうか?
説明でも戻れるとあったのだしそうでなければ嘘だ、詐欺だ。
結論から言えば戻れた。
ただし全裸だった。
俺はすぐに緑のもふもふに戻った。
だって恥ずかしいじゃん!
いくらここが森だからって、全裸は嫌だ。
ちなみに鏡に写っていたとおり青年の姿だったので若返ったみたいで少しうれしかったのは秘密だ。
若返ったどころか転生しているので0歳なんだが。
人に戻っている間は普通に言葉を発せられたし身体の動きにも問題はなかった。
話せたのは日本語だけなのでこれがこの世界で通じるかはわからないが。
それからも鏡をいじり、追加で色々とわかったこともある。
細かいことは後で実戦するとして、まずはこの森を探索してみよう。
鏡を放置していくのも嫌だったので試行錯誤した結果、良い感じで背中に収めることができた。
このしっくり感、もしかしたらカーヴァンクルという種族そのものの持ち物なのかもしれない。
その状態で一歩、また一歩と体の感触を確かめるように地面を踏みしめてみる。
やはり人間の時とは違い、素足だというのにとても歩きやすい。
すばらしい、これなら鏡と一緒にどこまでだって歩いていける。
俺は楽しくなって尻尾をぶんぶん振り回しながら森の中を駆け出していくのだった。