18 からあげパーティ!
あつい、暑い、熱い。
燃えるような熱を感じて、俺は瞼を開く。
俺の手足は長い無骨な木の棒にくくりつけられ、さながら狩りたての獲物のようにぶら下げられ、真下には大きな鍋に熱く煮えたぎった油がたっぷりと......
いやいやいや本当に調理される獲物状態じゃないかこれ!?
あ、まってまってまって落とさないで揚げないでええええ!
「素揚げはいやああああ!」
「ひゃう!?」
「あ、あれ?」
そこは、大量の松明に照らされた場所だった。
ここは、町中か? すっかり日は暮れているらしい。コカトリス退治には外灯に使われていた魔晶石も取り外して使ったので松明で明かりを確保しているのだろう。
つまり......。
「夢落ちなんて最高!」
半泣きで叫ぶ俺だった。
「おおよしよし。何か悪い夢でもみたのか? 夢の中でコカトリスにでも襲われたか?」
俺を抱き抱えて居たらしいアオメがそう心配してくれる。
「危うく油で素あげにされるところだった......」
「は?」
「コカトリスよりも余程恐ろしかった......」
「......くっ、くふ、ふふふふふ」
「おい?」
「あははは素揚げ、ヒエンの素揚げか。ひぃーあははは!」
「笑いすぎだろおおおお!?」
アオメはそのまま一分ほど笑い続け、なんだなんだと集まってきた兵たちもアオメの説明を聞いて笑いだし、それが収まってようやくあれからどうなったのか聞くことができた。
アオメの攻撃魔法、攻勢魔力による雨でコカトリスは全身をヤスリで削られるようにして打ち倒されたらしい。
想像するだけでもエグいので、見なくてよかったかも。
その後コカトリスの生き残りはあっけなく捕まえられ、調査の結果ただの鶏に戻っていることが判明したとのこと。
「それで、鶏たちのコカトリス化の原因として怪しんでいるのがこれなのじゃが」
アオメが取り出した魔晶石。それは透明度など全くない灰色をしていた。
「なんだこれ、魔力を感じるし魔晶石、だよな」
「うむ、実はな。倒したコカトリスの近くで拾ったのじゃ。この魔力、覚えがないかの?」
「......これ、あの灰色の砂か」
俺は新たに開放されたスキル、魔力感知で魔力の差違が分かるようになっている。この魔晶石はあのコカトリスを強化した砂と同じものだ。
ちなみにこの魔力感知、目でものを見る、鼻で匂いを嗅ぐように自然と額の宝石で視て、感じることができる。
スキルとは魔法のような技術ではなく、種族固有の感覚や器官なのかもしれない。
「そうじゃ。それともう一つお主に言っておかねばならないことがある」
「ん?」
「この魔力の感じなんじゃが、姉上と同じものじゃ」
「アオメを育ててくれたっていう、例の?」
「そうじゃ。妾はこれが何なのか知りたい。手伝ってはくれぬか」
そういって俺を覗きこむアオメ。
今更水くさいことを言う奴だ、こちとらあの屋敷を出てからは一蓮托生のつもりだったというのに。
そこまで考えて、ふとコカトリスを前にして考えたことを思い出す。
昨日今日出会った奴に体を張るなんて人間らしくない、それは今でもそう思うのだが、俺は出会ったばかりのアオメと旅を始めたわけで。なんのことはない、とっくにらしくないことをしていたわけだ。
「はははっ」
「む、なんじゃ、真面目な話じゃぞ」
「いや、ふざけてる訳じゃないんだけどな。いいじゃないか、最初からお互い協力する約束だ」
「よいのか? こちらに集中してはお主の探し人から離れることもあるやも知れぬし」
なんだ、そんなことを気にしてたのか。そう言えば俺も色々と話さなきゃいけないことがあったな。
「それなんだけどな......」
「コケーーーッ!」
「なにっ!?」
その鳴き声に反射的に飛び退こうとして、アオメにガッツリ抱かれていたので無理だった。
「落ち着けヒエン、これはもうただの鶏じゃ」
「え、あぁ、そうか。そんなこと言ってたっけ」
そこにいたのは本当にただの鶏だった。地面に落ちた茶色いなにかを啄んでいる。
「なんだあれ?」
「ふむ、唐揚げじゃな」
「唐揚げ?」
「またせたなお前たち!」
「唐揚げ大量におまちー!」
「焼き鳥もあるぞ!」
「コカトリス討伐兼快気祝いだ! 貯蔵庫が空になるまで飲み尽くせー!」
ドニクスさんを筆頭に、屈強な兵たちが大量の料理を持ってぞろぞろと現れた。サンドイッチやスープなど、本当に色々ある。
さらにいつの間にか町民たちも集まっていて、お祭りさながらの様相を呈してきた。
アオメと話していた間周りが目にはいっていなかったらしい。
「よ、気がついたみたいだな」
「ドニクスさん......そうだ、アンドリューは!?」
「無事だぞ、いまは向こうで町の子供たちを乗せて走り回っている」
「そうか、良かった」
「君たちには感謝している。今は領主不在で大した礼もできないが、食事だけはたくさんあるからな。腹一杯食べてくれ!」
「ありがとう、でもどうしたんだこれ」
なんでも、仕方のないことだったとはいえ鶏たちを狩りすぎたらしい。冬のための保存食にしてもあの量を加工するのは大変なので、町を上げたお祭りとして食べられるだけ食べてしまおうということだった。
「さっきの悪夢はこれのせいか......」
「ん、どうした。なにかあったのか?」
「あ、いやなんでもな」
「聞いてくださいよ隊長! ヒエンさん素揚げにされる夢みたらしいですぜ!」
「そうそう、なんていってたんでしたっけアオメさん」
「素揚げはいやだあああああっ、じゃな」
「うおおおおおおおい!」
ちょっとまて兵士ども、なんだそのフレンドリーさは。俺達に向けていた疑惑の瞳は! なんでさんづけなんだ! なによりさっきの話を蒸し返すな!
「ヒエン......」
「ドニクスさん......」
「油なら、煮たってるぞ」
「あんたもかあああああ!」
サムずアップするな! ドニクスさんだけはまっとうだと信じていたのに!
「ええいなんだなんだお前ら、掌かえしやがって!」
「返しもしますよ」
一人の兵の言葉に、場が静まる。それは決して嫌なものではなく、暖かい静けさだ。
「この町に、命懸けで共に戦った者を疑うようなやつも、助けてくれた恩を仇で返すような愚か者もおらんよ」
そう、誇らしそうに頷くドニクスさん。
「そうか、まぁ、なんだ。俺達実は文無しでな! 助けたら宿と食事くらいもらえるんじゃないかとか、そんな、なんだ」
なぜか恥ずかしくなり、いま思い付いた理由を並べるが、周りの目が段々にやけていくのを感じる。
「なんだヒエン、照れておるのか?」
「空の魔晶石をあっというまに満たした時はなんてすごい人、人? なんだって思ったのになー」
「あぁ、あの時のヒエンさんはかっこよかったのにな。アンドリューが石化して、用意した魔晶石も尽きてもうだめかと思ってたし」
「こうしてみるとかわいい生き物だなあー」
「おいお前ら、恩を仇で返さないんじゃなかったのか」
それにドニクスさんが腕を組みながら力強く答えた。
「恩を仇で返すような愚か者は居ないが、からかわないとは一言もいっていない!」
「「「その通り!!」」」
あぁ、やっとわかった。こいつら酔ってるな!? 酒もだろうが場の空気とか、勝利の余韻とか、色々なものに!
「こうなったら俺もやけ食いおろろろろろ」
「ヒエン!? だ、大丈夫か?」
アオメの腕のなかから飛び出して唐揚げにかぶりつくと、それをそのまま吐き出した。
案じてくれるアオメに返事をするも、俺は衝撃を隠しきれない。
あ、味が濃い、濃すぎる。それにとてもしょっぱい、なぜだ......。
「ヒエンさん、動物だから人間の味付けじゃ濃すぎるんじゃないっすかね」
一人の若い兵士がそんなことをいう。俺が動物? たしかにそうだ。いまの俺は動物、魔力が使えたし多分魔獸というやつだろう。そして俺はこの姿では未調理のものしか口にしてこなかった。
原因がこの姿であると言うのなら、コカトリスを倒したいま、前世還しを使って人になれば良いだけのこと!
「ふざけんな! からかわれたままで終われるか、やけ食いだ!」
「ヒエンちょっと待つのじゃ」
「ヒエンさんが人になった!?」
「というか脱いだ!」
「ヒエンさんが脱いだ!」
そうだった、いま服着てないから人になったらまた全裸じゃないか。
ええい、もうめんどくさい!
「構うか、肉を寄越せ! 久しぶりのまともな飯だ!」
「じゃんじゃんもってこーい!」
その後アンドリューも加わり、騒ぎまくった俺達はアオメの水魔法で頭を冷やされることになるのだが、それは俺の長い前世を含めてトップクラスの黒歴史となるのだった。
「ええい! 妾以外の女子もおるのじゃからはよ服を着んかああああああ!」
いつも評価・感想ありがとうございます!
この話が書きたくて鶏を出しました(ぉぃ




