17 コカトリス
「誰だこの世界のコカトリスにヘビは生えてないって言ったのは!」
全長2mほどまで巨大化したあげくヘビの生えた鶏を見て、俺はあらんかぎりの声で叫んでいた。そこへ、鶏が動きを止めている間に合流したアオメが叫び返す。
「し、知らんもん! 妾が読んだ辞典には乗ってなかったもん!」
「もんじゃねーよなに可愛くなってんだよ! お前あんな分け知り顔で解説してくれてたのにがっかりだよ!」
「50年も引きこもってた妾が物知りなわけなかろう!」
「逆ギレ!?」
いや、確かに考えてみれば50年もの間屋敷から出られなかったアオメのことだ、知識は姉上さんから聞いたものと屋敷の書物が全てなのだろう。
つまりそこにないもの、例外のような事は知らなくて当たり前なわけで。
「く、どうすんだよあれ。さっきアオメの魔法弾いてたしやたらと強そうなんだが」
「元々魔獣のあやつらには魔法が通りにくい、隙を見て拘束魔法で捕らえるのがいいじゃろう」
「あぁ、あの触手か」
「触手!?」
アオメがショックを受けたようにしているが、誰がどうみても触手だろあれ。自覚がなかったのか。
「そういう事なら我々が矢で牽制しよう、もし避けられるなり弾かれるなりして無駄なようなら突撃してやつがその場に留まるよう攻撃を仕掛ける」
「うむ、驚きはしたがやることは先程までと同じじゃ。むしろ的がひとつになって楽になったのう」
「冷静そうにアイディアだしてくれるのは助かるけど、さっきのもんもんは忘れてないからな」
俺の言葉に目をそらしドニクスさんと相談を続けるアオメ。
顔が真っ赤なので恥ずかしいのだろう。龍であった時なら顔も赤くならなかったろうに、憐れな。
ドニクスさんの合図で兵たちが一斉に矢を放つ。
それに反応した鶏、今や正真正銘コカトリスの名に相応しくなった奴は口から灰色の何かを矢に向けて吐き出した。
そしていきなり矢が落ちた。
そう、弾かれたでも避けられたでもなく、磁石に吸い寄せられたかのように地へ落ちたのだ。
みれば矢は鼠色になっている。石化していた。
「ふざけたやつだな。石になっても矢の運動エネルギーは消えないだろうに、矢にのせたスキルも不発か」
「恐らく魔法の一種なんじゃろう。石にした上で対象をそこから動けなくするような」
「大丈夫か? 今度は正確な情報か?」
「魔法については姉上からみっちり教わったから大丈夫じゃ! 妾本来の魔法ではなく、魔晶石を媒介にした魔法も使いこなしておるじゃろうが」
言われてみればそんなことも言ってたな。なら魔法については信用しても良さそうだ。
というかあのとんでもアローはやっぱりスキルなわけね。俺の前世還しがあるのだし、他にもあるとは思ってたけど。
「しかしあれでは迂闊に近づけんな......」
たしかに、ドニクスさんたちが突撃してもあっさり全滅しそうだ。
幸いなぜかコカトリスは地面をがしがし蹴っているのでのんびりと作戦会議ができてるわけだが。
仕方ない、俺がタッチして前世還しするか。一応鶏どもが飛び出してきたとき一通り前世をみたが、いまのあれより危険そうなのは居なかったし。
「俺が近づいてコカトリスを別の姿にできないか試してみる。アオメと、兵の中で腕に自信のある人で援護してくれ」
「アンドリューを変化させたあの技か。コカトリスにも効くのか?」
「やってみなきゃわからないってのが正直なところかな」
忘れがちだが前世還しは自分より強すぎる相手には承諾を得るか弱らせないと使えないという弱点がある。
アオメの場合はすんなり許可されたから使えただけだし、あのコカトリスはかなり強そうなんだよな。
「ブヒヒヒィーン!」
「うおっ!」
突然アンドリューが俺に顔を寄せて鳴いた。恐い恐い、主に鶏たちの返り血で真っ赤に染まった体が怖い。あと馬の顔でかい。
その血塗れ白馬はしきりに俺を見て、自分の背をみてを繰り返している。これはまさか。
「また乗せてくれるのか?」
「ブルン」
そのまさかだった。
昨日危ないと思ったら逃げろよと言ったのに危険地帯へ突っ込むつもりらしい。
その方が助かるのは事実なので有りがたく乗せてもらうことにする。俺よりアンドリューの方が早く走れるし。
準備を整え、皆でコカトリスを包囲する。バラけていないと石化ブレスでさっくり全滅させられるからな。
例によってスキルを秘めた矢が四方八方から襲いかかるが、ほとんど石化されてしまい、コカトリスまで辿り着いた矢も蹴り飛ばされてしまう。
だがそれでいい。奴がドニクスさんたちに気を取られている隙に俺とアンドリューは近づくことに成功した。
今更こちらに気がついたようだがもう遅い、俺はアンドリューの背から跳ぶとそのままやつの羽にタッチして。
突如俺の背負う鏡がキイイイインという異音を発した。
[警告、対象は前世還しの使用に適していません]
それが慌ててみた鏡面に表示されていた。
そう、俺がタッチしてもコカトリスにはなんの変化もなかったのだ。
実力差かとも思ったが、それなら使用に適していないという表現は違う気がする。
俺に向かって放たれるコカトリスの連続蹴りを避けながら、瞬時に視界を前世視認へと切り替えるとコカトリスの姿が鶏と人に切り替わる。
2つ!?
アオメの時とは違う、他の前世がぶれて重なっているわけではなくひとつ前の、文字通りの前世が2つある。
つまりこいつは一羽ではなく、いや魂が一つじゃない?
前世還しは魂に作用する能力だが実際に変わるのは肉体だ。前世が2つあっても肉体を2つにはできないので不発したのか......。
でもなんでだ、最初確認したときはこんな個体いなかったはず。三千羽もいたから見逃した?
いや、そもそも前世が人間のやつなんて......っ!?
改めてその人を見て、俺の動きが止まる。黒いショートヘアーの、病衣を着た女性がいた。あれは......っ。
そこで、俺は完全に動きを止めてしまった。連続蹴りが止まったのも理由だが、それは動きを止めていい理由にはならない。
やつの本当に恐ろしい攻撃は蹴りではなく石化の吐息なのだから。
体に強い衝撃を受けて、俺は宙を舞った。そのまま地面に叩きつけられ二度三度と跳ねる。
ぐ、いったい何が。
幸いこの体は頑丈なので大したダメージも受けず起き上がり、コカトリスを睨み付けようと視線を向ける。
目の前に馬の石像があった。
「......あ」
アンドリューが、俺を庇ったのか?
まともに言葉を交わしたこともない、それどころか人の姿ではあったこともなく、自分を馬に変えたようなやつを?
バカなんじゃないだろうか。
そう思ってしまった。
いざとなれば考えなしに体が動くなんていうが、人間はそんな上等なものじゃない。昨日今日あったやつより自分が大事だからだ。だから俺もいざとなったら逃げるとアンドリューに告げていたのに。
「ヒエン! そこを動くでないぞ!」
危険を察したアオメが水の触手を伸ばし、俺の体を引き寄せてくれているのも気にせず考える。
身を張って守る価値のあるやつもいるが、それは昨日今日の付き合いで判断するものじゃないだろう、と。
領主の息子なら俺を庇うよりやることあるだろう、とか。
危なくなったらお前も逃げろよと言ったのに、大して付き合いのないやつに助けられても感動とかできないぞ、とか。
「アオメ、アレ倒せるか?」
気がつくと、触手で引き寄せた俺をキャッチしたアオメの腕のなか、そう聞いていた。
「無理、じゃな。水の槍よりも強力な攻撃魔法ならいけるかも知れぬが、今回集めた魔晶石全て使っても魔力が足りぬ。それに」
アオメが手の中の魔晶石を見せてくる。色を失い透明になった魔晶石を。
「ここまでに粗方使ってしもうた。屋敷から持ち出した高級品も、魔力が充ちるのは明日の朝までかかろう」
「魔力、か」
残念ながら俺には魔力がほとんどないらしい。それは初めて会ったときアオメに言われたことだ。
でもそれは人間の、魔法のない前世の世界の人間の姿の時だ。
いまの俺なら、少しはあるんじゃないかと、魔晶石に込めるとかできてもいいんじゃないかと思った。
アンドリューを助けるにはコカトリスを倒すしかない。
人間は昨日今日会った相手が本当に良い奴かなんて分からないし、そんな奴のために体張ったりできないのが普通だが。
転生した俺は、この緑色でもふもふとした姿は人間ではないのだから。
[カーヴァンクルのスキルが開放されました。魔力探知、魔晶石作成が開放されました。]
鏡面にそう表示されていた。
カーヴァンクル、たしか転生の直前にそんな言葉を聞いた気がする。この体のことだろうと思いつつ、自分を人間だとしか思っていなかった俺は気にしていなかったが。もし今の自分をちゃんと認めていたら、もっとはやくこのスキルを使えていたのかもしれない。
使い方は感覚的に分かった。
魔力探知は前から感じていた熱のようなもの、その種類と位置がはっきりとわかるようになっている。
一番大きなのがコカトリス、次が以外にもドニクスさん。次いでアオメ、他の兵たちと続く。
今のアオメに以前ほどの魔力がないのは本当らしい。
そして今もっとも欲しかった能力、魔晶石作成。
これは魔力のこもっていない宝石に自分の魔力をこめて魔晶石にできるようだ。たぶん、空になった魔晶石にもできるはず。
アオメの持つ魔晶石に額を近づけると、そこにある赤いルビーのような石から同じ色の光が溢れだす。
その光が魔晶石に吸い込まれ、徐々にその色を赤く染め上げていく。
10秒もかからず、完全な深紅へ染まりきる。。
「アオメ、これで使えるか?」
「お主......いや、聞くのは後にしよう。じゃがこれだけでは足りぬな」
「そうか......」
そういえばアオメは言っていた、今回の手持ち全てでも足りないと。
「これだけでは足りぬ、が。どうやらこの魔晶石は元になった魔晶石よりも質が良いらしい。高級魔晶石とまではいかぬが、空になった魔晶石全て使えれば、どでかいのを一発放ってやろう」
口元に笑みを浮かべたアオメが俺を見る。できるか、とは聞いてこない。倒せるかと聞いたのは俺なのだ、やってみせると信じてくれているのだろう。
空の魔晶石を全て地面へ並べてもらい、一つ一つに魔力を込めていく。一回十秒も掛からないとはいえそこそこの数があるのでどうしても時間がかかってしまう。
だというのに、一向にコカトリスが襲って来なかった。
なぜか。
考えるまでもない、ドニクスさんたちが足止めしているからだ。
領主代行のアンドリューを助けるためというのもあるだろう。
あんな危険なやつを見逃せば、本当の意味で町が危ないというのもあるだろう。
そして何よりも信じてくれているのだろう、俺たちが奴を倒せると。
ドニクスさんたちの動きは素人目にもわかるほど安全を重視し、俺達への注意を引かないようなものだ。
無理に自分達で倒そうとせず、俺達の準備が終わるまでのフォローに徹してくれている。
そんな彼らが少し羨ましかった。俺は長いこと1人で生きすぎて、出会ったばかりの他人など信じられなくて。思えばアオメもあっさりと俺を信じてくれたっけ。
魔力を注ぐ度、疲労していくのが分かる。この数に注げばアオメが失敗したとき走って逃げる体力も残らないだろうが......。
今生では、他人のために体を張るのも悪くない。
「後は任せ、た......」
「うむ、心得た。少し休むがよい」
魔晶石全てに魔力を注ぎきり、力尽きた俺のまぶたが降りる中。コカトリスへ向かっておびただしい数の暴力が降り注ぐのを見た。
いつも評価、感想ありがとうございます。
ネタバレ防止で個別のお返事は控えるようにしましたが全て目を通しています。




