13 前世還し応用編
前世である人から、転生体である緑のもふもふに戻った俺を四つの目がまじまじと見つめてくる。
すっかり忘れていたがアオメと出会った時は屋敷の扉を開けるため、すでに前世の姿になっていたのでこの姿を晒すのは初めてだ。
ドニクスさんは言わずもがな。
「きゅーい、きゅいきゅい、きゅきゅい(えーと、細かいことはあとで話すけどヒエンです、はい)」
「そ、そうか。お主には驚かされてばかりじゃが、体に異常が起きたわけではないのじゃな?」
「きゅー、きゅいっきゅきゅ、きゅい(おう、それどころか良くなったくらいだぞ。ほら)」
俺の顔を心配そうに覗きこむアオメに、石化されていない手を差し出す。
「これは石化を解いた、いや妾の時同様にヒエンの力で誤魔化しておるのか!」
さすがアオメと言うべきか、説明するまでもなく理解してくれた。
一度自分の身で前世還りを体験しており、魔法の知識が豊富だからだろう。
一方、完全においてけぼりを食らっている人もいる。
「君たち、わたしにも分かるよう説明してもらえるかな? それが先ほどまでいた青年だということはなんとなく理解したが、わたしには鳴き声をあげる魔獣の類にしか見えなくてね」
自身が龍であり、こう見えて長く生きているアオメと違い、ただの人間なドニクスさんは警戒を露に椅子から立ち上がると、立て掛けてある武器の近くへとよっていた。
突然現れた謎の生き物が攻撃してきても対応できるようにだろう。兵士としては当然の行動だし、ここで声を荒げたり武器を向けてこないあたりに冷静さが伺える。
いや、猛獣やら魔獣がはびこる危険な世界ですぐに切りかかってこないのは逆に甘いのか?
「きゅきゅう、きゅっきゅきゅきゅーい、きゅきゅっきゅきゅ。きゅいきゅーきゅーん(驚かせてすみません、俺のスキルを使えば石化の進行を止められるかもしれないと思って試してみたんです。事前に説明してからやるべきでした)」
「......この生き物はなんと言っているんだ?」
「自分の石化を止めるために魔法を使ったらしいの、驚かせてすまんと謝っておる。......ヒエンよ、お主に言ってもせんないことだが妾の通訳が必須な状況はなんとかならんのか」
ため息混じりのアオメの言葉に申し訳なくなるが、前世では英語すらろくに話せなかった俺が一朝一夕で異世界語をマスターするのは無理だと思う。
なにかいい方法はないかと悩んだところで背中に背負った鏡の事を思い出す。
前世還しや前世視認について説明してくれたこれなら、他のことも分かるかもしれない。
ぺちぺちと鏡にタッチしてたすけてーと念じてみる。反応はない。さらに言葉が分からないの何とかならないかと念じながらぺちぺちしてみる。
後で聞いた話だが、この時アオメとドニクスさんには俺が鏡に写った自分の姿を本物と間違えて叩いてるように見えていたらしい。
実は一回やらかしているだけに否定しにくく、半笑いで返しておいた。
さて、結果から言えばこの鏡は今回も俺を助けてくれた。
鏡面に『言語を解析、予測しますか? yes/no』の文字が現れたのだ。全力でyesをぺちる俺。
「彼は本当に大丈夫なのか? 改めていうが鏡に攻撃している魔獣、いやもう頭の悪い小動物にしか見えないのだが」
「妾も詳しくは知らぬからのう、段々心配になってきたのじゃ。魔法の副作用でのうたりんになってしまったのかもしれぬ」
「失礼な!」
「「!?」」
無事翻訳機能が働いたようで、俺の叫びに二人が反応する。
ていうか誰がのうたりんだ。
「ヒエンよ、本当になんとかしてしまったのか」
「なんか、がんばったらできた」
正確にはがんばったのは鏡さんだが。
何とかしろというからしたのに、アオメには呆れたような目で見られてしまった。失礼なやつだ。
「いや、それより驚かせて悪かった。石化の危険性を聞かされて、咄嗟に対処法を試してしまった」
「その話、詳しく聞かせてもらえるか?」
「隊長! アンドリューのやつがまずいです!」
「どうした!?」
ドニクスさんに促され、説明しようとした矢先、焦ったような兵士が部屋へと駆け込んできた。それに反応して部屋を飛び出すドニクスさん。
残念ながら、お茶でも飲みつつゆっくり説明というわけにはいかないらしい。
俺たちが呼ばれたわけでもなし、ここで彼の帰りを待っても良かったのだけど、あの様子を見るにただ事ではないのだろう。
アオメを見れば彼女も様子が気になるようで、俺たちは頷きあい彼らの後を追った。
「これはひどいのう」
後を追った俺たちが目にしたのは、数十人を越える負傷者の山だった。
恐らく皆コカトリスにやられたのだろう。差し詰めここは病室のようなものか。
その中のある青年の周りに人が集まっていた。ドニクスさんの姿もあるから先ほど耳にしたアンドリューというのは彼のことだろう。
しかしこれは......。
「呪いが首まで届いておるのう。これでは数分も経たずに脳へ血が送られなくなるじゃろう」
アオメのいう通り彼の首ははっきり分かるほど灰色に変色している。見れば左肩も変色しているから、そこに一撃貰ったのだろう。
ドニクスさんが医者らしい人と真剣な表情で話あっているが、先ほど聞いた話が事実ならアンドリューさんとやらが助かる見込みはないのだろう。
さて、いま俺には二つの選択肢がある。彼を救うか、見捨てるかだ。
ドニクスさんにはまだ前世還しについて詳しく話していない。自分にしか使えないということにすればここで見捨てても責められたりはしないだろう。
対して助けた場合他の負傷者も見捨てるわけにはいかなくなる。それは構わないが、問題なのは俺が特殊な力をもっているのが露見してしまうことだ。
いつの世もそういう存在は利用される。魔法などない前世ですらそうだったのだから、こちらでの危険度は押して知るべし。
なんて考える前に結論はすでにでてるんだけどな。
若いやつを見捨てて保身に走るような爺に育った覚えはない。未来ある若者を救えるなら救おうともさ。
くどいようだが俺も今は未来ある0歳児だけどな!
「ドニクスさん、その若いの、助けてやろうか?」
「な、助けられるのか!?」
できます助けられますだから俺を持ち上げて揺らすのはやめめめめ、やめんか吐くわ!
「落ち着かんか」
「べぶっ」
アオメの尻尾で軽く叩かれたドニクスさんは、落ち着きを取り戻したのかこちらに向き直る。
「それで、本当に助けられるのか?」
「できる、が姿は変わることになる」
「それは、いまのお前のようにか?」
「どんな姿に変わるかは俺もまだわからない。ただ本人の意識はそのままだし、元に戻すこともできる」
もっとも、コカトリスを倒す前に戻したら石化するだろうがと付け加える事も忘れない。
ほんの数秒悩む素振りを見せたドニクスさんだったが、苦しむアンドリューの姿を一瞥すると覚悟を決めたらしい。
「わかった、やってくれ」
「こんな珍妙な生き物の話を真に受けて良いのか?」
自分で言いたかないが、相当怪しいと思う。
「どのみちこのままでは長くは持たない。それに、少なくともお前が石化を止め、自我を保っているのも見ているしな。それでアンドリューになにかあれば私がお前を斬るだけだ」
これが人間の放つ殺気というやつだろうか。オオカミたちとはまた違う鋭いなにかに肌が震える。
「怖いこと言わないでくれよ、大丈夫だって」
そして俺はそっとアンドリューの肩に触れ、前世還しを発動させた。
大丈夫だ。アオメに使った前例もあり、確実に成功するのはわかっているから俺が斬られる心配はない。
まぁ、アンドリューのほうは大丈夫じゃないかも知れないが。
何せ彼の前世は馬なのだから。
ちょっと間が空いてしまいましたが書き溜めできたので更新を再開します( ・ㅂ・)و ̑̑ y




