12 石化の呪い
辛くも鶏たちを撃退した俺とアオメは、当初の目的どおり街へと向かっていた。
俺の石化を解くために鶏たちを追おうにも、どこへ行ったのか分からない。
人の集まる街ならばあいつらの情報があるかもしれないので、あれから休憩もとらずに歩を進めたのだ。
「街、っていうより砦じゃないのか、これは」
街に近づいて最初の感想がそれだった。
高い岩の壁に木製の門が取り付けられている。
それだけなら物騒な生き物がはびこっているこの世界なら普通かなと納得しただろう。
だがその門は固く閉じられ、壁には隙間が空いている。
あれって弓とか使うためのやつじゃないか? この世界なら魔法だろうか?
「otamer! aninomonad!」
門の前で鎧を着たやつに何事かを叫ばれ、手にした槍を向けられる。
警備兵、番兵というやつだろうか。10人ほどが槍を手に立っているが多すぎやしないか?
そして困ったことに何を言われてるのかわからない。
考えてみたら当たり前で、アオメとは彼女の能力で話が出来ているだけで、言葉が通じているわけではなかった。
そういえばなぜ龍ではない姿でもその能力が使えているのだろう。今度聞いてみようか。
「すまんアオメ、何言われてるか全然わからん」
「ん? あぁ、そういえばお主この国の言葉が使えんのじゃったか」
「あぁ、すまんが通訳頼む」
アオメもすっかり忘れていたらしい。
本人が忘れてたんだしそれはそうか。
だがそんな事情をしらない番兵は異国の言葉を発する俺に警戒を強めたのか、俺たちを包囲するようにゆっくりと動き始めた。
「待つのじゃ、妾たちは怪しいものではない、先に話を聞いてくれんかの」
「貴様は言葉が通じるようだな。何者だ、竜の尾を持つ亜人など聞いたこともない」
番兵の言葉を、アオメがリアルタイムで脳内翻訳して送ってくれる、ありがたい。
それにしてもこの世界には亜人がいるのか。
台詞からして人間以外の特徴を持った人間っぽい種族のことだろうと察しはつくが、アオメのような姿のものはいないらしい。
アオメの今の姿は彼女の前世の姿、つまり異世界の種族だ、当たり前だ。
「うん? 何を言っておるのじゃ、妾はどうみてもリザードマンじゃろうに」
「貴様のように人間のような形をしたリザードマンがいるか!!」
堂々と言い放ったアオメに兵士が怒号を上げる。
会話の内容がよくわからないので口には出さず、しかしアオメへ向けて質問を飛ばしてみる。
始めて会話したときのように、これでも彼女の能力で会話はできると思ったのだ。
『アオメ、リザードマンってそんなにアオメとは違う姿なのか?』
『うむ、見た目はまんま二足歩行のトカゲなんじゃが、さすがに騙せなんだか』
『それで騙せたらこの街の兵士はだめだめだと思うぞ・・・・・・』
「ではなんだと言うんじゃ? 証拠の尻尾もちゃんとあるじゃろう、ほれほれ」
さすがに騙せないといった直後に堂々と長い尾を振りながらリザードマンだと言い切るアオメ。
物凄い胆力の持ち主だ。
「ぐ、ま、まぁいい、この際貴様の種族がなんであるかは関係ない。何の目的でこの街へと来た」
え、いいのか!?
ちょろいぞこの兵士、大丈夫かこの街。
「うむ、旅の途中なのじゃが、すぐ近くで魔獣どもに襲われての。こやつが怪我をしたので休めそうなこの街へ慌てて向かったのじゃ」
怪我の話が出たので怪我、正確には石化している手を番兵たちに見えるように掲げる。
鶏たちが逃げた直後は指の関節までしかなかった石化が、今では左手首から指先まで広がっている。
もうこっちの手は指一本動かせない。
それを見た番兵たちの空気が一気に緩まるのを感じる。
なんだ? 俺が石化してると警戒する必要がないのか?
「そうか、どうやら君たちは敵ではなさそうだ」
「なんだって?」
「それはどういう意味じゃ」
俺の言葉は通じないので、アオメが同じ意味の言葉を続けてくれる。
「その話は中でしようか、こっちにくるといい。お前らは引き続き警戒を頼む、何かあったらすぐに知らせてくれ」
俺たちに槍を突きつけていた番兵の言葉に、残りの番兵たちが敬礼する。
この男がこいつらのまとめ役、隊長かなにかなんだろう。
街の中はレンガ造りの家が立ち並び、地面もレンガで舗装された非常に綺麗なものだった。
この世界で他の街を見ていないから比較対象がないが、かなり裕福な街なんじゃないか?
それにしては人影がまばらなようだが。
首をかしげつつ俺たちは番兵の後をついていくと、小さな建物に案内された。
中には鎧や武器が立てかけられている。
どうやら兵の詰め所のようだ。
「さて、先ほどは失礼したねお客人。私はこの街の警備隊長を任されているドニクスという」
兜を脱いだドニクスさんは茶髪を短く刈り上げた優しそうな顔つきの男性だった。
正確な年はわからないが30代前後といったところだろう。
「街に近づくなり武器を向けるだなんて、この街はそんなに厄介ごとが多いのか?」
「と、こやつは言っておるぞ」
すまんアオメ、翻訳ありがとう。
「それについては本当にすまない。落ち着いたら正式に謝罪させてもらうが、いまは非常事態でね」
「非常事態じゃと?」
「ああ、彼の怪我、いや石化からして君たちも出会ったのだろう。コカトリスどもだよ」
なんでもあのコカトリスたち、元はこの街で飼育されていた普通の鶏だったそうだ。
それが一週間ほど前、突然一斉にコカトリスへと変異し街の住人を次々に襲って行ったのだそうだ。
幸いまだ死者は出ていないらしいが、石化の進行が止まらず危険な状態の住民も多いらしい。
突然普通の鶏が魔獣になるなどありえない、手引きしたものがいるはずだと警戒を強めていたところに異国の言葉を話す俺と、聞いたこともない姿をしたアオメが現れたらしい。
そりゃ武器を突きつけるくらいされるか。
「やつらの石化能力で一番恐ろしいところはなんだと思う?」
ドニクスさんの言葉にアオメと顔を見合わせる。
なんだろう、俺たちにはさっぱりわからないぞ。
「石化の進行が遅いことじゃな」
「その通りだ」
訂正、わからないのは俺だけだったらしい。
「石化の魔法を使う魔獣や魔物は何種類かいるが、大抵は一瞬で全身を石と化してくる」
一瞬で石化するのはたしかに脅威だが、高位の治癒魔法が使える治癒師なら解除できるらしい。
敵を倒した後遠方から招くなりこちらから向かうなりすれば助かるのだそうだ。
無論石化している間に砕かれたりしたら終わりだそうだが。
対してコカトリスの石化はやつらを倒せばすぐに解除される代わりに石化の進行が非常に遅い。
「もし石化の範囲が呼吸器や心臓など重要な臓器に及べば、全身が石化するより早く死ぬことになる」
ドニクスさんはまるで自身が石化しているかのように沈痛そうな表情をしている。
聞けば石化を受けている者の中にはドニクスさんの部下もいるらしい。
「それで、その事をわざわざ妾たちに聞かせたのは何故じゃ」
「決まっている、やつらとどこで交戦したのか教えて欲しいからだ」
「なるほどのう。まぁ、それくらい構わぬが」
どうやらコカトリスたちは神出鬼没で、散発的に街を襲っては逃げていくのだそうだ。
詳しい状況や場所などの説明をアオメに任せ、俺は石化について考えていた。
たしかにこの石化は恐ろしい。現に俺の左手首から先には血が通っていない。
石化している範囲はともかく、していない部分が壊死する可能性もある。ドニクスさんが心配しているのは住民のことだろうが、俺にとっても他人事ではない。
なにかないだろうかと考えていると、アオメの尻尾が目に入る。そういえば最近似たようなことで悩んだはずではなかったか?
「ふむ、やるだけやってみるか」
俺は自分にかけていた|《前世還し》を解除すると、緑のもふもふへと姿を戻す。
身体が極端に小さくなったことで服が脱げるが、緑の毛に覆われているからか不思議と恥ずかしさはない。
改めて左手を見てみると、そこにはピンクの肉球に覆われたぷにぷにな手の平があった。
想像通り|《前世還し》で変化した場合状態異常は引き継がれないらしい。理屈としてはアオメが龍の時かかっていた魔法が引き継がれなかったのと同じだろう。
やったぜ! とガッツポーズをとりたかったが生憎とこの手では指を握れないので、かわりに高く掲げておいた。
ふと、さっきまで盛んにしていたはずの話し声が止まっていることに気がつく。
おや? と視線を上に向けるとアオメとドニクスさんのぽかんとした顔があった。
「お主、ヒエン、か?」
あ、そういえばアオメにもこの姿のこと何も説明してないや。




