代償
「【無敵の一撃】インビジブル・ブロウ!」
それは頭の中から漏れでた微かな希望だった。
それにただエリックはしがみつくしかなかった。
手に何かの感触があることをこの時に初めて知った。それは何かかは分からないが確かに握っている。
エリックは怒りとともにその何かを握った。
男の体から噴水のように血が湧き上がった。
すると、次の瞬間男が急に地面に倒れた。
「お、お前のその魔法は・・・」
と言って 男は息を引き取った。
人間の死の瞬間をこの時初めて目の当たりにした。
何が言いたかったのかは多少気になったが
それよりも頭の中は父の生き死にの方でいっぱい
だったのだ。
さっきまでの様子であれば生きているはず・・・
「学園長は死んだ。」
薄暗い木と木の間から少しこもった声が
聞こえてきた。
「誰だ?誰かそこにいるのか?」
「俺の顔を知らんとは呼ばせんぞ。エリック・オズボーン。」
闇から現れたのは現生徒会長ミハイル・ロマノフだった。あまりの突然の登場にエリックは驚きが隠せなかった。
「何故、何故あなたがそこに?」
「ずっと見ていた。お前と学園長をな。」
今まで溜まっていたものが全て吐き出されるような気持ちになった。
「どうして助けなかったのです?あなたの力があれば誰もこんな思いをしなくてす・・・」
「助けなかったのではない、助けられなかったのだ。学園長からも自分より遠くへ離れてろと伝えられていた。」
そう言うとミハイルはポケットから1通手紙を
取り出した。
「これをお前に。」
案の定、それは父からのものであった。
「学園長はこうなることを全て推測していらっしゃった。だから、俺にこれを託した。読め、エリック。いや、お前はこの手紙を読まなければならない。」
長方形の封筒の中にはずらりと横書きで書かれた文が並んでいた。
エリックはなんとか読もうとした。
しかし、読めなかった。目からは永遠に
流れるのではないかと思う程の涙がこぼれでた。
「ふん、どうやら読めないようだな。俺が要約してやろう。簡単に言うとお前がさっき使ったのは世界魔法共同会議でも何度も上がった禁術だ。」
「えっ。俺が禁術を使っただって。」
「あぁ、その通りだ。
その術の正体は魔力を最大限に引き出す事で相手の心の臓をあたかも己の手の上にあるかのように錯覚させる、いや、実際にはあるのかもしれないが・・・」
確かにエリックの手の上には何かが乗っているような感覚があった。
「そんな魔法を・・・俺は・・・。」
「そうだ。だが、この魔法には決定的な弱点がある。」
ミハイルはこちらをじっと見つめてきた。
その時、こちらの様子を伺っているようにも見えた。がしかし、その訳はすぐに明らかとなった。
「それは一番近くにある己にとって最も大事な物を失う事だ。」
薄々感づいてはいた。
父が死んだ時、俺の心のどこからか
笑い声がしたからだ。
それはまるで悪魔のような。
もしかしたら自分はどこかで契約をしていたのかもしれない。
そう思わざるをえなかった。
「気づいてましたよ。とっくのとうに。」
とミハイルに自分の顔を見られないようにうつむきながらそう答えた。
「そうか。話が早いな。実はここからが本題なのだが・・・」
「会長ー!やっと見つけましたよ。、お取り込み中でしたか?」
とこちらに向かって走ってきたのは現生徒会書記 アリス・スチュアートだった。
「いや、今さっき本題を言おうとしたところだ。それでは学園長の遺体の処理頼んだぞ。直に朝がやってくる。」
「はい。承知いたしました。」
と陽気に答えた。
人が死んでいるというのに顔を一つも変えなかったことをここから時間が経っても何故か忘れる事はできなかった。
夜の学園を出歩いたのはこれが初めてだった。
夜の道には月に照らされたピンク色の花がヒラヒラと舞い落ちてきた。
ミハイルはそんな自分たちを照らす月を鬱陶しいような顔をして言った。
「俺には父という概念がない。もちろん、母もだ。最後に残っている記憶はある国の内戦に巻き込まれているときに目を覚ましたのだ。周りにはガラスが実験施設が粉々になっていた。慰めにもならないかもしれないが、俺はこの学園に来て、この生徒会に入れて非常に良かったと感じている。」
会長の目は月に反射して見えなかったが
この時泣いていたかもしれない。
「ここで提案が、いや、頼みがある。」
「はい。なんですか?」
「生徒会に入る気はないか?」
不意の出来事に驚いた。
まさか学園最弱の自分が生徒会への
招待を受けるなんて世界中の誰が想像
しただろうか。特にエリック自体が
それについては口から心臓が飛び出そうな
申し出だった。
しかしエリックは戸惑いもあった。
「こんな俺が生徒会に入るなんて。
誰も賛同してくれる訳がありません。」
「確かにそうかもな。だがな、エリック。誰かに認められるためには、誰かに認められようとする以外方法はないと少なくとも俺はそう思っている、どうだ?」
ミハイルの言葉には力があった。
いつの間にかエリックはこのミハイル・ロマノフという男に憧れの念を抱いていた。
「では、もう一度聞く。エリック・オズボーン。生徒会に入る気は無いか?」
「入ります。いや、入れさせてください。」
「うむ。いい返事だ。」
こうして最弱の俺は生徒会加入を決めた。
翌朝、昨晩の出来事がまるで嘘かのような朝がやってきた。
いつものようにゴットハルトが自分の部屋に来た。こいつを見ていると妙に心が休まる。
昼の時間になるとゴットハルトは毎昼の如く食堂に俺を誘った。
だが、生徒会長からの呼び出しがあるからと言った途端、そうかとぱっとしない返事が帰ってきた。おそらくこいつもこいつなりに俺に対する父の死について気を使っているらしい。
重い足を校舎の最上階五階まで足を運んだ。
ドアをコンコンとノックすると中からあの声が聞こえた。
「入れ。」
昨日と打って変わって厳しい口調だった。
「失礼します。2年のエリック・オズボーンです。」
「あなたが学園長の息子やね。初めまして。書記を担当しているアリス・スチュアートです。わからんことがあったら何でも聞いてね。」
やけに訛りが強いこの女性アリス・スチュアートは学園ランキング3位の超エリートだと聞いている。戦闘力では1位2位に劣るものの知力では他を寄せ付けないほどのものを持っているそうだ。
「こちらこそよろしくお願いします。」
「男なら声を晴れや。声を。おい、会長。また根性がないのをつれてきたのー。昨日来た奴の方がまだ元気だったぞ。」
そう言ったのは副会長、アルケタス・ニュートン。戦闘力、知性共にあり過去に会長ミハイル・ロマノフと生徒会長の座を奪い合った程である。
「これ、アルちゃん。ミハイルちゃんをいじめんとって。せっかく捕まえたのに逃げてしまうやろ。」
「それならそれで根性無しだということじゃろが。それに聞くところによるとそこに立つミハイル君は学園ランキング最下位という噂を耳にしたんだが。」
「そのへんで終いにしてもらおう。アルケタス。お前よりもこいつは強いぞ。」
「そんな訳あるかい。ランキング2位が最下位に負けるなんざあってたまるか。」
「確かに公式の試合においてはアルケタス、お前の方が強いだろう。しかし、いざ戦闘になったら俺でもこいつには勝てない。いや、殺されるだろうな。」
「どういう意味だよ。」
やけに慎重な目をしながらアルケタスは
ミハイルの目を見た。
「こいつの魔法はS級の更に上である禁術だからだ。これは彼の父、学園長がお考えなさったものである。」
生徒会室は一瞬の静寂を保った。
「う、嘘だろ。こんな小僧が・・・」
「私もびっくりですわ。」
副会長、書記共に目を丸くしていた。
それも仕方ないかもしれないが。
「そんな事は置いといてこれからエリック、お前は生徒会副会長補佐という役目をになってもらう。異議はないな。」
「はい、任してください!」
「けっ、副会長は俺ひとりで十分だっつうの。むしろ生徒会長補佐でもいいくらいだぜ。」
そんなことこれっぽっちも思ってないのは彼の顔を見てわかった。妙に顔を引きづっている。それほどにこの生徒会長はすごい人物である事はもはや明確であった。
生徒会室で軽く食事を済ませた後
教室へ戻った。
「おい、エリック。お前、生徒会入ったんだってな。」
と同じクラスのバーン・アルフレッドが話しかけてきた。
「確かにそうだけど。実は俺も入るかは迷ったんだ、でもやっぱりやりたいなって・・・」
「そんなこと聞きたいんじゃない。今、お前の父、学園長がいないから言いたい放題なのさ。何でお前のような最弱が生徒会なんかに入れたんだ?」
当然の質問だった。
そのほかのクラスメイトも顔だけは前を向いているが耳だけはこちらに傾けていた。
そんな中一人の男がこちらに歩いてきた。
「んなことどうでもいいだろ。エリックの腕をただ認められただけだ。それと2度とこいつの前で学園長の話はするな。」
ゴットハルトは鋭い目つきでバーンを睨みつけた。バーンはその場を急いであとにした。
「大丈夫か?アイツは昔からあぁだから気にすんな。」
ゴットハルトのさりげない優しさに
何故か俺は心を打たれていた。
やはり人にはいろいろな一面があるのだろうか。
そう、感じた一瞬の出来事だった。
その日の放課後、生徒会室に赴いた。
階段を最上階まで上がるとそのさらに
廊下を歩いた奥にひっそりとその部屋はある。
長い廊下を外のいつもと全く変わらない風景を見ながら歩いた。
生徒会室の前まで来ると大きな深呼吸をし
ドアを2回ノックした。
「入れ。」
という生徒会長の声と共に身体が中へと
吸い込まれていった。
「あ、あなたは。」
入って早々自分に誰かが声をかけた。
そう言ったのは書記のアリス・スチュアートと一二を争う程の美貌を持っていると言っても過言ではないサラ・ボルタナだった。
「君が何でここにいんの?まさかもう1人の新生徒会の人って。」
「何かそうみたい。アリスさんと一緒の書記だって。あなたの事は聞いてるわ。あの魔法教を撃退したんですってね。」
と嘘じみた言葉を並べた。
この時、少々苛立ちの念も募っていたが彼女の顔を見る限りそんなものはどこかのゴミ箱にポイと投げ捨てられた。
「そのへんにしないと生徒会長が切れるで。怒ったらちょっと面倒だからこれからきいつけたってな。」
「余計なお世話だ。。今日集まってもらったのは近日に行われる文化祭について話し合うためだ。」
やけに慎重な面持ちで話題を切り出した会長はそう言いながらテーブルの上に置いてあるアリスが入れたと思われるコーヒーをズルズルと音を立てながら啜った。
「そんな事は誰でも知ってるよ、会長さん。
ちゃっちゃと話題を言ってくれよ。」
もはや副会長の煽りなど塵にしか思っていないように話を続けた。
「魔法教の活動が近年何やら激しくなっている。我らと同国フィディウス学園の生徒もわが校の生徒同様魔法教による遠隔操作を受けていたらしい。」
その時、エリックの頭にもあの時の記憶が
脳内の至るところを刺激した。
「魔法教って何ですか?」
この不可思議かつ独特な疑問を抱いていたのはサラだった。
だが、その顔からは冗談で言ってるとは
とても言えなかった。
「お前、魔法教知らないのかよ。
よくそんなんで主席合格できたもんだぜ。」
「いやー、ずっとこの国より遠く遠くのところから来たもんですから。」
サラの顔はこの時くしゃくしゃにくもっていた。それをなんとか笑いでごまかしていた。
「そんな事は置いておいて、全蔵入ってきてくれ。」
ミハイルの声に呼ばれて生徒会室に入ってきたのは一人の男だった。
頭はくしゃくしゃ。
前髪を殆どの間切ってないという事が
わかるほど伸ばしており目がどこにあるか
検討がつかない。
「服部全蔵です。学園ランキング1690位。生徒会会計及び特別魔法任務
遂行部隊副隊長を務めています。」
容姿とは裏腹にきちんとした挨拶を
披露して見せた。
それよりも驚いたのはランキングだ。
(自分が言えることでは無いが)
この生徒会は面白いやつならなんでも
OKなところなのか?
(自分が言えることではないが)
「早速だが、近況報告を頼む。」
「はい。今日15時28分学園外の繁華街で
無数の穴があいてある死体を発見。近くにはメモがあった。書いてあったのは・・・」
生徒会室が静寂、驚き、焦り、すべての感情が一瞬だけ包み込まれたような感覚がした。
「【BIRTH】という文字だ。」
「BIRTHか。誰か気づいてやつはいるか?」
ミハイルの言葉に吸い込まれるように
副会長アルケタスは挙手した。
「BIRTH、日本語に直すと生誕祭だ。
つまり、今度行われる文化祭はそうだな・・・
エリック、いつあるか分かるか?」
鋭い目つきに押しつぶされそうになった。
アルケタスはその場から一歩も動かずにその場からじっと俺を見つめた。
会長が優雅に先ほどのコーヒーを片手に持ちながらこちらの様子を伺っている。
「9月29日だったと思います。」
「そう、9月29日だ。この日は三大天使の誕生日を指している。魔法教の狙いは文化祭で間違いないだろう。」
こんなにも冷静な副会長は初めて見た。
それと同時に横目でサラの寝顔を確認した。
「推測ありがとう。ということで今度の文化祭。アレスを筆頭にした特別魔法任務遂行部隊と協力して警護にあたる。異論があるものはいるか?」
そんなことを言えない雰囲気である事は誰でも知ってる事実であり、そんな無謀なことを彼の前でするようなやつはこの生徒会室にはいるはずはない。
ミハイルは再度コーヒーを啜った。
「それでは明日の午後15時に会議を開こうと思う。では解散。エリックはここに残れ。」
皆の視線がこちらに集まる。
コップの中を見るとコーヒーはもう既になく
全てがミハイルの腹の中に流れたことを
確認することくらいの余裕だけが残った。
「何ですか?」
サラ、アリス、アルケタスの順に生徒会室を
出ていったことを確認して聞いた。
「今回のこの任務。恐らく死者が出るだろう。いや、間違いなくでる。魔法教の魔法はどれも皆禁術クラスの魔術だ。」
「そんな事はもうわかりきっています。」
「そこでだ、エリック。今回の任務からお前は外させてもらう。」
外に出ているわけでもないが生徒会室に冷たい風がピューと通り過ぎていったような気がした。