黒髪の知っていること
「なあ、聞いてもいいか?」
黒髪は俺をまっすぐに見ながら言った。
「なにが……、聞きたいんだ?」
「お前は、あの建物にいただろ?」
「ああ……」
多分こいつは事故当時の事を聞きたがっている。でも、警察でもないのに何でだ?
「他に誰かいたか?」
「誰か……?」
「ああ。お前の他に事故に巻き込まれた奴だ」
「……」
正確に言えば「いた」。でも、あれは爆風で飛ばした訳だから、事故自体には巻き込まれてはいない。
「いなかった」
「……なんか、きっぱり言ったな」
「確かに、あの爆発に巻き込まれたのは……俺だけだ……」
「ホントだな?じゃあ、いいこと教えてやるよ。実は、事故直前ニコルはあの建物にいたんだ」
「……!」
あいつが、あそこにいた?何でだ?関係なんて全くないはずなのに!
「もう一人、ある人物と一緒にな」
「もう、一人……」
「あいつは、そのもう一人と一緒にあそこに拉致されたんだ。そして、そこでもう一人と別れた。その後のもう一人の消息は分からない」
拉致、だって?……まさか、こいつは……あいつを、杉崎雅也を知ってるのか?
「あんたは……本当に……なにを聞きたいんだよ?」
「お前はもうわかってるはずだ。俺が、何でこんなことを聞くのか」
「あんたは、知ってるんだな……?あそこに、もう一人いたってこと……。そして、そのもう一人が誰かって事も……」
「……ああ」
黒髪は自信ありげに頷く。
「……じゃあ、誰だったか、言ってみろ」
「お前、なんか生き生きしてるな」
そして、俺の言葉に対し少し微笑んだ。
「関係ないだろ。あんたこそ……、早く答えろよ」
「あの建物にいたお前以外の人間は、杉崎雅也だ。ニコルの話によると、あいつは階段を上がっていった。そしてその後外にでたニコルは最上階近くでヘリが遠くに飛び去っていくところを見たらしい。でもそのヘリにはあいつ……雅也は乗っていないはずだ。お前とあいつは……奴らにとっては邪魔でしかない」
ほぼパーフェクトの解答だ。
「……あんたは、あんたはどうしてそんなに……!」
そこまで言って気づいた。
俺は、雅也は死んだものと思っていた。だが、あいつは生きていた。
あいつはこの人たちに助けられたんだ。今の俺のように。
「……そうか、そう言うことか……。あんたは、全部知ってるんだな……」
「ああ」
「そうだよ……。俺は確かにあいつといた……。俺は奴らの目的のために、あいつと一緒に死ぬ予定になってた……」
「予定って、どういうことなんだ?」
「あんたの言ったとおり……俺と雅也は真実を知りすぎた……。邪魔でしかない存在だったんだ……。奴らは、雅也をおびき寄せ、爆発に巻き込んで俺もろとも殺すつもりだった……」
「でも、お前は生きてる」
「ああ……、俺は生きてる。おそらくは……雅也も」
「それは……本当か?」
「……さあな。俺は最後まで見届けた訳じゃないから……、確実とは言えない……」
「じゃあ、雅也があそこにいなかったのは何でだ?」
「あいつは……俺が逃がした……」
「あの状態で人を逃がす方法なんてあったか?」
「なかったよ……。だから俺は……あいつの身体能力を見込んで、あそこから投げた……」
「な……!?」
黒髪は絶句した。
「マジかよ……嘘だろ……?お前はそんな、究極の選択をしたのか……?」
「ああ……。でも、爆発に巻き込まれて死ぬよりは……ましだ」
「もし……雅也が死んでたら……どうする……?」
「死んでることはまずないと思う……。頭を強く打ったり、再起不能なくらいまで蜂の巣にされない限りは大丈夫……」
「お前は……その言葉に自信を持てるか?」
「……ああ」
「……わかった。俺はお前を信じる」
黒髪は頷いて、そう言った。
「長いこと話させて悪かったな。でも、助かった。ありがとう」
こいつはとてもいい笑顔をする。それをストレートに向けられると……かなり照れる。
「どっ、どうってこと……ないだろ……。ただしゃべってるだけなんだし……」
「いやでもさ、お前さっきまで意識無かったし、結構疲れただろ?」
確かに疲れた。
「でも……、あんたは真面目に話を聞いてくれたから……、嫌じゃなかった」
「なんとなくだけどな、わかるんだ。本当は、マサヤのこと言わなきゃいけないって……思ってたんだろ?」
「……ああ。無関係だったら、巻き込んだら悪いと思って言わなかっただろうけど……でも、いつかは言わなきゃならないとは……思ってた……」