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翌々日のこと

目を開けると、見慣れた天井。視界の端で誰かが動いているのが見える。

「……あ、あれ」

「おお、目ェ覚めたか。よく寝ただろ」

声がした方を向くと、ウィン先生が俺の腕に繋がっている点滴を取り替えていた。

「あ、あの……状況を、教えてもらえないでしょうか……?」

「ん?ああ、お前あのあとほぼ気を失うように寝てたもんな。て言うか意識失ってたのか。お前は約2日寝てた。事件があったのは2日前の午前中だ」

時計を見ると午前8時だった。いつもの起床時間とあまり変わらない。

「……みんなは!?由季と荻野さんは!?」

「オギノさんは元気だぞ。昨日からちょっとずつ院内散歩してる。ユキちゃんも昨日起きた。お前がビリだ」

「ビリ……」

そんなこと言われても、俺だって寝てたくて寝てた訳じゃないのに。

「ほい、体温計」

ウィン先生に渡された体温計を受け取って、脇の下に挟む。

「ちなみに最高記録は一昨日の晩の39.8度だ」

「そんな情報要らないですよ……」

一昨日……事件のあった日の晩ってことか。

「お前とユキちゃんに盛られた毒な、どうも兵器に作用するものらしかったんだ」

「……ああ、あの人もそんなようなこと言ってました」

「お前の兵器は全身型だったから、ユキちゃんのと比べると重症化したみたい」

「重症化?」

体温計が鳴ったので、取り出す。37.1度だった。

「今まで意識が戻らないし、熱も下がらない。ユキちゃんは熱はあったけど、意識もあったからな。お、熱大分下がってるじゃん」

「……俺は2日間も寝てたのか……」

俺が寝ていた2日間、何があったんだろう。きっと、みんな変わりはじめた。

「……マサヤ」

「はい」

「終わったからな。安心しろ。お前も自分の生きたい人生を歩んでいってほしい」

「先生……、ありがとう」



ウィン先生は俺の腹にできた新しい傷の手当てをして、戻っていった。

俺は暇になってしまった。体を起こしてもふらふらすることはなかったので、ぼんやりと窓の外を見て過ごす。

病院の庭には車椅子や松葉杖をついた人、自分の足でゆっくり散歩している人たちがいた。

俺も、散歩しに行こうかな……

「うええええええ!!!!にいちゃーーー!!にいちゃーーー!!」

「!!」

俺の部屋の前で誰か泣いてる。急いで部屋のドアを開けると小さな男の子が泣いていた。

「うぅ、ひっく……うええ……にいちゃ……」

「どうしたの?」

しゃがんで男の子の顔を覗き込むと涙と鼻水でグシャグシャだ。

「にいちゃ……」

「とりあえず、涙拭こうね」

部屋からティッシュを持ってきて男の子の顔を拭いてあげた。

「お名前は?」

「コー」

「コーくん?」

男の子は頷く。

「なんさいですか?」

「……」

コーくんは無言で四本指を出した。

「4歳?」

「よんしゃい」

「そっか、お母さんは?」

「ママ、にちゃ」

泣いてるときから思ってたけど「にちゃ」ってなんだろう。

「『にちゃ』って?」

「……?」

コーくんは首を傾げる。……わからない。

「……とりあえず、一緒にお母さん探そうか」

コーくんは頷く。俺は部屋を出て、コーくんのお母さんを探しはじめた。



とても面倒なことに気づいた。点滴がとても邪魔だ。

点滴のぶら下がったスタンドを持って、がらがら音をさせながら男の子のお母さんを探す。しばらく歩いていると、俺が目を覚ましたのを聞き付けたのか、由季が走ってきた。

「お兄ちゃん!」

「由季」

由季は俺の前で立ち止まる。

「お兄ちゃん、もう、大丈夫なの?」

走ったせいで上がった息を整えながら、俺に訊ねた。

「うん、熱ももうないし、動けるから」

「にいちゃ」

コーくんは由季と俺の顔を交互に見つめ、俺を指差して言う。

「ねえ、お兄ちゃん、この子どうしたの?」

「俺の部屋の前で泣いてたんだ。……もしかして、『にいちゃ』って兄ちゃんのことがうまく言えなくて?」

「じゃあ、どこかにこの子のお兄ちゃんがいるんだ。ねえ、ボクお名前は?」

由季も一緒にコーくんの家族を探してくれるみたいだ。

「コー」

「コーくんだね。コーくんのお兄ちゃーん!お母さーん!いたら返事してー!」

由季の通る声。まっすぐな廊下の端にいる人が振り向いているので、ずいぶんと遠くまで聞こえてるみたいだ。

「コウ!!」

由季の声を聞き付けて、誰か出てきた。と、思えばカイだった。

「あれ、コーくんのお兄ちゃんってカイくん?」

「あっ!ユキちゃん!それに兄貴も!具合は大丈夫っすか!?変なところはないっすか!?」

「うん、ありがとう。大丈夫。ところでカイがこの子のお兄さん?」

カイはコーくんよりも先に俺の心配をしている。嬉しいんだけどそうじゃない。

「そうっす!もうコウはどっか行ったらダメじゃないか。お母さんが探しに行っちゃったよ」

「にいちゃ!」

コウくんはカイにピョンと抱きつく。

「実はっすね……俺、手術を受けることにしたんで、ちょっと説明を受けてたんす」

カイはコウくんを抱き上げながら、さらりと重要なことを言った。

「えっ」

「約束したじゃないっすか。兄貴たちの一件が片付いたら手術するって」

「……それは、確かにしたけど……。でも、カイは不安じゃないのか?」

「そりゃあ場所が場所なんで失敗したら死んじゃいますから、もちろん不安に決まってるっす。でも、不安よりも、治ったときの楽しみの方が大きいっす!」

……俺たちだけじゃない。カイも、将来のために変わり始めている。

……俺たちにはまだ知らない、どうしても知っていなければいけないことがあるはずだ。

「あっ、母さんに見つけたこと伝えないと。兄貴、コウのこと見つけてくれてありがとうございました!」

「コウくん、もう兄ちゃんとはぐれちゃダメだからな」

俺はコウくんの頭を撫でた。

「にいちゃ、ナマエー」

「ん?俺の名前?」

コウくんは頷く。

「俺は雅也」

「ましゃー?」

「ちょっと違うけどまあいいか」

「んっ、ナマエ!」

コウくんは次に由季を指差す。

「私かな?私は由季だよ」

「ユキ!」

「今度はちゃんと手繋ごうな」

カイはコウくんを下ろして、しっかり手を繋ぐ。

「ゆきちゃ!ましゃー!ばいばい!」

コウくんは俺たちに手を振ってくれた。カイに手を引かれ、母親を探しに廊下を歩いていった。



廊下に俺と由季の二人が残っている。

「お兄ちゃん、終わったんだよ」

「うん」

「……ナハネ族はどうなっちゃうのかな」

由季はうつむいて、つぶやいた。

「……俺、知りたいんだ。俺たち、ナハネ族はどういう風に暮らしていたのか、どうして標的にされてしまったのか……。少しは知っていても、それは最低限の知識でしかなくて、もっと知っていなきゃいけないことがたくさんあるはずなんだ」

「……お兄ちゃんになら、きっとできるよ。私たちが知りたいこと、見つけてくれる」

少しずつ、未来のことを。まだまだ迷惑は掛けてしまうかもしれないけど、それでも、助けてくれたみんなに恩返しができるように。

「……ちょっと、今後のことを相談しに行ってくる」

「うん、ウィン先生なら確か、診察でお部屋回ってたからそろそろ終わるくらいの時間じゃないかな」

「由季、ありがとう。行ってくるね」



俺は、ウィン先生を探した。ウィン先生が担当している病室を一通り覗きこんでみたけど、姿はみえない。

「スギサキくん?意識戻ったんだね」

途中でロナさんに声を掛けられた。

「はい、おかげさまで。よく寝ました」

「みんなあなたのこと心配してたわよ。カイくんなんて特に!お友達の部屋にも顔出してあげてね」

「カイなら途中で会いました。弟探してたみたいで」

「そうだったの。ところで、スギサキくんはどうしてここに?」

そうだった、ウィン先生を探さないと。

「ウィン先生を探していて」

「ウィンストンなら診察終わったから医局に戻ってるはずよ」

「ありがとうございます、行ってみます」

ロナさんと別れて、医局に向かう。


医局にはウィン先生とニコル先生がいた。

「おっ!マサヤ!意識戻ったのか!よかったな!」

「はい、おはようございます」

「どうした?俺に用でいいんだよな?」

ウィン先生はすぐに察してくれた。ソファーに俺を促して、ウィン先生は俺の正面に座る。

「はい、将来のことを相談したくて」

「……まあ、そうだよな」

「トシタカも将来のために勉強し始めてるしなぁ、ユキちゃんも何か考えてはいるみたいだぞ」

ニコル先生も俺の正面に座って、会話に加わる。

やっぱりみんな、いろいろ考えてるんだ……。

「俺も勉強したいです」

「将来、どうしたいんだ?」

「……まだ、わかりません」

「……お前の場合、まあ、ユキちゃんもそうだけど、今までまともな自由がなかったから、すぐに決められるものじゃないとは思う。……どうして勉強したいんだ?」

「俺は……俺たちは、自分の種族のことを知らなすぎると思ったんです。ナハネ族にも歴史はあった。でも、俺はなにも知らない。そんなのは嫌なんです」

「なるほどな」

「でも、それ以前に俺には基礎的な知識がありません。だから、勉強したいんです」

「……お前、学校通ってなかったのか?」

「はい、行ってません」

「会話してる感じ、学の無さは窺えないぞ……?敬語できてるじゃねえか」

ウィン先生とニコル先生は不思議そうな顔で俺を見る。

「あ、もちろん簡単な計算とか、文字の読み書きはできますよ?……難しいのは無理ですけど」

「トシタカは独学で勉強したって言ってたけど、やっぱりちゃんとした教育は受けられてないんだな……」

「なら、トシタカと同じ感じでいいんじゃないか?」

「俊貴はなんて?」

「働いて、稼ぎながら学校行って、医者になるんだって」

「俺のうちで居候しながら」

俊貴はウィン先生の家で居候か……。あれ、そうなると俺はどうなるんだ?

「……てことは、俺は追い出されるんですか」

「何でそうなるんだよ??」

ウィン先生が怪訝な顔で俺に尋ねた。

「だって……さすがに3人じゃ手狭じゃないですか……」

「そんなこと心配してたのか?そうか、狭いのが嫌なのか」

「そんなこと言ってないじゃないですか!」

「ならいいじゃねえか。3人でざこ寝しようぜ」

「ウィン先生がいいって言うなら……ざこ寝します」

「よしよし」

俊貴は医者になるのか……ちゃんと、将来のこと考えてるんだなぁ……。

「んー、そうだな、まずは通信制の学校にでも行くか?」

「つうしんせい?」

「ああ、ちゃんと学校にいけなかったんだけど、勉強したいって言う人が入りやすい学校でな、自宅学習がメインになる。だから、働きながら勉強できるんだ」

そういう学校もあるのか……

「ウィン先生、ありがとうございます。俺、ちょっと自分でも調べてみます」

「うん、時間はあるんだ。じっくり自分の行きたい道を探すといいよ」

「困ったときはウィンだけじゃなく俺にも頼れよな!」

「はい、ニコル先生もありがとうございます」

「……何て素直……!!」

……そうだ。俺には時間がある。少し遅いけど、俺の人生は今からまた、始まったんだ。

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