雅也の感情
「マサヤくん!!」
「スギサキくん無事か!?」
マリアとリディナ先生が部屋に突入した。
俺の目の前の男は振り向かず、ニヤリと口角をあげた。
「待っていたよ、荻野麻梨亜」
「オギノって……」
リディナ先生の声。恐らく、リディナ先生はもう気づいた。
「君たちが来たと言うことは、警察ももう動いているんだろう。だが、それまでにできることもある」
そういって、男は振り向き、マリアを見据えた。
「さあ、マリア、君と人質の身柄の交換と行こうか」
「……本当に、マサヤくんとトシタカさんとオギノさん、解放してくれるの?」
「さあ、どうかな?どうせ私は捕まる。どちらでもいいじゃないか」
「マリア……そんな、不明確な話、聞いちゃダメだ……」
「マサヤくん!?マサヤくんも具合悪いの?」
も?……そういえば由季がいない。由季も……毒で動けなくなってるのか……!?
「そうだよ、杉崎雅也にも、由季と同じ毒を仕掛けた。君がこちらに来れば、解毒薬を用意しよう」
「本当に……?」
「マリア……!!ダメだ……っ!」
マリアは一歩ずつ、男に近づいていく。俺から男の表情を窺い知ることは出来ない。
「マリアちゃん……!君は行っちゃダメだ!!」
リディナ先生がマリアの肩を掴んで引き留める。
「でもっ!?私が行けばマサヤくんとユキちゃんは助かるんでしょ!?」
「……マリア……、俺は、平気だから」
「じゃあ君はあの男を見殺しにするんだな?」
そういって、男は荻野さんを指差す。荻野さんはぐったりしていて顔色は最悪だ。意識があるのかないのか、ここからだとよくわからない。
「あれは君の、本当の父親だ。君の家族は本当の家族ではないのだよ」
「……!!」
……知られてしまった。隠し通しておきたかった真実。でも、マリアは動揺していない。少し悲しそうに笑った。
「……知ってたもん。全部、聞いた。オギノさんがお父さんだって気づいたのは、ほんの少し前のことだけど……それに、あなたずっと私のことオギノマリアって呼んでるでしょ?ちょっと考えたら察しちゃうよ」
「……なんだ、取り乱したところで拘束しようと思ったのに、肩透かしだな。……仕方ないか。実力行使に出るか」
男は荻野さんに打ち込んだ筒状のなにかを持って、マリアに近づいていく。
近づきながら、中身を入れ換えているらしい。
「……っ!」
あれをマリアに近づけちゃダメだ。俺は急いでマリアの前に移動する。庇うように彼女に背を向けた。
「退くんだ、杉崎雅也」
「いやだ。絶対に、退かない……!!」
「うーん、やはりそうなるか。……一度投与しているからな、抗体が出来て拒絶反応が起こらなければいいんだが……」
男はマリアではなく、俺に、筒を押し付けている。
「マリアちゃん!こっちへ!!」
「でも、マサヤくんが……!」
筒は服越しに俺の体に触れている。ひんやりと、嫌な感触が腹部に伝わる。
拒絶反応。きっとこの筒の中には俺たちを兵器に仕立て上げたなにかが入っている。たぶんこれだけで兵器になるとは思えないけど……でも、絶対に人体に悪影響があるのは確かだ。
「……リディナ先生、荻野さんを……お願いします」
「スギサキくん……ああ、わかった」
俺は、左手で男の腕をつかんだ。
「……何をする」
「……やっと、捕まえた。俺は、もう絶対にお前を離さない」
「どうせ、私は捕まるのにか?その行動に必要性を感じないな」
男は完全に諦めている。悪あがきをするだけして、すべてを警察に投げるつもりなんだろう。……俺に兵器に仕立て上げた薬剤を投与して。
「さあ、杉崎雅也。君は、君でいられるのかな?」
言葉と同時に押し付けられていた筒からなにか出てきた。鋭い何かを大量に突き刺されたような激痛を腹部に感じる。
「うっ……ぐっ」
捕まえておかなければ。こいつを、この男を、離すわけには行かない。
「よく耐えるねぇ、辛いかい?苦しいかい?……ふははははは!!いつまで耐えられるのかな?」
男の笑い声。苛立ちを煽る。
「ふざ、けるな……こんな、もので……俺が、どうにかなると思ったら……、大間違いだ……!!」
俺は男を捕まえていない右手の拳を握った。その拳を振り上げ、男の顔面におもいっきりお見舞いした。
「雅也!?」
リディナ先生に縄を解いてもらったらしい。俊貴が驚きの声をあげながら、駆け寄ってくる。
倒れる男に馬乗りになって、俺は、何度も何度も、顔面に拳を振り下ろした。
「待て!やめろ、雅也!!」
俊貴に後ろから羽交い締めにされて、俺は動けない。
「な、んで……止めるんだよ……、俺は……俺たちは……」
悔しかった。こんな男に俺たちの家族や友達、近所のおじさんやおばさん、みんな……殺されてしまった。
「ふ、ふははは……杉崎雅也……私を殺さなくて良かったな……君が殺した人間の数が増えなくて」
「お前は黙れよ」
俊貴が一発だけ、男の顔面を殴る。その一発で男は失神して動かなくなった。
失神した男を俊貴が縛り上げ、床に転がす。
「……雅也、お前、泣いてるぞ」
「え……っ?」
……気づかなかった。俺、泣いてる。号泣してる。気づいてしまったらもう止まらない。ぼろぼろこぼれる大粒の涙は、頬を伝って床に落ちる。
「……だって……!!みんな……!こいつに……!殺されちゃったんだ……!!俺は!なにもできなかった……!!なにもできなかったどころじゃない……!!俺は、暴走して……!人まで殺しちゃったんだ……!!あいつのせいで……!!」
「雅也、悔しかったんだな?で、あいつの言葉にカチンと来て殴った。さっきお前が言った気持ちを込めて」
俊貴の言葉に俺は頷いた。
「でもな、あれは挑発だ。お前を逆上させるための。お前に自分を殺させるつもりだったのかもしれない」
思う壺だったってこと……?俺は……あっけなく挑発に乗って……情けない……。俊貴にも、迷惑をかけてしまった……。
「……ごめん、としたか……」
「しかたねえよ。まあ、少し落ち着いて……雅也?」
……体が熱い。心臓が、やけに激しく動いていて、気持ち悪い。さっきと何か違う。
「……う……、あ……」
息が苦しい。体を起こしていられない。酸素が足りなくて、意識がどんどんぼやけていく。
「おい!?雅也!しっかりしろ!!」
苦しい、苦しい。なんだこれ、なんなんだこれ。
「雅也!!雅也!!?」
俊貴が俺の名前を呼ぶ声も遠ざかっていく。
「サイトウくん!スギサキくんは!?」
リディナ先生の声も遠くへ、意識の彼方へ、かき消されていった……。




