ユキちゃんの帰還
しばらくして、ユキちゃんが建物から出てきた。緊張した面持ちで、俺たちに近寄ってくる。
「ウィン先生、ちょっと話があるの」
「俺だけでいいのか?ソレルさんは?」
「いいの、ウィン先生にだけ、話があるの」
「……わかった」
ユキちゃんの表情には緊張以外にも何か別の感情が含まれている気がする。
「誰にも聞かれない方がいいんだな?」
「うん、ごめんなさい」
何故かユキちゃんは謝る。やっぱり何か変だ。
ワゴン型の警察車両の後部座席を借りて、ユキちゃんの話を聞く。
「ウィン先生……あのね……」
ユキちゃんが躊躇いがちに口を開いた。よく見れば、首の傷保護用のガーゼの上からプラスチック製のチョーカーが取り付けられている。
「ユキちゃん、盗聴器が仕掛けられてるってことはないか?」
「……何もいってなかったから……たぶんないと思う」
じゃあこの首のやつはなんだろう。確かに簡素な作りで精密機械が組み込まれている様子はない。
「じゃあ、これって……」
「……毒薬」
「えっ……?」
「死なないけど、動けなくなるんだって」
……ただで迎えに寄越すわけがないってことか……。
「外すなとは、言われなかったんだよな?」
「え……?う、うん」
俺は帰宅途中だった。幸いなことに鞄の中に筆記用具が入ってる。
「じゃあ外す。ユキちゃんは他に言わなきゃいけないことがあるなら教えてくれ」
俺はハサミでプラスチックのチョーカーになんとか刃をいれ始めた。その間に、ユキちゃんの話を聞く。
「……まず、このことはマリアちゃんには言わないで。きっと、責任を感じちゃうから」
「うん、黙っとく」
「あと、荻野さんの咳が止まらないの」
「咳?どういう感じの?」
「トシ兄がゼンソクがうんぬんって」
「はあっ!?喘息!?」
バチン、とチョーカーが切れた。液体の入っていたであろう小さな空間とほんの少し肌に触れる程度の針がある。
……ちょっと待て、今、喘息って言ったな?あの人、喘息持ちだったのか?
「マジかよ……」
「ふぅ……」
ユキちゃんはため息をつきながら右手で首をさすった。あんまり顔色がよくない。
「ウィン先生、どうしよう……左手に力入らない」
「この毒薬がどんなものかは警察に調べてもらうよ。ユキちゃんはマリアちゃんを連れて、部長のところに行ってオギノさんが喘息の発作を起こしてるって伝えてほしい。俺は毒が何かわかったらすぐに連絡するから」
「うん、わかった」
「他に伝えたいことはある?」
「立てこもりの犯人は4人だよ。私たちのところにひとり、他のところに3人。私たちのところにいるのが首謀者だと思う。私にチョーカーをつけたのも首謀者の人」
4人か……たぶん首謀者が一人でナハネ族をみてるのは直接手を下したいからなんだろう。
「あの人たち……うーん、もしかしたらあの人だけなのかな……私たちを殺して一緒に死ぬつもりみたい。その前に私たちを実験台にしようとしてるの」
「実験?」
「うん、何をするつもりなのかはわからないけど……」
「ユキちゃん、やけに冷静だな」
「……だって、あの人たちがマリアちゃんを欲しがってるってことは、マリアちゃんを実験に使いたいってことでしょ?私がマリアちゃんを連れていかなければ、実験は始まらないし、始まらなければ殺されることもないもん」
ユキちゃんは俺が思っている以上に考えていた。
……出来ることなら、俺も一緒についていきたい。でもそれは犯人を刺激することになりかねない。
「……ユキちゃん、毒のせいで動けなくなったら、我慢せずに休むんだよ。中には医者も看護師もいるからね。すぐに言うんだ」
「うん、……先生、ありがとう」
俺たちはワゴンから降りる。ユキちゃんはマリアちゃんと一緒に戻らないといけない。
「ユキちゃん、お話終わった?」
「うん、待たせちゃってごめんね。それじゃあ、行こっか。途中でリディナ先生のところに寄らないといけないんだけど……」
「うん、大丈夫だよ!でもどうしたの?」
「荻野さんの具合が悪くて」
「それは大変だ!急ごう!」
焦る気持ちを圧し殺して、俺はマリアちゃんに声をかけた。
「マリアちゃん、相手の目的は君だ。……危険な目に合わせてしまうことはわかってるし、申し訳ないと思ってる」
「マリアさん、我々も突入の準備はしているから、申し訳ないけど、それまで耐えてほしい」
「うん。ウィン先生、刑事さん、私、あの人たちの思い通りにはさせないよ」
マリアちゃんは力強く頷いた。
「マリアちゃん、……頼んだぞ」
「うん、行ってきます!」




