由季の襲撃
俺が由季と会ってから数日。
翌日からマリアを守るために一緒に行動しているが、初日に不安げな顔をされてしまった。
「ゴメンね、俺そんなに強くないけど……マリアのこと守るからね」
「うん……じゃなくて、違うの。マサヤくんが守ってくれるのはとても心強いんだけど……どうして、マサヤくんに怪我をさせたお姉さんが私のことを狙ってるのかわからなくて……私、何も悪いことしてないよ?」
狙われている理由……それは、マリアが俺たちと同じナハネ族だから。でも、それを今言うわけにはいかない。言ってしまえば……マリアが自分の生い立ちを知ってしまう。
「ねえ、マサヤくん?なにか……知ってるんじゃないの?あのお姉さん知り合いなんでしょ?」
「……あの子は、俺の妹だよ」
「えっ!?」
マリアは驚いて声をあげた。が、すぐに口を手で覆う。
「……マサヤくん、どうして私を守るの?妹の方が大事なはずでしょ?だって私、お母さんに言われてくっついてきただけで……マサヤくんとは関係無いんだよ?」
「でも、今はマリアが由季に狙われてるんだ。マリアを一人になんて出来ないよ。それに……今は『由季』だから、なんとかできると思うんだ」
マリアは不思議そうな顔で俺を見ていた。たぶん、マリアにはこの言葉の意味はわからない。
由季はずっと洗脳されていて、俺の命を奪おうとした。でも、今は『由季』本人だ。話し合いはできないかもしれない。それでも、由季自身の行動が、俺たちに味方してくれると信じてる。
「やっぱり……一緒にいるのね……」
彼女は遠くから病院の様子をうかがっていた。望遠鏡で見つめる先には、兄・雅也と預かった写真に写っている少女。
望遠鏡を下ろし、行動を開始する。
「……お兄ちゃん……」
「マサヤくん!なにか武器になるもの持ってようよ!危ないんでしょ!?」
マリアはナースステーションで借りてきたらしいカッターを俺に渡した。
「マリアは?」
「私もカッターだけど小さいやつ!」
俺が持っているカッターは大きい、段ボールとかもバリバリ切れるやつ。マリアが持っているのはペンケースに入るスリムタイプのやつだ。
「まあ、使わないで済めばいいんだけどね」
俺は刃先をしまって、カッターをポケットにいれる。由季はまだ、現れない。
突然、目の前のガラスが割れた。
「!!?」
この場にいたのは俺とマリアとカイ。カイは驚いて尻餅をついてしまった。……ていうか、ここ、三階だぞ!?
割れた窓から、現れたのは由季。騒ぎを聞き付けて俊貴もやって来た。
「由季……!?お前……!!」
「ユキちゃん……!なんでっすか!!?」
「俊貴!!カイを連れて逃げて!!由季は俺が何とかするから!!」
「……わかった、カイ!行くぞ!」
「たっ、立てないッス……」
俊貴は腰が抜けて動けないカイを担いで避難した。
「お兄ちゃん!その子を渡して!」
俺はマリアをかばうようにして由季の前に立つ。由季の狙いはマリアだ。
「マリアを渡すわけには行かないよ。……由季だって、連れていったらどうなるか、わかってるはずだ」
「だけど……!!わたしにはこの方法しかないの……!!何でわかってくれないの……!?わたしは……っ、お兄ちゃんたちを守りたいだけなのに……!!」
由季は腕の形をナイフに変化させた。俺もポケットに入れていたカッターを取り出す。でも、刃は出さない。迫ってくる由季のナイフをカッターのプラスチックのボディで受け止めた。
「マサヤくん!ねえ!なにあれ!?お姉さんの手ナイフだよ!?なにあれ!?すごい!!」
マリアは変なところで空気を読まない。驚くのはわかるけど今そんなこと言ってる場合じゃない。
俺は由季のナイフを弾く。
「説明はあと!今はちょっと待ってて!!」
「……お兄ちゃん、本当にそれで戦うの?割れちゃうよ?」
プラスチックのボディにはすでにヒビが入っている。
「じゃあ他に何で戦えって言うんだよ?」
「……無いかな。お兄ちゃんは素直にその子をわたしに渡せばいいの」
……やっぱり、首を狙うしかないのか……。でも、由季のICチップが首にあるかどうか、実際にはわからない。推測の域を出ないけど……やるしかないのか。
少しだけ、カッターの刃を出す。
「お兄ちゃん、あのメモ、見てくれた?」
「……うん」
「そう……、よかった」
俺の返事を聞いて、由季は飛び出した。俺めがけて由季の切っ先が飛んでくる。それを何とかかわして、カッターで由季の首を狙った。……ていうか、首を狙えと言ったけど……これ、たぶん狙わせる気ないな!?
少しでも掠められないかと心の中で祈りながら、俺はカッターを振り抜く。
頬にちりっと痛みが走る。由季のナイフが顔を掠めた。
俺はと言うとかすりもしない。カッターの刃は空を切るだけ。
その時。マリアが由季の真横から飛び出してきた。
「えっ!!!」
思わず声が出てしまった。マリアは由季に体当たりを仕掛けたらしい。見事に成功し、不意を打たれた由季の腕は元に戻る。
「何するの……!!?どいて……!!!」
背が高い分、マリアの方が有利だ。馬乗りになって、由季の動きを奪っている。
「イヤだよ。だってお姉さん、私のことを捕まえに来たんでしょ?退いたら私が捕まっちゃうもん」
マリアは抵抗する由季の両手を掴んで背中で押さえる。……すごい。
「……でもさ、お姉さん。本当は私のこと捕まえる気無いんでしょ。お姉さんもっと強そうだもん」
「……そんなこと、ない。わたしは強くなんてないんだよ……」
由季は抵抗を止めて、小さく呟いた。
由季を捕まえられたら使おうと思っていたガムテープで由季の手を巻く。
「ごめん、由季……」
「どうしてお兄ちゃんが謝るの?悪いことをしようとしたのはわたしだよ?それに……お兄ちゃんにお願いしたいことがあるの」
由季はそう言って、俺の耳元に顔を寄せた。そして、囁く。
「!!!」
その言葉は、俺の推測を証明してくれた。と同時に、俺を愕然とさせた。
「だめだ!!そんなこと……!俺にはできない!!」
「どうして?運命を変えるんだよ?もう、怯えなくてすむのに」
「だからって……」
由季は本当に不思議そうに俺を見つめる。でも、俺にできるわけがない。由季が傷つくのは……見たくない。
「お兄ちゃんは……優しすぎるんだよ。わたしのこと、少しでも憎いと思ったことはないの?何度も……わたしはお兄ちゃんを傷つけた。殺そうとしたんだよ?今だって、わたしはお兄ちゃんに怪我をさせてるんだよ?」
「俺を殺そうとしたことに由季の意思は一切ない。それなのに、どうして憎まなきゃいけないんだ。それに今日だって、本気で傷つけようと思った訳じゃない」
「……大丈夫だよ。わたしが少し痛いの我慢すればいいだけなんだから。お兄ちゃんはちょっと手助けしてくれればいいだけ」
「でも……」
俺はポケットからカッターを出した。刃を少しずつ出す。由季は俺の顔を見て、微笑んだ。
そして、俺は……




