何もできない日常
彼女は待っていた。無機質な部屋で、情報を。
部屋の奥には一枚の扉。向こう側には、彼女の必要とする情報を持った人間がいる。
「YK01……戻ってきたのか」
「はい。ですが……自我が戻ってきてしまっているようです」
二人の男が会話している。一人は椅子に深く腰掛け、微動だにしない。もう一人は傍らに立っていた。
「……任務はどうなっている」
「こちらから斉藤俊貴の生命活動の反応は確認できません。本人も殺害を認めていますので、任務はこなしているかと」
「裏切りの可能性は?」
「自我が戻ってきているので可能性は0ではありません」
「通信と監視を続けろ。次の任務を与える」
椅子に座る男は傍らの男に一枚の写真を渡した。
「この少女を連れてこい。……次の実験体だ。取り扱いは丁重にな」
「承知いたしました」
写真には10代半ば程度の少女の姿が納められていた。男は写真を受けとるとその場を後にした。
「オギノ……これ以上の邪魔はもうさせんぞ……」
奥の扉が開く。男が一人、部屋から出てきた。
「……次の任務だ」
男は彼女に写真を見せる。
「この少女を連れてこい。なるべく傷つけるな」
「この子は……だれ?」
「お前に知る必要はない。お前はただこの少女をここに連れてくればいいんだ」
「どこに、いるの……?」
「ワーナルにいると言う情報が入って来ている。……変な気を起こすなよ?お前には監視がついている。それを忘れるな」
翌日、俺とマリアはウィン先生と一緒に病院にやって来た。
「お前たち、とりあえずどうする?」
ウィン先生は少しだけ困った感じで俺たちに尋ねた。
「どうすると言われても……」
俺は入院してた時も特に何もせずボーッとしてただけだから今さら聞かれても困ってしまう。
「……そうだよなぁ、うーん……とりあえずマサヤはバイトできる年齢だから、託児所のバイトできるように頼んどくわ」
「私は?私マサヤくんのバイトのお手伝いでいいよ!」
「ん?いいのか?じゃ手伝ってもらおう」
そういえば、前回バイトしたときの給料を貰っていない。あとでニコル先生に話してみよう。
バイトに行く前に、ウィン先生に確認しておきたいことがあった。
昨日のうちに聞いておけば良かったんだろうけど、体調も良くなかったし、長旅で疲れちゃったからウィン先生の家についてすぐに寝てしまった。
「……先生、マリアなんですけど……誰かに狙われてるのって、大丈夫なんですか?」
先生は一瞬の沈黙のあと、まさかの言葉を口にした。
「……マリアちゃんを狙ってるのはな、あの組織の研究者たちだ」
「!?」
えっ!?なんで!?あいつら、一般の人まで……。
「お前知らないよな」
「……?なにを、ですか?」
「マリアちゃんの秘密」
「秘密?」
「バイトが終わったら話してやるよ。もちろん、マリアちゃんには内緒だぞ」
マリアのことなのに、本人には聞かせられないことなのか……。とりあえず、バイトが終わったらカイに協力してもらおう。
託児所に行くと、俊貴がいた。
「あれ?俊貴?なんでいるの?」
俊貴はチビッ子たちと戯れつつ、俺の方に顔だけ向ける。
「バイトだ」
「でもお前……怪我してるんじゃないの?」
「してるけど、このくらい問題ないだろ」
「そうかな……?」
「まあ、いいじゃねえか。お前らもバイトか?」
「うん」
「とりあえず、頑張ろうな」
俊貴は入院中にも関わらず、自分の部屋に戻らない。
無尽蔵のチビッ子たちの体力と互角に張り合っている。
「トシタカさん、元気だね?なんで入院してるの?」
子供たちがだいたい帰宅した5時頃、ずっと気になっていたのか、ついにマリアが俊貴に聞いた。
「え?なんでって……怪我してるからだよ」
「でも元気だよ?どこ怪我してるの?痛くないの??」
「背中怪我してるけど痛くない」
「本当に?痛くないの?無理してない?」
「してない。ていうかお前なんなんだよ……グイグイ来すぎだろ……」
マリアは俺と身長が同じくらいなので、至近距離に寄られると結構圧迫感がある。俊貴はゲンナリした顔でマリアから距離をとった。
「別に傷が痛むことはないけどさすがに1日子供たちに付き合って疲れてるんだよ。放っとけ。休ませろ」
「えー……トシタカさんつれないなぁ」
マリアは俊貴から離れる。そこへちょうどいいタイミングでカイが現れた。
「マリアちゃん!誘いに来ました!!」
「カイくんだ!でも、どうして?」
首をかしげるマリアに俺は説明することにした。
「俺、ちょっとウィン先生と話があるから、その間マリアが暇しないようにカイにお願いしたんだ」
「そうっす!兄貴に任されました!」
「なるほどー、じゃあ、私はマサヤくんとウィン先生の話が終わるまでカイくんたちの部屋で待ってればいいんだ」
「そういうことっす!あ、トシさんも一緒にどうっすか?トランプ」
「いい。俺は寝る」
「そうっすかー、わかりました!マリアちゃん、行きましょう」
マリアはカイに連れられて託児所を後にした。部屋には俺と俊貴が残っている。
「……なあ、俺も気になってるんだけど」
「なにがだ」
「怪我したの昨日なんだろ?なんでそんなに動けるんだよ」
「さあな。なんでだろうな」
「そんなんでいいのかよ……」
「まあでも……動けるだけで治ってはいないぞ」
俊貴は左腕の袖をまくった。包帯が巻かれている。
「折れてるらしい。まあ、関係なく動かしちゃってるけどな」
「ええー……」
「あとは……肋骨折れてるって。そのせいで内臓ぐちゃぐちゃだけどあんまり気にしてないし」
「なんでそう嫌な言い方するんだよ……他の言い方あるだろ……」
「じゃあ、内臓は治療中ってことで。あと、昨日由季に刺されたところはさすがにたまに痛いぞ」
俊貴の着ているワイシャツの胸元からちらりと包帯が巻かれているのが見える。この包帯はきっと肋骨固定用なんだろう。
「俺たちはさ、元々身体能力の高い種族だけど、個人差だってあるだろう。お前より俺の方が治癒力高いってことなんじゃないか?」
それにしたって俊貴の治癒力はえげつないと俺は思う。
「……無理矢理納得するわ」
「納得してないのかよ……。じゃ、そろそろ俺は戻るから」
「ああ、うん。じゃあな」
俺は俊貴と別れてウィン先生のところへ向かう。
医局に行ったがウィン先生はいない。リディナ先生がなにか書類を書いていた。
「やあ、スギサキくん。ウィンストンから伝言を預かってるよ」
「伝言?」
「ああ、オギノさんの部屋にいるから来て欲しいって」
荻野さんの部屋……?何でだろう。マリアの秘密のはずなのに……。
「わかりました、ありがとうございます」
俺はお礼を言って医局を出た。
なぜ荻野さんの部屋なのかわからないまま、俺はそこに向かった。




