帰り道
部長にオギノさんの様子を報告して、ロナさんを探したが、なかなか見つからない。診察室の前辺りに差し掛かると、カイ、セル、キースとトシタカがいた。
「カイ君!トシタカさん!」
「あ、ウィン先生とマリアちゃんっす!」
「お前らどうしたんだ?」
「雅也が寝てるから、このあとどうしようか話してたんだ」
「寝てる?」
「ああ。貧血ぎみだったから点滴してるんだと」
「ほー、そうなのか。マサヤの体調ってどんな感じだった?」
「マサヤ、顔色あんまりよくありませんでした」
「そういえば、兄貴帰ってきたときより青白かったっす。もしかしたら話してるうちに体調崩したんじゃないっすかね?」
「うーん……そうか。あのな、マサヤなんだけど、体調によっては入院する必要ないから、一旦うちに連れて帰ろうと思ってるんだ」
「なんだ、兄さん退院なのか?」
「そうなるな。……とはいえ、マサヤは学校行ってる訳じゃないし、ずっと俺のうちにいても暇だろうから連れては来るけど」
「じゃあ、兄貴に会えなくなる訳じゃないんすね!」
カイとキースは一瞬寂しそうな顔をしていたが、俺の言葉ですぐに明るい表情に変わった。
「まあ、兄さんの体調についてはニコル先生に聞いたらいいんじゃねえかな。診察室にいるし」
「じゃあ聞いてくるか」
「あ、私ここで待ってるね」
「入るぞー」
「おおー」
診察室に入るとニコルはごりごりカルテを書いていた。
「お前、字下手だなー」
「うっせ!知ってる!で?マサヤの様子聞きに来たんだろ?」
「ああ。寝てるって?」
「……ちょっとな、嫌なこと思い出したみたいでな」
ニコルはカルテを書く手を止めて、俺に椅子を進めた。
「俺は、マサヤについてお前ほど知ってる訳じゃない。マサヤはお前の患者だからな」
「俺だってそんなに知ってる訳じゃないぞ?あいつ、もともと記憶が曖昧だから、本人がわかることも限られてるし……」
「ともあれ、だ。俺は、マサヤとオギノさんの会話をお前に伝えないといけないと思ったんだ」
「おお」
ニコルは二人の会話の内容を俺に教えてくれた。マサヤ自身も正確な時期はわからないけど、なんとか時系列順になるように話してくれたみたいだ。
「……聞いてる限りだと、まだ嫌な記憶出てきてないけど」
「マサヤのトラウマは時系列順にいけば最後だ。恐らく、ここ2、3年の話だと思う」
「……何を、思い出したんだ……?」
「マサヤが思い出したのは……兵器へと改造された子供たちのなれの果てを見たときのことだ」
「……!!」
「マサヤはオギノさんに聞かれるまで、何か見てるはずなのに何を見たのか思い出せないって言ってた。……衝撃的な出来事だったから、本能的に記憶を封印してたんだと思う」
「体調を崩したのはそれでか……?」
「ああ。今寝かしといてるのも少しでも休んでもらおうと思ってだな」
「……あいつ、ストレスすぐ体調に出るからなぁ……無理はさせたくないんだけど、今後どうなるかわからんからなぁ……」
「まあ、今ちょっとぐったりしてる以外は傷もほとんど治ってるし、大丈夫じゃないか?起きたら多少は体調もよくなってると思うし」
ニコルは立ち上がって、寝ているマサヤのベッドに向かった。カーテンの隙間から、マサヤの様子をうかがう。
「顔色もさっきよりかましになってるぞ」
俺もニコルに倣ってカーテンの隙間から様子をうかがった。
「あれでましなのかよ……、まだ青ざめてるじゃねえか……連れて帰れるかな……」
「お?連れて帰るのか?て言うかお前、入院してなくていいのか?」
「部長に帰っていいって言われた」
「あの人も適当だな……」
「とりあえずだ、マサヤが起きたら伝えといてくれるか?俺がお前の身元引き受け人になってやるって」
「いいけど、お前このあと何すんの?」
「マリアちゃんの今日の宿泊先探しだ。俺んちに泊めるわけに行かないからな」
「ほー、わかった。伝えとくよ」
「……」
目が覚めた。
「お。起きたな。ナイスタイミング」
声のする方を見ると、ニコル先生が俺の腕から点滴針を抜いているところだった。
「……おはようございます」
「うん、マサヤおはよう。からだの調子は?」
「……よくわかんないです。なにも変わってないような気もしますし……」
「まあそんなもんだ!多少貧血用の薬を入れたとはいえ所詮は塩水だ」
起き上がって周りを見回す。が、カーテンが邪魔で時計が見えない。
「ん?どうした?」
「いまって何時ですか?」
「7時半だぞ。あ、そうそう。ウィンがお前の身元引き受けてくれるってさ」
「???」
身元を引き受けるって……どういうことだ?
「その顔、意味わかってないな?ウィンが、お前の保護者になってくれるってことだ」
「なんでですか?」
「ずっと入院してるわけにも行かないだろ?今のお前は入院してる必要もないし、でも、退院したところで住むところないじゃんか。だから、ウィンがお前のこと預かってくれるんだ」
やっと納得できた。ウィン先生は俺を住まわせてくれるってことか。
「居候させてくれるってことですか?」
「まあ、簡単に言えばそういうことだな。詳しいことは本人に聞いてくれ。たぶん待ってると思うから」
「わかりました、ありがとうございます」
俺はニコル先生にお礼を言って、急いでウィン先生のところに向かうことにした。
相変わらずロナさんは見つからない。
「ねえ、ウィン先生、本当にアテがあるの?」
「あるんだけど……いないんだよ……どこ行ったんだ……」
困り果てて待合室で休憩していると、マサヤがこっちに向かってきていた。
「あ、いたいた。ウィン先生」
マサヤは俺に気づくと小走りでこっちに向かってくる。
「お前、走って大丈夫か?」
「えっ?どうしてです?」
顔色は確かにさっき診察室で見たときより良くなってる。
「いやだって、さっきまで体調不良で寝てたんだろ?」
「寝たら大分よくなったみたいです。それよりウィン先生、俺本当に居候させてもらってもいいんですか?」
「ニコルから聞いたんだな。うん、いいよ。まあ、どうせ俺も仕事もあるし、お前だって家にいるだけじゃ暇だろうから病院は行くけどな」
「いつ由季の情報が入ってくるかもわからないですもんね」
そんなことを話しているうちにマリアが俺とマサヤを交互に見ていることに気づいた。
「先生、マリアはどうするんですか?」
「ロナさん探してるんだけどな、いなくて……」
「私、ウィン先生のおうちでもいいよ?」
「……はいっ?」
「いいよ。私、マサヤくんと一緒で」
……いや、わかってる。大丈夫、理解してる……って!いやいやいや!さすがに男女比率2対1の部屋はまずくないか!?警戒心!?マリアちゃんの警戒心ドコ!?
「……マリア、ウィン先生があからさまに困ってるよ……」
「なんで?」
「え?……だって、俺たち男だけどマリア、女の子だよ?」
「平気だよ!ウィン先生もマサヤくんもそんな勇気ないよ!」
「…………」
あ、マサヤがショックで固まってる……。ていうか、マリアちゃん俺が困ってた理由完全に理解してんな。俺たちはマリアちゃんから暗に「ヘタレ」の称号をもらってしまったようだ……。
チラッとマサヤの様子をうかがう。……マサヤ、泣きそうだ。
無理もない。思春期ど真ん中の17歳男子が女の子にヘタレ呼ばわり。俺だったらしばらく立ち直れない。
「……マサヤ、泣いてる?」
「泣きそうです……。確かに……俺の青春時代なんてあってないようなもんですけど……」
「そうだよな、しょうがねえよ」
「俺だってきれいな女の人みたらドキドキするし、成人向けの雑誌とか興味あるし……」
「うんうん、今度貸してやる」
マサヤは一瞬目を輝かせた。が、不穏な視線を感じる。
「もー、これだから男子は」
「だ、だってマリアが変なこと言うから!」
そういうマサヤは耳まで真っ赤だ。
「まあまあ、男って言うのはそういう生き物だ。とりあえず、マリアちゃんが本当にうちで問題ないって言うなら拒みはしないさ」
「うん!ウィン先生、ありがとう!!」
結局、ロナさんは見つからなかった。
「え?ロナさんなら早番ですから、5時半くらいには帰りましたよ?」
「マジか……」
5時半って言うとオギノさんが吐血するよりも前だ。見つからないはずだ。もうすでに帰ってるんだから。
「無駄足だった?」
「……そうみたいだ」
俺はマサヤとマリアちゃんを連れて家に帰ることにした。
マリアちゃんは上機嫌で俺とマサヤの前を歩いている。
「先生、先生……」
マサヤは前を歩いているマリアちゃんに聞こえていないことを確認すると、こっそりと耳打ちした。
「あの……、成人向けの雑誌、貸してくれるってホントですか?」
「おうよ、好きなだけ読め」
マサヤはキラキラした目で俺を見る。さすが思春期ど真ん中。
「あ、マリアちゃんにばれないようにな?」
マサヤは頷く。
不意にマリアちゃんが振り向いた。マリアちゃんはマサヤをみるとにこりと笑う。
「マサヤくん、元気になってきたね」
「えっ?」
「マサヤくん、電車乗って疲れたんでしょ?乗り慣れてないって言ってたし……」
「うん、気にしててくれたんだね。ありがとう、マリア」
マリアちゃんは本当に気遣いのできるいい子だ。




