由季の能力
「トシタカ、待たせたな」
ニコルに呼ばれ、俺は診察室に入った。
「あれ、雅也は?」
雅也は診察室から出てきていない。不思議に思ってニコルに尋ねると、視線が部屋の奥のカーテンに注がれた。
「あそこで寝てる」
「なんで?」
「点滴中だ。長旅で疲れたって言ってたのと、ちょっと貧血ぎみだったから薬入れてな」
「へー……」
カーテンを開けると雅也は熟睡していた。腕には確かに点滴の管が繋がっている。
「起こさないようにな。で?色覚回復してるって?」
「ああ、気づいたのがさっきだったんだけど……」
「時間さかのぼってみるか。マサヤ迎えに行ったときは?」
「そのときは……治ってたな」
「もっと前か。オギノさんと話してたときは?」
「そこも……治ってるな」
「ユキちゃんに襲われたとき」
「……お?」
「そこか?」
「たぶん。由季に襲われた時は白黒だったけど、意識が戻ったときにはもう普通に見えてた」
「…………なんかさ、ユキちゃんてすごいと思わん?」
俺の話を聞いていたニコルは不意につぶやく。
「例えば?」
「だってさ、ユキちゃんはチップの位置を把握できてる感じするじゃん?それに、なにが理由かはわからないけど、トシタカの目も治ってるし……ユキちゃんだけ、そういう特殊な力持ってんのかな」
俺はあの研究所の情報をいろいろ盗んできたつもりだったが、そんな話は聞いたことがない。
「聞いたことないんだよなぁ……」
「あれ、でも、お前自分から研究所行ったってマサヤに聞いたぞ?」
「あ?そうなのか。でも、知らないもんは知らないぞ。俺が盗んできた情報なんてたかが知れてる。知ってるのはー……、兵器の型と、あと外国に逃げた夫婦がいるらしいって話くらいかな」
「亡命したってことか。じゃあ、その人たちは生き残ってるんだな」
「そういうことみたいだな」
「オギノさんに聞いてみるか。知ってるかもしれないし」
「そうだな」
俺はまた夢を見ていた。
ベッドの上で目を閉じているのは幼い頃の俺。胸から腹にかけての大きな傷はほとんど目立たないように縫合されていた。ベッドの回りに群がるたくさんの大人たちは様々な処置を施して、次々によくわからない機械を取り付けていく。
(実験番号42、総合状態は良好です)
(適応率は?)
(現在0.3%、若干低めの数値ですが、許容範囲内です)
(肉体状態は?)
(心拍、呼吸、体温、それぞれ正常値です。出血により若干の血圧低下が見られますが、すぐに正常値に戻るかと)
(いいだろう。子供は状態が変わりやすい。42番の状態管理を怠らないように)
幼い俺は目を覚ます。ベッドに群がっていたたくさんの大人はいない。金髪の女性が一人、残っている。
(おはようございます、目は覚めた?)
女性は俺に微笑んだ。どこかで見たことがある……いや、誰かに似ているだけかもしれない。
(……だ、れ……?)
(私はマリー。あなたのお世話係をしています)
(……マリー……、おれ、怖いよ……。何で捕まったの……?由季はどこなの……?)
マリーは答えない。彼女は悲しげな表情で俺の頭を撫でるだけだった。
(……そうよね……、何もわからないまま、捕まえられて……怖かったわよね……)
この人としばらく一緒にいたことは、覚えてる。でもそれはとても短い間、俺の体調がよくなるまでのことだ。
その後、体調のよくなった俺は、別室で軟禁状態にされた。それからはもう会っていない。
彼女はやっぱり誰かに似ている。そう、ここ最近で会った人なはずだ。でも、ハッキリとは思い出せない。




