オギノさんの事情
四人部屋には俺とオギノさんの二人だけ。
オギノさんは目を覚ます気配がないし、ニコルもまだ戻ってこなそうだったので、部長にお願いしてノートを持ってきてもらった。
この人はマサヤと同じナハネ族だろう。……何か知っている可能性は十分ある。
背中の痛みも治まってきたし、だいぶ暇だ。どうしようかと思っていると、オギノさんが目を覚ました。
「……」
オギノさんはぼんやり目を開けて俺の方を見る。
「あ、目が覚めましたか?」
「……あなたは……?」
「俺はウィンストン・ジャーナルです。今は入院していますがここの病院の医師です」
「ああ……お医者さんでしたか……」
顔色は相変わらず悪いけど、どこか痛むとかはないみたいだ。呼吸も見た限り落ち着いてる。
「……イツキ先生は……帰られましたか……」
「はい。……オギノさん、どうしてこんなになるまで病院に来なかったんですか?ほとんど何も食べられてないように見えますが……」
「……いつもの体調不良だと思ったんです……少し休めば収まるんですけど……今回は違って……何も喉を通らなくなりました……そのまま私は気分が悪くて動けなくなって……お腹もいたいし……うずくまったら立ち上がれないしで……さすがに救急車を呼びました……」
「そうでしたか……。おかしいと思ったらすぐ病院に来てください。手遅れになってしまったら困りますから」
「ウィン先生……」
「まあ、今の俺はただの患者なんですけどね」
「いえ……心強いです……」
落ち着いているようなので、俺は本題に入ろうと思う。でも、この人はストレス性の胃潰瘍だ。俺の話がストレスになったらどうしよう。
「あの……聞きたいことがあるんですが、いいですか?」
「私に……ですか……?」
「はい、オギノさんは少数民族ですよね?」
「よくご存じで……!どうしてわかったんですか……?」
「受け持ちの患者が似た雰囲気の名前なんです。そいつが自分は少数民族だって言ってて。あ、そいつ男なんですけど」
「いるんですか……!?ここにその……私と同じ……少数民族が……!?」
だいぶ食いついてきてる。さあ、どこからどうに話すべきなのか……。
「……たぶんですけど……どうしよう、どう話そうかな……」
オギノさんのストレスにならない程度に、かつ、俺の聞きたいナハネ族の情報を引き出せるように、上手く話さないと。
「う~ん……」
マサヤのことから?いやいや、これは話初めとしては重すぎる。
「あ、そうだ。ナハネ族」
「そう……!そうです……!」
「俺はその患者から自分はナハネ族だと言うことと、ナハネ族は身体能力が高くて、組織に狙われ、襲撃されたと言う話を聞きました」
「……その患者さんは……そんなところまで知っているんですね……」
オギノさんは少し掠れた声でつぶやく。
「ウィン先生……、私の話を聞いていただけますか……?」
「あ、はい」
「私は……その患者さんの言った襲撃事件に遭遇しています……。その襲撃事件の時に私は……妻を亡くして……娘と離ればなれになってしまいました……。実は……私がアリストにいたのは、娘の様子を見に行く途中だったんです……」
「娘さんですか……。娘さんはアリストにいるんですか?」
「いいえ……北マルアです……」
北マルア……ワーナル挟んだ向こう側だな。……今、マサヤがいるところだ。
「北マルアの知り合いに……娘を預けたんです。……あの子にはたぶん私が父親だと言う記憶はないでしょう……。でも、私は……遠くからでもいい……父親と名乗れなくてもいい……あの子を見守っていたかったんです……」
オギノさんは穏やかにそうつぶやく。でも……それってオギノさんが辛いんじゃないのか?奥さんはもういない。娘さんは自分の事を知らない。……俺は父親になったことないけど……娘って可愛いもんなんじゃないのか?俺だったら耐えられる気がしない。
「いいんですか?自分が父親だって……名乗らなくて」
「名乗れませんよ……あの子は今の家族と幸せに暮らしているんです……それを壊すなんて……できないですよ」
オギノさんは寂しそうに笑った。
「……オギノさん、イツキ先輩が言っていました。貴方には心のケアも必要だと……」
「そう……、かもしれないですね……。私は……あの事件のあった日から、心も体も……削りながら生きてきたのかもしれない……。今、まさに限界に来ていたのかもしれません……。でも……ひとつだけ言えるのは……あの子の存在があったから……私は生きてこられた……。一度……今以上に命を落とす危険がありましたが……あの子を置いて死ぬわけにはいかなかった……」
娘さんの様子を見に行ってるってことは、会ってはいるのか。
「娘さんはおいくつなんですか?」
「13歳です……でも、私に似たみたいで背が高いんですよ……」
「最後に会ったのは?」
「ちゃんと会話したのは三年くらい前ですかね……?最後に見たのは5ヶ月前です……。本当は会話するつもりもなかったんですけど……そのときはたまたま声を掛けられてしまって……」
この人は本当に……自分からは声を掛けずに見守ってるだけなのか……。
「会ってお話ししないんですか?もしかして預けた方に会わせてもらえないとか……?」
「違います……あの方たちはいつでも会いに来ていいと……言ってくれました……。でも……私は追われていました……巻き込んでしまうかもしれないのに、会いに行くわけには……」
追われていた……?……もしかして、マサヤと同じように命を狙われていたってことか……?
少し考え込んでいると、廊下を走る音が聞こえてきた。やがて、俺たちの部屋の前で止まる。
「おじゃましまーす」
そう言って入ってきたのはニコルだった。
「気づいたらウィンの部屋に患者さん増えててビックリしたわー」
ニコルはオギノさんを見て挨拶を始めた。
「はじめまして、俺はここの病院の医師をしてます、ニコルです。ウィンとは同僚です」
「……私は、荻野大祐です……」
「オギノダイスケ……あっ」
「ニコル?どうしたんだ?」
「オギノさん、ちょっとこいつ借りていいですか?」
「……え?あ……、はい……」
「え?なんだよ、説明しろよ!?」
オギノさんが頷くと同時に、俺は部屋から連れ出された。
「いたたた……」
背中の痛み引いてきてたのにコノヤロウ……。
「ああ……ウィンすまん……」
「……で?なんだよ?オギノさんには聞かれちゃまずいことか?」
「あの人ナハネ族だ!」
「知ってるよ。さっきまでそういう話してたんだから」
「あの人本書いてるんだよ!ほら!マサヤが借りてきてたやつ!」
「ん?ああ……えっ!?」
だからどこかで見覚えのある名前だったのか……。
「すまん、俺、その本表紙見ただけで一切読んでない」
「大丈夫。俺が読んだ。とりあえずどんな話してたんだ?」
「襲撃事件で奥さん亡くして娘さんと離ればなれになったって」
「ほうー。取り合えず他にも話聞いてみようぜ!俺たちがまだ知らないことも見えてくるかもしれない!」
ニコルが自信ありげに言うもんだから俺は頷くしかなかった。その件についてはニコルに任せよう。
「で?戻ってきたってことは何か進展があったんだろ?」
「……ああ」
ニコルの表情は暗い。悪い知らせなんだろう。
「結果から言うと、ユキちゃんはもうここにはいない。別れの挨拶を俺の患者3人にしてったそうだ」
「……そうか、遅かったか……」
「カイがどこに行くのか尋ねたらしいんだけど、教えてもらえなかったみたいだ。でも、『私しかいない』『みんなを巻き込むわけには行かない』って言ってたって」
「俺にも同じようなこと言ったよ……」
ユキちゃんは本気で動き出してしまった。
「……とりあえず、オギノさんとの話の続きだ。あんまり待たせると体調にも響くから」
「……そうだな。……悪かった、大きいこと言ったけど有力な情報は持ってこれなかったよ……」
「いいよ。必死に探してくれたんだろ?」
「ウィン……!!!」
ユキちゃんはソレルさんに話をしたのだろうか?……でも、今いなくなったってことは話していたとしても重要なことは話していない気がする。
ユキちゃんの真意は……未だわからないままだ。




