由季の行動、ウィンの判断
「嘘……じゃない……嘘じゃないけど……!」
「じゃあ、ソレルさんが来るまで待ってよう。俺も一緒に待つから」
「それは……っ、今じゃないの……!!」
ユキちゃんはおろした右手をパッとあげて、俺に刃先を向けた。
「……じゃあ、いつならいいんだ」
我ながら意地が悪い。さっきユキちゃんの放った言葉をそっくりそのまま返してる。
「なあ、ユキちゃん。君は戦うのには向いてないよ。今だって……震えてるじゃないか」
俺に向けられた切っ先は小刻みに震えている。
「……そんなこと……ないもん……!!」
震えを止めようと押さえた左手は、関節が白くなるほど強く力が込められていた。
「……そうか。そこまで言うなら……俺を倒してから行け」
「……えっ?」
俺の突飛な言葉にユキちゃんは驚いているみたいだ。
「ユキちゃんは敵を止めたいんだろ?でも、俺はそれを全力で止める。このままじゃ平行線だ。どうする?諦めるか?それとも俺を倒す?」
このあと、ユキちゃんはどうするのか。行動次第で俺はマジで自分の命の心配をしなくちゃならない。
「わたしは……敵を止める!!!」
ユキちゃんは覚悟を決めた目で俺を見つめた。
ああー、やっぱそうなっちゃうかー。死なないように気を付けないと……
「ウィン先生……!そこを!!どいて!!!」
ナイフを構えて、ユキちゃんは俺に突っ込んでくる。でも、そんな攻撃、見切るのは容易い。俺は過去とはいえ、喧嘩上等な立場にいたんだ。得物があれば特にな。
ユキちゃんの攻撃は俺にかすりもしない。隙が出来たところで腕を掴み上げた。
「……っ!!」
「覚悟ができてるのはわかる。でもな、勝てもしない相手に向かっていっても無謀なだけだ。……よく考えて行動しろ」
ユキちゃんの右手は普通の状態に戻った。
「……わかんないよ、……ウィン先生には……絶対にわかりっこないよ……っ!!」
「……そうだな、わからないだろうな」
ユキちゃんは今にも泣きそうな顔で、今は大人しく待っている。
ソレルさんはまだ来ない。
俺、ユキちゃんに嫌われたな……。でも、自ら危険な場所に乗り込んでいくのを見過ごすことはできない。……俺だって、守りたいんだ。
ニコルから連絡を受けたソレルさんはすぐに来てくれた。
「ジャーナル先生!!ニコル先生から話は聞きました。彼女が……」
ユキちゃんは俯き、顔をあげようとしない。
「ユキちゃん、約束しただろ?ちゃんとソレルさんに話そう」
「……わたし、言ったもん……!今じゃないんだから……!!」
ユキちゃんは俺の手を振り払い、走り出した。
「あっ……!?」
「ユキさん!!」
俺がバランスを崩して尻餅をついている間に、ソレルさんがユキちゃんを捕まえてくれた。
「離して!じゃないと……刺すから!!!」
ユキちゃんは右手をナイフに変化させ、ソレルさんに切りかかろうとする。
尋常ではないユキちゃんの言葉と行動にソレルさんもなにかを感じ取ったのだろう。手錠を懐から取り出して、ユキちゃんに掛けようとした。だが、ユキちゃんはソレルさんを突き飛ばして逃げる。俺は急いで追いかけた。
ユキちゃんはどこに向かってるんだ……?運動不足が祟って、ユキちゃんに全然追い付けない。
エレベーターの先は階段だ。まさか、外に逃げる気なのか?
もうすぐで捕まえられる!と思った瞬間、ユキちゃんは躓き、体勢を崩す。その先には階段がある。
「ユキちゃん!!!」
俺はユキちゃんを捕まえた。いや、捕まえたと言うか……一緒に落ちたって言うのが正しいのか……。俺はユキちゃんを抱きしめて、階段を転がり落ちた。
「ジャーナル先生!!!」
あー……やばいなー……。俺、どういう風に落ちた……?ユキちゃんは無事か……?
「ウィン先生……!!ごめん……!ごめんなさい……!!わたしが……逃げたりしたから……!!」
ユキちゃんが泣いてる。ああ、ついに泣いちゃったなぁ……。でも、無事か、良かった……。
「ジャーナル先生!!今、誰か呼んできますから!!ユキさん、ジャーナル先生に声を掛けてて!!」
「ウィン先生!しっかりして……!ウィン先生……!!」
ユキちゃんの声とソレルさんの声。ずいぶん遠くに聞こえる。
死ぬのは困るなあ……でも、そろそろ限界だ。俺はまもなく意識を手放した。
ウィンストンはすぐに処置室に運ばれた。
由季とソレルは処置室の外のベンチで待つ。
「どうしよう……どうしよう……!わたしのせいで……ウィン先生が……!」
「……ユキさん、心配なのはわかる……。だからこそ、どうしてこうなったのか、これまでのことを詳しく話してくれるかい?」
ソレルの言葉に由季は頷いた。
「……こんなことになるなら……逃げないで話しちゃえば良かった……そうしたら、ウィン先生だって……」
処置が終わり、ウィンストンは病室に移された。
「ユキちゃん、ソレルさん、お待たせしました」
「リディナ先生!」
「ジャーナル先生は!?無事なんですか!?」
処置室から出てきたリディナにソレルと由季は詰め寄った。
「ち、近すぎです……!そんなに寄らなくても……」
「あ、す、すみません……」
ソレルと由季はリディナから離れる。
「ウィンストンは無事ですよ。まあ、頭を打っているので、しばらくは様子を見ますが」
「うっ……ウィン先生……良かった……!よかったよぉ……!」
由季は堪えきれず、ボロボロと泣き出した。
「今はまだ意識はないけど、しばらくしたら目を覚ますよ。ユキちゃん、行っておいで」
「……うんっ!!」
涙を拭い、由季は走ってウィンストンの元に向かった。
ソレルとリディナの二人がこの場には残っている。
「……リディナ先生、実は……」
少しの沈黙の後、ソレルは話し始めた。
「……ユキちゃんがサイトウくんを襲ったことはニコルから聞きました。それに関連して、あなたが来てくれたと言うことですよね」
「はい、そうです。……ですが、ユキさんは私に捕まるのを危惧したのか、ジャーナル先生の手を振り払って逃げ出したんです。私も刃物を向けられました……。ジャーナル先生は彼女を追ったんですが、階段に差し掛かろうとしたところでユキさんが足を滑らせて……」
「ウィンストンはユキちゃんを助けようとした。そういうことですね?」
「……はい」
「……ソレルさん、ユキちゃんはなにか話してくれましたか?」
「サイトウくんを襲った理由は教えてくれましたが……私はその裏になにか隠されている気がしてならないんです……」
「……ユキちゃんも彼女なりに考えて行動し始めたと言うことか……。ソレルさん、このあとユキちゃんを……どうするつもりですか?」
「……正直、決めかねています……。彼女は確かに傷害罪を犯している……ですが、状況が特殊すぎる……」
ソレルは苦い顔で俯いた。
兵器の暴走、雅也、ウィンストンの襲撃、立てこもり、爆破。
実行犯は捕まっていても、主犯格の気配がない。
「彼女は兵器です……さっきのように兵器の能力を使われてしまったら……、私たちでも対処できるかどうか……」
事件は何も終わっていないのだ。
由季の行動がなにかのきっかけになる可能性も捨てきれない。




