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The unlimited world~いきなり最強武器見つけちゃったけど無双できますか?~

作者: 柱乃 影人

 



 少年は澄み渡る青空を眺めていた。


「空は綺麗だなぁ……」


 軽い嘆息に途方に暮れる横顔。

 風に揺れるのは耳の半ばまで隠すような癖のある金色の髪に、これといって特徴のない茶系の地味な衣服。

 これはPC――《Player Character》と呼ばれるダイブ型のオンラインRPG――《The unlimited world》においての少年の姿で、化身(アバター)なんて呼び方もされる。


 虚空を見つめる少年が片手で何もない空間――コントロールパネルに触れると、ウィンドウが現れた。

 記されているのは、本人しか閲覧することのできない少年PCの詳細情報。

 そこには、




 リート Lv1

 職業:駆け出し


 HP:50/50

 MP:10/10

 BP:5

 攻撃力:5(5)

 防御力:7(5)

 魔法力:5(5)

 敏捷性:6(5)

 器用さ:5(5)


 スキル:なし

 装備品:布の服、皮靴




 と表示されている。


 その内容は、いわゆる初期ステータス。

 UWでまだ作成されて間もない新参プレイヤーということだ。

 そんな初心者が、ゲーム開始と同時に右往左往してしまうのはネットゲームに限らずよく見られること――――なのだが。


 少年、リートの場合は少々事情が異なった。



 《The unlimited world》は、“無制限”の名が示す通り、ゲーム内において行えるあらゆる動作に『制限』というものが設けられていない。

 一応、GM……ゲームマスターと呼ばれる管理者の出入りはあるが、不正さえ行わなければ大抵は自由だ。

 戦闘職、生産職はもちろん、その気になれば商人や農業、不動産といった代理店でだってUW世界の住人としてずっと遊んでいける作りになっている。

 基盤の世界こそはNPCにあるが、一歩先に踏み込めば、プレイヤーのアイディアこそが世界の開拓に繋がっているのだ。


 もちろん、無制限という単語はそれだけではない。


 入籍システムや家族システムといったありきたりな仕組みだけではなく、その気になればプレイヤーやNPCを配下に置いた領主、或いは国家の設立だって出来る。


 逆に、あまり明るくない例を挙げれば、PK――《Player Killing》といった対人戦闘も可能だし、DK――《Dog Killing》と呼ばれるペット(PlayerのPと差別するため、あえてDを用いる)を攻撃する行為もOK。

 最低限の考慮として、上記のそれらには可能エリアと不可能エリアという識別こそあるが……。

 モンスターを利用してプレイヤーを攻撃するMPKも、街などにいるNPC――《Non Player Character》を攻撃するNPKも。

 その気になれば、イベントNPCをキルして特殊クエストを受注不可能にする――なんて荒業も可能だ。

 要求パラメータは果てしなく高いが、実行したとしてGMに咎められるということはない。


 しばしば、ネットで問題提示もされるプレイヤー同士での“軟禁行為”すら黙認されてしまうという、ある意味ダーティなこのVRMMOが国内外問わず人気を博しているのには、プレイヤーがFS精神に法って立ち向かうといった正義感漂う行い以外に大きな理由がある。

 むしろ、それこそが本質と言っても過言ではない。



 《The unlimited world》の代名詞である“無制限”の最大の証明――


 UWを構築する世界、つまり、フィールドにも制限がないのだ。



 厳密に夢のない発言をすれば、サーバーPCの容量の上限はどこかに存在するのだろう。


 が、いまだかつて、その「世界の果てを見た」というプレイヤーはひとりも存在しない。

 ガセネタと共にそんな話題がネットで広く普及し、いつしか冒険魂に火を着けられた多くのプレイヤーを集めるようになっていた。


 少年はというと、顔は知らないとはいえ付き合いの長いリンクソーシャルの友人に誘われ、何も知らずに参加したわけなのだが……。


 ……少し早まっただろうか?



「ほんとに何処なのかな、ここ……」


 リートは、遠くまで広がる空を眺めながらそう呟いた。


 三六〇度、見渡す限り綺麗な青空が広がっている。丘陵の先、やや暗い雲が立ち込めているのは、あの辺り一体に雨が降っているのだろう。

 しかし、可視界には街らしい街どころか人工建築物の類も一切見当たらない。


 言ってしまえば、少年は限りなく不具合に近いレベルの仕様(・・)で、とんでもない初期スタート地点に飛ばされてしまったのだ。


 これが、UWの魅力のひとつであり、また不評を買うひとつの要因でもある“ランダムスタートポイント”と呼ばれるシステム。


 それぞれ異なる“初期街”が存在する複数の大陸。

 ゲーム開始時は、選んだ種族が生活するその初期大陸のとあるポイントから無作為の座標でスタートしてしまうのだ。


 いきなり密林ど真ん中からスタートして街まで死闘を歩むプレイヤーもいれば、南国ビーチに降り立って開幕から水着キャッキャウフフなパラダイスを堪能するプレイヤーもいるし、知らないムキムキブーメランパンツのお兄さんに木陰に連れ込まれるといった不幸な男性もいるとかいないとか。


 もっとも、プレイヤーの大半は初期街、およびその周辺にポイントするように設定されているので、そういった“不運”な目に遭うのはごくごく一部のプレイヤーに限定されている。

 珍しい現象なだけに、そういう体験をしたプレイヤーはネット上ではラッキー(・・・・)だと持て(はや)されているのだが……。


「ラッキー……ねぇ」


 少年リートの場合は、その度合いがさらに斜め上を行っていた。


 ランダムに設定される出現座標のX軸とY軸だが、開発側とてPCをまさかその場に一致したオブジェクトの内部に転移させる訳にはいかない。

 したがって、重なった場合はそのオブジェクトの上、存在可能な最大高度Z軸上に飛ぶようになっていて、無論、少年の場合もその例には漏れることはない。


 しかし、


「………………」


 リートが無言で遥か(・・)見下ろす大地には、濃い緑が密林規模で延々と生い茂っていた。

 彼はただ嘆息し、


「……どうやって下まで降りればいいんだろ」


 そうポツリと呟いた。


 少年は、単身切り立った柱のようにそびえ立つ岩の塔のようなオブジェクトの上に出現してしまったのだ。


 広さは、畳にして十枚ほど。

 X軸でもY軸でもどちらでもいい、座標が数メートルずれていれば平地――ただし、密林のど真ん中ではあるが――にPOPしていたはずだ。


 ここには、階段のようなものは見当たらず、ただ平たい岩の地面がある。

 一旦ログアウトしても現れるのは同じ場所で、一度、勇気を出して飛び降りてみれば落下ダメージで即死。浮遊時間は一〇秒ちょっと。

 ペナルティを受ける対象こそないものの、再びこの場に戻されるのであった。



 そんな絶望的な状況の中、唯一の光明があるとすれば、


「やっぱり……これ(・・)しかないよね……」


 言って、リートが指で触れたのは、足場中央に突き立つ一本の剣。

 刃のほとんどが埋没しているので刃渡りは分からないが、剣幅から見ると片手剣にしては大きめだが両手剣にしてはやや細身といったところ。

 鍔の中央には何やら丸い紋が彫り込まれている。


 問題解決の足がかりになるのでは――と思い、何度も抜いてみようと試みてはいたのだが……パラメータが足りないのか剣は微動だにしなかった。

 何か手がかりはないかと情報を得るために剣をタップしてみると、



 《封印の剣》



 表示されるのは、おそらく剣の銘。

 何度確認しても、それ以上詳細な情報は得られなかった。


 いくら少年が初心者とはいっても、オンラインゲームそのものに対しての初心者というわけではない。



 通常では、おそらく到達が困難であろう地形。

 そして、様々な条件をクリアした先に待ち受ける《封印の剣》……。



 直感的に、この剣からはそんな曰くあり気な空気がビンビンと伝わってきていた。


「問題は、“封印”って言葉が何を指してるかだよなぁ……」


 もし、この剣が何か大きな能力(アビリティ)を封印しているという話ならば、まだワンチャンスがある。


 ……できれば、空を飛べたりなんかすると今は非常にありがたい。

 可能性としては限りなく低いと承知してはいるが。


「抜いたら魔王復活――! なんてオチは勘弁だけどね」


 ははは、と空笑いをしながら、少年は静かに流れるひとりの時間に耐え切れず、咳払いで誤魔化した。


 ともあれ、少年の本心としては、何とかしてこの【封印の剣】を抜きたい――それに集約している。


 幸い、このタイプのフルダイブMMOでは、ある程度リアルでの行動が仮想世界内でも再現可能となっていた。

 武器を手にモンスターと戦わずとも、ここで身体を鍛えるだけで少しずつ経験値は加算されていくのだ。


 一度、デスペナでゼロになってしまったが、失ったEXPバーなど微々たるもの。

 時間は掛かるが、今後は落ちないように自己鍛錬を積んでいけばいいのだ。


「ようし……頑張ろ」


 幼い頃から反復作業が好きだった少年には、こういった単調なレベリングもそれほど苦にはならなかった。





 ◇





 日々の自由時間をレベリングに費やしてから一週間。

 少年のレベルは着々と上昇していた。




 リート Lv12

 職業:駆け出し拳闘士


 HP:110/110

 MP:34/34

 BP:60

 攻撃力:10(5)

 防御力:7(5)

 魔法力:5(5)

 敏捷性:6(5)

 器用さ:5(5)


 スキル:素手Lv1、鍛錬上手

 装備品:布の服、皮靴




 さすがは自由度が売りのMMOといったところか。

 こんな岩頂で、ひとり黙々と鍛錬に勤しんでいてもスキルを習得するらしい。


 素手?

 いや、ここ店とかないですから。


 鍛錬上手?

 いや、ここ他にやることないですから。


「ふぁぁ…………と、ちょっと眠くなってきた。リアルでは寝てるはずなんだけどね」


 自己突っ込みを入れながら、少年は欠伸(あくび)を右手で隠しボヤいた。


 言うように、リアルでの彼の身体は休眠状態にある。

 身体は寝ていて能は活動している。

 睡眠時間もゲームに割けるのが、フルダイブ型ネットワークの良いところだ。


 ……やりすぎると反って疲れることもあるけどね。


「さてさて」


 少年は、数字が少しずつ増えてきたステータス画面を眺めた。


 攻撃力が上がったのは、パッシブスキルの【素手Lv1】のせい?

 レベルアップで自動習得したのか別の理由があるのかは不明。


 もうひとつ、Lv10到達時に覚えた【鍛錬上手】のおかげで経験値効率が上昇したのは素直に嬉しい。

 それを除けば、BP以外の数値が全く変動していないのが気掛かりだった。

 どういうことかと思って、パラメータをクリックしてみると、


[BPの振り分けを行いますか?]


 というナビゲーションが表示される。


 なるほど、BPとはバトルポイントではなくボーナスポイントの略だったのか――と少年は察した。


 開始からあった“5”という数値は初期ボーナスで、レベルが1上がる毎に+5。

 それを自由に割り振れる、と。ほむほむ。


 こういったポイントは、攻略サイトで有益な情報を得るまで残しておくのが彼のルールではあったが、いまだ謎の多いUWでは最適解が存在しない。

 むしろ、再振り分けが不可能である場合、安易にネット情報に頼るのが最善を招くとは限らない。


「こういう時は、今まで培ってきたゲーム脳から予測するんだ……!」


 今自分に求められているのは剣を抜くこと。


 必要なのは筋力のはずなので、単純な話では“攻撃力”に振るべきだ。


 しかし、この剣に必要なのが力ではなく、何かしらの技だったらどうか?

 必要パラメータは、器用さに変わってきてしまう。


 そして、もし、これが魔法的な封印を施された代物だったら?

 その場合は、攻撃力をいくら上げても無駄で、要求されるのは魔法力なのか?


「少し……絞られてきたかな」


 少なくとも、防御力と敏捷性は除外して良さそうだった。


「……いや、待てよ?」


 少年は、再度振り分け画面を注視する。

 そして気付いたのは、HPとMPを上昇させる項目はない。

 単にレベルに比例して自動上昇しているのが要因、それ以上に深い理由があるとも思えない。


 問題はそこではなく、除外した防御力と敏捷性だ。

 万が一、この剣を抜くことができなかった場合、落下ダメージを軽減する防御力が必要になってくるのではないか?

 もしくは、着地に関して敏捷性による軽減がある可能性もゼロではないのでは?


「むぅ……」


 少年は、自ら陥った思考のループに苦悩した。


 何せ、この剣を獲得する為に必要と思しき“崖登り”を考えれば、器用さすら重要になってくる可能性もあるのだ。

 つまり、逆に降りることもできなければ入手できたところで意味がない。


「困ったなぁ」


 少年が下した決断は、ひとまず“保留”だった。


 この場所に立ち止まっていたところでMOBとの戦闘が起こる訳ではない。

 焦って失敗するよりも、納得がいく結論が出るまで現状維持でいた方が安全に違いない。


「そうと決まれば、やることはひとつ!」


 そうして、少年は再び筋トレという名の自己鍛錬に没頭した。





 ◇





 さらに時は流れ、いつしかBPを増やすことが少年のちょっとした楽しみへと変わっていき、現在のステータスは、




 リート Lv31

 職業:見習い拳闘士


 HP:205/205

 MP:72/72

 BP:155

 攻撃力:45(5)

 防御力:7(5)

 魔法力:5(5)

 敏捷性:6(5)

 器用さ:5(5)


 スキル:素手Lv4、自己鍛錬の鬼

 装備品:布の服、皮靴




 ここまで上がった。


 Lv30を超えると、何となく脱・初心者という気がしてくる。

 職業:見習い~に相応しい初級者といった括りだろうか。


 まぁ、何もゲームらしいシステムには触れてないけどね!


「で、気付いたら変わっていた職業以外に、何とスキルまで変化していたわけですよ」


 素手Lv4。

 括弧内が基本ステータスだとすると、+40されている計算か。

 しかし、所詮は見習い。

 スキルや必殺技らしいものは何ひとつ覚えていない。僕の師匠は青い空と白い雲なのさ。


 そして、自己鍛錬の鬼。

 鍛錬上手より、効率良く経験値が稼げるようになった。


 はっはっは。

 ……鬼っつーか、他にやることないんだってば。


「でも、さすがにそろそろ飽きてきたかな……」


 何せ、これではオフラインゲームをやっているのと何ら変わりがない。

 パッケージ代オンリーだからまだ我慢しているものの、月額ゲームだったらクレーム殺到だ。


 つまるところ、今後どうするか――そろそろ結論を下す頃合いなのかもしれない。


「考えられるのはふたつ……」


 ひとつ目は、この剣を“抜く”という今まで通りの前向きな検討。


 この場合、防御力と敏捷性、加えて魔法力も捨てると決めている。


 職業が見習い拳闘士で、スキルが素手Lv4だ。

 ここから魔法職に転換するのもいまひとつ気が乗らず、そもそも彼自身物理職の方が好みだった。

 そうなった場合の将来は、生粋の物理アタッカー。


 ふたつ目は、この剣を“抜かない”という諦めの境地。


 こちらの場合は、何とか自力で崖を降りるという行動に出なければならない。

 よって、ステ振りは防御一択。


 今はレベルアップしたばかり、経験値ゲージはほぼゼロなのでデスペナによる心配はないといっていい。

 所持金はここでは増やしようがないし、初期装備の布の服はありがたいことに耐久が“∞”と表示されている。


 何とか崖を降下しつつ、飛び降りても死なない高さを探っていく。

 ゆくゆくはタンク職――パーティの盾として大活躍できるに違いない。疲れるけど。


「うーん……」


 少年としては、後者の方が魅力的に感じた。

 タンク職は敷居こそ高いがやり甲斐はあるし、何よりパーティの需要が高い。


 ヒーラーもパーティの人気職ではあるが……あちらは女性プレイヤーの比率がもっとも大きくあまり気乗りがしない。

 現状で『魔法力を上げる』という選択肢がない以上、そっちを選ぶ理由もないのだが。


「でも、タンクやるなら、わざわざこんな場所でひーこら鍛錬しなくてもデータ削除してからキャラ作成し直せばいい話だし……」


 呟いた理由は、少年にとってごもっとも過ぎた。


 せっかく、こんな辺鄙(へんぴ)な場所にリートが生まれたのも何かの縁。

 下した結論は、




 リート Lv31

 職業:見習い拳闘士


 HP:205/205

 MP:72/72

 BP:0

 攻撃力:200(160)

 防御力:7(5)

 魔法力:5(5)

 敏捷性:6(5)

 器用さ:5(5)


 スキル:素手Lv4、自己鍛錬の鬼

 装備品:布の服、皮靴




 見事な【攻撃力】全振り。


「うーん……我ながら思い切った行動を取ったなぁ」


 少年は、空に浮かぶ自分のパラメータウィンドウを眺めながら呟いた。


 今後、ある程度は装備品で調整も利くようになるはずだが、現状はただの脳筋特化。

 MOB戦も、殺られる前に殺る――そういった戦い方になるだろう。


 わずかでもHPの上昇を期待したのだが、やはり攻撃力とは連動していなかった。

 それより、攻撃への極振りを行っても【新スキル】の追加がなかったことの方が精神的なダメージが大きい。


「ひとつくらい必殺技が欲しかったけど……ま、仕方ないか」


 振った後で言っても後の祭り、気にするだけ時間の無駄だ。


 リートは、剣の正面へと回り込み、【封印の剣】の柄を両手でがっちりと握り込んだ。


 いよいよだ。

 こうしてこの剣を抜こうとするのは一ヶ月ぶり……いや、それ以上になる。


 リートは両手をさらに硬く握り絞って下半身を固定し、背筋に力を入れた。


「ぐぬっ……ぬぐぐぐぐ…………!」


 少年は、歯を食いしばって全身の力を総動員した。

 PCの操作は思考だけで行っているはずなのだが、得られる疲労感は本物に近い。


「ぐぎぎぎ……た、鍛錬……だって本当に疲れたっての……!!」


 事実、フルダイブ型シミュレーターによる筋肉トレーニングで、わずかなりにも効果があった――という報告も上がっている。

 身体は寝ているはずなのに、脳から伝達されるパルスとホルモン分泌で筋繊維が電気的な刺激を受けているのでは――という見解が大きかった。

 もちろん、味わう疲労感と実際の効率の関係で、研究者たちも「元は取れない」という結論に達したのだが。


 リートは、さらに鞭を入れるように全身の力を振り絞った。


「ぐっ…………はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


 両膝に手を置いて浅い呼吸を繰り返す。



 抜けなかった――。



 地に根を生やした封印の剣は、少年の努力をあざ笑うかのようにピクリとも動かない。


 リートは脱力して身体を地面に投げ出した。


「はぁー…………そんな簡単に抜けるような剣なら、わざわざこんな場所に設置したりしないよね……」


 ここ(・・)に来るだけの必要パラメータとは一体どれほどか。

 今更そんなことに気付いたところでどうにもならない。


 このまま鍛錬を続けて、ラインの見えない要求ステータスを満たすまで頑張るか……それともドロップするか。

 降りる(ドロップ)というのは崖からではなく、ゲームを止めるという意味だ。


 ここまで変な鍛え方をしておいて、また(いち)から作り直したいとも思わない。


「……………………」


 リートは、淡い陽射しを通す目蓋ごしに擬似的な陽光の心地良さを感じながら考えた。


「…………まぁ、せっかく【自己鍛錬の鬼】も覚えたんだし? キリのいいLv40くらいまでは何とか目指してみようかな」


 なんだかんだ言って、一度始めた単純作業から中々抜けられなくなるのがリートという少年だった。





 ◇





 異変を感じたのは、ある日の夜のことだった。


 ここで言う深夜とはUW内におけるワールドタイムのこと。

 現実は大型連休の最終日ということで一日中潜っていたのだが……。


「何だろう……?」


 耳を(そばだ)てると、はっきりと聞こえてくる重低音。

 夜空に輝く大きな円月が、岩山に突き立った【封印の剣】を照らし出すと、まるでその輝きに呼応するかのように剣が地を揺るがす唸り声を上げたのだ。

 そして月が高くなれば高くなるほど、その声は大きくなっていく。


 聞き間違いなんかじゃない。


 今まで見たことのない事態に驚きながらも、少年の鼓動は無意識に高鳴っていった。


「これってもしかして……?」


 少年は直感的に閃いた。


 それは、この剣に施された封印――UW内の“月”と何らかの関連があるのではないかと。

 このまま頭上を通り過ぎてしまえば、剣はまた物を言わぬオブジェと化し、次の到来まで再び封印されてしまうに違いない。


 そう判断した少年は、即座に行動へと移った。


「はっ!」


 剣に正対し、腰を深く構え両手を硬く握る。

 柄に触れると、剣が唸り声を上げているのがはっきりと伝わってきた。


 確信する。



 ――抜けるのは今しかない!



「はぁぁぁぁぁーーーーっ!!」


 リートは、右手でひと息に剣を解き放った。

 月光を照り返していた剣は、次第に自ら輝き始め、その姿と色をわずかに変えていく。



[新しいアイテムを入手しました]



 《月夜の剣》


 HP+10000

 MP+1000

 攻撃力+5000

 防御力+2000

 魔法力+400

 敏捷性+800

 器用さ+800


 耐久力:9999/9999



 剣をタップした少年は、そのステータスを見てギョッとした。


 そこに示された装備ランクはS、燦然(・・)と輝く金色の文字。

 この武器が持つ能力が尋常ではないことは、UW初心者である彼にもはっきりと分かった。


 比較対象は、一レベル辺りの上昇数値である[5]。


 正直、苦労して自己鍛錬でレベリングをしていたのが馬鹿らしくなるほどのパラメータだった。


 反面、この【ランクS】という単語が放つ魅力は、少年の持つゲーム魂を大きく震わせた。

 おそらくは、UW内でも一、二を争うんじゃないか? ――という激レア装備を、ひょんなラッキーから自分がゲットしてしまったからだ。


「や…………やったぁ! いやっほぅー!!」


 右腕のいっぱいに伸ばし、満点の星空に向かって剣を掲げる。


 この剣は僕のものだ! と言わんばかりに。



[リートのステータス情報が更新されました]



 表示されたナビにしたがって、ステータスウィンドウをタップする。



 リート Lv31

 職業:ルナティックナイト


 HP:100205/10205

 MP:1072/1072

 BP:0

 攻撃力:5160(160)

 防御力:2007(5)

 魔法力:405(5)

 敏捷性:806(5)

 器用さ:805(5)


 スキル:自己鍛錬の鬼、(素手Lv4)

 装備品:月夜の剣、布の服、皮靴



 素手スキルが括弧付きになったのは、【月夜の剣】を装備したせいだろう。


 UWのトッププレイヤーたちがどれほどの領域にいるのかは分からないが、そんじゃそこらのプレイヤーならば引けは取らないのではないか。


 ちぐはぐなステータスではあるが、少年にそう思わせるには充分な数値だった。

 加えて、これだけのパラメータがあれば崖から飛び降りてもきっと耐えられるに違いない。


 リートは心境を表したようにガッツポーズを作る。


「ふぅ…………さて、と」


 今日はこの辺りでログアウトしようかな――少年がそう考えた時だった。

 身体を小刻みに揺らす振動に、何か違和感を覚える。


「……何? 何の音?」


 既に剣は抜いたはずなのに、地響きと謎の唸り声は止まらない。

 むしろどんどん大きくなっているようにさえ感じる。

 やがて、それは足場の耐久力を上回ったのか大きな亀裂が入り、


「ちょ、ちょっと――っ!?」


 リートは崩れた岩の塔から夜空に放り出された。

 悲鳴を上げるが、夜空へと吸い込まれては消えるだけ。

 その時、紙切れのような新着アイコンがピコピコと点灯しているのが視界の片隅に映った。


 ――こんな時に一体何!?


 アイコンをタップしてみると、そこに表示されたのは『緊急ミッション開始』という簡易なひと言。

 詳細を見るべく、自由落下しながらもさらにタップ――


 しかし、少年はその内容を見る前に状況を察した。

 すぐ目の前で、“巨大な何か”が大咆哮を上げていたからだ。


『ギャオォォォォォーーーン!!』


 少年から月夜を遮るかのように、雄雄しく広げられた双翼。

 大地を削り取るように激しく打ち付けられる太い尻尾に、燦然(さんぜん)と月明かりを跳ね返す黒い鉤爪。

 全身を覆う鱗はその一枚一枚が盾のような大きさで、全てを喰い千切るような獰猛な牙と縦長の相貌はギロリとリートの姿を捉えている。


 そのあまりの巨体の対比で申し訳程度のサイズで浮かんでいるフォントを見ると、



 《ルナティックドラゴン》



「………………」


 少年は絶句した。

 緊急ミッションはもはや見るまでもない。


「待て待て待て待てっ…………!」



 ――緊急指令、ルナティックドラゴンを討伐せよ――





 ◇





「はぁぁぁぁっ!」


 リートは、眼前に迫る光の波を切り払うように月夜の剣を振り抜いた。

 黄色のライトエフェクトが発生して、剣の軌道に斬撃が追従する。

 切り裂かれた光の波――ルナティックドラゴンの放ったブレスは減衰し、余波ダメージをリートに与えた。


 HP:8960/10205


 大きなダメージを受けているようにも見えるが、実際は落下ダメージによる割合の方が大きい。

 ネームドモンスター級の明らかに格上の敵だが、【月夜の剣】によるステータス補正のおかげかリートのレベルでも何とか戦えそうだった。

 こちらが斬撃を放つ度にライトエフェクトが生じ、ルナティックドラゴンは苦悶の声を上げている。


「せいっ! はっ! たっ!!」


 必殺技はないので、とりあえず基本動作であるスラッシュを連続で叩き込んだ。


 戦い自体は何とかなるとして、問題があるとすれば長期戦に陥った場合……明日の学校に遅刻をしてしまうことか。


 まさかこんな美味しいイベントを放っぽり出して通学する訳にもいくまい。

 ゲーマーであれば絶対に、だ。


「それでも……できることならその前に終わらせたいよ――ねっと!!」


 十字に斬った剣撃が、ドラゴンの胸に直撃する。

 クリーンヒットしたのかクリティカルヒットしたのか、ドラゴンが後方に大きくよろめいたシーンを逃さずにさらに追撃を仕掛けた。

 さらなる斬撃エフェクトがドラゴンの身体を捉えるが、倒れる気配はまだ感じられない。


「あー、もう! バーでいいから体力表示くらいしといてよ!」


 いつ終わるか分からない孤独の戦闘に、少年の神経がささくれ立っていく。


 ドラゴンの鉤爪を受け止め、ブレスを斬り裂き、足踏みによる激震を上昇した敏捷性で空中回避しながら更なる攻防を続けた。

 展開はいまだリートの方が有利に進めているが、これまで蓄積した疲労を考えると長期戦にもつれるほど形勢は不利に傾いていく。

 この時点で、戦闘開始から悠に五時間は経過していた。


 そんな矢先だった。

 羽が生えたように軽快だったリートの動作に、鈍さを感じ始めたのは。


「なっ、なにが――!?」


 もう一度ドラゴンの攻撃を回避した時にはっきりと感じ取れた。

 錯覚ではない。


 知らぬ間にデバフをもらったのか――なんて考えてステータスウィンドウを横目に見ると、


「あっ!」



 《月夜の剣》


 HP+7500

 MP+750

 攻撃力+3750

 防御力+1500

 魔法力+300

 敏捷性+600

 器用さ+600


 耐久力:8729/9999



「月夜の剣のステータスが下がってる……!? ――ど、どうしてっ!!」


 ひとり問答する間も、ドラゴンの攻撃の手は緩まない。

 リートの体力は既に残り半分を割っていたため最大HP低下による擬似ダメージこそ発生しないが、これ以上武器のランクが低下すれば致命的になるのは疑いようもなかった。

 原因を特定するべく、戦い続けながらも少年は思考をやめない。


「もしかして、こんな時に【月夜の剣】の封印が……? いや――」


【月夜の剣】が封印していたのは、この《ルナティックドラゴン》のはず。


 今では、少年はそう確信していた。

 ならば、原因は別のところにあるのだ。


「じゃあ【月夜の剣】に一体何が起きて………………って、まさか!」


 少年がそこで気付いたのは、周囲の明るさだった。


 今まで闇に溶け込んではっきりと見えていなかったドラゴンの姿が、薄ぼんやりとだが捉えられるようになっている。

 その遥か後方の空に見えたのは、地平線へと沈んでいく丸い月と淡い朱色に染まった朝陽の到来。


「分かった……月夜(・・)の剣だからか!」


 少年は、手にしている武器の名前を今一度思い出した。


 月夜――つまり、月が隠れてしまう、或いは夜が明けてしまうと、この剣は真価を発揮できないのだ。


 ずば抜けた性能を持つが、制限付き……おそらくはそれが“月夜の剣”の能力。

 “封印”という言葉は、剣に封じられたモンスターとこの剣自身の能力に対する掛詞(かけことば)なのか。


「くっ……これ以上劣化する前に早く決着をつけないと!」


 予断を許さない状況に、リートは勇んで踏み込んだ。


 しかし、その行動が災いして横から迫っていたドラゴンの尻尾による打撃への反応が遅れてしまう。

 眼前に巨大な何かを視認した時は手遅れ、大きな衝撃が少年を襲った!


「か……はっ……」


 横殴りの打撃で吹っ飛ばされたリートは、大岩に全身を強打し、追加ダメージの判定を受けてしまった。

 そのまま岩肌を滑り、地面に倒れ伏せる。

 痛覚こそないものの、脳に直接衝撃がフィードバックされることで起きる反射がアバターに反映された結果だ。


「はっ……早く立たないと……」


 残り体力は既に四分の一を切り、フォントカラーは橙色に変わっていた。

 これが一割を切ると赤色――ニアデス状態に陥る。


 色による警告は、少年にこれまで以上の焦りを呼んだ。


「こ……ここまで来て……っ!」


 敵のクリーンヒットにより、さらにリートに昏倒(スタン)が適用されている。


 月夜(・・)という名の時間制限付きだが、やっと手にした脅威なまでの強さを持つ自分に着々と近付きつつある死の到来。


 現状におけるデスペナルティがどういった扱いになるのかは不明だが、もし、またルナティックドラゴンが封印状態まで撒き戻ってしまえば【月夜の剣】を失うのは明白――。


 そして、復活地点はおそらくここ。

 リスタート地点があの岩塔の頂上、なんて甘い話はないだろう。


 剣は再びこのドラゴンとともに封印され、そうなれば【月夜の剣】を再び手にするのは限りなく難しいだろう。

 他のプレイヤーに情報が知られれば、今の自分のステータスではすぐに出し抜かれるに違いない。


 つまり、絶対にこの戦いに負ける訳にはいかないんだ!


「焦ったら……ダメだ……!」


 長年のゲーム歴が少年を戒める。

 昏倒という行動不能時間で深呼吸をしたのが、少年に冷静さを取り戻させた。


 直後、ドラゴンの咆哮と同時に閃光が暗闇を照らし出した。



 ――ドラゴンブレスだ!


「甘い!」


 剣で迎撃する態勢を取れず、衝突した大岩の裏に回ってやり過ごす。

 耐久値を上回ったのか大岩は光の粒となって消失したが、リートにダメージはほとんどなかった。

 その隙に距離を取って考えるのは、ドラゴンのウィークポイントだ。


 これまで斬り結んできた限り、ドラゴンの腕や足に対する攻撃よりも胴体へ攻撃した方が明らかにクリーンヒットとなる確率が高い。

 むしろ、腕や尻尾に対してのクリーンヒットはゼロで、足は一回だけ転倒を誘発したことがある程度か。


 つまり、ドラゴンといえども弱点分布は普通の生き物とあまり変わらないのではないか?


 少年が導き出した結論だ。


「狙うのは……」


 胴体のさらに上――首。


 巨体ゆえに今まで一度も首上への攻撃はできてはいないが、これまでのダメージ傾向から首や頭に対する攻撃はボーナス判定が大きいはずだ。


 しかし、そこを攻撃するためには何とかしてドラゴンの首の高さまで持っていかなければならない。

 足を狙って転倒させられればいいのだが、それまでどれだけの攻撃が必要になるか分からない。

 せめて、あの岩塔ほどでなくとも何処か高台があれば良いのだが……。


「どうする……?」


 少年は考えた。


 落とし穴……いや、こんな巨体を丸々落とせるような穴なんてある訳がない。

 穴……穴……。


「……うん?」


 ドラゴンの鉤爪を弾きながら、周囲の地形を思い出した。

 ずっとあの高台から眺め回していたのだ。どこに何があるのか、おおよそには把握している。


 岩山に空いた洞穴に逃げ込めばいいのではないか――?


 ブレスに岩山そのものを消失させるほどの威力があればアウトだが、そうでなければ勝機が見える。

 最悪、やり過ごすことも可能かもしれない。


「たぁっ!」


 リートは返しの一撃を入れ、すぐさま後方へと駆け出した。

 目標地点までの距離は一キロメートルほどのはずだが、低下したとはいえ今の敏捷性ならそれほど時間は掛からないはずだった。


 爪先に攻撃を受けたドラゴンは、ワンテンポ遅れてリートに追従する。

 動作は巨体ゆえに緩慢だが、一歩一歩のストライドが違う。

 いずれは追いつかれるが、この距離くらいなら先に辿り着ける。


 ――少年の計算では、そのはずだった。


 響いてくるはずの地響きが聞こえてこず、はてな? と少年が後ろを振り返る。


「…………うっそ!?」


 少年は驚愕した。


 バッサバッサと力強く空気を叩き、全身を持ち上げるドラゴン。

 なんとあの巨体が見事に宙に浮いていた――。


 開幕に空を覆わんばかりの双翼を広げていたのは目にしていたが……まさか本当に空を飛ぶとは。


「VRに飛行能力とか…………ズル過ぎないか――!?」


 視界を埋める巨体が、天から少年に狙いを定める。

 加速+質量+攻撃力……直撃すれば、ただでは済まない。


「ええいっ、ままよ――!」


 このまま走って逃げても背部からクリーンヒットを受けるだけ。

 向き直ったリートが両手で剣を構えると、相対したドラゴンの滑空姿勢に少年がふと何かを思い立つ。



 頭が……こっちを向いてる?



 少年が察した通り、ドラゴンは飛行からの滑空攻撃を行うに際し、頭からの突撃姿勢を取っているのだ。

 それは、結果的には彼の狙っていた状況であり、


「ここで……決めるしかない――!」


 少年が覚悟を決めた。


【月夜の剣】の能力は、あれからさらにもう一段階低下して既に元の半分。

 これ以上低下すれば、次は最大HP低下による擬似ダメージまで受けてしまう。


 ――もう後はない。


 リートは大地に両足を着けて踏ん張った。

 そのまま剣を真っ直ぐに突き出す。


「いっけぇぇぇぇぇぇぇーーーーっ!!!!」


 正対した時点で、(はな)から回避するつもりなんてなかった。


 飛来するドラゴンとの真っ向対決だ。

 あいつを封印してた剣が負けるはずない!


 応じるようにドラゴンが咆哮を上げ、【月夜の剣】と【衝角】が激突する――!!


「う……おぉぉぉぉぉーーーっ!!」


 受け切れなかった衝撃がリートの身体を蝕み、地面にふたつの(わだち)を残しながら徐々に体力バーを削っていく。


 2400、2300、2200、2100、2000……!


 ドラゴンの角は硬く、折れる気配などまるでない。


 1900、1800、1700、1600、1500……!!


 このままDOTダメージが入り続けたら、負けるのは少年だ!

 均衡を崩すために、リートは破れかぶれの行動を取る!


「今日まで……ひっそり鍛え続けた……!」


 1400、1200、1000、800、600……!


【月夜の剣】を左手一本で構え直すとDOTダメージが加速した。

 引き替えにフリーになったのは拳を握り締めた右手。


「僕の【素手(こぶし)】を受けてみろぉ――!!」


 インパクトエフェクトと共に、ゴォン!! という衝撃音を伴ってリートの拳がドラゴンの鼻先を直撃する!


【素手Lv4】のスキルこそ発動していないものの、それ以上に【月夜の剣】による攻撃力補正は偉大だった。

 爪装備なのに蹴り系の必殺技にも攻撃力補正が乗るというRPGならではのお約束だ。


 真っ直ぐ伸びたドラゴンの首を、放った少年自身が驚くほど大きな衝撃が突き抜けた!


『ギャオォォォォォアァァーーァッ!!』


 背骨に走る痛撃に堪らず仰け反るドラゴン。


 400、200……!


 リートへのDOTダメージが止まる。

 そして、射程圏へと入ったドラゴンの首に――


「貰ったぁ!!」


【月夜の剣】が発する黄色いライトエフェクトが斜めに一閃。


 その軌道上にあった首を切られ、悲鳴にならない声を上げて倒れ込むドラゴンの巨体。

 リートは息を切らせながら剣を構え直すと、



[緊急ミッションクリア!]



 表示が大きな字幕となって現れた。

 ドラゴンの身体が光のように透けていきながら消失し、祝福のファンファーレと大量の経験値獲得によるレベルアップ音が鳴り響く。


「や……やったぁ……」


 少年はヘナヘナと地に腰を降ろした。

 ウィンドウを見ると、戦利品アイコンが表示されていたので震える指でクリックする。

 パーティが存在しないので、戦利品はリートに自動分配されていた。



【ルナティックドラゴンの衝角】



 分類は素材アイテムだが、補足説明によると【月夜の剣】の鞘としても利用できるようだ。

 抜き身で持ち歩くのも気が引けるので納刀しておく。


 そして、自身のステータスウィンドウを開いた。

 RPGプレイヤーならば二回目のドッキドキの瞬間だ。




 リート Lv49

 職業:見習い拳闘士

 称号:ドラゴンスレイヤー


 HP:200/295

 MP:108/108

 BP:90

 攻撃力:200(160)

 防御力:7(5)

 魔法力:5(5)

 敏捷性:6(5)

 器用さ:5(5)


 スキル:素手Lv4、自己鍛錬の鬼

 装備品:布の服、皮靴




 今までなかった称号に加え、18レベルも上がってる!


 と思いきや、リートはウィンドウに掴み掛かる勢いで驚いた。

 職業が見慣れた【見習い拳闘士】に、そして剣装備で消えていたパッシブスキル【素手Lv4】が復活していたからだ。


 少年が慌ててアイテムウィンドウを開くと、所持品の中に刻まれた【月夜の剣+衝角の鞘】という文字列を見つけ、ホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら、鞘をセット品にしたことで装備品から外れてしまったらしい。



 《月夜の剣》


 HP+2500

 MP+250

 攻撃力+1250

 防御力+500

 魔法力+100

 敏捷性+200

 器用さ+200


 耐久力:4376↑/9999



 装備ランクはSのままだが、燦然と輝いていた金色の武器名が白色となっている。

 それにちなんでかステータスも大幅に低下していた。


 おそらくは、これが最低値なのだろう。

 発見時と比べると大きく見劣りこそするが、これでも初級者には充分以上な数字だ。

 また、月が昇れば能力が上がるのか?


 そして、少年の目が別の点を捉える。


「? この矢印は……」


 気が付いたのは、減少した耐久値に付いている上向きの矢印アイコン。


 見ていると、4377、4378……と少しずつだが数値が上昇しているのが分かる。

 この鞘に納めておくことで自然回復していく付加効果があるのか……。


 なかなか便利な道具をドロップしてくれたものだと、少年は感謝をした。


 次いで、気付いたのは、【月夜の剣】の補正を受けた自身のHPだった。


 HP:2700/2795


 なんと上昇した分だけきっちり回復しているではないか。

 試しにもう一度外してみると……


 HP:295/295


 最大値が先のHPを下回った分、切捨てで全回復。

 そして、再装備。


 HP:2795/2795


 上昇分が回復して、ほらこの通り。

 仕様なのか不明だが、これはRPGというジャンルにおいて反則的ではないかと考えてしまう。

 これなら、ひとり旅のお供ことPOT要らず。


 できれば、修正対象にはなりませんように――と願いながら。


「さあって…………いよいよ、剣士リートの冒険の始まりだ!」


 改めて掴み取った自由。

 心地良い風の吹く大地を踏みしめたリートは、Lv49にしてようやく“始まりの街”を目指す。

 朝日を浴びてキラキラと輝く【月夜の剣】が、少年の冒険への旅立ちを祝福してくれているように見えた。


 と、その前に――



「――やばっ!?」


 ウィンドウの片隅に表示されたシステムタイムを一瞥(いちべつ)、ログアウトを強行した少年は慌ててベッドから飛び起きる。


「が、学校……遅刻しちゃう!!」


 慌てて身支度を整えるボサ髪の少年。

 しかし、懸命の努力も虚しく朝礼に届かず。


 そうして、期末考査を無事に終えるまで親にゲーム禁止令を出されたことで、リートの冒険は一旦閉幕を迎えるのだった。




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