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それが家門なら  作者: 懐拳
11/23

11 山登り

(1)


最後まで

意地張られたら

どうしようかと

内心恐れた


1000m

そこそことはいえ

真冬の山の

ハイキング


頑固に上着を

嫌がるからって

あのカーディガンで

登らせてたら

今ごろ僕は

殺人罪だ


「天国の

その人だって

さすがに今日は

許してくれる


愛しい女が

凍死して

喜ぶ男が

いるもんか」


その一言で

あっさり羽織った

紺のパーカー

よく似合ってた


息抜きがてら

2・3時間

5合目程度で

引き返す


そんなのん気な 

目論見を

ものの見事に

裏切って


息はずませて

登頂するとは

恐れ入る


下界じゃついぞ

見なかった

不思議な景色を

頂上で見た


真冬の山の

つむじ風に

抗って笑む

別人を見た


時が経つのを

鬱々と待つ

気だるそうな

目じゃなくて


薄日に霞む

下界の街を

黒い瞳で

自分の意志で

見つめてた


何があっても

人ごとみたいな

無気力な

抑揚のない

声じゃなく


風の唸りに

負けないくらい

張りのある

澄んだ明るい

声上げた


「連れて来てくれて

ありがとう

山なんて

昔 死ぬほど

辛かったころ

死んでもいいと

思いながら

登って以来」


となりの僕に

向かってか

下界の街に

向かってか

淡々と

話し始めた


山でも

死ねなかったから

生きると決めたと


でも

息するだけ

年を取るだけ

ただ生きるだけと

心に決めて

神さまに

復讐してやる

つもりだったと


10年経って

思いもかけず

今また登って


頂上まで

辿りつくほど

無我夢中に

なってた自分に

驚いたと


だから

ありがとうと


今までずっと

傲慢すぎたと

気づいたからと


生きてる限り

怠けないで

無我夢中で

生きてみる


そしたら

ひょっとしたら

生き残った意味も

判るかもと


そう言った


もう一度

生きたがってる君の

もう一度

生きたがってる声

そう聞こえた


僕はそう

聞きたかった


「そろそろ

下りなきゃ

また無我夢中で」


傍らの僕を

振り返ったのは


下界じゃついぞ

見たことのない

心ここにある君の

心ここにある笑顔


僕に対する

敵意も

侮蔑も

警戒も


下界に忘れて

来たのかと

錯覚しそうに

無邪気な笑顔


その笑顔を

目の前に見た



(2)


下りかけた

日暮れの山で

足を傷めた

君をおぶった


いつかと同じ

右足で

もちろん君は

自分で歩くと

意地張ったけど


頼りない

真冬の日ざしは

刻一刻と傾いて

しんしんと冷える

山ふところで

言い争ってる

暇はない


「殴られて

気を失って

担がれたいか?

今おとなしく

おぶわれたいか?」


君が黙って

おぶわれたんだ


相当な

剣幕だったに

ちがいない


冬山の

怖さもあった

傷めた足も

気がかりだった


逆ってみろ

殴って担いで

下りてやる

ほんとにそう

思ってた


背中の君は

温かく

落ち葉は足に

柔らかかった


口が勝手に

つぶやいた


「芝居がきっかけ

なんかじゃなくて

こんな出逢いじゃ

なかったら

平凡に

つきあえたかな


身構えたり

探り合ったり

することもなく

もっと気楽に

つきあえたかな」


2人並んで

歩いていたら

たぶん口には

出なかった


「この芝居

いつどうやって

終わると思う?」


顔を見ないで

歩いたせいで

口が勝手に

つぶやいた


「一言も信じまい

そのことだけを

考えてる」


背中に体を

預けて以来

一言も

口を利かない

人の返事が

これだった


耳に吐息を

感じるほど

君の体は

近くにあるのに


聞こえた声は

空耳かと

疑いたいほど

頼りなくて

弱々しくて


何よりセリフが

いつもの君で

哀しかった


芝居の相手が

従順すぎて

聞き分けが

あまりに良すぎて

哀しかった


哀しくて

少し笑えた


その顔を

君に見せずに

すんだのが

おぶった僕の

唯一の救い


信じないのが

ルールだから?

ルールは

守るものだから?


1度くらい

信じてみたって

罰なんか

当たるまいに


僕なんか

日を追うごとに


自分の口から

今出た言葉が

冗談だったか

本音だったか

自分で自分に

首かしげ


そうじゃなくても

からかうつもりの

冗談が

いつもどこかで

本音に化けて

口開くたびに

うろたえてるのに


本音は本音と

口にできたら

どんなにか

気楽だろうと


僕なんか

日を追うごとに

得手勝手なこと

考えてるのに

君って人は


あのままずっと

君をおぶって

いたかった


僕の言葉を

信じてみると

音を上げて

君が言うまで


何時間でも

おぶって歩いて

いたかった


僕の言葉を

信じてみたいと

思ったことは

1度もない?


ほんとにない?




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