表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
決してボクは主人公ではありません  作者: 御劔凜
第一章~ボクの日常~
9/11

選挙と恋の大革命

今回は時雨のお話です。

一気に連太郎のお話が読みたい人も居るかと思いますが、どうかご容赦下さい…。

こう言った構成の小説ですので。


それではどうぞ。

ランニングで掻いた汗を冷たいシャワーで流す。

火照った身体が未だに熱を失わないのはランニングによるものだけではなく、今日も見かけた『彼』のせいだろう。

ランニングを開始してから数分で『彼』の背中を見つけ、その後時間が許す限界まで『彼』を追いかけたが、結局また『彼』を捕まえることは叶わなかった。


(今日はいつもよりいけそうでしたのに…)


そう呟きながらも時雨の顔には落胆の色が見られない。

捕まえたいような、捕まえたくないような。


詰まるところ、彼女は終わらせたくないのだ。


捕まえればそこでこの追いかけっこのような関係は終わってしまうだろうし、捕まえなければお礼や感謝の気持ちを伝えられない。


どちらも行いたいが、どちらも行いたくない。


(これでは二律背反ね…)


たとえ周りから天才やら完璧などと称されようが、時雨もまた思春期の女の子なのだ。

彼女にだって分からないことや、分かっていてもやれないことの一つや二つは存在する。


現にこの問題に対して時雨は有効な答えを持ち合わせていないのだから。



汗を流した後は朝食を済まし、生徒会選挙のために少しばかり早く学校へ向かう。


(春花達には悪いけど、今日は急がないと)


幼馴染である秋野春花は幼少期からの付き合いで、家もそう遠くないので普段ならば共に登校する事が多い。

そして春花の想い人である伊達雅也と、その義妹である伊達鈴乃(すずの)を含めた四人で登校するのが時雨たちの日常になっている。

時雨にとって春花と言う存在は親友だけれども、その親友の想い人である伊達とは親友の友人程度の認識でしかない。

始めは親友の好きな相手だと言うことで見定める意味も含めて警戒していたが、普段の態度や行動を見ていても特に問題も無く、『並』の人間だと理解した。


親友が伊達のことを好きだというのならば、第三者である時雨があれこれ言える筋合いでは無い。

仮に春花と伊達が恋人になったとしても、伊達は春花を任せるに値する程度の男性ではあった。


ならばその対象が春花では無く、時雨自身であったならば?


応えは否。


好みもさることながら、容姿、態度、能力に至るまで時雨の琴線に触れるようなものが何一つとして存在しない。

何かを目指しているわけでも、何かを続けているわけでも、何かを模索しているわけでもないただの青年に、麟堂時雨が惚れるわけがないのだ。


そんな麟堂時雨の脳裏に浮かぶのは、たった一人の青年。


その青年は崇高な信念を持っていた。


自らを高め続けるためにランニングを行っている。


人を助けることに見返りなど求めない高貴な心を持っている。



時雨にとって好みの男性の基準が『彼』になってしまっている以上、『彼』以上の男性が現れない限り、時雨の中の最高の男性は『彼』に固定されている。

なので『彼』に比べると、この伊達雅也という男性は時雨にとって『その他大勢の男性』と言う括りからは外れないのだ。


しかしその伊達雅也の妹である鈴乃は時雨のことを慕ってくれる可愛い後輩であり、また長い付き合いなので本当の妹のような存在であるといっても過言ではないくらいの感情を持っている。

そういった付き合いの話であるならば、伊達雅也は同い年ではあるが出来の悪い弟のような存在であると感じている。


故に、それ以上の感情も、それ以下の感情も、時雨は持ち合わせていないのだ。






学校に到着してから時雨はすぐに設営を始め、大勢の生徒たちが登校するまでに準備を整えなければならないので設営係りと共に忙しく動き回る。

他の生徒会長立候補者はと言うと、設営は係りの者に任せて演説の練習や最終確認を行っている。

本来はこうした光景が当たり前なのだが、時雨は既に練習も最終確認も必要がないほどに仕上がっている。

なので自然と手持ち無沙汰になり、自分を手伝ってくれる生徒を手伝うことに落ち着いたのだ。

この時雨の行為が全校生徒の好感度を上げているということに本人は気付いていない。

それはもちろん、時雨が好感度アップを意図的に行っているからではないからである。

なぜなら時雨もまた



『見返りを求めない高貴で崇高な信念』の持ち主だからである。




全校生徒が登校を始めて、生徒会選挙が行われる裏門は一際賑わいを高めていた。




「私はこの宿木高校に入学してからと言うもの、常々疑問に思っていたことがあります」


時雨が舞台に立ち演説を始めると、賑わいを見せていた生徒たちは一様に口を閉じ始めて時雨の言葉に耳を傾ける。


「私がまだ進学校を決めかねていた頃に、勉学だけではなく、部活動にも力をいれ、清らかで健全な精神を育むと言った内容を(うた)っているこの私立宿木高校を見つけ、その内容に共感した私は、この高校に進学することを決心いたしました。入学直後は何かと慌しく、自分以外のことに目を向ける余裕が有りませんでしたが、落ち着きを見せ始めた頃から少しずつ、この宿木高校に通う生徒達の生活や態度、そして表情を見て強く思うことが出てきました。そしてそれは私の中で放って置けるような問題ではないと感じるまでに至りました。私が一生徒として、この宿木高校に感じたこと………それは」


そこで一呼吸を置いた時雨。

これから自身が発言しようとしている言葉は、ほぼ間違いなくこの宿木高校の教師、延いては宿木高校の歴史に対して牙を剥く行為だと理解している。

善良で模範的な生徒として教師から一目置かれた時雨が、次の発言をした際に起こるであろう混乱は容易に想像が出来る。

しかし時雨がこの学校で過ごして感じた疑問を、生徒会の一員として再三に渡り学校側へ申し立てた改善案は悉く却下され、有志を募り署名活動を行い嘆願書として学校側へ提出した改革案も冷たくあしらわれてしまった。




そして今回の次期生徒会長候補選挙は時雨にとって一大決心を伴った重大行事。


一向に改善されない問題。


一向に改革をしない学校。


ならば、時雨が次に行うことは決まっている。






『革命』だーーーーー




この次期生徒会長候補選挙は時雨にとって革命を起こすための前座に過ぎない。


他の候補者に負けるつもりは微塵もないし、負ける要素も可能性も一切ないと自負している。

それだけのことを為して来たし、これほどのことを為そうとしているのだから。



だが一つだけ、ただ一つだけ、時雨の決心を鈍らせているものがある。


それは、純粋な恐怖。


もしも皆に伝わらなかったら?

もしも時雨一人が感じていた疑問だったとしたら?

同意が得られず、それにより皆が時雨から離心したら?



そして、孤立したら………。


そう考えてしまうと、どうしても口が開かないのだ。



(怖い………)



靄が掛かる。

意識が遠退きそうになる。

呼吸が乱れる。

心音が大きさを増す。


自分の演説を聞いている生徒たちを見渡してみる。

誰もが時雨に期待の目を向ける。

希望が込められた瞳を。

恐怖を抱かせる瞳を。


(誰か…私に………勇気を………)



そして、その願いが叶うことは、もはやーーー





ーーーー必然とも言える物だった。


人で溢れかえる舞台下の更に奥。

正門を使用する生徒が通る昇降口付近。

他の生徒とは違う異質な雰囲気を出す一人の男子生徒がこちらを静かに見つめていた。


その男子生徒の瞳には期待も、希望も、何も込められていない。


もちろん、恐怖を抱かせるような輝きも。


どちらかと言うと暗く冷たい印象を感じさせる瞳で、だけれどもどこか温かく、安心させられるような不思議な瞳を。


おそらく彼の雰囲気や瞳を一般的に評価するならば、『暗い』『異質』などと評価されるだろう。


だが、なぜかその空虚とも言える瞳が時雨に『頑張れ』と言ってくれているような気がした。




彼の名前はーーー


(三ノ瀬…連太郎さん)


彼に何か特別な接点があったわけでも、況してや知り合いと言える間柄でもない相手ではあるが、時雨は過去に一度だけ彼と言葉を交わしたことがあった。


それは忘れるはずがないあの日。

大惨事を未然に防いだ『彼』と初めて出会ったあの日。


普段より高揚した気持ちで登校した時雨は、『彼』が負った傷と同じところに包帯を巻いている彼を見つけた。

『彼』の素顔こそ拝むことは叶わなかったが、その背格好からしておそらくあの『彼』だと思った。

逸る気持ちを抑えられずに、時雨は彼に朝のことを聞いてみたが、彼は火傷をしたと返してきた。

その時は自分の勘違いで恥ずかしく思いつつ、別人だと言うことに落胆の色を隠せなかった。


だが、あんな大事故に繋がる問題を何も無かったと言って片付けてしまえる人間が、果たしてここであれは自分だったと暴露するだろうか?



違う。



時雨は確信する。


『「彼」』はそんな人間では無いはずだ。


こんな所で朝の出来事を無かったことにした『彼』の気持ちを踏みにじるようなことはしない。

あれは『彼』にとって当たり前なことだったのだから。


かと言って彼が『彼』である証拠は何もない。

時雨がただ一方的に『彼』だと判断しただけで、本当に勘違いだと言う可能性も捨てきれないのだ。


しかし、時雨が彼を注目するには十分すぎる理由がある。


彼が『彼』かもしれないと言う可能性がある限り。




そんな『「彼」』の瞳に押され、時雨の不安は一瞬にして払拭された。


(そうよ…『「彼」』は他人の評価なんて気にしない。自分の中の当たり前を貫く強い人間だったわ)


ならば、そんな『「彼」』に恥じぬよう、今、時雨が為す事は唯一つ。


(私の気持ちを………貫き通す!)




長いようで実際は一瞬の出来事であったために、時雨の生み出した間は図らずも聞き入る生徒たちに、時雨の意気込みを感じさせるだけのものに捉えられていた。




そして迷いや不安が消え、それどころか覇気さえも感じさせる時雨の




革命への第一歩が踏み出されたーーー






「この私立宿木高校は、鳥達である私達生徒の宿木なのではなく」



「私達生徒を押し込める」



鳥籠(とりかご)だったのだとーーーーー」



混乱に陥ると予想していた時雨だったが、演説を聴いていた生徒たちが起こした行動は、歓喜の雄叫びだった。




若干の騒動こそあったものの大事になるようなことはなく、今期の生徒会選挙は幕を下ろした。


しかしこれは、後に『革命選挙』と語り継がれていく。


私立宿木高校の歴史を変革させた、第一歩として。




その後時雨は演説を見に来ていた春花達と合流して、春花の教室まで同行していく。

『「彼」』が春花と同じクラスだったのを思い出し、人知れず勇気をくれた『「彼」』をもう一度見たかったからである。


扉を開き、すぐさま『「彼」』を見つめる。



そして『「彼」』の瞳。



飲み込まれそうな黒い瞳。

光を知らないような混沌の双眸。

見ているこちらに安心を与えてくれるような闇。



『「彼」』を理解していない人間がその瞳を見ると、負の錯覚を見せられるだろう。


しかし、分かる。

あの瞳は絶望に染まった瞳などではなく、希望を完全に秘め隠した闇なのだと。


他者に光を与えるのではなく、他者の闇を飲み込み、闇を飲み込まれた者が自ら輝き出すための瞳なのだ。


(そう、『「彼」』の瞳が私の不安や迷いと言った闇を飲み込んでくれた。そのおかげで私は自らの輝きを取り戻すことが出来た)


組んだ腕を解き、時雨は教室を後にする。



(まだ完璧な確証が有る訳ではないけれど、彼が『彼』であればどれだけ素敵なことだろうか)



自分の教室へ向かう途中、廊下に備え付けられた窓ガラスを覗き空を見上げる。




(もしも彼が『彼』だったなら………そうね)




校庭に植えられている宿木からーーーーーー





一羽の鳥が、大きく飛翔したーーーーーー






(彼に、恋の革命でも起こしましょう!)




次回は連太郎のお話に戻ります!


自称妹の正体とは一体!?

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ