―第90話 シン・アンド・スレイヴ ⑥―
ようやく決戦……の前振り。
「む、なぜだ」
「あ……あったりまえでしょうがぁっ! よく見なさいよアレ鳴海さんでしょ! あんた鳴海さん巻き込んでまで銃弾ぶっ放したいっていうの!? この鬼! この外道! この悪魔ー!!」
「おい鈴風、気付いてないのか? あの鳴海さんが“傀儡聖女”だったんだよ」
「うそぉ!?」
「そ、そうだったのかー!!」
飛鳥はちょっと頭の方が上手く回らない戦乙女2名に対し、鳴海双葉=ミストラルであることを、かくかくしかじかで簡潔に説明した。
何だか納得しきれていない様子の2人だったが、今は飲み込んでもらう他ない。
「ふふふっ♪ 状況確認はもういいのかなーっ♪」
眼前には、最後にして最大の敵――“傀儡聖女”ミストラル=ホルンが牙を研いで待っているのだから。こちらを侮っているのか、含み笑いをこぼすだけで戦闘態勢に入る気配はないものの、そう悠長に構えてもいられない。
(さて、どうするべきか……)
いかな《九耀の魔術師》とはいえ、こちらは人工英霊(リーシェと刃九朗は少々変則だが)4人だ。
クロエとは違い、彼女自身が直接戦闘に長けているわけではないだろう。“支配者の繰り糸”などという他力本願な魔術を主軸としていることから、それは想像に難くない。
よって、単純な真っ向勝負で負ける要素は低い……そう思っていたのだが。
(正体がばれて、敵陣の中心で完全包囲されている状況下であの余裕……まだ何かを隠しているとみるべきか、それとも……)
ミストラルの口ぶりからして、あの大型戦術起動外骨格の存在は最初から織り込み済みだった様子。
《パラダイム》と結託している、という飛鳥の推理はどうやら的を射ていたようだ。
加えて、『人形』と化した鳴海双葉の対処も考えなければ。
あくまでミストラルに意識を乗っ取られている状態に過ぎない以上、彼女ごと殺してしまうのは絶対に避けるべきだ。
刃九朗あたりは、放っておくとバズーカ砲でも持ち出して諸共に爆破しそうなので、早急に対策を講じなければならない。
「うぅ……飛鳥、どうするの? まさかジン君がやろうとしているみたいに、鳴海さんごと倒さなきゃダメなの?」
「……」
不安げに肩を叩いてくる鈴風に、飛鳥は無言で首を横に振る。
そう、そんな犠牲を前提とした戦いをするつもりはない。鳴海隊長を救出しつつミストラルのみを逃がさず撃破する――そんな蜘蛛の糸よりもか細い希望を掴むためには、飛鳥達だけでは無理だ。
よって、待つ。
「アスカ、何を呆けている! 敵が何者であれ戦わないわけにはいかないだろう!!」
「まぁ待て」
腕を組み、瞑目したまま、ただ待つ。どうしたらいいやら分からず、顔を見合わせあわあわしている2名を尻目に、
「……成程な」
ひとり沈黙を保っていた刃九朗はどうやら気付いたようだ。
足元が小さく揺れる。地震などではない。建物内から、腹の奥に響くような重く低い破砕音が近付いてきた。
「飛鳥先輩!!」
施設の外壁を拳ひとつで粉砕し、飛び出してきた紫紺の影こそが今回の主役にして切り札。
「遅いぞクラウ。待ちきれずに先に始めるところだった」
「嘘ですね。先輩なら、僕の見せ場を残しておいてくれるって信じてましたから」
オーロラにも似た燐光を首に巻いたマフラーから放ち、ゆっくりと降り立つ姿は、まさしくおとぎ話の勇者の姿だ。
ただ、繰り出す武器は伝説の聖剣などではなく、『魔』を以て『魔』を砕く、絶対破壊の拳である。
「んふふっ♪ 役者も揃って盛り上がってきたね♪ それじゃあクライマックスは派手にいこうじゃないのっ♪♪」
ブリュンヒルデの漆黒の装甲にしなだれかかったまま、ミストラルは童女のように無邪気に笑う。自らの勝利を確信して疑わないその様子を見て、クラウは先程の戦いで感じた不安を打ち明けた。
「飛鳥先輩、さっき奴はロボットも操ることができていました。おそらく、あのデカブツも」
「自在に操れるってことか。……だが、それだけか? その程度で俺達をどうこうできると、本当に思っているのか?」
そうなのだ。
いくら歩く要塞と言っても過言ではないブリュンヒルデとはいえ、ついさっき刃九朗とリーシェの2名で撃破寸前まで追い込んでいた。
そこにミストラルの干渉が入ったところで、あの大型機兵の操作が自律回路から彼女に切り替わるだけだ。たったそれだけで戦闘能力が大幅に変わるとも考えられない。
「……念には念を入れるべきか。鈴風、リーシェ」
少しばかり思案顔を見せた飛鳥は、
「よーし! なんだかよくわかんないけどやっちゃるぞー!!」
「おー!!」
先頭に立ち、気合い満々で武器を構える2人を呼び止める。
「悪いけど、レイシアと水無月さんのところに行ってやってくれ」
「「なんで!!??」」
「いや今すっごいやる気漲ってたんですけど」「ここは皆で力を合わせて戦うべき場面だろー!!」とぶちぶちと文句をのたまう女性陣に向かってぴしゃりと言い放つ。
「あっちにはまだ逃げ遅れたスタッフ達もいる。まだ敵の残りもいるかもしれないし、レイシアひとりでは厳しいだろうからな」
「う、正論だ。でも、あたしは飛鳥の力になりたいから――」
「だったら尚更だ。俺達が後ろを気にせず思いっきり戦えるように、お前には皆を護ってほしいんだよ。……他の誰でもない、お前だから安心して任せられるんだからな」
「こ、断り辛い言い方を……! ああもう分かった分かりましたよもう!!」
鈴風は頬を膨らませ、やや拗ねたように答えた。飛鳥達に背を向け、戸惑ったままのリーシェの手を引っ張る。
特に反論するでもなく、思ったよりも物分りがよかったことに少し疑問を感じた飛鳥だったが、
「ねぇねぇリーシェ、さっきの聞いた!? 「他の誰でもない、お前だから」って! これはもうアレかな! すでにあたしのルートに突入しているということでいいのかな!!」「うん、お前の言ってることがこれっぽっちも理解できない」
風にのってそんな会話が聞こえてきたので、もうどうでもよくなった。しかしあの、緊張感のなさ(空気の読めなさと言い換えてもいい)は筋金入りである。
あの2人を戦線離脱させた理由は3つ。
場の空気が弛緩して堪らなかったので、2人を引き離したのもあるが……1つは、鈴風は見るからに重傷、リーシェは近接での一対一に特化しているため対ブリュンヒルデ戦には向いていないと判断したため。
また、レイシア・真散サイドに些か懸念すべきこともあった。あちらがどんな結論を出すのかにまで干渉したくはないが、見届け人くらいはいてもいいだろう。
姦し戦乙女達の気配が完全に消えたのを確認したと同時、
「あれれ? みんなで一斉に来なくてよかったのかなっ♪ あんまり…………オレを舐めてたら潰すぞ、虫けらどもが」
ミストラルが激昂したのも無理もない。自分を延々とほったらかしにしたあげくに、危機感の欠片もない会話を延々と繰り広げていたのだから。
空気が変わる。殺意が充満する。常人なら目を合わせただけでショック死しかねない凶悪なプレッシャーが3人の男を等しく貫く。
これが、3つめ。
過去に“白の魔女”という《九耀の魔術師》の一柱と戦ったことのある飛鳥だからこそ分かっていたこと。
――今の鈴風とリーシェには、こいつの相手は早過ぎる。
やはり、この程度は予想していた。伊達に世界最強の魔術師――その9人の内の1人ではないということか。
「化けの皮が剥がれた、といったところか。……飛鳥、わざとだな?」
「よく分かったな。ああいう策士めいたタイプは、怒らせて冷静さを失わせるに限る」
「飛鳥先輩、実は結構あくどいんですね……」
しかして、今ここに立つ3人にはどこ吹く風だ。
「上等、上等、上等だぁテメエらぁっ! 二度と舐めた口きけないように、この場でまとめてミンチにしてやんよぉ!!」
髪を振り乱し、血走った眼を向けてくる。ついに怒りが頂点に達したミストラルは、ブリュンヒルデの表面に手のひらを当て、何やら呪文らしきものを唱えはじめた。すると、ミストラル――鳴海隊長の体が、文字通り糸の切れた人形のように崩れ落ちた。これが意味するところは……
「操る、なんて生温いもんじゃなかったわけだ」
ブリュンヒルデの全身からけたたましい駆動音が響き渡る。ドーム状に展開されていた表面装甲がいくつにも分割、変形していく。装甲の隙間から見えた内部構造は、言わば『骨組みだけの巨人』の姿だった。装甲はその脚に、腕に、胴に貼りつくように接合されていく。およそ30秒ほどのお色直しが終了し、ブリュンヒルデは『完成』した。
「あれは、ランドグリーズか?」
「の、データを参照に造られたタイプのようだな。サイズは段違いだが」
外見上は、黒い全身鎧を着こんだ西洋の騎士。だが、その身長は10mをゆうに超えており、全身のいたるところに銃口と砲門が見え隠れしている。
《八葉》で建造されたランドグリーズ、及び飛鳥と刃九朗が交戦したラーズグリーズと姿形が似通っているところから、データを流用したという刃九朗の指摘は正しいだろう。
「本来なら、テレジアの心臓とレイシアを手に入れたら早々におさらばするつもりだったが……気が変わった。この街、いや、このチンケな島国全部、焼け野原に変えてやらねえと気が済まねえなぁ!!」
ブリュンヒルデの頭部分から、電子変換されたミストラルの声が発せられた。鳴海隊長の身柄が足元に倒れている以上、物理的に乗り込んで喋っているわけではあるまい。
意識ごとブリュンヒルデに乗り移る――いわば機械と同化したのだ。
これは確かに、彼女(と言っていいのかもう分からないが)の余裕も頷ける。あれほどの超火力を手足として自在に操ることができるのだから。
これは、まったく、本当に……
「いや、助かった。おかげで思ってたよりもずっと楽に戦えそうだ」
「まったくですね」
「そうだな」
「…………なに?」
ミストラルは気付いていないようだが、その判断は悪手でしかなかった。もし、鳴海隊長の身柄を人質にされてしまっていたら対処が困難だった。ミストラルの意識だけを器用に打ち倒す戦い方が求められたからだ。
だが、今のミストラルの肉体は、粉々に粉砕しても何ら支障のないただの鉄の塊である。
ああ本当に助かった。思わず「ありがとう」と言ってしまいそうになったほどだ。
「それじゃ、やるか」
「はい。この拳で――撃って、砕いて、すべてを終わらせます」
「存分に全弾、撃ち込ませてもらおうか」
ここより先、小難しい話はまったく必要ない。斬って、燃やして、撃って、爆破して、殴って、砕いて、眼前の敵を完全撃破するのみだ。
並び立つは、烈火を纏う超人、無数の銃器を生み出す機人、魔を打ち砕く魔人。
超人と、機械と、魔術師によって奏でられる絢爛舞踏――これより、開幕である。




