―第89話 シン・アンド・スレイヴ ⑤―
――敵機動兵器の情報照会が完了。AIT社製・試作強襲型戦術起動外骨格“ブリュンヒルデ”と断定。
――有効な攻撃手段を検索・・・・・・現保有武装の内2種該当。
――内1種は封印指定対象のため、選択肢より除外。
――武装選択決定。ただし、ここで別問題を提起。
――構築、及びエネルギーバイパス確立まで最短時間算出・・・・・・56秒。なお、武装構築中は一切の動作、防衛力の行使が不可。
――敵対象との戦力差を計算・・・・・・56秒間、当躯体が攻撃能力を維持できる確率は0.003%。
――実行しますか。 Yes/No
電磁加速砲がまるで豆鉄砲のようだ。
稲光を伴う光速の一射も、大山を思わせる重装甲の表面を軽く焦がした程度で終わってしまう。
擲弾砲塔も無意味。有人機であれば、爆発や閃光で視界を潰し、爆炎の高熱でコクピットの内部の熱を急上昇させて殺害することも可能だったのだが。
有効打があるとすれば、接近戦から装甲の継ぎ目に杭打機を叩き込むことくらいだが……刃九朗自身、ブリュンヒルデの弾幕を潜り抜けられるほどの機動力を持ち合わせていない。それに、再生能力を持つリュミエール鋼の装甲相手では、生半可なダメージはすぐに修復されてしまう。
鋭い眼光で敵機体を射抜く。ずんぐりとしたドーム状の外部フレームは、銃弾の勢いをそのまま受け流す意味合いで設計されているのだろう。松ぼっくりの傘のように分厚い装甲が幾重にも折り重なってできた黒鋼の威容は、生半可な火力では貫けまい。
(面倒だな……)
厄介、ではなく、面倒。
刃九朗が保有する最大最高威力の武装を用いれば、あのような鉄の塊、一撃のもとに塵芥にすることが可能である。
だが、その選択は周辺に存在するありとあらゆる人やモノを、敵味方の区別なく――刃九朗自身も含め――光の中へと消し去ってしまうこととなる。
この場にいるのが自分ひとりなら悩む必要もなかったのだが、今回の任務はあくまで『防衛』だ。死なば諸共――といった選択は使えない。
(飛鳥め……随分と難度の高い指示をしてくれるものだ)
《八葉》の世話になると決めた刃九朗に、飛鳥がたった一度だけ『お願い』をしてきたことがあったのだ。
『お前の力は、みんなを――お前自身も含めてだ――護るためだけに使え。俺がお前に求めるのはただそれだけだ。……その代わり、このことに異論も、反論も、疑問を差し挟むことも一切許さん。絶対不可避の運命とでも思って従ってもらう』
それは『お願い』ではなく『脅迫』ではないのか――そんな意見もあるにはあったが。
『鋼センパイ……』
隣で心配そうにこちらの顔を見上げてくる美憂の姿を見て、どうにも断り切れる状況ではなくなっていた。後から思えば、彼女を同席させたのも飛鳥の思惑の内だったのだろう……効果は絶大であった。
先月の事件以来、何が琴線に触れたのか知らないが、いつも自分の後ろについて回ってくようになった少女――篠崎美憂。
その影響で鈴風からは親の仇のように睨まれるようになってしまい、少々辟易する部分もあったが……美憂に付き纏われることが不思議と嫌ではなかったのだ。
『今からお帰りですか? だったら途中まで一緒に付いて行って構いませんか? だ、ダメですか?』
『きょ、今日はハンバーグを作ってみました! これ自信作なんです! ぜひ鋼センパイに食べてほしいって思って』
『あの、その……また、戦いとか、危ないところに行ったりするんですか? ……止めちゃいけないっていうのは分かってますけど、でも……』
『兵器』である自分が学園生活をおくることに、特に意義などは感じていなかった。そんな灰色じみた生活に、半ば強引に鮮やかな色めきを与えてくれたのが彼女である。
美憂の行為が、自分が助けたことによる恩義によるものなのか、それとも何か別の意思を抱いた上でのことなのか――それは分からないし、聞こうとも思わない。
だが、そんなことは関係なく、鋼刃九朗にとって篠崎美憂という存在が、意識の中でかなり大きな比重を占めている。
よって、
(ここで誰かが死のうものなら、あいつはきっと悲しむのだろうな)
『任務』だ『兵器』という建前は必要あるまい。
鋼刃九朗が今戦うべき理由は、たったそれだけで十二分である。
至近距離から全弾叩き込んでやるつもりで、刃九朗はブリュンヒルデの射程圏に一歩足を踏み込んだ。
――閃光、銃火、爆撃。
眠っていたかのように動きを見せなかった鉄の巨人は、刃九朗の足が地を踏みしめたと同時に、全身の装甲の継ぎ目を展開。びっしりと備え付けられた数十門の砲口からありとあらゆる破壊を撒き散らした。
流石の刃九朗もこれは堪らなかった。すかさず体重を後ろへ、3、4、5回と大きくバックステップで距離をとり、トライアルポートの端にあった格納庫――元はランドグリーズが保管されていたが、今は完全に分解され鉄クズの山となっている――の影に隠れる。
刃九朗の姿を見失った……わけではないだろうが、少なくとも反撃の意思を挫いたと判断したのか、ブリュンヒルデの砲火が停止した。
「苦戦しているようだな」
頭上から声。
闇夜を照らす淡い光を背に纏った蒼の騎士――ブラウリーシェ=サヴァンが中空からこちらを見下ろしていた。とりあえず、空に堂々とプカプカ浮いていたのではいい的だ。手招きしてリーシェを地上に呼び寄せる。
「見ての通りだ。負けるつもりはないが、如何せん弾幕が厚くてな。些か攻めあぐねている」
特に隠し立てするでもなく素直に応じた。
傍らにゆっくりと着地した彼女を横目に、ブリュンヒルデの様子を窺う。
ある程度距離をとっているからか、今はこちらが攻める姿勢を見せていないからか、鋼鉄の巨人は時間が止まったかのように動く気配を見せない。……おそらく後者と思われるが。
では、今のうちに作戦会議――といった雰囲気でもなさそうだ。
「だからと言って、ここでいつまでもぼさっとしていられるか! 一気呵成に攻めたてれば活路も開かれるだろう!!」
「俺とて好きでこうしているわけではない。ああも隙のない火力では中々一撃を加えるにも難しい……」
「むむむ、だったら私の速さで引っ掻き回してくれるわ! その間に貴様がなんとかするがいい!!」
悩むよりまず行動。
今まで刃九朗とリーシェの間に交流と呼べるものはほとんどなかったが(というより学園生活において美憂と飛鳥以外と会話した記憶がない)、それなりに彼女の性分というものは理解しているつもりだ。よってここでは下手に反論せず、リーシェの好きに任せることにした。
光の翼を勢いよく展開し、鉄砲玉のように飛び出していった騎士の背中を見送り、ふと一言。
「そういえば、あの女が戦うところを見たことがないのだが……強いのか?」
そもそも彼女がどれほどの力を持っていて、どんな戦法を使うのかまったく情報が無かったので、刃九朗の方から指示の出しようがなかったのが実際のところなのだが。
「ぬおあああぁぁぁぁーーーーーーーっっ!? い、いかん、これはまずい、まずいぞぉ! っていたたたたた羽に穴がぁっ!!」
……本当に大丈夫だろうか?
悲鳴をあげながら、慣性の法則を無視したようなジグザグ飛行でなんとか致命傷は避けているようだが……近付ける気配はまったくと言っていいほどない。
それにしても――見るからにあの翼、鳥類のそれとはメカニズムが異なる、何らかのエネルギーで形成されたもののようだが、痛覚神経が繋がっていることに軽く驚いた。
(……そんな事を考えている場合ではないな)
嘆息をひとつ。
成果はどうあれ、リーシェが自分のために隙を作ってくれているのだ。無駄にはできない。
万全を期すなら他の面子が揃うのを待つべきなのだろうが……それぞれが死闘を繰り広げているなか、自分だけがそんな甘えた思惟を持つようではいけないだろう。
よって、短期決戦、早期決着。既に武装は決まっていた。
「――“ペルクナス”」
静かにその名を告げた瞬間、刃九朗を中心とした半径約50m圏内では謎の異常現象が生じていた。
倉庫内にうずたかく積み上げられたランドグリーズの廃棄パーツ、そして地面や空気中に塵となって滞留している鉄分。刃九朗がまるで強力な電磁石であるかのように、大小様々な『鋼鉄』が吸い寄せられ、集い、組み合わさっていく。
通常兵器の場合であれば、刃九朗の身体の一部――血や肉、骨といった――を金属粒子に変換して構成しているのだが、今回の武装はかなり大がかりであるため、やむなく外部から材料を調達せざるを得なかった。
結集、合体した鋼鉄の塊にそっと手を置く。この混ざりモノだらけの鉄のままでは使えないため、特殊な高圧電流を流し込み鋳潰す。ドロドロに溶け、銀色のマグマのようになった液体に触れ、武装データを電気信号化して送り込んだ。
溶鉱炉で鉄が溶ける様を、まるで巻き戻しで見ているようだった。
溶けた鋼鉄の海から、ひとつ、またひとつと、複雑に作り上げられた機械の部品が浮き上がっていく。そしてプラモデルがひとりでに組み上がっていくかのように、各パーツが組み合わさり、接着され、その全容を露わにした。
対艦荷電粒子砲“ペルクナス”。
対艦という言葉通り、戦艦クラスの大型対象を一撃で葬り去るために設計された、刃九朗の脳内に記録された全武装データ中二番目に高い火力を持つ武装である。
全長10mはあろうかという、白と銀が混ざり合った砲塔。
そのあまりに重心バランスを欠いた長銃身を支えるため、蜘蛛の怪物の多脚を思わせるような、重厚かつ巨大な8本の脚が地面深くに食い込み転倒を頑なに拒んでいる。
――構築完了までに要した時間、36秒。
「ジンクロー! まだか! まだなのかぁぁっっ!!」
「あと20秒だ」
花火大会のど真ん中以上の爆裂音が響き渡っているこの戦場で、今の刃九朗の言葉が聞こえたのか聞こえなかったのか……それは定かではないが。
――当躯体と“ペルクナス”の動力炉接続。エネルギーライン直結完了。同時にカウントダウンを開始。
19。
――“祝福因子”、電子エネルギー変換率87%。
18。
ブリュンヒルデの装甲が縦に二分される。そこから姿を現したのは……
17。
「ブラウリーシェ、退け! アレは絶対に躱せん!!」
16。
狙った相手を追尾し続け、射程内に入った瞬間、弾頭内に搭載された無数の炸裂弾が襲い掛かる無線誘導式多弾頭ミサイル。
15。
刃九朗は柄にもなく、激情に身を任せ叫ぶ。
14。
あの武装は、炸薬が放出される前に遠距離から撃墜することでしか回避できない。飛び道具を持たないリーシェにとっては天敵にも等しい。
13。
「大丈夫だ!!」
12。
自らを鼓舞するように光り輝く翼を広げ、あの大質量のミサイルに挑むにはあまりにもか細い剣を両手に握りしめる。
11。
「こんな時に根拠のない強がりはよせ! 俺のことなら問題ない!!」
10。
「……私は退かんぞ! 最後まで……己が役目を果たすまで、絶対にだ!!」
9。
全弾、発射。遠くにいながらも鼻に付くほどに、むせかえる火薬の香りが戦場を覆い尽くした。
8。
「……ここの人間はどいつもこいつも馬鹿ばかりか!!」
7。
今までにない最大速度で飛翔した翼の騎士に、十六体の死神が追いすがる。急上昇、急旋回でも難なく追い付き、徐々に距離を狭めるミサイル群を見て、リーシェは、
6。
「命がけで戦う仲間のために命を張るのが馬鹿というのならば……私は世界一の大馬鹿者だろうよ!!」
5。
笑っていた。すぐ傍に迫った死の担い手を前にして、決して臆さず、決して退かず。
4。
「…………は」
3。
自然と。刃九朗の口元も小さく歪んだ。
2。
ならば、もう言うべきことはない。互いの使命を全うするため、今は。
1。
「ペルクナス――発射」
「有翼人を、舐めるなあぁぁぁぁぁっっ!!」
――――――――――0。
横倒しにしたスペースシャトルのような砲身から、すべてを真白に染める電子の光が解き放たれた。荷電粒子の大熱量により、急ごしらえの砲塔はあっという間に融解、爆散していった。
この一撃のために集った鋼鉄達に鎮魂の意を示しながら、刃九朗は大型竜巻にも匹敵する暴風と衝撃に吹き飛ばされまいと両足に力を込める。
乾坤一擲のこの一射。その結末。見届けるまでもない――直撃である。
「ブラウリーシェは……」
嵐が弱まり、周囲に気を向ける余裕ができたところで、刃九朗は蒼の長衣を求めて捜索を開始した。
周辺が煙幕と粉塵で覆われ、上手く視界が開けない。焦り、と呼ばれる刃九朗にとっては初めての感情を胸の中で持て余しつつあてもなく目を走らせた。
正直。あの状態からリーシェが生き残れる確率は極めて低かった。ブリュンヒルデを撃破した時点でミサイルの誘導信号は途絶していただろうが、タイミング的にはミサイルが命中する方が早かっただろう。
もしかすると、既に肉片も残らず消し飛ばされているかもしれない。
だが……なんやかんやで、刃九朗は信頼していたのだろう。
「……やはり、貴様なら来るだろうと思っていた」
苦笑交じりでそう呟いた。
煙が晴れる。
先の衝撃で空に浮かぶ雲ごと一掃したのだろうか。見上げると、夜空一面に広がる星の海が刃九朗の視界を埋め尽くした。
「ご都合主義みたいに言ってくれるなよ。これでもギリギリだったんだ」
視界の端に映った真っ赤な影。夜空の中心にいきなり太陽が現れたかのような錯覚を与える、その男からの返答だった。
「面白い道具を持っているな」
一見すると面の広い両手剣だが、その男――日野森飛鳥は、宙に浮かんだその巨剣を、まるでスノーボードであるかのように乗り回し颯爽と滑り降りてくる。
「立派な武器だよ、これでも」
その名を、烈火刃・伍式“火車掛”。
大出力の炎の噴射により『空飛ぶ剣』として移動手段とする運用も可能だが、その本質は、
「死、死ぬかと思ったぞ……」
構えれば、人ひとりの身体なら容易に覆い隠せるほどの表面積を持つ『盾』であった。飛鳥が顕現可能な武装の中でも最大質量の鋼で構成された烈火刃・第五形態は、ミサイル弾の直撃にも耐えうるほどであったわけだ。その恩恵は、飛鳥の脇に抱えられ、目をぐるぐる回していたリーシェがその身を以て体験していた。
ふらふらな足取りで地面に尻餅をついたリーシェは心臓を落ち着かせようと大きく深呼吸。ぷるぷると頭を横に振ってようやく人心地ついたようである(一連の仕草がどうみても犬がやるそれにしか見えなかったが、あえて口にはしなかった)。
ひとりで来たのか――そう飛鳥に尋ねようとした刃九朗だったが、その答えは、砂煙をあげながらこちらに猛ダッシュしてくる翠色の影を見て氷解した。嵐の暴走特急こと楯無鈴風である。
雨に濡れていたアスファルトに座り込んでいたせいで、服の後ろがびしょ濡れになってしまったことに苦い顔をしていたリーシェの前でキキーッと急停車。
「リーシェ!!」
「ん? ああ、スズカか。お前の方も無事に終わったようだな」
「え、あー……あれは無事に終わったというか、あたしは何もしてなかったというか、首をキュッとされただけというか…………って違ぇよ!!」
ノリツッコミなんてあたしの柄じゃないんだよと言わんばかりに、背負っていた槍を半ばヤケクソぎみに地面に叩き付けた。
「なに無茶やってんの死ぬとこだったでしょうが!!」「だからってあそこで逃げてどうなるものでもなかった。後悔はしてないぞ」「そういう問題じゃなーい! 命を粗末にするんじゃないって言ってんの!!」「そうは言うがな……だがそれを言うならスズカだって人の事言えないんじゃないのか?」「…………あたしはいいの。ほら? 体が丈夫だし?」「スズカ、それは理由になってないぞ……」
身のない言い争いを始めた2人から完全に意識を切り離す。あれはもう単なるじゃれ合いの類だろうし、こちらにまで飛び火してきては堪らない。
「飛鳥。これからどうするつもりだ」
まだこの施設一帯におけるすべての戦闘行動が集結したわけではない。適切な人員を、適切な場所に移動させ、適切な対応を行う――そういった集団指揮については飛鳥に一任している。
「…………待て、刃九朗。どうやら倒しきれてなかったようだぞ」
刃九朗の背後に目を向けた飛鳥の視線の先を追う。
……仕損じたか。
白煙が晴れた先には、未だ原型を留めたままの鋼鉄の威容。荷電粒子砲の直撃を受けておきながら、表面装甲を融解させるまでで終わってしまっていたことに、刃九朗は自身の計算の甘さに舌打ちした。
とはいえ、並大抵の物質なら一瞬の下に蒸発させてしまうほどの大熱量。関節や管制機器などをまとめて燃焼させた影響で、その動きは壊れかけの人形に等しかった。
「再生でもされたら厄介だ。飛鳥、このまま全火力でもって消し炭にする。貴様も手伝え」
「そうだな、手遅れになる前に破壊しなくては――――いや、間に合わなかったか」
「どういう意味だ?」
飛鳥からの答えが要領を得ず、眉をひそめる。だが、壊れかけの鉄機――その足下に佇んでいた人影を視界に捉え、ああ、と声を漏らした。
「ふ……ふふふ……うふふふふふははははははははははっっ♪ いやぁまさかブリュンヒルデがここまで追い込まれるなんて思ってもなかったよっ♪ ミストの切り札――使う前に壊されちゃうかと思ってヒヤヒヤしちゃった♪」
先程まで顔を合わせていた筈の彼女――鳴海双葉に相違ないが、どうみても別人だった。
解説を求めるまでもない。奴こそが“傀儡聖女”。
そして、相手が誰であろうと、誰であったとしても、自身の為すべきことに何ら変動はない。
よって、飛鳥と後ろから駆け付けてきた鈴風とリーシェに向け、高らかに言い放った。
「展開可能な全火力をもって敵を殲滅する。異論はないか」
「「「大有りだよっっ!!!!」」」