―第76話 スーパーソニック・ストレンジャー ①―
後半、かなりの悪ふざけ。鈴風さん視点はホント書きやすい。
結局、放課後になっても“傀儡聖女”からの襲撃はないまま。ごくごく平和に、ごくごく平凡に。飛鳥達は学園生活の1日を終えた。
「ん……? クラウ君、何か良いことでもあったのか?」
飛鳥の少し後方を歩くクラウの方を向くと、朝に比べて随分と感じが変わっているように感じた。いつも俯き気味で、暗い顔ばかりしていた彼が、今は少しだけだが前向きになっているような。
「呼び捨てで結構ですよ。それで……レッシィと、話をしたんです」
「……そうか」
フェブリル経由で、昼休みに2人が接触していたことは聞いていたが、どうやらわだかまりは――さらに後ろを歩くレイシアの複雑そうな顔を見る限り、完全にではないようだが――解けたのだろう。
それでも、クラウの背中に向けられるレイシアの視線が以前よりも優しげに映ったのは気のせいではない筈だ。
フェブリルが懸念していたように、2人だけでどこかに逃げるかもという不安も少しはあったのだが……どこか吹っ切れたようなクラウの様子と、こうやって自分についてきてくれている辺り、もうその心配は必要なさそうだ。
現在飛鳥達がいるのは、白鳳市内でも有数の大企業、断花重工内のエントランス。
一行は、今回の事件に対する詳細報告と、重要参考人であるクラウとレイシアを匿うために《八葉》へと訪れていた。
ここは飛鳥のホームグラウンドだ。ここなら刃九朗や《八葉》各部隊のメンバーにも頼れるので、咄嗟の事態にも対応しやすい。
白色を中心としたエントランスの各所には、会社概要が書かれた電子掲示板や最新の開発物の展示品などが配置されており、科学の博物館のような概観となっている。
(それにしても……)
飛鳥にはもう見慣れた風景なので、今更琴線に触れるようなこともないのだが……この子供心をくすぐって仕方がないびっくり箱のような場所に来て、目を輝かせるお子様がちらほら。
「きゃーっ! うきゃーっ! すごいすごいあれドラゴンだよーっ! こいつは狩らなきゃ女が廃るでしょ――って、あっ真散さんなに隠れてんのー!!」
「ひいいぃぃぃぃーーーーーっ! 何ですかこれリアル過ぎて怖いのですー! ギャーッ! いきなり火吐いてきたですよ、あんなのムリムリ絶対死んじゃうですぅーーーーっ!!」
「これは……『きどうえれべーたー』と書いてあるな。凄いな、雲を貫き遥かな天の頂にまで到達するのか。……だがっ! 私の翼ならそれよりもっと高くまでいけるのだと豪語する! 空の支配者の称号は誰にも渡さん!!」
「これ、宇宙まで繋がるって書いてるよ。……リーシェ、いくらなんでも翼で大気圏突破はムリだと思うの。焼き鳥になっちゃうよ?」
「ちょっ、ほらクラウ見てみなさいよアレ! あれがこないだテレビでやってた戦術起動外骨格とかいうヤツよ! うっはぁ~、これが人間みたいに動くのよね。マンガやアニメでしかお目にかかれないと思ってたけど……最近の世の中は進んでんのね~」
上から、目と耳を覆うメカメカしいバイザーを付けてVR式の最新ゲーム(ドラゴンが出る辺り、どうやらファンタジー系のアクションのようだ)をプレイして一喜一憂する鈴風と、無理やり付き合わされた挙句、画面上のドラゴンにビビッて鈴風の背中に抱きついている真散。そして、地上から宇宙空間までを直結するべく建造される予定の軌道エレベーター、そのホログラム映像に対し異様なライバル心を見せるリーシェと、それに冷静にツッコミを入れるフェブリル。最後に、さっきまでの不機嫌な様子はどこへやら、展示用の戦術起動外骨格を見ながら感嘆の声をあげているレイシアである。
「お疲れ様です、日野森さん。今日はお友達と一緒に会社見学ですか?」
違う、と即答したかった。だが今のこの様子を見る限り、完全に『よい子の社会科見学』となっていたので否定もできなかった。
声をかけてきたのは、いつもは受付スペースに待機している制服姿の女性だった。
「いえ、こう見えても仕事なんですよ、鳴海さん。今日明日あたり、ちょっとばかりバタつくかと思います」
飛鳥の思わせぶりな言葉に、そういうことですかと頷いた彼女の名前は鳴海双葉。
腰下まで伸びた長い黒髪を三つ編みにし、グレーを基調とした受付嬢の制服を一切の着崩れなく着こなす姿は、やり手のキャリアウーマンの印象を受ける。
飛鳥が《八葉》の一員になる以前からここで働いている彼女には2つの顔があり、普段は断花重工の美人受付嬢。そしてもうひとつの顔は――すぐにでも分かることになるだろう。
「今ここで動かせる人員ってどれくらいですか?」
「現在、実働部隊はほとんど海外の任務に出払ってますから……『雷火』のような荒事専門となると、出られるのは鋼さんくらいしかいないでしょうね。ランドグリーズも結局お蔵入りになっちゃってるし……あまり戦力的な期待はしない方がよさそうですね」
『雷火』の他のメンバーが帰ってきているのを期待していたが、そうそう上手く事は運ばないようだ。
現在警戒すべきは“傀儡聖女”だけではない。昨日襲撃してきたばかりの《パラダイム》もレイシアを欲していた以上、この2つを同時に相手どることも想定すべきだ。
クロエの帰国は、どれだけ早く見積もっても明日の朝だ。そう考えると、如何にして今夜を切り抜けるのか――飛鳥の悩みどころはそこにある。
窓の外は相変わらずの大雨だ。昨日に引き続き、屋外では炎の能力は使えない。念のため、烈火刃に代わる武器を調達しておくことも考えていた。
腕を組んで考え込む飛鳥に、隣のクラウから声がかかる。
「飛鳥先輩、戦力に関しては僕とレッシィも数に入れてください。昼に2人で話し合って、決めたんです……僕達のせいで迷惑をかけてしまったのだから、せめて出来ることをやろうって」
「……そうか、正直言ってありがたい。魔術師相手の戦いはほとんど経験してなかったからな、専門家がいるといないとでは大違いだ」
「人工英霊相手に僕らの力が通用するかは分かりませんが……“傀儡聖女”が出てきたら、僕が戦います。彼女にとって、僕は天敵ともいえる存在ですから」
クラウの自信に満ちた申し出に、飛鳥の考えていた方策に光明が差し始めた。
まず、ミストラルが扮している人形の見分けについてだが――これは《八葉》に来てまで何のアクションも起こしていない時点で、飛鳥達の中の誰かであることは分かっている。
理由としては、放課後に《八葉》に向かうことは事前に全員に通達しており、部外者が入ればすぐに判明する高セキュリティの場所であることも伝えているから。そんな状態でありながら一向に動きを見せていないのだから、畢竟、ミストラルは既に内側に入り込んでいることになる。
この推測は、最悪外れていても問題ない。クロエ曰く「精神干渉型の魔術であれば、発動していない状態でも対象を炙り出すのは容易いのです」とのこと。ならば彼女が帰ってきた後に、学園の関係者を虱潰しに当たっていけばいいだけの話である。それで逃げようとする素振りを見せる輩がいればもう確定だ。それはミストラルにとっても避けたい展開だろう。
しかし、飛鳥はこの推論をまだ誰にも話していない。下手に話してミストラルの知るところになると、何らかの対策を打たれる可能性がある。やけっぱちになって強硬手段に出られても困るので、なるべく不意打ちで追い詰めたい。
現在、100%『人形』でないと断言できるのは、その実クラウただひとりなのだ。今回の戦いのキーパーソンは、間違いなく彼である。
彼の、あらゆる魔術を破壊・無効化できる能力のおかげで真っ先に容疑者から外れることとなる。仮にクラウが操られているのなら、そもそも彼が日本に来る前にどうにかしているだろう。
逆に、明確な対処法を持たない面々――飛鳥自身も含まれる――にはある程度疑いを持ってかかるべきだ。
そもそもミストラルの“支配者の繰り糸”の、具体的な発動方法もはっきりとは分からないのだ。クラウの話によると、彼女が直接触れた人間は間違いなくその支配下に置かれるようだが……では、他に方法はないのか?
――触れなくても操る方法を持っているなら? それに、本当に『人形』は1人しかいないのか?
と、疑い始めればきりがない。
(これで、実は俺の中にミストラルの意識が入ってて全部筒抜け――だったら最悪も最悪だな)
そうなってしまうとお手上げだ。
一応、ここに来るまでに体内で灼熱の炎を精製して循環させたりと、そんなバイ菌退治の方法でどうにかなるか分からないが、やれることはやってきている。
ここは悩んでも仕方がない。今は全員を集めて今日の動きを決めるとしよう。
「ほらほら遊んでないでこっちゃこーい! はい集合ー!!」
「「「「はーいっ!!」」」」
完全に遊びモードに入った女性陣を手招きして呼び寄せる飛鳥の姿を見て、双葉が一言。
「遠足に来た小学生を引率してる先生みたい……」
「しかもみんなすごくいい返事してる……」
クラウの合いの手も入り、この場はひとまずオチがついたようだった。
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今日と明日のスケジュール
17:00~18:00 第3会議室にてミーティング
18:00~19:00 1階カフェテラスで夕食(バイキング形式なので、好きなものをとって食べてください。ただしごはんのおかわりは3杯まで)
19:00~22:00 自由行動(必ず2人1組で行動すること! 大事な機材な勝手に触らないこと! お仕事している人の邪魔はしないこと!)
22:00~23:00 入浴(2階大浴場)
23:00~ 就寝
07:00~07:30 起床
07:30~08:00 1階カフェテラスで朝食(和食と洋食が選べます)
08:00~08:30 断花重工・社長さんのお話(寝るなよ!)
09:00~ 帰宅(お世話になった人には必ず元気よくお礼を言いましょう!)
以下、手描きでデフォルメされた動物や花の絵がページを飾っている…
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「これ『遠足のしおり』だ!?」
厚手の高級紙を二つ折りにして作られた、どこか懐かしさを感じさせる小冊子を見て、開口一番鈴風のツッコミが会議室全体を震わせた。
これは、いったい……会議室の檀上で飛鳥がすごくやりきった感のある顔をしていたので、どうやら彼のお手製らしい。
「いや、日本に慣れないクラウやレイシアにも読みやすいようにと思ってだな……」
冊子の読みやすさと、ページ下の可愛らしいウサギや熊の絵は関係あるのだろうか……変なところで凝り性な幼馴染であった。
さて、実は今回の事件の全容を二割くらいしか理解していなかった我らが鈴風さん。そろそろ灰色の脳細胞をフル回転させていかないと、置いてけぼりをくらいそうで怖かった。実際、先月の事件では完全に置いていかれたのだし。
「はいせんせーっ! 質問いいですかーっ!!」
分からなければ先生にすぐに聞く――これが優等生への近道だと信じて元気よく挙手。飛鳥はものすごく面倒くさそうな顔をしていたが、この際無視する。
「なんでいきなりお泊り会になったんですか? それも真散さんやクラウくん達まで一緒に」
「無用の被害を避けるためだよ。今日か、あるいは明日かもしれないが……クロエさんと霧乃さんが戻ってくるまでに《パラダイム》や“傀儡聖女”が襲ってくる可能性が高い以上、街中にいるのは不味いからな」
「なるほどー」
あの2人の魔女は、自分が思っていたよりもずっと影響力のある人物だったようだ。そういえばクラウもレイシアも、クロエや霧乃のことを様付けで呼んでいたのを思い出す。
「要するに――クロエ先輩と霧乃さんが帰ってくるまで、クラウくんとレイシアを守り抜ければ勝ちってこと?」
「大雑把に言えばな。だが、《パラダイム》側はともかく……“傀儡聖女”ミストラルとは、それまでに決着をつけておきたい」
「どして?」
「今の奴は言ってしまえば、実態を持たない幽霊みたいな存在だ。今回のように、確実に表に出てくる機会でないと、完全に倒し切るのは難しいかもしれない」
クロエ達が戻ってきた後でも対処はできるが、逃げられてしまう可能性もあるのだそうだ。……クラウとレイシアにとっては親の仇。何が何でも逃がしたくない気持ちは理解できた。
おおよその背景は掴めた(多分)鈴風だったが、ふと隣に座っていた刃九朗が手を挙げていた。あまり自己主張しない鉄面皮が珍しい、と思っていると……
「……そのミストラルとやらは、ここにいる誰かの中に潜んでいるかもしれないのだな?」
「ああ」
「ふむ……では、奴が正体を現わした瞬間に電磁加速砲を撃ち込むのは」
「却下だな」
「…………どうやら、今回は俺の出る幕ではないようだ」
「逃げんな働け」
「まさかのボケ役!?」
鋼刃九朗、いつの間にやら冗談ができる男へと成長していた。ここ最近で一番驚いたことかもしれない。そして事前に打ち合わせしたわけでもないのに、飛鳥と息の合ったコンビネーション(ボケとツッコミの)を目の当たりにして……鈴風さん、ちょっぴりジェラシーを感じていた。
「あの~」
そして今度は逆隣の席の真散からの声。
まさか、まさか貴女もなのか……そんな予感に身を震わせていると、
「わたし、今日お泊りとは聞いてなかったので、何も用意してないのですよ……その、替えの下着とか」
「……………鳴海さーん! 鳴海さんヘルプ! これは俺には手出しできない問題なんでー!!」
お年頃の女性としての当然の問題にいち早く気付いた真散だった。流石に飛鳥もそこまで考えていなかったようで、大慌てで会議室から出て行った。
そして真散に言われるまで全然気付かなかった、というか別に1日くらい大丈夫じゃない? と一瞬でも考えた鈴風の女子力は間違いなく最下層だろう。
司会進行役がいなくなり、会議が宙ぶらりんになってしまったところを見計らったように、ひとりの男性が部屋に入ってきた。
「あ、夜行さんだ」
「やぁ鈴風くん、ブラウリーシェくん。しばらくぶりだね」
《八葉》第六師団隊長・来栖夜行であった。
インドア派の研究者らしい華奢な身体の線と、艶やかな銀の長髪を持つ姿は、見方によっては女性と間違えてしまいそうな――ぞっとするほどの色気を漂わせる姿だった。
「ヤコウ、先日頂戴した『シュヴェルトラウテ』だが……大変役に立った、改めて礼を言わせてくれ」
「いやいや、お礼を言うのはこちらの方だよ。アレを作った成果のおかげで、僕らの研究も飛躍的に進んだのだからね」
いつの間に意気投合していたのやら、異界の騎士と天才研究者は和気藹々と談笑を交わし始めた。
そんなこんなでミーティングも有耶無耶になりつつあった。手盛り無沙汰になった鈴風は、ぼうっと窓の外を見やる。
「雨、か……」
暗い雲のベールに覆われた雨空が、どこか不安をかきたてる。今でこそ、皆で馬鹿騒ぎをやって過ごしているが、おそらく誰もが気付いていた。
――今夜は嵐が来る。
鈴風にも、あのどんよりとした暗雲にも似た嫌な予感が確かにあった。
飛鳥はなるべく言及を避けていたようだったが……昨日、村雨蛍の襲撃を受けたこと。蛍がどれほどの実力者であるのか――元・剣道部の主将としての彼女としてならともかく、《パラダイム》の人工英霊としての、『敵』としての彼女のことを、鈴風は何も知らない。
――勝てるのか。いや、そもそも戦えるのか?
尊敬すべき先輩、先日まで同じ部活で共に切磋琢磨していた仲間に対して、自分は刃を向ける覚悟があるのだろうか。
そして、相反する悩みとして、
(また……部長が『悪』だからって、何の躊躇いも持たずに戦っちゃうのかな、あたし)
蛍にもクロエにも指摘された、楯無鈴風の決定的な異常。
《ライン・ファルシア》で戦ったフランシスカの時のように、いざ戦いとなれば『正義』の名の下に、一切の躊躇を放棄してしまうのではないか。
スポコン漫画でよくある台詞『本当の敵は自分自身だ!』という言葉が、まったくもって正論に思えてならない。
まだまだ無知であり、まだまだ遠い。
自分という人間を理解し、自分が得た力を向ける先を正しく理解し、自分が置かれている環境を理解し、その上で思考し、判断し、行動する。今の鈴風に足りないものはそれだけ多く、また、たったそれだけとも言えた。
人工英霊・楯無鈴風の真価もまた、これからの戦いで試されることとなる。