―第71話 ソーサレス・ソーサレス ②―
前半はただのコメディ。後半は久々の男の登場。
「で、なんで私までアンタらについてくことになったわけ?」
その日の登校風景は、7人ということもあり傍目には大層賑やかそうに見えただろう。
だが、その実態は主に2人の男女間に漂う殺伐とした空気に、全員まともに話ができる雰囲気ではなかった。
「(アスカ、私ちょっと胃が痛くなってきたんだが……)」
「(とりあえず、学園につくまで辛抱してくれー。その間に何とか対策考えるから)」
そんな空気に充てられてか、顔を真っ青にしたリーシェが飛鳥に耳打ちしてくる。
2人――言うまでもないが、引き攣った笑みを浮かべるクラウと、そんな彼に対して、今にも噛み付きそうな気配を隠そうともしないレイシアのせいである。はっきり言って、今、同じ空間に置いたらダメだろ的な組み合わせをそのまま学園に持ち込もうとするのには、やむを得ない理由があったのだ。
姉に釘を刺されたのもあるが――まず、レイシアをひとり家に置いていくわけにはいかなかった。いくらなんでも、無人の状態で半日もあれば逃げる算段くらいつけるだろう。
では、誰かを監視役を置いていくべきか? それも却下だ。
現状、警戒すべきはレイシアひとりではない。“傀儡聖女”が(厳密には彼女の『人形』が)どこに潜み、そして誰なのかもはっきりとしていない環境下で、あまり別行動をとるのは望ましくなかったのだ。
更に言えば、レイシアが『人形』である可能性とて充分に存在する。こちらに接触してきたタイミング等も考えると、むしろ彼女こそが状況的には一番疑わしいくらいだ。
(ミストラルの狙いがあれである以上……奴は間違いなく俺たちの身近な存在だ。何人かには絞れるが……決定的な証拠がまだ足りないな)
レイシア、クラウ、そして今朝クロエから聞いた話を再度整理してみる。
まず“傀儡聖女”は、今白鳳市に存在する『あるもの』を手にすることを目的としており――それは現在クラウが所持している。よって、犯人は、何らかの形でクラウに接触してくることとなる。
そして『人形』となった人物には、操られている自覚がない。今でこそ、普通に学園生活を送っているその人物が、いきなり人格が変わって襲い掛かってくる。そんな気も休まらないような展開が予想できるのだ。
クロエの推理では、どうやらその『人形』は1ヶ月以上前からこの街に潜伏しており、かつ白鳳学園の人間であるとのこと。先月の全校朝礼で、霧乃が教師として編入してきた経緯を知っていたことから、それは間違いなさそうだ。よってここで、犯人は学園の生徒か教師に絞られる。
そうなると、今まで交流のなかった人間が今日いきなり接触してくれば完全に疑われるわけだ。
だがミストラルも、その辺りのリスクは承知していることだろうし、想定していなかったとは思えない。よって、飛鳥の推測としては――
(以前から俺たちと交流があって、かつクラウ君に近付いても違和感のない人物か)
こういうことになる。だが、これでもまだ該当者は多い。
飛鳥や鈴風は、学園の中でも友人関係が広い方だし、クラウもまた、郷土史研究部の活動で大勢の生徒教師と交流してきたという。よって、疑い始めればキリがない。これもまた、ミストラルの魔術の狙いのひとつだろう。飛鳥は頭を抱えたくなった。
「ところで、この制服……なんだかブカブカなんだけど」
「あれ、サイズ合わない? あたしとレイシア、体格同じくらいだからぴったりかと思ったんだけど」
そんな飛鳥の煩悶を知ってか知らずか、背後では女性陣による姦しいやりとりが繰り広げられていた。
レイシアとて流石にこの通学生で溢れ返る往来で暴れだしもしないだろうから、特に拘束もしていなかった。何やかんやで常識のある人間なのだ。
今の話題は、学園内でもなるべく怪しまれないようにレイシアにも学園の制服(提供・楯無鈴風)を着せており、どうやらそれについてのようだ。
「はっきり言ってあげるわ。ブカブカなのは一部分のみよ。他はぴったり」
「一部分って、ああ……ええと、うん、そっか」
レイシアと鈴風が揃って目線を向けたのは、制服の胸元あたりだった。こう見えて(?)実は結構出るとこ出てる鈴風さんは、かける言葉が見つからずに目を泳がせていた。
女性ばかりの空間に居辛かったクラウが隣まで駆け寄ってきて、こう伝えてきた。
「レッシィ、以前からずっとコンプレックスだったみたいで……」
何が、とは問うまい。と言うかそんな話題を持ち出されたところで、飛鳥にはどうしようもない。
しかし、無理もないのかもしれない。
レイシアは、いわゆるスレンダー美人というやつだ。おそらく170㎝はある長身と、細くともしっかりと鍛えられた身体のラインは、まるでファッションモデルのような見事なバランスだ。それはそれで世の女性が羨むプロポーションには違いない。
だが、本人は不満だったのだろう。スレンダー大いに結構だが、別にスレンダーであってほしくなかった部分もあったんですけど、と。
「クラウ……それ以上余計なこと言ったら、齧るわよ」
「まぁまぁレイシアちゃん。そう気を落とさずにですよ。私はむしろレイシアちゃんが羨ましいのです。背が高くてしゅっとしてて、『大人の女』って感じなのです」
カチカチと歯を鳴らして威嚇してくる水色の猛獣に、小さな部長が待ったをかけた。
確かに真散にとってレイシアのプロポーションは決して手の届かない高嶺の花なのだろう。
レイシアとは対照的に、真散はとにかく小さい。下手すると小学生に間違われるくらいに低身長かつ童顔だもので(だがそれがいいと言う男子生徒は数知れず)、レイシアは正に真散にとっての理想の体型だったのだ。
そう言われてしまうと、レイシアも強く言えなくなる――なんてことはなかった。
「……あんたに、あんたにだけは言われたくなった……だって、だってあんたは……」
怒りの感情を噴火させた貧しきものは、ビシッと人差し指を真散に――厳密には真散の胸あたりに――突き付けて咆哮した。
「あんたみたいなロリ巨乳に、私の気持ちなんてわかってたまるかってのよおぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!」
この瞬間、周辺50m圏内の学生(特に男子生徒)が一斉に声の主の方へ振り向いた。
身の危険を察知した飛鳥とクラウは、騒動の中心に背を向け早々に他人のフリをすることに決めた。
騒動のちょっと近くにいたリーシェとその肩に乗っかっていたフェブリルは、訳も分からずきょとん顔をしていた。
騒動のすぐ近くにいた鈴風は、助けを求めて飛鳥に視線で救難信号を送っていたが、完全無視されて半泣きになっていた。
そして、騒動のど真ん中にいた水無月真散は……
「――――――――せに」
「あん?」
俯いたままぽつりと何かを呟いたかと思うと、突然弾かれた様に顔を上げ、レイシアに向かってこれでもかと怒鳴り散らした。
「あなたみたいな貧乳に、わたしの気持ちなんて分かりっこないくせに! 知らないでしょう! 大きくったってろくなことないのです! 歩くたびに揺れて痛いし、重いし! 何よりどこに行っても男の子からのいやらしい目線がジロジロジロジロ!!」
「ひんっ……!!」
せっかく誰も言葉にせずにオブラートに包んでいたのに、怒り心頭の真散によって堂々と『貧乳』というワードを叩きつけられたことにレイシア絶句。そして、そこから小さな巨乳部長は挑発ぎみに追い打ちをかけてきた。
「……でもぉ? これでも良かったこともあったのですよ。部室とかで、クーちゃんが時折わたしの胸をちらっちらって恥ずかしそうに、とっくにバレバレなのにも気付かずに見てくるのが……いやん、もう初々しくってかわいくって仕方ないのですよ~♪」
「ギャーーーーーーーッ!!」
くねくねと身をよじらせる真散部長のぶっちゃけ発言に、さっきまで知らぬ存ぜぬを決め込んでいたクラウに大ダメージ。一同からの冷たい視線に耐えきれず、頭を抱えてうずくまってしまった。
「そう……そうなのねクラウ。所詮はアンタも、あの脂肪の塊に心奪われたタダのエロガキだったってことね……!!」
その言葉を聞いて怒りの矛先を真散からクラウに変更したレイシアは、もはや口から炎でも吐きだしそうな怪獣にしか見えなかった。
「クーちゃんに噛み付くのはお門違いでしょうが! 悪いのはあなたがぺったんこだからでしょ! 素直に「色気なしのまな板でごめんなさい」って謝るがいいですよ!!」
「昨日今日会ったばかりのアンタになんでそこまで言われんのよ! アンタこそ、その見た目といい言葉遣いといい、わざとらしくてあざといのよ! 男に媚びてます感が満載なのよ! ちっちゃいなりしてとんだ淫乱ロリ巨乳ね! あーやだやだこれだから脂肪ばっか付いてる女ってのは!!」
――なんだ、この惨状は。
昨日復讐だなんだと騒ぎ立てていたのが、何がどうなってこんな痴話喧嘩というか修羅場に発展しているのか。色々と悩んでいるのがアホらしくなってきた飛鳥だった。
鼻先が触れ合うほどに至近距離で火花を散らす貧乳と巨乳をよそに、飛鳥は他の面々を手招きで呼び寄せた。そして一言。
「放置で」
「「「「賛成」」」」
満場一致の大賛成で、一同はアホみたいな争いに背を向け、学園への道を歩き出した。
そして周りの生徒たちも完全に立ち去り、2人だけになっても、骨肉の争いは留まるところを知らなかった。
「つるぺた!」「チビ!」「洗濯板!」「デブ!」「ブラジャーいらず!」「つけてるわよ、ざけんな!」「あー、うー……ま、まぬけー!」「いきなり子供の悪口みたいになった!? どんだけ悪口のバリエーション少ないのよ!!」「……胸よりおなかの方が大きく見えるですよ」「よーし分かった今からここで戦争よ! 貧乳女の怒りなめんじゃないわよ!!」「はんっ! 来るなら来やがれなのです! 富める者と貧しき者の力の差を思い知らせてやるのです!!」
「「…………」」
「「クキャー!!」」
10分後、職員室に連行されました。
「で、結局ほったらかしにして来たのか?」
「今は郷土史研究部の部室にいてもらってる。まぁ時間稼ぎに過ぎないけどなー」
「それは、なんというか……お疲れ様でした」
少しばかり時間は流れ、昼休み。
レイシアは制服を着ていても部外者なので、真散が教師陣からこってりと絞られている隙にこっそりと救出していた。そして放課後になるまで部室に放り込んでおいた。昨日に引き続き、都合3度目の簀巻き状態にしておいたので勝手な真似はできないだろう。
鈴風やリーシェ達が教室でお弁当をかっこんでいる中、飛鳥は中庭で近寄りがたい雰囲気を放つ2人組と共に昼食をとっていた。
「2人きりのところに割って入ってすまなかったな」
「気にするな。別に2人でないといけない理由はない」
からかい半分の飛鳥に、ぴくりともしない無表情のままそう返してきた男は鋼刃九朗。
先月の事件で飛鳥と鉄火を交え、一度は敵対したが後に和解し共に戦うこととなった兵器の申し子、通称“鍛冶師”。現在はその特殊な能力を生かして、《八葉》技術班である第六枝団『月読』の下、新たな発明や研究を支援している。
「……そこは、少しでも気にしてほしかったんですが」
そんな刃九朗のつれない態度に小声で残念そうに呟いたのは篠崎美憂。
元・人工英霊の少女であり、過去2回も飛鳥達の戦いに巻き込まれた上で、現在は自分を助けてくれた刃九朗に好意を隠さずにアプローチする日々を送っている。だが恋愛感情はおろか、まともに喜怒哀楽も見せない鉄面皮相手なので、なかなか攻略は難航している様子。飛鳥個人としては応援してあげたいところである。
とはいえそんな刃九朗も、毎日美憂が作ってくるお弁当をいつも残さず平らげているし、彼女を邪険にすることもない。決して悪い気はしていないのだろう、充分に脈ありと見えた。
さて、飛鳥も遊び半分でこの2人の間に入ってきたわけではない。手早く昼食を済ませ、互いの情報交換を始めることにした。
「飛鳥、昨日お前が預けてきたあの刀だが……お前の読み通りだ」
「やっぱり、あれはアルヴィン博士の作ったものだったか」
昨日、村雨蛍との戦闘で奪取した武器であるレイヴン・シール。少しばかり気になることがあった飛鳥は、昨夜に《八葉》の護衛に預けて解析を依頼していたのだ。
聞くにどうやら、サイクロプスでの一件で、刃九朗もまたこの刀を持った人工英霊と対峙していたそうだ。その時、飛鳥は直接彼女と相対してはいなかったが、そういえば『村雨』という名を耳にしていたのを思い出す。
「しかし、よく分かったな?」
「名前だよ。RAVEN SEALを日本語訳すると『小烏丸』と解釈できる。ちょっと心当たりがあったもんでな」
「小烏丸と言えば、平安時代、桓武天皇の下に舞い降りた大鴉によってもたらされたという銘刀ですね。後に平貞盛に授けられ、平家代々の家宝となったそうですよ」
「えらくピンポイントに詳しいな!?」
珍しく饒舌に語る美憂に驚いたが、そういえば彼女は根っからの文系で本の虫だ。……だからって決して有名な史実だとは思えないのだが、それだけ彼女が歴史マニアということなのだろうか。
だが、ここでの小烏丸はそれのことではない。
「小烏丸で心当たりがあったのは霧乃さんだよ。たしか……霧乃さんの“魔女の鉄槌”の名前と同じだったはずだから」
「そうなのか? そういえば霧乃が戦うところなどまともに見たことがなかったな。……ともかく、それで霧乃と何やら因縁があるらしいアルヴィンに目星をつけたということか」
2人の間にどのような出来事があったのか――それは窺い知れないが、少なくとも浅い間柄ではないのだろう。アルヴィンが自身の発明品に、霧乃に関連する物の名を付けるくらいには。
「アルヴィン本人にも確認させたが、どうやら間違いないそうだ。奴はもうAITとは縁を切ったらしいからな、事細かく報告してくれたぞ」
「アルヴィン博士、面白い人ですよね~」
「こないだそいつに攫われた人間の言う台詞じゃないと思うぞ、篠崎さん……」
先月の事件の後、アルヴィンはサイクロプス内での狂気の研究を断念したらしく(そもそもクロエの手で施設が壊滅的な損害を被っていたのも一因だが)霧乃からの口添えもあり、現在は刃九朗と同じく《八葉》との協力体制を約束していた。
アルヴィン博士曰く――この『レイヴン・シール』は、特殊戦技者用試作軍刀というカテゴリの下、AIT本社からの依頼で製造したものである。
飛鳥も実際に使ってみて実感したことだ。この武器は、まず人間には扱えない。戦術起動外骨格用の武器としてならともかく、わざわざ人間が扱えるようにAIT側からダウンサイジングの要望までしてきたという超重量級の武器である。それが意味するところは――
「人工英霊に持たせることを前提とした兵器を、AITは欲していた。つまりAIT社そのものも人工英霊の存在を認知し、あるいは保有している可能性が出てきたか」
《パラダイム》がAIT内の一部組織なのか、それともいわゆる取引先なのか。『レイヴン・シール』が如何にして蛍の手元に渡ったのか、その経緯を調べることで明らかにしたかったのだ。
だが、試作品を本社に送ってからの流れはアルヴィンにも把握できなかったらしい。
『確かに僕はリヒャルト率いる《パラダイム》と個人的な関わりはあったよ? フランシスカの1体を彼らに提供したのも僕だし、こないだの一件で、用心棒として村雨嬢を雇ったのもそうだ。……だけど、それだけなのさ。僕と彼らは単なるビジネスパートナーでしかなかった、発明品や人材を取引していたに過ぎない』
申し訳なさそうにそんな事を言っていたそうだ。フランシスカという『人間』を取引材料としていたことに憤るべきなのだろうが、既に終わった話であり、何より彼女を殺した飛鳥がどうこう言える事柄ではなかった。
話を戻すが、即ちアルヴィン自身にも《パラダイム》とAITの繋がりは分からないという結論だった。
「そうか……もしAITと直接の関わりがあると分かれば、奴らの拠点を探すのも楽になるんだが。……そういえば、博士は取引していたと言っていたが、発明品や人材の替わりにいったい何をもらっていたんだ?」
まさか人工英霊という腕っぷしのたつ用心棒、それだけではあるまい。素朴な疑問だったのだが、これが思わぬ収穫へと結びつく。
「SPT――つまり、オーバーテクノロジーの『設計図』だ」
この答えは、飛鳥が薄々感じていた疑念を確信にするに足るものだった。
そうだ。ウルクダイトや人工英霊、その他2029年という時分にはあまりに不釣り合いな未来技術体系。それがいったいどこから――いや、誰からもたらされたのか。
「リヒャルト=ワーグナー。……すべてはあの男に辿り着くということか……!!」
だんだんとレイシアの扱いがテキトーになっていく……!!