―第68話 シークレット・シューティング ④―
書き辛いパートが終わって、ついでにスランプ脱出のため2話連続投稿!書くペースは昨日までの100倍近いんじゃないかしら……いや、大袈裟じゃなくて。
「――と、私から話せるのはこんなところかしら。どう、ご感想は?」
レイシアはまるで他人事のように、感情のこもらない淡々とした口調で過去を語り終えた。そんな彼女になんと声をかければよいのか、鈴風はすぐにレイシアの言葉に応じることができなかった。
今のレイシアには、中途半端な同情など無意味だろう。正直言って、眼前で肉親を殺された経験などない鈴風では、今の彼女に何を言っても響きはしまい。よって、鈴風はとりあえず思いついた疑問をぶつけることにした。
「その……レイシアは、クラウくんを追ってこの街まで来たんだよね? なんでクラウくんがここにいるって分かったの?」
「今のアイツは、《九耀の魔術師》殺しの犯人として、私も含め世界中の魔術師から命を狙われる存在よ。そうなると、隠れることができる場所なんて自然と限られてくる。世界中を探しても、この街以上に魔術師が潜伏するのにうってつけな場所なんてそうはないわ」
「白鳳市が……?」
「アンタ、本当に何にも知らないのね。……理由はいくつかあるけれど、最大の理由としては、ここがあの“白の魔女”クロエ様が滞在されている場所だからよ」
自分のよく知る人物の名前が出て、鈴風は思わずぎょっとした。クロエが魔術師で、その中でもとりわけ優秀であるのは今までの飛鳥達の会話で概ね理解はしていたが……レイシアが『様』付けするほどだったとは。
「《九耀の魔術師》の力は、私達一般の魔術師とは比べることすらおこがましいレベルの――中には、それこそ神格化までされているくらいよ。そんな方々に目をつけられるような真似をすれば……間違いなく命はないわ」
要するに、《九耀の魔術師》のお膝元で迂闊な真似はできないということだ。もし彼等の機嫌を損ねるようなことがあれば、それこそほんの気紛れで消されても文句は言えない。それは魔術師界における常識中の常識だ。
「残り8人の《九耀の魔術師》の中で、所在がはっきりしていて、かついざというときに助力を求められる人物。そうなると事実上クロエ様一択なのよ。“黒の魔女”の霧乃様という線も考えたけど……あの方は神出鬼没だから」
現在でこそ霧乃はこの街に腰を落ちつけているが、刃九朗の一件で来日するまでは、彼女はイギリスを中心として世界中を放浪する根無し草だったそうだ。
反面、クロエの所在ははっきりとしている。レイシアや魔術師連中がどこまで知っているのか、鈴風には分からないが……日野森飛鳥がいるこの白鳳市から、クロエが好き好んで離れることなど有り得ないのだ。
「そう確信してこの街に来たのが4月に入ってすぐのことよ。……と言っても先立つものも乏しかったからね。アンタも知っての通り、ストリートライブで日銭を稼いでたってわけ」
「そうだったんだ……」
ここで『歌姫』セイレーンの件に繋がった。
以前からもレイシアは歌の才能を周囲から評価されており、彼女自身歌が好きだったこともあって、ストリートライブは趣味と実益を兼ねていたのだろう。
「でもよかったの? 今じゃそのせいで、この街じゃ結構な有名人になっちゃったけど」
「むしろそれは望むところだったのよ。私がここにいることをクラウを認知させて、何かしらのアクションを起こすのを期待してたから。……まぁ音楽事務所のスカウトとか、歌の商品化のお誘いとか、断るの大変だったけど」
そう言いながらも、レイシアは満更でもない表情だった。先ほどまでの神妙な顔とは打って変わって、喜色を必死にこらえようとする意地っ張りな姿こそがレイシアの『素』なのだろうと、鈴風は漠然と考えていた。
「お誘いが来るなんて凄いなー! 歌の道を目指そうとは思わなかったの? レイシアの歌なら絶対大ヒット間違いなしなのに」
「……そ、そう? やっぱり? アンタもそう思う? 私も迷ったのよー、今時魔術師なんてホコリ被ったような業界(?)では私は輝けないって。でもね、私は《九耀の魔術師》の家系だから。そう、サラブレットだから! そう簡単に魔術の道を捨てるわけにもいかなくてね。アンタに分かるこのジレンマが! 魔術も歌も、私には切り離せるものなんかじゃなくて、でも両立なんてできなくて。ああでも、そうね、アンタがそこまで言ってくれるなら本格的に歌手目指してみようかしらー! ん? でも歌って踊れる魔術師ってのも新しくない? センセーショナルじゃない? こうなったらいっそ魔術師界のアイドル目指すのも悪くないかも「ああぁぁちょっとストップストップ!!」……あによ」
鈴風がレイシアの歌を少し褒めた瞬間、怒濤の勢いで放出された自画自賛のオンパレード。酔いしれるように自分の才能を賛辞するレイシアに、鈴風は慌てて無理矢理ストップをかけた。というか夜中にうるさいので近所迷惑である。
「……落ち着け」
鈴風はレイシアの顔面に詰め寄って、ドスをきかせた声で言い聞かせた。楯無鈴風、普段はボケ役なのだが、今回ばかりは全力でツッコミ役に回らなければならなかった。
しかし、さっきまでとキャラ変わりすぎだこの女。緊迫した雰囲気を少しでも解そうと投げ掛けた歌の話が、ここまでレイシアをヒートアップさせるとは。
ともかく分かったこととして―――レイシアは褒められると調子に乗る、というか面倒臭い。今後彼女と話す時は、迂闊に彼女を調子付かせないようにしようと心に誓う鈴風だった。
わざとらしく咳払いをして、グダグダになったこの空気を元に戻そうとする。
「ともかく、歌ってお金稼ぎながら、クラウくんのことを探してたと。この認識でオーケー?」
「むぅ……そうよ、その通り。まぁそれなりに人の目には露出したけれど、残念ながらクラウからの反応はなかったけどね。今日アイツを見つけられたのは完全に偶然だったのよ」
偶然。果たしてそう言い切っていいのだろうか。
レイシアの証言からすると、2ヶ月近くクラウを探し回って何の手掛かりもなかったというのに、今日になっていきなりバッタリ鉢合わせしたと。これは随分と、タイミングが良すぎるのではないか?
引っ掛かる部分はあるが、鈴風はこういった頭脳労働にはとことんまでに向いていない。この辺は後で飛鳥に報告して丸投げすることにした。
ともあれ、これでレイシアの動機や今に至るまでの行動を粗方説明してもらったことになる。
壁の時計を見ると深夜の1時。かれこれ1時間以上話し込んでいたようだ。疲労も溜まって、流石に鈴風も睡魔に抗えなくなってきた。だが、その前にひとつだけ。どうしても確認しておきたいことがある。
「……ねぇレイシア。あなたは結局、クラウくんをどうしたいの?」
「それは……!!」
復讐なんて何も産まない。そんなことで母親は喜ばない。そんな白々しい台詞を吐くつもりはまったくない。その言葉をぶつけていいのは――矛盾しているだろうが――今は亡きレイシアの母親だけだろう。
それに、だ。レイシアは今まで、『クラウを殺す』とは一言も言っていない。『裁く』とか『復讐する』と言って、具体的にどうするのかをはぐらかしている。
出会って数時間の自分がここまで踏み込むのはお門違いかもしれないが、伊達に命のやりとりをしたわけではないのだ。鈴風はあえて踏み込むことにした。
「殺すの?」
「…………分かんないわよ」
レイシアは俯いたまま、やっとの声でそれだけを絞り出した。
対する鈴風はなんだか安心していた。
少しばかり毛色は違うが、レイシアとクラウの関係は、鈴風と飛鳥の関係に近いものだ。単なる幼馴染という枠だけではない――これは、女の勘に過ぎないが。
だからこそ、容易に『許さない』とか『殺す』といった結論に至ってほしくはなかったのだ。
「レイシアだって分かってるよね? クラウくんがテレジアさんを手にかけたのには、何か理由があるんだって」
「理由があればいいってわけじゃないわよ……そもそも、お母様が死んでもいい理由だなんて、あったとしても絶対に認めない」
悩んでいない筈がないのだ。
クラウを信じたいという気持ち。けれど、それを認めるということは、母親の不当な死を『仕方がないことだった』と肯定することに他ならなくて。だから彼女は、憎しみですべてを覆い隠そうとしている。仮にクラウがこの場で、テレジアを殺した事情を打ち明けたとしても、レイシアは決して彼を許せはしないだろう。
考え込む鈴風に向かって、今度はレイシアが疑問をぶつけてくる。
「質問を返すようだけど、アンタ達こそ、私をこれからどうするつもり? この場で始末する?」
「あたしひとりでは決められないよ。ただ……」
「ただ?」
そう、分からないことだらけで。頭の悪い鈴風が中途半端に無い知恵働かせたところでどうなるものでもない。それでも、
「もし、この家の人間があなたに危害を加えるようなら……あたしがあなたを護ってみせる」
「な……!?」
自分の意思だけは、しっかりと言葉にしておきたかった。驚愕で目を見開くレイシアに、鈴風はトドメの一言をぶん投げてやった。
「うん、今決めた。色々難しいこともあるけれど、困っている人を見捨てるようじゃあ……女が廃るってもんよ」
「……すごいですね、鈴風先輩は」
「考えなしの向こう見ずとも言うけどな。……だがまぁ、あいつらしいよ」
あの2人は内緒話をしているという自覚がまるでなかったようだ。同じ頃、裏庭で話していた飛鳥とクラウの耳には彼女達の会話の内容がはっきりと聞き取れていた。
「羨ましいです。僕も鈴風先輩みたいに迷うことなく決断できるだけの精神の強さがあれば……もしかすると、あんなことにはならなかったかもしれないのに」
「結果論だよ、それは。……それに俺は、君の判断が間違っていたとは思えないしな」
数時間前、飛鳥はクラウから一通りの事情を聞き出していた。
テレジアの死、“聖剣砕き”、レイシアとの関係。……そして、クラウがテレジアを殺害した理由。クラウは誰かに濡れ衣を着せられただけで、実は“腐食后”殺しの犯人は別にいる――などという拍子抜けな真相はこの時点で既に消えていた。
そこまですべて聞いた上で――飛鳥はクラウの行動を肯定していた。
「君のやり方が絶対的に正しかった、とまでは言わないが……『それ』が出来うる限りの最善だったんだろうとは思うぞ」
「そう言って頂けると、助かります」
クラウは苦笑いしながら、深い闇色の空を見上げる。飛鳥もそれにつられて、雨があがったばかりの曇天を見やった。
月も星も見えそうにない。分厚い雲に覆い隠された、息苦しささえ感じられる曇り空だった。
天気予報によると、ここ1週間ほどはまともに青空を拝めそうにないようだ。これが意味するところは、つまり――
(クロエさんと霧乃さんが戻るまでの間、俺の能力は封じられたも同然か)
飛鳥にとっては足枷だらけの1週間になる。とことんまでの逆境に、飛鳥の心中は、この曇り空のように先行きの見えない不安に包まれていた。
ともあれ、これからの事を考えるべきか。
クラウの証言を元にすれば、この数日中には白鳳市に、《パラダイム》とは別の、最悪の『災害』が来襲する。それまでに出来うる限りの対策を練っておきたい。
(今の《八葉》の戦力でどこまでやれるか……こんな時に和兄がいてくれれば)
高嶺和真。
飛鳥の義兄にして、《八葉》最強の男。飛鳥が世界で最も信頼している彼ならば、この程度の事態など鼻歌混じりで吹き飛ばすのだろう。
だが、和真ばかりアテにしているわけにもいかない。それに、《八葉》第二枝団『雷火』の隊長を――暫定的にとは言え――任された身としては、こんな時こそ自分がしっかりとしなければ。
そんな飛鳥の逡巡を見て、クラウが申し訳なさそうに声をかける。
「本当に申し訳ありません。僕の所為で、飛鳥先輩達を危険な目に合わせてしまって……」
「ああ、いや。別にそこに関して思うところはないよ。この街じゃなくて、じゃあ別の場所だったらよかったのかって話になるしな。……それに、遅かれ早かれぶつかることになるだろう相手だ」
「……ありがとうございます」
飛鳥のフォローも、クラウの憂鬱めいた表情を崩すには足りないようだ。
当然か。クラウは大事な『家族』の、一人の命を奪い、一人の怨嗟をすべてぶつけられて、その上で、自分の信じる道を貫かんとしている。
――けれどその先に、幸福な結末などありはしない。
それを理解した上で。それでも歩み続けることを止められないのだ、クラウ=マーベリックという少年は。
「俺も弱音なんて吐いてる場合じゃないな……」
クラウが聞きとれないほどの小さな声でつぶやく。
そうだ。既に関わってしまった以上、日野森飛鳥は最良の結末を迎えるために、一切の妥協を許さない。
(クラウとレイシアさんの関係も、やがて来る『奴』との戦いも。……俺は絶対に諦めてはならないんだ)