―第66話 シークレット・シューティング ②―
「さて、それじゃあそろそろ本題に入ろうか」
知ってることを全部話すとレイシアから言質もとったところで、いざ情報を纏めようかとした飛鳥だったが、
「ぐぇっぷ。あー食った食ったー」
「レイシアさん、口の周りベッタベタなのですよ。このおしぼりを使うといいのです」
「あ、サンキュー。ふきふき……ねぇ、なんか他に食べるものないのー?」
「いや、聞けよ。そして捕虜の分際で遠慮がなさすぎるぞ」
縄をほどいた瞬間怒濤の勢いでカレーを貪り食い、しばらくして落ち着いたかと思ったら胡座をかいて爪楊枝を咥えて寛ぎ始めた彼女を見て、飛鳥は思わずツッコミを入れた。と言っても飛鳥もさっきまでレイシアで遊んでいた手前、それほど強くは言えなかったのだが。
「ともかく、ちゃんと話してくれるんだろうな? やっぱり認めない話してやらないだなんてまだぬかすようなら――」
「分かってるわよ、私もそこまで恥知らずじゃない。一度吐いた言葉を覆すつもりなんてないから……どっかの誰かさんとは違って、ね」
「…………」
レイシアは怒り、というよりは侮蔑の感情をこめてクラウの方を小さく睨みながら答えた。クラウはそんな彼女の、挑発ともとれる台詞に、ただ口を噤んで俯くだけだった。まずはっきりさせるべきは、この2人の関係性か。
「ならまずは、君が何者で、どうしてこの街に来たのかをはっきりさせてほしい。現状俺達は、君を敵と呼ぶべきなのかどうかすら判断できない状態なんだ」
彼女がクラウを目の敵にして、そして実際に命を狙ってきたとは言え……ただそれだけの結果でレイシアを悪と断じるのは軽挙だろう。それに、今の所口外するつもりはないが、飛鳥はまだクラウのことを味方だとは考えていないのだ。
レイシアは部屋に集まった面々の顔をぐるりと見回した後、軽く咳払いをして言葉を紡ぎ始めた。
「そうね……じゃあ改めて。私はレイシア=ウィンスレット。と、言ってもアンタやそこの突風女は、私の事知ってるような口振りだったわね?」
「うん。だって繁華街なんかでよく路上ライブやってるの、見たことあったから。顔と名前だけなら今じゃ結構有名なんだよ、あなた?」
(へぇ……思ったよりも効果があったってことか)
「レイシアさん?」
急に黙り込んだレイシアを鈴風は訝しんだが、
「いえ、なんでもないわ。意外と注目されてたんだと思って驚いただけ。まぁその話は今は関係ないから……それで?私がこの街に来た理由だったわね?」
特に動揺するでもなく、はぐらかされてしまった。関係ないと言われた以上、飛鳥も鈴風もここではあまり追及することもなくレイシアの次の言葉を待った。
彼女はクラウを『裏切り者』と行った。クラウもレイシアを『レッシィ』と愛称で呼んでいたことから、そう浅い関係であるわけがない。
「……それは私が言わなくても、そこの男が一番よく分かってそうなものだけどね?」
そう言ってレイシアは、再び強い視線をクラウに向けた。一同もそれを追って彼に目線を集中させたのだが、
「いえ……僕からお話できるようなことは、ありません」
「クーちゃん……」
そう言ったきり、何も話そうとはしなかった。真散が気遣うような視線を向け、それを見たレイシアは大仰な溜め息をついた。そして今回の事件の発端――すべての始まりとなった出来事を告げた。
「今更隠し立てしても無駄だとは思うけど?……まあいいわ。その男――クラウ=マーベリックは『魔女殺し』の罪で指名手配されてる犯罪者なのよ。《九耀の魔術師》のひとり、“腐食后”テレジア=ウィンスレットを殺害した、大罪人よ」
「「……!!」」
その事実に驚愕を見せたのは飛鳥と綾瀬の2人だけだった。鈴風、リーシェ、フェブリルは何のことなのかよく分かっていないだけだったが、ちらりと様子を見た真散の表情に動揺が見られなかったことを考えると、既に彼女も知っていたと考えるのが妥当だろう。
腐食后”テレジア=ウィンスレット。
飛鳥にとっては面識こそないものの、クロエから何度か彼女の話を聞いていた。危険人物揃いの《九耀の魔術師》の中では最も良識的で、クロエは母親のように慕っていた人物だったという。
そして無論のこと、強い。クロエも、また霧乃ですら彼女には勝てたことはなかったそうだ。飛鳥とはもはや比べることすら馬鹿馬鹿しくなる領域に立つ魔女であることは容易に想像できた。
よって、まず飛鳥が疑問視したのは、
「そんなもの……いったいどうやって?」
殺害の『理由』ではなく、『手段』だった。《九耀の魔術師》を手にかけられるほどの実力者が、今まさに至近距離にいるのだと考えたら、とにかくクラウ=マーベリックの『危険性』を一刻も早く見極めたかったのだ。そんな飛鳥の心中を鈴風あたりが知っていたら「それはあまりに冷たいんじゃないかな」とか「クラウくんの事、もっと信用してあげようよ」など言われただろうが、現実の彼女はそこまで察しが良くはないだろう。
しかし、飛鳥は常に最悪の事態を想定しなければならない。この場でクラウとレイシアによる戦闘が生じる可能性もあるのだ。そうなると、真っ先に危険が及ぶのは戦闘能力のない姉なのだから、警戒しないわけにもいかない。
「……“聖剣砕き”」
そんな飛鳥の懸念をよそに、ただ一言、レイシアはポツリと呟いた。そして一転、憎悪を剥き出しにして感情のままに叫ぶ。
「そいつの魔術師としての名よ。その男はね、『あらゆる悪意のある攻撃をすべて破壊する』という能力を持つ、魔術師の天敵とも呼ばれる存在なの。……そうやってこいつはテレジア様を――いえ、お母様の心臓を抉り出して、殺しやがったのよ!!」
母親の仇なのだと、ありったけの恨みと憎しみを一身に受けながらも、クラウを双眸を閉じたまま言い返そうとする気配も見せない。それがすべて真実で、言い逃れするつもりもないののだと態度で示すように。
「……なによその態度は。言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!!」
「ないよ。君が言ったことはすべて真実だ。僕がテレジア様を殺した、それ以外の事実なんてどこにもありはしないんだから」
「くっ……アンタは、昔っからそうやってだんまりで、はぐらかしてぇっ!!」
激昂し、今にもクラウに殴り掛からんとするレイシアを隣にいた鈴風とリーシェが必死になって押さえつける。
「ちょっ!? 落ち着いてってば、こんなところで暴れられたらゴフゥッ!?」
「この……大人しく、しないか!!」
暴れるレイシアの肘が顔面にクリーンヒットし、鈴風は床を転がりながら悶絶。その隙をついてリーシェが背後から圧し掛かってようやく動きを止めることに成功した。
……どうやらクラウとレイシアを同じ場所に置いておけるのはこの辺りが限界のようだ。このままではまともに話も出来そうにない――再びレイシアを拘束し直した飛鳥は、この場はひとまず解散するようにと全員に呼びかけるしかなかった。
「……で、なんでアンタがここにいるワケ?」
再び巨大蓑虫と化して空き部屋に転がされたレイシアは、すぐ傍に座り込んでいた少女――楯無鈴風に問い掛けた。
「そこはそれ、やっぱり見張りの人が必要かなーと思って。それに……」
鈴風はそこで一旦言葉を切る。
時間は既に日を跨ごうかという時間だ。クラウと真散は今晩この家に泊まっていくことになったらしく、今は別室で飛鳥達とこみいった話をしているようだ。
レイシアの見張り番には鈴風が自ら立候補した。理由はもちろん言葉の通り、レイシアがまた暴れだしたりしないよう監視するためだったが――鈴風個人として、彼女がどうにも気にかかった、という部分もあった。
「よかったら、レイシアさんと色々と話をしてみたいなって……そう思ったから」
「……呼び捨てでいいわよ、別に。そのかわり、私もアンタのこと……ええと」
「鈴風だよ、楯無鈴風。改めてよろしくね、レイシア」
思っていたよりも、レイシアは鈴風に対して歩み寄る姿勢を見せてくれていた。
先の衝突で感じていたことだが、自分とレイシアは相当に性格が近い。一本気で曲がった事を嫌い、何事も正面からぶつからなければ気が済まないという損な性分だ。また――まるで往年の少年漫画みたいな考え方だが――一度徹底的にぶつかり合ったことで、妙に通じ合えそうな気がしたのである。
さて、どう話を切り出そうかと鈴風が思案していると、
「そういえば、ひとつ気になったんだけど」
「気になったって……何が?」
レイシアの方からビチビチと身をよじって、顔を鈴風の正面に向けて喋りかけてくる。その大真面目な顔と、生きの良い魚みたいなユーモラスな動きのギャップに、鈴風は一瞬吹き出しそうになったがギリギリのところで耐えた。
「アンタと戦った時、私がいったいどうやって倒されたのかまるで見当がつかないのよ。最後の交錯の時、はっきり言って私は勝てると確信していた。……けど実際は、私の『蛇』がアンタに食らいつく直前に、私の身体は車にでもぶつかったみたいに吹き飛ばされていた。あれは何だったの?」
「ああ、あれね。あれは一言で言えば『空気砲』かな」
タネそのものは実に単純なもので、鈴風が顕現させた機械槍に新たに搭載した飛び道具である。槍先端から、バズーカ砲のように圧縮した大気を撃ち出すというだけの、分かってしまえば大したものではないのだが……
「……意外ね。人工英霊の能力って割には随分とお優しいものじゃない」
レイシアの言わんとすることも理解できた。
今回こそ、鈴風の風撃砲はレイシアの意識を刈り取ることに成功しているが――はっきり言って殺傷力など0に等しく、決め手にするにはあまりに危なっかしいものであった。もしあの一撃で仕留めきれなかったとしたら、間違いなく鈴風は背中から水の蛇に喰い千切られており、今頃お互いの立ち位置はまったく逆になっていたことだろう。
精神力次第で如何様にも姿と性能を変える人工英霊の武装において、どうしてそんな役に立たない能力を組み込んだのか。
「レイシアが人工英霊にどんなイメージ持ってるのか知らないけど……アタシは少なくとも、人殺しをしたくて戦ってるんじゃないよ」
どこか自嘲するように鈴風は答える。「どの口でそんな事が言えるのか」という、心の中から聞こえてきたもう一人の自分の囁きを意識から振り払いながら。
先日の一件で蛍とクロエに突き付けられた事実――かつて《ライン・ファルシア》でフランシスカと戦った際、鈴風は彼女の命を奪うことになんら躊躇いを覚えることがなかった。『正義』の下に『悪』を討つのは至極当然であり、そこにまるで疑問を持つことすらなかったのだ。
「できることなら戦いたくなんてない。でも、戦わなきゃいけない時に何もしないなんて、アタシにはできないから――」
「とんだ甘ちゃんね。……私はあの時、アンタを殺すつもりで戦ってたわよ。そうしないと死ぬのは自分だから。それが当たり前の世界で生きてきたからね」
「殺したり、殺されたりが当たり前の世界……」
「アンタがどんな理由で人工英霊になって、武器を持っているのかなんて興味はないけど……そんな考え方がいつまでも通用するとは思わないことね。刃を向けながら『戦いなんて止めてください』だなんて、誰の耳にも届きっこないわ」
結局アンタの言い分は理想論にすぎないのよ、とレイシアは辛辣な言葉を浴びせかける。それはまったくもって正論で、鈴風も反論はできなかった。
それに、だ。レイシアの厳しい態度の裏には、軽蔑や呆れといったものも確かにあったのだろうが……ほんの少しだけ、自分を心配してくれているような感情が見え隠れしていたのだ。そんな彼女の『助言』を蔑ろにしたくはなかったのだ。
……いけない。自分はレイシアから話を聞きたかったのに、これでは立場が逆だ。この話題を半ば強引にぶった切って、鈴風はレイシアに『本題』を切り出した。
「アタシのことは今はいいよ。……それより、聞かせてほしいな。あなたとクラウくんのこととか……その、お母さんのこととか」
「……ふん、まぁいいわ。少しばかり長くなるけど、途中で寝るんじゃないわよ」
冗談めいた声で鈴風に釘を刺し、レイシアはゆっくりと語りだした。
惨劇の記憶、すべての始まり。それは、綺麗な月が出ていたあの夜のこと――