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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE3 ソードブレイカーズ・SS
70/170

―第63話 ス二ーク・アンド・ソードダンサー ③―

戦闘パートが長い長い……とはいえ、次の話で一段落です。

 

 ――槍は刀に勝ち、弓は槍に勝ち、銃は弓に勝つ。


 戦争の歴史が証明し続けてきた絶対解のひとつである。これは多数対多数でも一対一の戦いであっても、概ね覆されることのない事実と言える。

 この定義が成立する理由として、人間は脆い(、、、、、)という回避不可能な現実が存在するからだ。

 どれほど肉体を鍛えぬいたとしても、刀で斬られれば死ぬし、槍で貫かれれば死ぬし、矢で射抜かれれば死ぬし、銃弾に当たれば死ぬ。当たりさえすれば、大抵の手段で人間というものは殺害できるのだから、武器の優劣とは自然と『手軽さ』と『安全さ』で評価されることとなる。

 特殊な訓練を要さず、かつ相手の間合いの外から一方的に攻撃できることこそが優れた武器であり――要するに、百戦錬磨の剣豪であっても、拳銃を持った子供に簡単にやられてしまうということだ。

 しかし、現代における――少なくともこの物語の渦中においてはその定義は成り立たない。

 銃弾を容易に躱し、斬られても撃たれても簡単には戦闘不能になることなどない『超人』達の戦場において、既存の常識など適用される筈もない。





「くたばれやあアぁァァあッ!!」


 空の乱れ舞う投刃と銃弾の嵐。リーシェを包囲した都合五人の鴉は、何処からともなく(、、、、、、、、)取り出した苦無やアサルトライフルを手に、ありったけの飛び道具による対空砲火を浴びせかけていた。

 小細工なしの正面から立ち向かう騎士の性質故か、リーシェにとって、鴉のような地形や火器を駆使して搦め手で攻めるタイプとは極めて相性が悪いと言える。加えて所持する武器の『間合い』の決定的な格差もそれを加速させている。

 動きを止めれば即蜂の巣と化す状況下での死の舞踏。負傷覚悟で相手に向かって一直線に突っ込もうにも、無数の弾幕によって辿りつく前に撃墜されるのは目に見えている。


「ちっ!!」


 故に、現在のリーシェに許されているのはひたすらに回避行動あるのみ。背後からの投刃を直感で躱し、前後左右から猛襲するライフル弾を独楽のように回転しつつ放った『シュヴェルトライテ』の剣風により残らず薙ぎ払う。

 そうやって数秒の空隙を作りつつ、リーシェは焦る気持ちを押し殺して、鴉の不可解な能力のカラクリを見極めるために彼の挙動を注視していた。


(こんな時にこそ、冷静に、冷静に。……どんな能力にも必ず『穴』はある。敵を識るまではじっと耐え、勝機を見出せば躊躇わず踏み込む。その言葉信じるぞ、アスカ」


 飛鳥から聞いた教訓を反芻(はんすう)しながら、リーシェは防戦一方の中、微かに見える勝利への糸口をゆっくりと、しかし確実に手繰り寄せようとしていた。





「ぴよ、ぴよ、ぴよ……」


「む、無念だ……」


 数日前、《八葉》内の戦闘訓練室でのことである。

 特殊合金の隔壁によって四方を囲まれた空間には、無数の打撃と斬撃痕が刻み込まれ、まるで竜巻が過ぎ去った後のような惨状であった。そんな中、鈴風は脳天に大きなたんこぶを作って頭上でひよこが回っており、リーシェは仰向けに倒れ伏したまま呆然と天井を見上げていた。


「はぁ……鈴風、リーシェ、お前ら揃いも揃って戦い方が猪になってるぞ」


 そんな中、2人がかりで突撃してきた特攻万歳コンビをかるくいなした飛鳥は、2人のあまりに単純な戦いぶりに思わず手で顔を覆っていた。

 自分に稽古をつけてほしい――そう飛鳥に言いだしたのは、敵対宣言をされた蛍との邂逅の後、何やら思いつめた様子の鈴風だった。彼女は人工英霊になってから日が浅く、まともに自分の能力を把握しきれていない状態でもあったので、地盤固めの意味も兼ねて飛鳥はその申し出に応じた。

 こちらの世界に来てから、まともに戦いという戦いに参加していなかったリーシェも、勘を錆付かせないためにその訓練に便乗した形である。


「それじゃ能力全開で構わないから、2人まとめてかかってこい」


 そして、人工英霊が派手に暴れてもそうそう壊れる事はない――安心なのか不安なのか判断に困る評価を持つ訓練室で、飛鳥は開口一番挑発としか思えない発言をしてきた。

 あたし達をなめてもらっちゃあ困るね、だとか。2対1だと! あまり調子にのってくれるなよ、だとか。2人は概ねそんな意味合いの文句を叫びながら、怒り心頭で飛鳥を成敗しにかかったのだが……瞬殺された。

 目にも止まらぬスピードで速攻をしかけた鈴風の突進を、飛鳥は闘牛士(マタドール)よろしく紙一重でひらりと躱し――ブレーキの事を考えていなかった鈴風はその勢いのまま堅い壁に頭から激突してバタンキュー。

 上空から剣撃を放ったリーシェは、剣を振って伸びきった腕を難なく掴まれ、そのままくるりと一回転。投げられた、と脳が理解に追い付いた時には既に飛鳥の足下に倒れこんでいる状態となっており――完全に『詰み』であった。

 リーシェの戦闘時間、僅か10秒(鈴風に関しては開始2秒。しかも自爆)。飛鳥に能力はおろか、武器すら使わせないままコテンパンにされてしまったのだ。


「さて、どうしてこうも簡単に自分達が負けたのか。まずはその理由をしっかりと考えろ。それがちゃんと理解出来ない限りは、何百回やっても結果は変わらんぞ」


 正解が出ない限りは今日の夕飯抜き、と最後にボソッと付け加えた飛鳥の一言が、2人の乙女を必死の決意で思考の海へと駆り立てた。何故か飛鳥はちょっぴり泣きたくなった。

 ――回答1。単純に飛鳥の方が身体能力が上だからでは? という意見はすぐさま一蹴された。

 《八葉》での検査の結果、実は飛鳥よりも鈴風とリーシェの方が全体的な身体能力は上であるという結果が出ていた。腕力、瞬発力、耐久力、反射神経、およそ数値化できる性能は軒並み、である。


「俺は人工英霊としては出来損ない(、、、、、)と言われるようなレベルなんだよ。だから真正面からの力比べだったら、俺は間違いなく他の人工英霊全員に負ける(、、、、、、)


「……ごめん」


「すまんアスカ、私の思慮が足りなかった」


 苦笑いしつつ答える飛鳥に、2人は思わずしゅんと項垂れてしまった。

 直接飛鳥と剣を交えたリーシェだからこそ分かる。思い返せば、今までの飛鳥の戦いにおいて一度たりとも力押し(、、、)で勝利を収めたものなど存在しなかった。地の利や小手先の技術など、まさしく人間らしい(、、、、、)戦術を用いて、これまで幾多の難敵を制してきたのだ。

 そんな彼の戦いを見ていて、何が『力が強いから』だ。この回答は、弛まぬ努力と研鑽を続ける飛鳥への侮辱になってしまう。

 

「……2人とも。夕飯抜きって言われてそこまで落ち込まんでも」


「「そっちじゃないよ(ぞ)!?」」


 そんなリーシェ達の心中とは裏腹に、飛鳥は食い意地張ってんなーと呟きつつ呆れた顔を見せていた。リーシェ達が必要以上に落ち込まないように、飛鳥はあえてとぼけたのだろう。

 気を取り直してシンキングタイム再開。先の模擬戦の様子を思い出していると、リーシェの頭には自然と新しい答えが浮かんでいた。

 ――回答2。


「アスカ、お前は我々の動きをいとも簡単に見切った上で動いていたな。……要するにそういう(、、、、)技術を磨いていたからか」


 鈴風の突進を紙一重で見切った反射能力然り、リーシェの剣撃を軽くいなしてぶん投げた(やわら)の技然り。剣を使わずともあれほどまでに自分達を圧倒できるものなのかと、リーシェは飛鳥の技の冴えに驚嘆していた。


「半分正解ってとこかな。確かに技術面の差があったから、俺は簡単に2人の隙をつけたわけだが……だからと言って、あんな事を初見の相手にまで(、、、、、、、、)できるわけじゃないぞ?」


「あ……そうか」


「どゆこと?」


 鈴風が可愛らしく首を傾げて問い掛ける。対するリーシェは何かに気付いたようで、しきりにうんうんと頷いていた。


「リーシェには分かったみたいだな。答えは案外簡単なもので、それは俺が2人の戦い方を既に見て知っていた(、、、、、、、、、)から。どんな能力を持っていて、どんな武器を使って、どんな攻め方をしてくるのか、おおよそ予測がついていたから。だから俺は迷わず対応することができたし、はっきり言って勝てると確信していた。『敵を知り、己を知れば百戦(あや)うからず』ってことだ」


 大切なのは『知る』ことなんだと、飛鳥は2人に言い聞かせた。

 長所というものは、時に弱点に化けることもある。

 例えば鈴風の場合、高い瞬発力を生かした電撃戦でこそ真価を発揮するが……予めそれを知っていた飛鳥は、そのブレーキできないほどの爆発的な加速を逆手にとって、壁にぶつかるように仕向けたわけだ。

 リーシェ相手でも同じこと。いくら空中機動が脅威とは言え、彼女は飛び道具を持っておらず、かつ正面からの鍔迫り合いを好む傾向にある。そのため飛鳥は正面と真上からの攻撃にのみ集中すればよかったので、簡単にリーシェの剣撃を捉える事が出来た、という次第である。

 どれほど強大な敵が相手だとしても、完全無欠な存在などいやしない。相手の武装や能力だけではなく、思考パターンや周辺の環境すらも読み取った上で自分がとるべき最善手を見出すのが肝要なのだ。


「どんな状況に陥っても、勝つための努力を怠ってはならない。勝利を見出すために、考える努力を止めてはならない。それが俺の学んでいる断花流の基本的な考え方だ。……と言っても、そりゃあ誰にだって勝てるわけじゃないから、時には逃げの一手が最適な場合だってあるけどな」


「ほえー」


 そんな飛鳥の説明を聞いていた鈴風は呆けた表情のまま固まってしまっていた。理屈よりも感覚で動くタイプの彼女にとっては、こういった考え方はあまり性には合わないのだろう。予想通りとも言える鈴風の反応に、飛鳥は苦笑する他なかった。


「勝つための努力、か」


 しかし、リーシェにはどこか感じ入る部分があったようだ。噛み締めるように呟く彼女を、飛鳥は感心と驚きの視線で見つめていた。

 戦いとは即ち、力の優劣によって定められるものであり、敗北とは即ち自分自身の力不足が招いた結果にすぎない。これまでそんなシンプルな戦術観しか持たなかったリーシェにとって、飛鳥からの薫陶はひとつの大きな転機になったと言える。

 その後、じゃあ今度は俺の動きを読み取ってみせろということで、乱取り連続100本という地獄の耐久レースが繰り広げられた。鈴風はそのたびドッカンバッカンと壁に無数の人型を作り出し、リーシェは何度もグルグルと回転しながら、地面に無数のキスの嵐を浴びせかけることになったのだが……その詳細は、2人の乙女の名誉のために割愛する。






 しかし、その成果は確実にリーシェの中で開花されようとしていた。


(時間が経つにつれ、奴の動きが目に見えて鈍ってきたな。成程、分身の維持にはそれなりの力を使っているということか)


 猪ばりの特攻戦術ではなく、あえて回避と防御に専念したことにより、リーシェには鴉の戦闘形態がおぼろげながら見えてきた。

 まず、おそらく鴉は弱い。正面からの斬り合いになればまず勝てると、リーシェが確信できるほどだ。長期戦になれば不利になるのは鴉のはずなのに、未だに牽制レベルの射撃しか行ってこないことから、思いきった攻めを苦手とする――要するに、安全圏での一方的な戦いしか出来ないような類なのだろう。


(とはいえ、このままでは埒があかないな)


 しかし、敵の投刃と銃弾の雨霰をいつまでも凌ぎ切れるかと言うと、それもまた時間の問題だろう。

 分析を再開する。リーシェを包囲する5人の鴉、しかし有効打を与えられるのはこの中の1人――本物がどれなのか見極めないことには、勝負を仕掛けるのは無謀だろう。不用意な突撃により全身が蜂の巣になる未来を想像してしまい、慌てて頭を振って不吉な幻想を振り払う。

 考える、考える――接近戦を避け、自分の負傷を最小限に留めようとする鴉の思考から判断。もし自分が鴉なら、分身をどう使い、本体はどこに置くだろうか。


「ちぃっ……!しっつけェ蝿だなオイ!!」


 おそらく無意識に出たのであろう、苛立ちを隠さない鴉の叫び。本来ならそのまま聞き流すところだが……今回ばかりはこれこそが決定打になる一手だった。


「っ!そこかぁ!!」


 乾坤一擲、リーシェは上空からの急降下で1体の鴉に向け正面から突撃する――それは先程の声がした方とは真逆の方向にいた(、、、、、、、、)個体へだった。


「な…にぃっ!?」


 何故本体の位置がばれたのか、その疑問と驚愕を顔に貼り付けたまま鴉は両手のアサルトライフルで空からの刺客を迎撃する。

 ――忍者とは、即ち『騙し』の達人だ。

 気配を遮断する技術然り、分身で見分けをつかせなくする技術然り。そして、声で相手を騙す(、、、、、、、)技術もあって当然と考えた。

 あえて偽者から声を出させ、そちらに斬りかかった瞬間に背後からバッサリ――成程、卑劣漢らしい発想だと……リーシェはそこまで鴉という少年の性質を読みきっていた。

 頬を、腕を、脚を、銃弾の雨がかすめていく。だがリーシェの勢いを削ぐには温い飛沫(しぶき)だ。


「チクショウがぁぁぁぁァッ!!」


「覚悟!!」


 落下速度と両翼の推進を束ねて放った最大最速の唐竹割り。回避など許さない、唖然とした表情で凍りついた鴉の右肩から腰に至るまで真っ直ぐに――肉を斬り、骨を断つ確かな感触が…………ない!?


「……ナァんて、な」


 ――そう、そこまでは(、、、、、)読みきれたのだ。

 眼前の鴉の顔が狂笑で歪み、そして黒い霧となって消えていく。


「く、あ……っ」


 脇腹から灼熱のような痛みが迸る。苦悶の声を押し殺しながら目をやると、闇より濃い黒の苦無が深々と突き刺さっていた。


「リーシェ!?」


「リーシェ先輩!!」


 離れた位置から戦いをリーシェの奮戦を見守っていた鈴風とクラウから悲痛な叫びがあがる。ボロボロの身体を奮い立たせ、何とか駆け付けようとする鈴風に、


「来るな!!」


 リーシェは一喝してその歩みを押し留めた。まだ終わっていない、まだ諦めるには早過ぎると、歯を食い縛りながら短刀を一気に引き抜く。

 

「残念ざんねェん、惜しかったなァ。さっきのオレの声が騙し(ブラフ)ってことに気付いたところまでは正解だったぜェ? 羽の付いた虫けら風情にしちゃァ、中々に(さか)しかったと褒めてやってもいい」


 風に乗って鼓膜に響く鴉の声、それは周囲に存在していた5体のどれでもない(、、、、、、)場所から発信されていた。


「最初から……お前はまともに戦うつもりなどなかったというわけか……!!」


 道路脇の林の中から姿を現した本物の鴉(、、、、)に向かって、リーシェは忌々しげに口を開く。

 なんということはない、単純なカラクリだ。そもそもリーシェを包囲していた5人の鴉が、全員分身である(、、、、、、、)という可能性を失念していたに過ぎない。本体は木々の影に隠れて高みの見物と洒落こんでいたのだ。

 鴉はリーシェと同じ土俵に立ってすらいなかった。言ってしまえば、客席から一方的に石を投げてつけていたのと同義である。尋常なる勝負を望んでいたリーシェにとって、これ以上の侮辱はあるまい。


「でも、どうやって……」


 遠巻きに見守ることしか出来なかったクラウが当然の疑問を口にする。

 最初にリーシェと戦っていた鴉は間違いなく本物だった。それが分身を作り出した後、どうやって彼女の視界に入らない場所に隠れることが出来たのだろうか。

 リーシェの目も節穴ではない。ましてや、この場にはリーシェ以外にも鈴風とクラウの目もあったのだ。都合3人分の視線を騙し抜いた能力とはいったいなんだったのか。


「……隠蔽迷彩(ステルス)の能力か。分身達の攻撃で目くらましをしている間に、自分の姿を見えなくしたのか」


「お、鋭いねェ。……どうして分かった?」


「貴様は何もない場所からその火矢を取り出していたように見えたが、それは単に見えなかった(、、、、、、)だけだ。能力で創り出したものではなく、最初からそこにあった(、、、、、、)というなら、すべて説明がつく」


 精神感応性物質形成能力で具現化できない筈のアサルトライフルを無から創り出した……ように見えた(、、、、、、)のはそういう事だ。

 鴉はよくできましたと嘲笑しながら称賛の拍手をリーシェに見舞った。

 鴉の能力は、総合的に言えば『相手の五感を誤認識させる』という一風変わったものだ。

 敵の視覚に干渉して自分の姿を見えなくしたり、誰もいない方角から声が聞こえるように聴覚を操作したりと、能力そのものに殺傷性はない。しかし使い方次第では、相手に一切手出しされることなく一方的に嬲り殺しにできるような凶悪な能力である。

 勝者の余裕といったゆったりとした足取りで近付いてくる鴉に対し、リーシェは脇腹を押さえたまま動こうとはしなかった。





「おうおうやるじゃねェか。さっきの短い間にオレの能力の8割方を探りあてやがった。……ま、分かったところで対処できなきゃ何の意味もねェけどなァッ!!」

  

 鴉の至極尤もな指摘に、リーシェは言葉を失って押し黙る。端から見れば、完全に戦意喪失したようにしか見えなかった。

 ゲラゲラと下卑た笑いをこぼしながら、鴉はライフルの銃口をリーシェの頭に突き付ける。

 一矢報いることもできないまま、絶望の中命を刈りとられる――敵手のそんな姿を観賞することが、鴉にとっての最高の娯楽だった。

 今回の相手はまあまあ面白いあがきを見せてくれたが、それでも自分を追い詰めるまでは至らなかった。遊園地のジェットコースターのようなものだ。安全が保証されたスリルをほどよく楽しめた――鴉にとってのリーシェとの交戦は、概ねそんな感想であった。

 

「……認めざるを得ないな。これは確かに、私の負けだ」


「アン?」


 だが、俯いたまま呟くリーシェの声には悲痛や諦観といった感情は感じられない。……いや、むしろ面白がっている(、、、、、、、)ような、あまりに今の状況に似つかわしくない……


「なんだァ、テメエら……」


 決死の覚悟で助けに入ると思っていた鈴風もまた、不敵な笑みを浮かべたまま動こうとしない。

 死を前にして狂ったか? 鴉はそう一瞬考えもしたが……


「私の負けだが……しかし、私達の勝ちだ(、、、、、、)


 勝利を確信した(、、、、、、、)会心の叫びで顔を上げたリーシェを見て――そして、



「断花流孤影術――“天衝刃(てんしょうじん)”」



 突如鴉に向け超速で放たれた大気の刃(、、、、)の存在により、頭の中が急速に凍りついた。


「な、にィィィィッ!?」


 なりふり構わずに真横に跳び出す。その一瞬後、鴉とリーシェの間を高圧の疾風が駆け抜け……見事なまでの切断面を見せるアスファルトの地面に目を向けて、唇がわなわなと震え出した。


「あんのクソアマぁ、しくじりやがったなァッ!!」


 眼前の男をこの場にまで到達させた――しかも得物まで奪われてだ――その不手際を、ここにはいない相方に向け鴉は頭を掻きむしりながら喚き散らした。


「さぁ、選手交代といこうか。悪いが貴様に拒否権はないぞ、《パラダイム》の鴉」


 村雨蛍が所持していた筈の黒刀を携えて、その男――日野森飛鳥は冷たい怒りを瞳に宿して、淡々とそう言い放った。





 




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