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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE3 ソードブレイカーズ・SS
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―第58話 シルフィード・セイバー ②―

仕事がバタついて1ヶ月も更新できなかった……読んでもらってる皆さん、お待たせしてごめんなさい!

 

 真っ直ぐに。一直線に。全力で。ただただ前へ。

 彼女の心を占めるのは、愚直なまでの『前進願望』。


 鈴風は右手で軽やかに槍を躍らせたかと思うと、アスファルトの地面へ勢いよく突き立てた。

 開幕早々得物を手放した敵手を前に警戒を強めるレイシアをよそに、鈴風は踵を地面に強烈に踏み込んだ。

 脚部装甲、ふくらはぎから踵にまで伸びている大掛かりな機構が唸りをあげる。ガシャン!と拳銃の撃鉄にも似た射出装置(カタパルト)が大きく駆動し、スプリングが最大まで引き伸ばされた。

 前傾姿勢となって左手を軽く地面につく。虎が獲物に今にも飛び掛からんとするような体勢で、鈴風は小さく息を吐いた。

 心の中でカウントダウン――5、4、3、2、1。


「いっけえェェェーーーーーーッ!!」


 絶叫からの撃出。地面に深い陥没痕を残すほどの衝撃で放たれた一矢――楯無鈴風という名の『弾丸』は、一切のぶれなく標的までの最短距離を突っ切り走る。常人ならば認識すら追い付かない超絶疾走に対し、


「舐めんじゃないわよ――水霊招来・船喰らい(シーサーペント)!!」


 水の魔術師・レイシア=ウィンスレットは常人離れの反応速度で迎撃する。

 刃無き魔剣――魔女の鉄槌(ウィッチクラフト)“ウィリタ・グラディウス”から放出された圧倒的水量がうねり捻れて形を変え、計8匹の大蛇へと転身した。

 バス停を粉砕した先の一撃に比べれば水蛇のサイズは小さめだが、その分圧縮し研ぎ澄まされた激流は、おそらく鉄板くらいならば容易に貫通する威力を持つだろう。


「それでも突っ込む!!」


 だが鈴風にとって、この程度の攻撃は織り込み済みであり、そして最初から躱すつもりなどない(、、、、、、、、、)

 地面スレスレを激走しつつ、全身を掠めていく蒼色の槍を歯を食い縛りながら突破していく。


「こいつ……っ!!」


 驚愕に表情を歪めたレイシアの顔がはっきりと見える。舐めるなよとはこっちの台詞だと、鈴風は勢いそのままに装甲脚を振り上げた。

 膝から爪先にかけて展開された翠の鋼は、名刀もかくやといった鋭い輝きを放っている。

 防御は不可、全身を無理矢理に捻じり紙一重で回避する魔術師だったが、躱しきれず右腕に奔った薄紅の軌跡を見て小さく舌打ちした。

 彼女の腕を切り裂いたのは、厳密には鈴風の刃脚ではない。装甲の隙間から噴出されていた風の粒子による不可視の刃。

 水という自然の力(エレメント)を御するレイシアは、その真空刃のカラクリを一見するだけで看破していた。


「まだ、まだぁっ!!」


 しかし、嵐はこの程度では終わらない。

 距離をとろうと後ずさるレイシアに噛みついて離さないとばかりに、無数に繰り出される蹴撃乱舞。

 居合の如き回転蹴り、矢の如く放たれる爪先からの刺突。そして戦鎚を思わせる踵落としが地面を小さく揺るがした。

 意志の力を形と成して戦うのが人工英霊。走り続ける女、楯無鈴風に『後退』の二文字が存在しない以上、彼女の戦闘技法は常に真正面からの猛撃のみに特化される。

 飛鳥のような万能タイプではない以上、戦術どうこうよりも、自身の長所を生かした戦い方で一気に攻めきるという考え方は理に適っていると言えるだろう。


(どうして……どうして当たらないの!?)


 しかし、それは同時に短所を際立たせる諸刃の剣だ。

 縦横無尽に描かれるエメラルドグリーンの軌跡。だが一撃目を掠めた以降、鈴風の連撃はただの一度もレイシアの体躯を捉えきれていない。

 速度は圧倒的にこちらが上。そして様々な角度から襲いかかる脚部ブレードと透明な風の太刀による斬撃の二重奏。そう簡単に躱しきれるものではない。

 焦りは太刀筋を鈍らせる。苛立ち混じりで繰り出した横薙ぎの蹴脚も、ただ空を切るばかり。

 鈴風が焦っているのは、何も攻撃が当たらないからだけではない。

 彼女の戦い方は、言ってしまえば短距離走のそれに等しい。

 突貫からの全力攻撃という、ごくごく単純な戦術を実現するための武装構成。持久力など考慮されている筈がないのだ。


「さっきまでの勢いが消えてるわよ? もう息切れかしら?」


「うるさい……っての!!」


 踊り子のような足取りで華麗な回避を続けるレイシアに、鈴風は語気を荒げ叫ぶ。

 戦いが長引くほど間違いなく不利になる。そう思いこんでいる(、、、、、、、、、)限り、鈴風は水の魔術師の術中から逃れられない。






 風と水。純粋に殺傷力(、、、)で比較した場合、これは確実に『水』に軍配が上がる。

 考えてもみてほしい。海上で吹きつける暴風は、水面を荒立たせ波を作る力を持つが、しかし海を切り裂いて(、、、、、、、)水底を露出させることは不可能に等しい。

 鈴風は気付いていないが、現在レイシアの周囲には半透明の水膜が展開されている。たかが疾風程度(、、、、、、、)であれば、充分に受け流し拡散する水精霊の守りである。


(この速さにはヒヤリとしたけど、種が割れてしまえばどうということはないわね)


 襲い来る人工英霊の打撃――既に斬撃(、、)と呼称すべきだろうが――の芯を見極め、自然体を維持しつつ躱し、あるいは障壁の力で流していく。

 ――水霊招来・守泉精(ウンディーネ)

 巻き上がる真空の刃は、水底の守護を貫通するには至らず。後は、意固地になって繰り出される単調な蹴りの動きだけを冷静に見極めればいいだけだ。

 見る限り、敵手は明らかに勝負を急いている。初撃に比べて攻撃が精彩を欠いていることから、じきにスタミナが底をつくのだろうと容易に推測できた。

 “ウィリタ・グラディウス”を握る手に少しばかり力をこめる。

 放たれた八匹の水蛇――船喰らいは未だ健在。後ろが見えていないこの猪武者の背中に、がっぷりと喰らい付かせてやろうとレイシアは内心でほくそ笑んだ。


(……? こいつ)


 だが妙だ。

 形勢は完全にこちらが握っている。それはこの人工英霊の少女とて否でも理解している筈なのだ。だと言うのに、


何が可笑しいのかしら(、、、、、、、、、、)!?」


 楯無鈴風は嗤っていた(、、、、、)。その双眸は諦めの感情など微塵もなく爛々と輝き、唇の端を吊り上げ不敵な笑みをぶつけてくる。

 焦りを見せるのはレイシアの方だった。

 何だ? この笑みは、この余裕はどこから来ている? まさか何か切り札でも隠し持っているというのか?

 怨敵クラウが人工英霊と結託していることを想定し、レイシアはここに来るまでに、予め人工英霊の能力というものを可能な限り調査していた。

 心象風景をそのまま武装として形作る『精神感応性物質形成能力スピリットマテリアライズ』。

 彼女の武装の特性は概ね見切っている。激烈なスタートダッシュを叩き出した物騒な両脚は確かに脅威だが、現在鎌鼬(かまいたち)の刃を封殺している以上、あれは単なる速い蹴り脚(、、、、、)でしかない。

 両腕の篭手も同じようなものだろう、とレイシアは推測していた(、、、、、、)

 速さを突き詰めた武装構築において、腕の装備に対する機構(システム)の比重は決して高くはないとふんでいたのだ。精々脚部装甲と同じく、真空の刃を放つ程度だろう、と。

 そう、それだけの筈だ。自分は何も間違っていない、見落としてなど――――――いや、待て!


(――――槍が、ない!?)


 鈴風の背後、遥か後方――開幕直後に放棄していた筈の機械槍がどこにも無い(、、、、、、)

 その事実が、レイシアの全神経を極限まで凍りつかせた。

 武装形成能力のもうひとつの特色として、『同じ武装を同時に複数個展開することは出来ない』というものがある。

 即ち、鈴風であれば同じ槍を2本も3本もまとめて繰り出すことは出来ず、もう一度槍を顕現させたければ、既に現出している『それ』を一旦消失させる必要がある。これは破壊されたとしても、自分の意志で格納したとしても同じ理屈になっている。

 つまり鈴風の撃槍は、いつ(、、)どこから(、、、、)出現してもおかしくないのだ!

 普通に考えれば、この乱撃の途中で槍を手元に召喚して直接攻撃、なのだろうが……本当にそれしか有り得ないのだろうか?


『人工英霊との戦いでは、常識こそが最大の敵(、、、、、、、、、)なのよっ♪ 敵はなんでもありの卑怯者(、、、、、、、、、、)だってことを忘れちゃあ、ダ・メ・ダ・ゾッ♪』


 来日前に聞いた『彼女』の言葉を思い出す。

 この白鳳市を中心に、世界のあらゆる戦場(、、)に出現しているという未知数の怪物ども。

 眼前の敵が、例え年端のいかない少女だとしても関係ない。侮る理由になどなりはしない。

 過去、この白鳳市において『世界最強の魔術師である《九耀の魔術師》のひとりが、戦闘経験など殆どなかった新米の人工英霊に撃破された』という、魔術の世界を激震させた事件を忘れはしない。

 その男(、、、)と同類なのだ、今自分が対峙している相手は。

 “ウィリタ・グラディウス”に水量を集中。圧縮固定した深い蒼の刀身を創り出す。

 鈴風の抜き足に合わせて、水の魔剣を叩きつけた。変則的な鍔競り合いの格好になる。


「来るなら来やがれってのよ。こんなところで、私は後ずさっている場合じゃないんだから」


 真一文字に唇を引き絞り、レイシアは少女の姿をした魔物を睥睨(へいげい)した。


「後に引けないのはこっちも同じだよ。負けられない――あたしは絶対に、負けてなんてやらない!!」


 呼応するように鈴風も吼える。憤怒と意地が入り混じり、至近距離まで迫った互いの顔は、まるで鏡を見ているかのようにそっくりなものだった。

 似た者同士か、と2人は揃って小さく笑う。そして、


「貪れ、船喰らい!!」

「吹き飛ばせ、烈風!!」


 切り札を切ったのもまた同時。

 鈴風の後方からレーザービームのように八発の水弾が急襲し、瞬きの間に彼女の両手に握られていた深緑の槍が、ジェットエンジンの如き轟音を撒き散らし駆動し始めた。

 突如現れた機械槍の機能が気にかかったが、放たれた一撃はレイシアの方が紙一重で早かった。

 正面から袈裟がけに斬りかかった水剣と、真後ろから撃ち出された水蛇の同時攻撃。


「――あ、がっ!?」


 しかし、レイシアが最後に認識したのは、鈴風の身を切り裂いた感触などではなく……自動車に衝突されたかのような、全身に叩きつけられる衝撃。

 まったくもって想定していなかった重打撃に彼女の意識は対応しきれず、苦悶する暇もなく闇へと落ちた。




 

必殺技の名前は叫んでなんぼ。厨二病全開ですな。

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