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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE3 ソードブレイカーズ・SS
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―第55話 セイレーン・ストライク ③―

酷いペースだ……

 

 郷土史研究部はその日、未曾有の慌ただしさを見せていた。


「はい、はい……それでは五行聖祭の折には宜しくお願いします。……いえいえこちらこそなのです。また新作の和菓子ができたら教えて下さいねっ! 絶対に食べに行きますのでー」


「水無月さん、北の地域の企業にはこっちで一通り連絡しておいたから。そっちは?」


「朱明商店街の皆さんにも無事に連絡がついたのです。……それにしても、相変わらず飛鳥くんの人脈はすごいですねーっ! わたしじゃ大手メーカーや商社にまでコネを作るだなんてとても出来ないのですよ」


 受話器を置いて、いかにも疲れましたといった表情でずるずると机に倒れこむポニーテールの少女。

 一見すると小学生が迷い込んだのかと思うほどの低身長に、聞く者をほんわかとさせる綿菓子のような口調。そんな彼女こそが、この郷土史研究部の主、水無月真散(みなづきまちる)であった。


「しかし、随分と忙しいんだな。これを新参のリーシェやクラウ君と捌くのは無理があったんじゃないか?」


「お恥ずかしながら、その通りなのです。実は理事長に手伝いさん(ヘルプ)を依頼しようかと思ってたんですけど……その前に飛鳥くん達が来てくれたので、すっごく助かったのですよ」


 小さな部長は頭をかいて苦笑いする。

 部室備え付けのコンロに置いたやかんの蓋がカタカタと震えだした。慌て気味に立ち上がった真散はコンロの火を止めて、2人分の湯呑みを棚から取り出した。


「ここらでいったん休憩にしましょうか。戴き物のお茶っ葉なんですが、すごく美味しいのですよ」


 小さな部長は慣れた手つきでお茶の準備を整えていく。湯呑みにそのままやかんのお湯を注いでしばらく冷ましている間に、木のスプーンで急須に茶葉を入れる。そして湯呑みのお湯を急須に注ぎ、1分ほど待った後、再び湯呑みに注ぎ分けていく。


「へぇ……いい香りだな」


 鼻腔を爽やかな緑茶の香りが通り抜けていく。小さく口に含み、思わずほうと息とついた。

 飛鳥もお茶には結構うるさい方だが、香りも味も素晴らしいものだと感服した。相当に質の良い玉露のようだし、真散のお茶の淹れ方も、風味を損なわないよう配慮されたものだった。

 

「「…………ふぅ」」


 真散と2人、しばらく無言でお茶の香りと味に癒されることにした。

 飛鳥と真散以外の面々は連れだって外の用事に出ており、しばらく沈黙が場を支配していた。だが、お茶を啜る小さな音と、ほっと一息ついた互いの声以外の雑音は一切存在しない、そんな静寂が心地よく感じられた。

 ここ郷土史研究部は、有り体に言えば『街おこし』を目的としており、普段は白鳳市内にある様々な名所を取材して観光案内を作ったり、お店の宣伝(PR)を手伝ったりする、名前の割にはかなりアグレッシブな部活である。

 例えば以前に、老舗の和菓子屋から売れ行きが伸びないという相談事があった。

 それを受けた郷土史研究部は、独自にお店のホームページを作成したり、期間限定でこの学園の学食に導入して、生徒から口コミで広めてもらったりと、工夫をこらして和菓子屋の知名度アップに貢献したのだ。

 では、さっきまでの電話は何だったのかというと、


五行聖祭(ごぎょうせいさい)が近いとは言え……スポンサーとの折衝まで生徒に丸投げとは、姉さ――理事長もよくやるわ」


「生徒ひとりひとりの自己啓発のため、でしたっけ? 随分と思いきったことをするものですよねー」


 今年で2回目の開催となる、7月に控えた大型体育祭――五行聖祭の出資者(スポンサー)集めであった。

 ルールの詳細は後々語るとして……この催しは、白鳳市内にある5ヶ所の学園が合同で開催するもので、単なる学内行事の枠を超えた、大きな注目を集めるものである。

 しかしそれほどの大規模な行事、開催費用も馬鹿にはならない。……と言うことで、白鳳学園の理事長たる日野森綾瀬(ひのもりあやせ)が提案したのが、


『なら学生だけではなく、老若男女学生社会人問わず、この街に住む全員(、、、、、、、、)が参加できるようにしましょう』


 文字通り白鳳市全体(、、、、、)で繰り広げられる、いわば都市単位のオリンピックのような超大規模な祭典に発展したのである。

 ただでさえこの白鳳市は、『技術発信都市』と呼ばれる科学技術の最先端を行く場所で、世界からの目も数多く向けられている。即ち、市内の各企業にとってこの祭りとは、最上級の会社宣伝の場であるため、ここぞとばかりに各学園へ出資、宣伝を依頼するようになったのだ。


「クロエさんがしばらく留守にしてて、生徒会が事実上の開店休業状態。だからといって郷土史研究部(ここ)に丸投げするのはどうかと思うだが……俺達が来たのも間がよかったのか、悪かったのか」


「大人の方との交渉事や、お金の話でもありますからねー……いくら生徒に一任しているとはいえ、その辺の経験に長けた人なんて中々いなかったのでしょうねー」


 酷い無茶ぶりだ、と揃って溜息した。

 学生のうちから、社会人相手と真っ向から話が出来るようになれ、という理事長の教育方針も分からなくはないのだが……出資(スポンサー)依頼だなんて、単なるいち高校生がいきなりやれと言われて出来るものではないだろう。本来であれば、こういった仕事はクロエ率いる生徒会の領分であるのだが、今彼女は遠い英国の空の下である。

 残ったメンバーは誰もかれもが「やったことがないから無理」だの「自信がない」だのと、見事に総崩れであったため、頼ろうにも頼れない。残る生徒会役員の中で唯一頼れる存在であった、会計兼天才科学者である加賀美沙羅(かがみさら)は「めんどいのでパスですわー」と、にべもない反応だった。

 トップが数日席を空けただけでこの総崩れぶり。生徒会の運営は事実上クロエのワンマン主導で成り立っていた事が浮き彫りになった次第である。別にクロエは、強権を振りかざして絶対王政を敷くようなキャラではないので、単に他メンバーの能力なり性格の問題なのだろう。

 流石に見ていられなかったのですよ、と真散は苦笑した。

 確かに、街中に広い人脈を持ち、普段から交渉事が日常と言える部活動をしている彼女であれば適任ではあるだろうが……お人好し、安請け合いという感想がどうしても否めない飛鳥だった。


「それにしても、鈴風達何やってるんだ。クラウ君と一緒に、どこかで道草でも食ってるのか?」


「うーん……クーちゃんもリーちゃんも、そんな事するような子だとは思えませんけどねー?」


 壁に掛かった時計を見ると、既に夕方の6時をまわっていた。彼女達が外出してからもう3時間は経とうとしている……随分と帰りが遅いことに、飛鳥は首を傾げた。

 ここにいない3名――鈴風、リーシェ、そして唯一の郷土史研究部男子部員であるクラウには、予め連絡を入れておいたスポンサー(商店街の小さなお店がメインだが)への挨拶と書類回収を指示していた。飛鳥達のデスクワークが退屈に見えたのだろう、フェブリルもそちらについていっていた。

 リストアップした場所はどこもそれほど距離はない。雨天であるという要素を加味しても、精々2時間もあれば余裕で廻りきれる計算だ。

 何か想定外の出来事でもあったか、それとも鈴風かフェブリルあたりが先方に失礼なことでも仕出かしたか。

 携帯電話を取り出し、鈴風の番号にコールする…………が、すぐに留守電となってしまう。


「やっぱり、俺か水無月さんが同行すべきだったかもしれないな。……ちょっと探してくる」


 そう言って立ち上がろうとする飛鳥だったが、真散はそれを手で制した。


「何事も経験、なのですよ。あんまり過保護ばかりでもいけないと思うのです」


「むぅ……」


 過保護というのに些か心当たりがあった飛鳥は、思わず唸ってしまう。


(まぁ、元々リーシェをここに連れてきたのも、あいつをひとり立ちさせるためだったし。鈴風もクラウ君もいるんだし、大丈夫だとは思うが…………いかんな、こういう考え方が過保護だというのに)


 完全に心配性のおかんと化している自分の思考形態に辟易してしまう。

 しかし、自分にはリーシェとフェブリルをこの世界に誘った責任がある、と飛鳥は考えていた。犬猫を拾うのとは訳が違うが、一度面倒を見ると決めた以上最後まで(、、、、)あの子達の保護者たらんとするのは、飛鳥にとっては当然の帰結だったのだ。


「それに、飛鳥くんには話しておきたいこともありましたからねー」


 ふと、先程までの柔和なものとは違う、真剣味の強い声色で真散が話しかけてきた。両手を机の上に揃えて置き、背筋を伸ばす彼女を見て、飛鳥も自然と居住まいを正した。


「話しておきたいこと?」


「そうなのです。……わたしと、そしてクラウ=マーべリックという男の子について」


 飛鳥の知る水無月真散という先輩は、超人やオカルトといった非日常とは一切無縁の『日常の象徴』とも言える人だった。だからこそ、


「ねぇ、飛鳥くん。あなたは魔術を信じますか(、、、、、、、、)?」


 飛鳥はその言葉に打ちのめされる。

 俺の目はどこまで節穴なのだと。昔から近くにいた友人が、先輩が、既に日常の風景から足を踏み外した存在(アウトロー)であったことに気付けもせず。


「どういう、意味だろうか」


 動揺を押し殺しつつ、何とか問いを返すことが出来た。

 心地よい筈の静寂が、今はどこか息苦さを感じさせる。そして、今更ながらに気付く。


(……待て、無音だと(、、、、)?)


 外の雨足はかなり強くなっている。にも関わらず、一切雨音が聞こえない(、、、、、、、、)のはどういうことか。


「水無月さん」


「…………」


 真散は一瞬だけ儚げな笑みを見せたが、それは幻であったかのように無感情(フラット)な表情に戻った。

 意識を少しばかり部屋の外にまで広げてみる。何となく、というレベルでしか認識出来ないが、この部室の周りを目に見えない『何か』が覆っているような……あえて例えるなら、この部室だけが地下深くの核シェルターに移動したかのような、明らかな外界との断絶。

 大雨でありながら、この不自然な無音の空間。

 ――魔術。

 人工英霊の特異能力とも、科学技術の恩恵とも違う、第三の進化(、、、、、)


「郷土史研究部部長のわたしではなく……魔道結社(ソーサルレギオン)・《教会(ユピテル)》の魔術師、水無月真散として。飛鳥くん達の力をお借りしたいのです」

 

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