―第47話 Assault Battery ⑦―
レーザーブレードは、男のロマン。
世界屈指の防衛力を持つ機械要塞の内部は長大な隔壁によって覆い隠されており、外観からはその内部がいかなる場所であるのか、窺い知ることは出来なかった。
そんな未知のベールに覆われた『サイクロプス』内部、飛鳥は巨大な工場や重機が立ち並ぶ工業地帯のような場所を想像していたのだが……
「まるで未来の街にタイムスリップしたような気分だな……」
SF映画の一幕に迷い込んだかのような奇妙な感覚。
地面や道路、整然と立ち並んだ背の高い建築物に至るまで、すべてが同じくすんだ銀色の材質で統一されており、自然の緑は一切見当たらない。
あえて例えるならば、コンピュータ上で設計された都市――それも色彩設定をしていない、ポリゴンを剥き出しにしたような状態――の設計図を、そのまま現実に反映させたような。吐き気がするほどに命の息吹が感じられない光景だった。
だがそんな、虚飾や景観を完全に無視し、ただ必要なものを必要なだけ組み込んだだけとも言える骨組みだけの都市は、しかして今の科学全盛の世界の行く末を暗に示唆しているようにも見えた。
無駄を省き、すべてを数値としてしか評価できない世の中。
効率重視といえば聞こえはいいだろうが……科学という神が統べる世界を幻視したような気がして、あまり見ていて気持ちのいい光景ではなかった。
(さて、闇雲に探しまわるには広すぎるな。おそらく篠崎さんはアルヴィンのところに連れていかれたんだろうから、それらしい場所さえ分かれば――)
案内板でもあればなぁ、などと有り得ない夢想をしていた飛鳥だったが……ふと視線の端に大きな光る板が浮いているのを発見する。
(……マジかよ)
AR技術により空中に投影されている電子案内板には、この『サイクロプス』内の施設が事細かく網羅されていた。ご丁寧に地図内の一点が赤いマーカーで示されており、この場所へと誘っている意図が見え透いていた。
どの道ここは敵の腹の中。罠や策を危惧したところで既に意味などない。
距離としては大よそ1kmほどだろうか、方向を確認して再び走り出そうとしたその時、
「歓迎の準備は万端ってところか」
地上から、上空から、鈍色の兵隊が出現する。
《ライン・ファルシア》でも交戦した自律兵器であるクーガーやストラーダ、また無人制御のブーステッドアーマーのカメラアイの光が一斉に飛鳥を射抜いた。
視界に入るだけでも50体は下らない、当然ここが工場としての側面も持っている以上、増援はいくらでも湧いて出てくるのだろう。
一体一体の能力はたかが知れているが、それでもこの大多数をいちいち相手取るのも埒が明かない。元より今回は電撃戦だ。
駿馬の如く、放たれた矢の如く、一点突破で突き進むしか道はない。
――では、どうする?
緋翼二刀が生み出す推進爆発が生み出す加速は、あくまでも瞬間的なものだ。
すぐに失速し、そこを狙って蜂の巣にされる未来が目に見える。
故に必要なのは『武器』ではなく、継続的に最大速度を維持出来る『移動手段』だ。
それこそ刃九朗が乗っていた巨大バイクなどが相応しいのだが、無い物ねだりをしても仕方がない。
だからこそ、創り出す。
荒れ狂う『炎』の力を、ただ純粋に前に進むための導力として昇華させる。
複雑な機構を構築できない精神感応性物質形成能力で創り出せる限界ギリギリを突き詰めた、烈火刃・伍式の顕現を。
「“火車掛”――亡骸は拾ってやらんぞ」
飛鳥の足下で爆炎が渦を巻く。そして、完成したのは宙に浮かぶ巨大な剣だ。
横倒しのまま浮遊するその大剣は、荒削りの鉄塊そのものであった壱式・破陣とは違い、鋭角的で洗練された形状をしている。
しかし、手に持って振り回すにはあまりに巨大で幅広な一振りだった。
飛鳥の全身くらいなら容易に覆い隠せるであろう刀身は、その実大型の盾としても機能するのだが、本来の用途は別にある。
――火車、と呼ばれる妖怪の名をご存知だろうか?
もしかすると日本の妖怪の中ではメジャーな部類かもしれない。
全国各地に伝承が残されているが、代表的なものとしては、地獄よりの使者が燃え盛る火の車を引いて罪人の亡骸(生きたまま、という伝承もある)を奪いに来る、というものだ。
飛鳥は剣の背に飛び乗り、両足と刀身を接合させ、その身に秘めた炎の力を一気に解放させる。
鍔にあたる部分から激烈に噴射された推進エネルギーにより、目にも止まらぬロケットスタートを見せた“火車掛”。道路の上を滑るようにひた走るその姿はさながらスノーボーダーのようでもあった。
更に、刀身の各所にも無数の噴出口が存在し、そこからの推進補助により前後左右天地あらゆる方向への超速移動を可能としている。
空飛ぶスノーボードが縦横無尽に駆け回る。
地面を粉微塵に粉砕しながら殺到する銃撃に対して垂直上昇。上空に展開していた鉄の鷹目掛け突撃を敢行した。
大質量の灼熱刃が哀れな小鳥達を引き千切り、焼き尽くし、喰らい尽くしていく。
走り去った道の後に、亡骸ひとつも残すことなく。
気炎の尾を伸ばしながら荒れ狂うその様は、餓えた火竜のようでもあった。
(よし、このまま空から――)
地上で右往左往しているのろまな亀達はすぐに振り切ることができた。
後はこの勢いでマーカーの示す地点まで飛んで行けばと考えていたが……全身が粟立つ、緊急回避!!
「っく、上か!!」
弾かれるように真上を見る。
すぐ間近まで迫っていた深紅の鉄仮面に、飛鳥の背筋が凍りついた。
「な、がぁっ!?」
半ば脊髄反射で“火車掛”と自身の接合を解除、飛鳥が空中に投げだされたとほぼ同時に、超高熱の大刃が焼き切られていた。
その有り得ない光景に驚愕しながらも、両手に二振りの烈火刃を召喚して落下しながらバランスを立て直そうとする。
しかし、凶手は途絶えない。
再び閃光の如き加速で飛鳥の眼前へと来たる追撃者。
(くそ、なんだコイツは!!)
真上に向けた緋翼の刀身から炎を噴かし、地面に向けて急速落下。
敵手の猛攻からは逃れられたが、陥没痕が生じるほどの衝撃で地面に叩きつけられた。
これ以上隙を晒すのはのはまずいと、全身のバネを使って瞬時に立ち上がる。
受け身などする余裕はなかったため、身体中に鈍い痛みが走った。
人工英霊の肉体であれば、この程度で致命傷にはなりようもないが……正面に降り立った紅蓮の鉄機を前に、飛鳥はこの少しのダメージが命取りにならないことを祈りたかった。
ブーステッドアーマーの一種には違いあるまい。
しかしその性能は、今まで飛鳥が遭遇したどの機械兵器よりも苛烈なものであった。
正面ゲートに陣取っていたような『二足歩行する戦車』ではなく、限りなく『人間』に近いシャープな形状に、その総身を構成する茜色の装甲。そして背面、猛禽が翼を広げたかのような形の推進機器からは光り輝く粒子が撒き散らされていた。
しかし、その全身には銃火器の類が一切見当たらない。
まさか丸腰ということはないだろうが……では、“火車掛”を切断したのはどうやったのか?
「……おいおい、これは俺への当てつけのつもりなのか?」
これが正解だと言わんばかりに、両手から陽電子の刃を放出させ、佇む紅蓮の騎士――その姿は、二振りの灼熱刃を構える飛鳥の姿にあまりにも酷似していた。
この類似を『当てつけ』と評した飛鳥だが、自意識過剰ということはあるまい。偶然などではなく、彼の進入に対して、狙い澄ましたかのように当ててきた対抗馬がこれなのだ。
はっきり言って、喧嘩を売っているとしか思えなかった。
「……段々と、アルヴィン=ルーダーという人間が分かってきた気がするな。少なくとも、趣味が悪いというのは確定だ!!」
共に紅蓮、共に双剣、共に烈火。
鏡合わせのように飛びだす両者。
炎の太刀が幾度も衝突し、桜の花びらにも似た火花が幾重にも舞い上がった。
時を同じくして、鋼刃九朗。
無機質そのものといった灰色の道路を“ナグルファル”の嘶きと共に駆け抜ける。
飛鳥と同じく、目的地は赤の光点が示す場所。
ちょうどこの『サイクロプス』の中心――目線を上げると、そこにはこの建造物群の大黒柱かのようにそびえ立っている巨大なビルがあった。
疑う余地はない……篠崎美憂はあそこにいる。
道路は一直線、道を間違える心配もない。
アクセルを最大まで踏み込んで――しかし、その排気音は、真横から炸裂するエンジン音によって掻き消された。
「……そう簡単にはいかんか」
要塞に突入してから、ずっと刃九朗と並走し続ける飛行物体。
昏く光る漆黒の装甲、断頭台の刃を思わせる大型の両翼を持つ戦闘爆撃機だった。
流線形のフォルムで荒々しく風を切り裂く黒金の大鷲――しかし、間違いなく無人機だろう。
まず、サイズが小さすぎる。
通常、戦闘機の全長は平均でも15mほど。小型機だとしても10mを下回る躯体は中々ない。
だが、この機体の全長は5m程度しかなかった。
有り得ないとまでは言わないが……明らかに搭乗席のスペースなど考慮されていない仕様だ。
そして、そこかしこに建物が乱立している中で、地上を走る大型バイクと地面すれすれで並走するという、人間であれば正気を疑うような操従。
少なくとも、刃九朗の記録には存在しない機体だ。この施設内で独自に開発された躯体であるということは容易に結論づけられる。
振り切ることは困難だろうし、このままこちらにひっつかれたまま敵中心地に乗り込むのも巧くない。
左手に装着した電磁加速砲の照準を向け、一息に撃墜すべく引き金を引く。
「!?……あの機動は」
しかし、漆黒の戦闘機は至近距離からの電磁砲弾を急激な加速により回避。そのまま刃九朗の真正面へと位置づけた。
今の速度のまま正面衝突したら無傷では済まない。
舌打ちしながら刃九朗は少しずつスピードを緩め、停止する。
前方を走る戦闘機はそのまま飛び去っていく――かと思ったが、何やら奇妙な動作を見せ始めた。
名刀で両断したかのように機体の中心に軌線が走り、左右へと展開。そこから現れたのは人間のような二手二足の骨格――展開された黒金の装甲は分解と変形を繰り返し、その剥き出しの人型フレームと接合しながら地上へと降り立つ。
5秒にも満たない間に、小型の飛行機は人型の戦闘機械へと転身を遂げた。
そのアクロバティックな変身劇を目撃した刃九朗は、若干の驚愕と感心の念を抱きながら立ち塞がる黒金の巨人へと銃口を向ける。
戦闘機と人型の変形機構を搭載することで、上空も地上も等しく制する――それは確かに、様々な戦局に対応するというブーステッドアーマーの設計思想に合致してはいるのだろうが……相当にデタラメな発想だとも言えた。
はっきり言って、戦闘機と人型兵器を1体ずつ造った方がコストパフォーマンスはずっと良い。
変形機構のために、あの機体にはとてつもなく細分化された関節構造が要求されているのだから、当然耐久性は著しく低下するだろう。
仮にまったく被弾しなかったとしても、あの無茶な機動による変形では各パーツの損耗は尋常ではあるまい。
量産を視野に入れるつもりはまるでなさそうな、それほどまでに外連味の濃い機体だった。
「だが……」
だが、強敵だ。
効率やコストを度外視して造られた兵器というのは、有り体に言えば『切り札』と定義できる。遠目でざっと解析してみてもそれは明らかだ。
おそらく装甲材はリュミエール鋼。
炭素結合を凌駕するとされる硬度にウルクダイト譲りの再生機能を持つという、まるで軍事利用のために存在するかのような超合金。
そして武装。
目に見える範囲で確認できる限りでも、多連装ミサイルランチャー、ガトリングガン、対装甲ライフルと大火力だ。
更に、機体各部の推進機器から放出されている純白の鱗粉――陽電子反応炉の過剰出力によって発生しているプラズマの炎が、刃九朗の中で甲高い危険信号を鳴らす。
鋼刃九朗という『鋼鉄』を瞬時に蒸発させてもなお余るであろう超熱の顕現は、彼に最大級の危機感と、
「……面白い」
高揚を与えていた。
今の刃九朗の心境をあえて言葉にするのならば――『炎』に負けるは『鋼』の名折れ、と言ったところか。
不完全燃焼のまま終わってしまった、『炎』の化身である飛鳥との対決。
そんな無意識ながらに蓄積していた鬱憤を、眼前の重機に悉くぶつけてみるというのも一興だろう。
陽電子の爆発を伴い、黒の巨兵が迫りくる。
ならばと鋼鉄の人機は、持てる限りの火線を束ねて貫き穿つ。
迸る電流火花、飛び交う弾丸。
これぞまさしく一機当千――ワンマンアーミー同士が織り成す戦場だった。
変形は、男のロマン。
いずれ合体ロボも出るのだろうか。承認しかねる。