―第38話 Nameless Blacksmith ②―
――“鍛冶師”、起動開始。
――BMI、正常に稼働中。ただし『保管庫』内の武装が不足しているため戦闘行動に支障あり。
――よって先だっての行動方針として武装の確保、及び『計測』を優先すべし。
――完了後は、基本設定に従い目的遂行のために…………error。
――当躯体の『目的』とは何か。検索、検索……error。
――当躯体のOS内に重大な欠陥を確認。早急の調整を必要とする。自己修復開始……error。
――error、error、error。
「おーい、もしもしー?」
鋼鉄の棺桶から現れたのはひとりの男だった。
目線を覆い隠す前髪は霧乃と同じ黒色。凍りついたというよりは、感情というものをそもそも知らなさそうな無表情。顔立ちからして、おそらく日本人だと推測できるが……
「こいつ……ホントに人間なの?」
人間の姿をしたロボットと言われた方が納得できる。そう霧乃が思うほどに、男からは生きた気配が感じられなかった。
アンドロイドかとも考えたが、違う。
遠巻きからでも感知できる、心拍も体温も確かにあるのだ。
しかし、ならば人間だろうと断じるにも違和感がある。人間と機械――そのどっちつかずとしか表現できない。
男が立ち上がって数分経つが、動きだす様子がなかった。
ただ視線のみを周囲に目まぐるしく走らせている。ただし、霧乃にはまったく眼中にないようで、ただの一度も視線が合わない。無視されているのか、それとも本当に気付いていないのか。
「おーい、無視すんじゃないわよー。ちったぁコミュニケーションをとろうって気にはならないのかしらー?」
「…………」
ぎょろり、と。
再三の呼び掛けにようやく答える気になったのか、男の両の眼が確かに霧乃を捉えた。
しかし、やはりと言うべきか。その双眸に感情の発露は見られない。
監視カメラのレンズを向けられているかのような、居心地の悪い、薄ら寒さすら感じさせる視線だった。
「やっとこっち向いたわねこの野郎。さて、ちゃきちゃき答えてもらおうかしら? アンタは何者? なんだってこんなところでグースカしてたわけ?」
「…………」
「だんまりってわけ? そっちがその気なら、私にも考えが…………って、ちょっと待て」
無言を貫く男から情報を聞き出そうと霧乃が一歩身を乗り出した途端、格納庫全体が不自然な揺れに見舞われた。
予想外の邂逅にすっかり失念していたが、ここは敵地。それも奥も奥だ。
……さて、そんな場所で奇妙な地震が起きました。原因はいったい何でしょうか?
(うわー、お約束な展開過ぎてむしろ笑えるわー。だってこれ、絶対あれでしょ? 生き埋め、とか。死なばもろとも、とか?)
偶然なはずがない。
施設に侵入してからもう30分は経過している。さすがにばれていてもおかしくないだろう。
揺れは段々と大きくなり、天井からは、ミシミシという崩落を知らせるカウントダウンが響き始めた。
このままこの格納庫にいては間違いなくペチャンコである。
ともかく可及的速やかに脱出して、それからどうすべきか考えよう。
霧乃は大慌てで身を翻し、やってきたエレベータに向けて駆け出そうとしたのだが、ここで気付く。
「ちょっ、ちょっとアンタ、なにぼさっとしてんのよ!? このままここの機械どもと心中するつもり!?」
崩落が始まり、瓦礫の雨が格納庫を押し潰していく中、未だに男には動く気配がない。
時間がない。霧乃には閃光の如き判断が求められた。
見捨てるべきか、助けるべきか。
「……ああ、ちくしょうが!!」
降ってきた瓦礫を躱し、霧乃は男の右腕を掴む。
初対面の、しかもこんな鉄面皮と無理心中だなんて死んでも御免だが、それでも見捨てていいという理由にもならない。
それに、自分の『弟』だったら絶対に迷わず助けに行くのだろうな、などと一瞬でも考えてしまったが故の暴挙だった。
エレベータが瓦礫に潰されて使えなくなったのを遠目で確認し、大きく溜め息をつく。
「こんの……《九耀の魔術師》舐めんじゃないわよ!!」
脱出は不可能。
霧乃の魔術には瞬間移動もなければ、押し寄せる土砂と瓦礫を綺麗に消し飛ばせるような火力もない。こんな時、無駄に魔力だけは高い不肖の弟子が羨ましくなるが、詮無きことだ。
せめて、自分と男の身を守るくらいはしなければと、霧乃は影を集束させ、2人を包む障壁を作り出そうと集中する。
しかし、
「『計測』完了。再構築開始」
崩落の轟音の中でも、やけにはっきりと男の声が耳に響いた。
それを引き金とし、周辺に打ち捨てられた兵器群が次々と光の粒子へと分解されていく。数百の機動兵器が輝く塵へと還元され、男の下へと渦を巻いて集束していく様は神秘的ですらあった。
集まった光は、新たな姿となって再び物質化されていく。
完成したのは10メートル長の砲身を持つ長距離射程砲。サイズこそ違うが、発射寸前のスペースシャトルを思わせる。
「素粒子からの物質再構築!?」
物質を構成する最も小さな元素とされる素粒子(elementary particle)。
その素粒子に対して任意の物質の構成情報(今の場合は兵器の設計図)を記憶させることで、それを『再現』させる。
これは『セカンド・プロメテウス』以後、自己修復金属であるウルクダイトなどに導入された技術である。
しかし、それとは規模の桁が違う。
そこには大掛かりな設備も、設計図を素粒子に反映させるような操作もない。
ひとりの男が、数百の兵器を分解し、最適な武装を自力で構築した――それがどれほどの『脅威』であるか、霧乃はよく理解していた。
(これが軍用兵器だってんなら……世界中の武力バランスが根本から覆されかねない!!)
剣呑極まりない大型砲を見上げながら、世界有数の大魔術師は背筋を震わせた。
「対艦荷電粒子砲“ぺルクナス”構築完了。……破壊する」
真上に向けられた砲口から、先の光の粒子とは明らかに違う方向性の、暴力的な光が集い始める。
男が何をしようとしているのかは明白。一も二もなく、霧乃は影の鎧を展開して衝撃に備えた。
カチリ、と。
天を貫かんとする大砲身とは思えないほど、引き金の音は小さく、軽かった。
ついに暴食の光は放たれた。霧乃の視界を白で埋め尽くし、血液が沸騰しそうなほどの灼熱が全身を襲う。崩落の轟音は電子光の爆裂に押し流され、白光に染まりし世界は驚くほどに静寂だった。
「いやー、あの時はホント死ぬかと思ったわー」
「え、ここで区切っちゃうの!? いやその後どうなったか気になるんですけど!?」
「大した事ないわよー。それでコイツが天井に風穴空けたから、そこから脱出して。けどコイツをそのまま《教会》に預けてもロクなことにならなさそうだったから、しょうがないんで一緒に連れ回してたってだけよ?」
「軽っ!? その後の展開軽っ!?」
唐突に回想シーンをぶった切られたフェブリルのツッコミを、霧乃はどこ吹く風と受け流した。
宴もたけなわを通り過ぎ、酒と知恵熱にうなされる面々により、すずめ荘は死屍累々のありさまだった。
無事だったのは飛鳥、クロエ、フェブリルの3人と、ひとりでちびちびと日本酒の瓶を開けていた霧乃のみ。
いい機会でもあったので、飛鳥は今のうちに霧乃から今回の来日のいきさつを聞いておくことにした。これでも遅すぎるくらいだった。
いつでも聞けるだろうと高を括っていてこの様だったのだ。また騒動が起きたり雲隠れされてしまってはかなわない。
飛鳥はぐるりと他のメンバーの様子を覗う。
リーシェ達、郷土史研究部は揃ってお酒が入り撃沈。
後輩の男子の必死の制止もむなしく、揃ってテーブルに突っ伏していた。どんな場所にも苦労人というか貧乏くじを引く人間はいるものなのだな、と飛鳥は小さな親近感を覚えていた。
そして鈴風、沙羅、一蹴のテスト勉強組は壁にもたれかかって真っ白になっていた。
「さいん、こさいん、たんたんめん……」
ああ、駄目だこりゃ。
ぐるぐると目を回す鈴風の呻き声からして、沙羅のスパルタ教育は身を結ばなかったようだ。そんな熱血教師沙羅さんは、諦めたのか部屋の隅でふて寝していた。
ちなみに、今の話の中心である刃九朗は、霧乃に無理矢理飲まされた水割り一杯でダウンしていた。
「で、弟くんはコイツをどう見る?」
無表情のまま椅子に座って気絶している刃九朗を指差しながら、霧乃は飛鳥に問い掛ける。
「少なくとも、俺と同じ人工英霊ではないでしょう。昨日の戦闘でも確認しましたが、俺には奴のような精密火器の形成は出来ませんし」
飛鳥の烈火刃に代表される精神感応性物質形成能力は、脳内で常時設計情報を展開して成立する。
刀剣類は比較的構成が単純であるため、想像はそう難しくはないのだが……銃火器類となると難易度は桁外れとなる。
拳銃ひとつ作るのも至難だというのに、電磁加速砲など以ての外だ。
それを差し引いたとしても、そもそも人工英霊の力とは意思の力だ。
勇気でも狂気でも、信念でも義務感でも、個々人の感情がそのまま能力値として反映される一面を持つ。
逆に、自分自身の考えを持たない機械のような意思では、人工英霊だったとしてもその力を発揮することはほとんどないということになる。
「私は遠巻きに見ているだけでしたが……彼の武装は、随分と形が整っていましたね」
「整ってるって?」
「何度か飛鳥さんの武器を見ていると、同じ武器でも時々によって形が若干変わっているように思えましたから……」
「俺たちの武器は、体調や精神状態によって多少の変動が起きるんです。ほんの少し集中が途切れるだけで簡単に変形しちゃうくらいなんですよ。……それに、所詮は想像上の産物ですし。機械的に寸分違わず同じものを、とはいかないんです」
クロエの疑問が、そのまま飛鳥たち人工英霊と、刃九朗の能力の差異を示していた。
人工英霊の武器は、その時その時の集中力次第で常に違った性能を持つ、生き物じみた要素を持っている。
しかし、刃九朗の武装は常に一定の能力で出力される。
「むしろ、純粋な『兵器』としては刃九朗の武装の方が正解なんでしょう。精神力なんていうはっきりしない概念で作られたものに比べれば」
「なるほどねぇ。刃九朗の方が、より実戦的に造られてるってわけか」
目を閉じたままの刃九朗に、4人は揃って視線を向ける。
本当に、いったい何者なのだろうか。
人工英霊でもなく、さりとてクロエや霧乃のような魔術的な力というわけでもない。
様々な銃火器を意のままに操り、状況に最適な武装を瞬時に具現化させる機械の申し子。
「本人から聞き出そうにも何も知らないって言うし、そもそもコミュニケーションとろうにも、こいつと話してると滅茶苦茶疲れるのよ。それに、何となく能力が人工英霊に似てたからねぇ……弟くんなら何か分かるかなーって思ったんだけど……これで振り出しかぁ」
爪楊枝を咥えたまま残念そうに呟く霧乃の仕草に、飛鳥とクロエは思わず苦笑した。
さて、これからどう動くべきか。
刃九朗の素性ももちろん気になるが、直近の問題としてはランドグリーズの暴走事故への対策を先に考えたい。
《八葉》の内々で解決するような問題であれば、それで万々歳なのだが……飛鳥が危惧しているように、AIT社による何らかの操作だと考えると、OSの製作者に直談判という方向も考慮すべきなのだろう。
その時には、責任の一端を負わせるという理由で刃九朗にも働いてもらうつもりだが。
「うにゅ……」
「ん? フェブリル、もうおねむか?」
「おねむって、飛鳥さん……」
気がつくと、テーブルに座りこんだフェブリルが船をこぎ出していた。
飛鳥のおかん丸出しの言動にクロエは少々引き気味だったが、最早今更である。諦めたようで、小さく溜め息をついていた。
壁時計を見ると、既に日を跨いだ時間だった。
今日(既に昨日だが)は家に帰っても誰もいない。飛鳥達も今日はここで一夜を明かすことにした。
ちなみに、周りで寝込んでいるメンバーを起こすのは気が咎めたため、毛布を被せてそのまま寝かせてやることにした。
「酔いは覚めたか?」
「む……」
電気を消して皆が寝静まったリビングで、目が冴えて眠れなかった飛鳥は、元の場所から刃九朗の姿が消えているのに気付いた。窓の外、縁側で空を見上げている姿を確認した飛鳥は、その後ろ姿に喋りかけた。
「酒とは恐ろしいな。まさか一口含むだけで意識を奪うほどの劇物だったとは」
「それはお前だけだ」
人は見かけによらないと言うが、この男、実はリーシェ並に天然キャラなのではないか?
無表情のままで素っ頓狂なことを言い出す刃九朗に対し、飛鳥は思わず脳天にツッコみのチョップを入れてしまった。
「??……これは攻撃のつもりか?」
「それ、本気で言ってるか?……言ってるんだろうなぁ」
なんだこのやり取りは、と飛鳥は頭を抱えた。
少なくとも、昨日命を削り合う衝突をした間柄によるやり取りではないだろう。
飛鳥にもようやく、霧乃の気持ちが理解できた。確かに、この男との会話のキャッチボールはかなり疲れる。
思えば、こうして普通に(?)会話ができているのは何故だろうか。
昨日のような、急激な闘争本能の発露は感じられない。戦いたいとも、憎いとも、飛鳥の心中には一切なかった。
刃九朗もおそらく同じだろう。
敵対心は感じられず、感情のこもらないフラットな視線を飛鳥に向けてくる。
「霧乃さんにも聞かれたと思うが……お前はいったい何者なんだ?」
聞きたい事は山ほどあるが、少なくとも一番に問うておきたい質問だった。言葉通りの意味であるが、いくらでも深読みできる問い掛け。それに彼がどう答えるのか、純粋な好奇心もあったのだろう。
「鋼刃九朗という名、それ以外は何も知らん。……知ろうとも思わん」
淡々と、しかし力強い返答。
しかしそこには、迷子になった子供が、自分は迷子になどなっていないと自分に言い聞かせているような、強がりにも似た感情が垣間見えていた。
霧乃の話を聞いて、感情などない、機械のような男なのだという先入観で飛鳥は接していたが……なるほど、これでは霧乃が勘違いするのも無理はない。
要するに、男は皆意地を張りたがる生き物なのだ。
先の見えない荒野にひとり取り残されようと、どこに向かえばいいのか分からなくなったとしても、弱いところを見せまいとするのが男という生き物だ。
「これから、どうするつもりだ?」
「さてな。為すべき事もなければ、為したい事があるでもない。俺にできるのは、ただ戦うことのみ」
空虚をたたえる瞳の中には、ほんの少しばかりの困惑が混じっているように見えた。
自分はどうするべきなのか。
おそらく何度も自問しているのだろうが、決してその判断を他者に委ねようとはしない。不器用な男の矜持故か。
「だったら、当面は俺達に協力しろ。昨日の事件や、何故俺達が戦うことになったのかに関しても調査が必要でな。……ただでさえ昨日のドンパチで迷惑かけてるんだ、嫌だとは言わさんぞ」
「断るなどとは言っていない。しかし、俺には戦闘以外の能はないぞ。役に立つかは甚だ疑問だがな」
「立ってもらうさ。……心配しなくとも、お前の出番はすぐに来るさ」
訝しむ刃九朗の視線を受け流しつつ、飛鳥は不敵に――いや、心底疲れ果てた様子で笑った。
予感がするのだ。
今回の件もそうだが、自分が関わった案件は、大抵穏便に終わったためしがない。どうせすぐに荒事が待ち受けているのだ。
諦観に似た思いで、飛鳥は夜空の月を仰ぎ見た。