―第35話 Be caution with Slapstick!! ③―
「で、でわ、いってまいる!!」
放課後を告げるチャイムが鳴り響くと同時、どこか緊張した面持ちでリーシェが立ち上がった。
思い立ったらすぐ行動というわけで、今日からすぐにでも真散たち郷土史研究部の活動に参加させてもらえるようだ。
人見知りの彼女にとっては相当勇気のいる行動だったようで、心なしか声も震えていた。
「頑張れ、リーシェ! リーシェだったらどんな奴が相手でもきっと大丈夫だよ!!」
「うむっ! 誰が立ち塞がろうとも、この手で千切っては投げ千切っては投げしてくれるわ!!」
「お前は何と戦うつもりだ……?」
緊張を通り越して軽くナチュラルハイが入ってしまっているリーシェに、飛鳥は聞こえてないだろうなと思いつつも一応ツッコミを入れておいた。
鼻息荒く教室を後にする彼女の背中を見送った飛鳥は、少しだけ肩の荷が下りた心地だった。
真散たちと一緒であれば、少なくとも友達ができないだの一人は寂しいだのと言うような事にはならないだろう。他人任せというのも若干複雑ではあるが、友達作りなんてそもそも他人がいなければ始まらないのだ。ああだこうだと考え込む前に、とにかく片っ端から色んな人にぶつかってみればいい。
心の中でリーシェにエールを送りながら、飛鳥もまた立ち上がる。
異世界からの友人が頑張っているのだ、自分も自分が為すべき事をしなければ。
「鈴風、一蹴。俺はちょっと生徒会室に行ってくるんだが……ふたりはどうする?」
「生徒会室って……何しに?」
「昨日の件でちょっとな。無理強いはしないが、できれば鈴風には付き合ってほしい、人工英霊絡みの話だからな。お前の意見も聞きたいし」
「おっけー。別に断る理由もないしね」
「そんじゃま、俺もいこうかね。知らぬ存ぜぬともいかねぇしな」
ここからは真面目な話だ――こちらの雰囲気を察したのか、鈴風も一蹴も表情を固くして頷いた。
教壇に目を向けると、さっきまでそこで書類整理をしていた筈の我らが担任は、まるで煙に巻かれたかのようにその姿をくらましていた。
彼女の見解も聞いておきたかったのだが、そういえば生徒会室にはクロエがいるのだ。そう考えると、霧乃が合流したらしたで面倒だろう。
それでは、3人で行こうか……と言う前に、そういえばもうひとりいたのを思い出す。
昨日の今日だ、流石に2日連続置き去りにするわけにもいくまい。
「フェブリル……フェブリール! 俺達はもう行くけど、お前はどうする?」
飛鳥の席から少し離れた机の上に座り込んでいるフェブリルに、飛鳥は声を張り上げて呼びかけた。大して距離は離れていないのだが、叫ぶくらいしないと、きっと今の彼女の耳には届くまい。
「いや~ん、もうリルちゃんったらちっちゃ可愛い~」「ハムスターみたーい」「ほらほら、ビスケットあげるー。食べて食べてー」「ねえねえ、よかったらうちのペッ……もとい、うちの子にならない? 毎日好きなものお腹いっぱい食べさせたげるよー」「あ、ひとり占め禁止ー!! リルちゃんはみんなのリルちゃんなんだからー!!」
可愛いもの好きの女子どもに完全包囲された、愛すべき使い魔には。
「フフフ、アタシの可愛さってばなんて罪なのかしら。ただこうして座っているだけだというのに、アタシの内から滲み出るこの気品と美貌が、愚かな人間達を虜にして離さないのねー! さあさあ、アタシの可愛さをもっと味わいたければ、供物を……供物を捧げなさいなっ!!」
そして当のフェブリルは大層有頂天で留まるところを知らなかった。くねくねと全身を躍らせながら、自分の魅力というものに酔いしれているようだ。
飛鳥達が白い目でこちらを見ていることにも一切気付かず、有頂天デビルは愚かな大衆に向けて貢物を要求していた。
ある意味、飛鳥と出会ってから一番彼女が悪魔らしく見えた光景だったのかもしれない。
「チョコレート食べる?」
「いやっふぅっ!!」
しかしその供物が板チョコレート(税込98円)で、それで事足りているどころか思わず歓声をあげるほどに大満足しているあたり、あまりに残念な悪魔であったと言える。
もういいや、あいつは放っておこう――飛鳥達は互いに頷き、きゃっきゃと姦しい笑い声が木霊する教室から出ることにした。
白鳳学園、生徒会室。
学園の全生徒を統括する組織であり、全生徒の代表とも言える生徒会の居城。
この場所の主の趣向なのか、机や椅子、本棚といった調度品は、白色を基調としたアンティーク家具で統一されていた。部屋の端にちょこんと置かれた観葉植物の緑が目に優しい。
扉一枚隔てているだけだというのに、この一室は学園の喧騒から完全に隔絶されていた。まるで英国貴族のお屋敷にでも迷い込んだかのような白亜の庭園の中心で、生徒会会長であるクロエ=ステラクラインと会計である加賀美沙羅が向かい合って座っていた。
控えめなノックの後、この学園施設内とは思えない無駄に洒落た一室に足を踏み入れた飛鳥達を、クロエは百合の花を思わせる優雅な微笑みをたたえて迎え入れた。
「ようこそ、生徒会へ。……ここで飛鳥さんををお迎えするのはなんだか新鮮ですね」
「生徒会に用事なんてそうはありませんし、かといって遊びに来るような場所でもないですから」
「いえいえ、いつでもご遠慮なく遊びに来て下さって結構なのですよ? せっかくこうやって美味しいお茶菓子を……って、あら?」
テーブルの隅に目を向けたクロエが首を傾げる。おかしいですね、さっきまでここに、と呟きながら床や周囲をぐるぐると見回していた。
どうやら飛鳥たちを――飛鳥をおもてなしするためにお菓子の用意をしていたようだが、クロエは気付いていなかった。
「あぐあぐ……うーん、パンチの足りない味だねぇ。おっ、おせんべ発見。食べちゃえ」
「……ちょっとお待ちなさいな、そこの野良犬」
飛鳥と一緒に入室した鈴風が、テーブル上にあったケーキを目ざとく発見し、何の躊躇いもなく食い散らかしていたことに。
大味好きの鈴風には甘さ控えめのモンブランはお気に召さなかったようで、今度は棚に入っていたお煎餅(こちらは沙羅の趣味である)に目を付けた――ところで、クロエは振りかえった彼女の頭を鷲掴みにして制止した。
クロエから感じる明らかな殺気に、鈴風は冷や汗が止まらず引き攣った笑みを見せていた。
「い、いやだなぁ先輩。ちょっとしたジョークじゃない、そんなに怒らなくても……あの、聞いてます? 段々と手の力が強くなってるように思えるのはあたしの気のせいでしょうか?」
「人の物を勝手に食べるだなんて、躾のなっていない野良犬ですね。……二度とこんなおいたをしないように、しっかりと教育しなければいけませんね?」
「ちょっ、痛い、痛い痛い痛い! 頭が割れるっ、割れちゃう、何か出ちゃいけないものが耳の穴からドロッと出てきちゃうううううううっ!!」
あの細腕に何故あれほどの力が宿っているのか、万力で締め付けているようなギリギリという音が鈴風の頭から聞こえてきた。
何故か夏の海岸でスイカ割りをした思い出が蘇ってきた飛鳥は、大慌てでクロエのアイアンクローを剥がしにかかった。
「……ほんとに何しに来たんですの、あの人たち」
「ショートコントじゃねぇことは確かなんだがな……たぶん」
似たような光景をつい最近どこかで見たような、と思いながら沙羅と一蹴は深い深い溜息をついた。
あのようなコントまがいのようなやり取りをしている連中が、《八葉》でも屈指の戦闘部隊の中核を担っているのだから、世の中分からないものである。
「ふぅ、危ない危ない。もう少しで生徒会室に真っ赤な花火が上がるところだった」
「表現が生々しいっ!?」
「……いっそ上げておくべきでしたか」
抑揚のない声でぼそりと呟いたクロエの一言に、鈴風は全力で後ずさった。
見かねた沙羅は二度大きく手を叩き、いい加減本題に戻るようにと無言で訴えた。
飛鳥とて生徒会室に遊びに来たわけではないのだ。真面目な話を促すべく、飛鳥はケンカ腰の2人をひと睨みした。
「「飛鳥(さん)もノリノリだったくせに」」
「何か言ったか(ギロリ)?」
「「ごめんなさい、もう黙ってます」」
この2人、実はとんでもなく気が合っているのではないかと思えるほどにシンクロしていた。
椅子に座ったまま恐縮して固まった2人を置いて、飛鳥と沙羅、一蹴は視線を交わす。とはいえ専門的な話は俺にはよく分からんと、一蹴は一歩引いて話を聞く姿勢を見せていた。
「昨日のランドグリーズの不具合なのですが……気になることがふたつほど」
「不具合、とはなんとも複雑な表現ですわねぇ。それで、ひとつ目は?」
「ええ。まずは、いきなりああなったきっかけは何なのかです」
あの時のランドグリーズの攻撃行動は、暴走事故とは思えないほどに精密で、統率された動きだった。少なくともああなった原因が、“グラディウス”OSによるものであるのは既に判明している。
では何故、あの時、あのタイミングでいきなり操作不能に陥ったのか。
偶然にしてはあまりに見計らい過ぎであろうし、何より4体存在したランドグリーズがまとめてなのだ。人為的に、意図的に導かれたものであるのは明白であった。
「あのトライアル以前にも何度か起動実験は行っていましたけれど、その時は制御不能になる兆しすら感じられませんでしたわね。……つまり、今までにはなくて、昨日の時にだけ存在した要素が原因だったと見るべきですわね」
「一番に思い付くのはあの男――鋼刃九朗ですが」
状況だけ見ればそうなのだ。
ランドグリーズ暴走の直後に出現し、能力も一見すると機械制御に長けたものだ。《八葉》なり飛鳥個人なりを襲撃するため、ランドグリーズを手駒にして襲わせた――そんなシナリオが一番分かりやすくはあるのだが。
「けれど、彼は違うと言ったのですわよね。……嘘をついているとでも?」
「いえ、多分あいつは嘘をつけない。むしろ奴は被害者なのかもしれません」
そう、それではあまりに単純過ぎるのだ。
たかだか4体の機械兵器を味方につけたくらいで倒されるほど、人工英霊は甘くない。
その上、周りには《八葉》のスタッフに加え、2人の魔女に人工英霊がもうひとり。そして残念ながら不参加に終わったがリーシェも控えていたのだ。
よりにもよって現在の《八葉》最大戦力が集合している場にのこのこと現れるような奴が、戦略どうこうを考えていたとはとても思えない。
「OSの分析で判明したことといえば……外部からの命令入力の形跡はなく、自律回路の誤作動によって引き起こされたものである、というくらいですわね」
「おいおい、それじゃあ何か? 機械が勝手に判断して飛鳥達を襲ったってのかよ?」
横合いから身を乗り出してきた一蹴の声に、沙羅は若干驚きながらも首を横に振った。
「勝手に、ということはないでしょうよ。ロボットに自我なんてありませんもの。この場合は、何かしらの原因でOS内にあるプログラムが作用して、自動で迎撃を開始したのですわ」
機械の叛乱――などという往年のSFじみた展開ではない、と沙羅は断言した。
極論、どれほど優れた人工知能であっても、その判断基準はプログラムされたものに過ぎない。敵味方の識別はできても、善悪の区別まではできないように。
「思うに、“グラディウス”には『スイッチ』があるのではないでしょうか」
「スイッチ、とはまた前時代的な表現ですこと。どういう意味ですの?」
「何らかの条件を満たしたら、自動で迎撃するようにプログラムされているとか。ハッキングされたわけではないのなら、思い付くのはそれくらいですけど」
おそらく、これが最も現実的な可能性なのだろう。
ここで最初の話に戻る。
制御不能となった条件――つまり、きっかけは何だったのか。
これまでの起動実験ではなく、昨日にだけ存在した要素とは何だったのか。沙羅が指折り数えていく。
「屋外で行われた、複数体のランドグリーズでの実戦形式、実弾を使用していた。後は貴方たちがいたことくらいで…………あ」
「まさか……俺達に反応していた?」