―第34話 Be caution with Slapstick!! ②―
――友達が欲しいのだ。
リーシェが学園に通い始めてから、彼女の口から何度も聞いた言葉だ。
飛鳥や鈴風とて、もちろんリーシェの友人であると言えるだが……2人は『友達』というよりは『戦友』と呼ぶべきなのだろう。
状況的なものではなくて、学園生活の中で自然に仲良くなってできる普通の友達を作りたいと、リーシェはずっと考えていた。
「いつまでも飛鳥や鈴風に頼ってばかりではいけないと思うのだ。私は私で、きちんとこの世界の人々と向き合いたいから」
立派な志であると、飛鳥と鈴風は揃って感心した。
《ライン・ファルシア》から遠く離れたこの世界において、現在リーシェが寄る辺とできるのは飛鳥達だけの状態である。
彼女としてはそれが心苦しかったのだろう。自分ひとりでも大丈夫なのだと、飛鳥達を安心させたかったのだ。
しかし、そんな異世界からの友人の願いは、あるひとりの男によっていきなり頓挫してしまっていた。
「なんというか……もう死んで詫びなよ一蹴」
「お前らも存外しつけぇな……」
諸悪の根源である矢来一蹴に向かって、鈴風の容赦ない言葉のナイフが飛んだ。
昼休みになり、早々と食事を終えた飛鳥達はそんなリーシェのお悩み相談を受けていた。
野次馬撃退のためとはいえ、一蹴の『俺の女』発言は劇薬だったのだ。
遠ざけたくない人まで遠ざけてしまい、転入直後にしてリーシェはクラスから孤立しつつある。クラス内でまともに会話できるのが飛鳥、鈴風、一蹴の3人だけというのも辛いだろう。
「やはり私ごときには友達百人なんて夢のまた夢だったのか? 孤独に剣を振り回しているのがお似合いということなのか……?」
「リーシェ、くじけちゃダメ! 楽しい学園生活はまだまだこれからじゃない!!」
「だな。諦観するにはまだ早過ぎる。俺達も協力するから、色々考えてみよう」
「アスカ、スズカ……うう、人の情けが身にしみるなぁ……」
「あー、俺も手伝うわ。流石に責任感じちまうしな」
2人の親友の温かな言葉に、リーシェは思わずほろりと涙した。
そんな様子を横から見ていた一蹴が、申し訳なさそうにおずおずと挙手したのだが、
「貴様はいらん!!」
「なんでだよ!? ここは「仕方ないな、特別に許してやろう」とかツンデレっぽく答えるところだろうよ!!」
「知ったことか、そもそも貴様がいたから私はこんな目にあっているのだぞ! ええい、寄るな寄るなぁ!!」
リーシェ、全力拒否。
もう少し言葉を選んであげなさいとリーシェに注意すべきか迷った飛鳥だったが、実際問題、一蹴が傍にいては状況は好転しそうにないのも事実。
ただでさえ彼女疑惑が浸透しつつあるというのに、一緒に行動しては更に拍車をかけかねない。
「まあ気持ちだけありがたく、でいいんじゃないのか?」
「俺は別にかまわねぇんだけどよ……流石の俺でもあそこまでドン引きされたら傷つくぞ」
「ガルルル……」
リーシェは警戒を通り越して野生に帰りそうになっていた。
唸り声をあげながら精一杯こちらに威嚇をしてくる姿を見て、一蹴はがっくりと肩を落としていた。
そういえば、昨日はあの後どうなったのだろうか。
他のクラスメートに聞こえないように小声で一蹴に問い掛けた。
「お前さんの読み通り、OS内から見たことのないプログラムが検出されたんだってよ。俺は門外漢だから詳しくは分からなかったが、少なくともランドグリーズの暴走は誰かの手によって意図的に引き起こされたものらしいな」
「夜行さんたち製作陣でも気付かなかったとなると……やはり、OSの基礎を造ったAITが何か仕込んでいると見るべきか」
「このあたりは沙羅の方が詳しいだろうし、聞いてみたらどうよ? 今日は登校してるみたいだしな」
一蹴の提案に首肯する。
もしSPTが原因なのであれば、人工英霊である飛鳥や鈴風、またその亜種であるリーシェにも何か悪影響が出る可能性が懸念される。
刃九朗と交戦した際の感じた、感情を操られているような感覚。
もし自分の意識が別の誰かによって制御されているとなれば、早急に対応しなければならない。
「飛鳥はなにか思い付いた? リーシェの友達づくりをどうすればいいのか」
下を向いて考え込む飛鳥の顔を、会話に参加してこないのを訝しんで鈴風がひょいと覗きこんでくた。
この件は結論を急いでも仕方がない。沙羅に話を聞きにいくのは放課後でもいいだろう。
今はリーシェの問題だ。
少なくとも今の彼女にはマイナスイメージが染み付いてしまっているため、そこを払拭する必要があるだろう。
「誤解を解ければいいのかな?」
「いや、下手に「違うんだ」と言ったところで周りとの距離が縮まったりはしないだろう。どちらかというと、リーシェ自身の印象を変えてやったほうがいい」
「印象?」
リーシェの浮世離れしたルックスは、どうしても『付き合いやすい』とは言い難い。加えて口数も少ないため、彼女の内心がどうであれ周りには威圧感を与えがちだ。
いきなり弾けた性格になれだなんて無茶すぎるので、ここは『行動』あるのみだろう。
「友達が多いやつというのは、自然と多くの人と交流を持っているんだよな。……だからリーシェ、そんなお前にうってつけの場所がある」
「あ、飛鳥……まさかあそこに?」
『多くの人と交流』というキーワードに、鈴風は思い当たる節があったようだ。我が意を得たりと飛鳥は小さく笑った。
「水無月さん、いるか?」
鈴風とリーシェを伴い、飛鳥はとある一室の門を叩く。
返答が来る前に飛鳥は一切の躊躇いなく扉を開け、鈴風もその後に続いていった。
「郷土史研究部?」
入口のネームプレートに書かれた名前を、リーシェは首を傾げながら読みあげた。
随分と物々しい名前であるように感じられたが、この部室と友人作りがどう繋がるのか。飛鳥と鈴風はこの場所のことをよく知っているようだが……
「おや、おやおや? 誰かと思ったら飛鳥くんと鈴風ちゃんじゃないですかーっ! なんですなんです、何かご依頼ですか? それとも入部希望? いいですよいいですよー、この郷土史研究部部長、水無月真散にどんとお任せ下さいなのですっ!!」
「おおう、相変わらずのマシンガンっぷり……」
そこには飛鳥達の姿を認めるや、勢いよく椅子から立ち上がり跳び抜けたハイテンションぶりで捲し立てる少女がいた。
今しがた自分で名乗ったように、彼女はこの郷土史研究部の主である水無月真散だ。クセの強い栗色の髪をポニーテールにし、屈託のない笑顔を見せてきていた。
飛鳥と鈴風にとっては、彼女もまた幼馴染と言っていい。
詳しくは別の機会とするが、飛鳥の家と真散の家は古くからの親交があり、その繋がりで、鈴風を含めた3人は小学校からの長い付き合いだったのだ。
「依頼と入部、ある意味両方かな」
「ほうほう」
後ろに控えるリーシェを指差しながらの飛鳥の返答に、真散はきゅぴーんと瞳を輝かせて実に興味深そうに彼女を見やった。
「貴女が噂の留学生リーシェちゃんだね、こんにちははじめましてどうぞよろしく水無月真散ですっ!!」
「え、あ、う、は、はじめ、まして……」
真散お得意のマシンガントークに気押されてしまったリーシェだったが、びくびくとしながらもどうにか挨拶を交わした。両手を握ってブンブンと上下に握手してくる見知らぬ少女相手に、リーシェは引き攣った笑みを浮かべるばかり。
いったいどうすればいいのだー、とリーシェが目線で訴えかけてきたので、飛鳥はそろそろ本題に入ることにした。
「改めて紹介するな、リーシェ。この人は郷土史研究部部長の水無月真散先輩。郷土史研究部っていうのは――」
「ああ、いいですよ飛鳥くん。そこから先はわたしがお話しましょうっ」
えっへんと大きく胸を張って、真散部長は飛鳥の言葉を引き継いだ。
ちなみに彼女、飛鳥から見ると頭ひとつ以上の身長差がある。年上だというのに、一見すると小学生にも間違われかねない身長と幼い容貌をしている彼女。
見ていると何だか無性に頭を撫でたくなる衝動にかられてしまう飛鳥であった。
「我々郷土史研究部とは、その名の通りこの白鳳市の歴史や文化、風俗といったものを調査する部活なのですけど……あ、立ち話もなんだから座って座って。今お茶を入れてくるのですよー」
「う、うむ……失礼する」
備え付けの簡易キッチンで、鼻歌まじりでお茶を入れ始めた真散。促されるまま椅子に腰かけたリーシェは、きょろきょろと物珍しそうに部室全体を見回した。
壁面には白鳳市全体を網羅した巨大な地図が貼り付けられていた。
『お勧めデートスポット!』『おいしいお菓子屋さん』『歴史好き必見!』などなど、女の子らしい丸っこい文字で無数の走り書きが記されていた。
本棚はびっしりと難しそうな書籍が並べられていた。
古めかしい歴史書であったり、『白鳳市の変遷』といった郷土史らしい専門書、はたまた少女漫画や料理本など部活動とは関係ない、おそらく真散の私物であろう本も多数混ざっており、分類はかなり混沌としていた。
一番リーシェの目を引いたのは、大きめのコルクボードに貼られていたたくさんの写真。
記念写真だろうか、老若男女問わず様々な人達と一緒に、大輪の花のような満開の笑顔を称える真散の姿が映っていた。
「はい、どうぞなのです。粗茶ですが」
「あ、ありがとう……」
屈託のない笑顔を向けながら湯呑みを差し出す真散に、リーシェは少々言い淀みながらもお礼を返した。
揃って席に着いたところで、真散はわざとらしく咳払いをしながら説明を再開した。
「それでは、改めて。この部活はね、簡単に言ってしまえば『白鳳市の素敵なところを見つけよう!』って活動をしているのですよ。今の白鳳市は『技術発信都市』としての印象がどうしても強くなっちゃってるけど、それ以外にもこの街にはとっても楽しいところや素敵なものがあるのです。そういったものをもっとみんなに知ってほしいって思ったから、わたしはこの部を設立したのですよ」
外の人にとって白鳳市とは、最新鋭の科学技術の旗艦都市であり、例えば観光目的で来るような街ではないと思われている。
ずっとこの街で暮らしてきた真散には、それがどうしても我慢ならなかったのだ。
この街が好きだから、もっとたくさんの人に白鳳市の良いところを知ってほしい――そんな強く純粋な郷土愛を引っ提げ2年前、彼女はたったひとりでこの部を立ち上げたのだ。
そんな彼女のバイタリティには飛鳥も敬服していた。
とはいえ飛鳥には《八葉》の仕事もあるため部活動に所属するわけにもいかず、しかし時間が空いた時にはこうやって顔を出したり、簡単な手伝いを申し出たりしていたのだ。
「うむ、ここがどういう場所なのかはよく分かった。しかし、アスカ。この場所とさっきの私の話がどう繋がるというのだ?」
「あれ、分からないか?……仕方ないな。水無月さん、主な活動内容について説明よろしく」
「あいあい。……その前にリーシェちゃん、さっきの話って? わたしが聞いても大丈夫なのです?」
可愛らしく首を傾げる真散に、リーシェは自分が抱えている問題を包み隠さず伝えることにした。人見知りが激しいリーシェではあったが、真散の裏表のない笑顔の前には警戒心など一切感じなかったのだ。
「――ほうほう。それはそれは転入直後から大変だったのですねー。可哀想なリーシェちゃん……頭を撫でてあげようなのです」
「ど、同情は無用だ……!!」
一通りの顛末を聞き、真散はリーシェの境遇に深く共感したようだった。せめてもの慰めにと頭を優しく撫でてくる真散の手を、リーシェは言葉では拒否しつつも抵抗せずに受け入れていた。
「ともかく、事情はわかったのですよ。飛鳥くんがわたしに依頼したかったのは、リーシェちゃんがもっとみんなとコミュニケーションをとれるようにして欲しいってことなんですね?」
「そういうこと。水無月さんの活動に付き合ってたら自然と対人スキルも磨かれるだろうし、多くの人との交流も生まれる。リーシェもこの街に来てまだ日が浅いからな。活動を通して、人にもこの街にも慣れてもらえればと思って」
「そういうことであれば、納得なのです。うちはフィールドワークで市内のいろんな所に行きますし、取材の際に人と接することも多いですからねー」
本人の預かり知らないところで、リーシェの処遇がトントン拍子で決まってきていた。
つまり、リーシェを郷土史研究部に入部させることで、いろんな場所に連れまわして街中の人々と交流させようというのが飛鳥の狙いだったのだ。
人見知りの激しいリーシェにとってはかなりの荒療治ではあるのだろうが。
「そ、そんなこといきなり言われても……」
「友達百人、作るんだろう? だったらそれに見合った行動をしないとな。……何もしなければ、何も変わりはしないぞリーシェ」
「その通りなのですよ。せっかく立派な目標があるのですから、それを達成するためにも頑張らなきゃもったいないです。わたしも及ばずながらお手伝いしちゃいますよーっ!!」
「アスカ、マチル……」
リーシェ自身も分かっているのだ。
現状を嘆いているだけでは事態は好転しない。まだ自分は、この世界でなにも成し遂げていない。
それでも、どうしても二の足を踏んでしまう。
鋼鉄の獣や人工英霊に立ち向かうことよりも、ずっと怖い。嫌われるのが怖い。自分を受け入れてくれないのが怖い。
……この世界と向き合うのが、怖い。
「リーシェ」
「スズカ……」
そんなリーシェの肩を、鈴風の手が優しく触れてきた。……ただそれだけ。
それ以上は決して言葉には出さない鈴風だが、友誼を結んだ無二の友として彼女の言わんとする事は理解できた。
――頑張れ、頑張れ。
怖気ついてしまいそうなリーシェの背中を後ろからそっと支えてくれているような、そんな眼差しを受けて。
「マチル……いや、水無月部長。私は人付き合いが下手くそで、きっと迷惑をかけてしまうと思う。……それでも、それでも私は、そんな自分を変えたいと思っているのだ。だから、その、こんな私でよければ、ここで厄介になっても構わないだろうか」
「よくできました、なのですっ! こちらこそよろしくお願いするのですよーっ!!」
目一杯の勇気を出したリーシェの答えを聞き、真散は小さく拍手しながらその決断を称賛した。
「これからよろしくねー」と無邪気な笑みをたたえながら握手してくる部長の小さな手を、今度は自分自身の意思でしっかりと握り返すことが出来た。
「お疲れ様です……あれ、部長どうしたんですか? 随分と嬉しそうな顔してますね」
「あ、おはようクーちゃーんっ! 分かる、分かっちゃいますか?」
その日の放課後。
部室で上機嫌に活動の準備をしていた真散の下に、彼女が待ちかねていた可愛い可愛い後輩部員がやってきた。
両手を大きく広げてウェルカムの姿勢を見せる部長の姿に、来訪した唯一の男性部員は苦笑いしながら後ろ手で扉を閉めた。
この郷土研究部の部員は、部長である真散と、つい先ほど入部を決めたリーシェ、そしてもうひとり。
こちらもまた入部したての一年生の部員がいる。
「部長、お願いですからその『クーちゃん』って呼び方なんとかなりませんか? 僕、ただでさえ女の子と間違われやすいんですから、せめて『くん』付けにするとか」
「えー……だって『クーくん』って呼び辛いじゃないですかー。『クーちゃん』の方が呼びやすいし、可愛いし。だから、ほら、何の問題もないのですっ」
「普通に名前で呼ぶという発想はないんでしょうか……」
まともに取り合おうとしない真散の言葉にがっくりと肩を落とす少年の姿もまた、リーシェと同じく日本人離れしたものだった。
紫水晶を思わせる紫紺の髪、その首下まで伸びた後ろ髪を紐で縛り、瞳もまた髪と同色の宝石のような輝きを備えている。線の細い体躯と、年齢よりもずっと幼く見える容貌は、着飾れば女性と見間違えてしまいそうだ。
「そんなことよりクーちゃん、喜びたまえよ! なんと我が部に、念願の新入部員が入ってきたのですよーっ!!」
「え、本当ですか!?……騙して連れてきたとかじゃなくて?」
「人聞きの悪いこと言わないでほしいのですよ……あ、来たのですよっ」
控えめなノックの音に、思わず歓声をあげる真散と、信じられないという驚愕の表情で扉の方へと振り向く男子部員。
「失礼する。改めて今日からよろしく……む、知らない人がまた」
「本当に新入部員の方だったんですね。……あ、すいません。僕もここの部員でして」
見知らぬ生徒との突然の邂逅に表情を固くするリーシェに、少年は警戒をほぐそうと柔かな笑みを浮かべながら小さく頭を下げる。それに気付いたリーシェもまた慌てて頭を下げる。
互いにペコペコと頭を下げあう日本人らしい謙遜の文化であるが、しかし2人とも日本人ではないのだから驚きだ。
これから楽しくなりそうだという確信を感じながら、真散は新入部員ふたりに笑いかけた。
「あはははははっ、ふたりとも何やってるのですか、もう。ともかく自己紹介しちゃったらどうですかー?」
「そ、そうですね……」
「うむ、申し訳ない……」
羞恥に顔を赤らめるふたりは、改めて互いに向き直った。
初対面からヘンテコな状況になってしまったが、おかげでリーシェの緊張もほぐれた様子。
自然な笑みを浮かべながら握手を交わす後輩達を見守りながら、今日も郷土史研究部は活動を開始するのだった。
「ブラウリーシェ=サヴァンだ」
「クラウ=マーべリックです」
「「どうぞよろしく」」