―第32話 Dance with Heavy Metal ⑥―
「ランドグリーズの搭乗者は全員無事です。命に別状はなく、後遺症の心配もありません。どうやらOSの誤作動が生じていたようです」
「誤作動、ですか……」
飛鳥達が社長室に赴くと、そこでは2人の男性が先のランドグリーズの解析結果に関して話し合っている最中だった。
「第二枝団隊長、日野森飛鳥です。《九耀の魔術師》のおふたりをお連れしました」
「ああ、来てくれましたか」
飛鳥が一声かけてから入室すると、話し込んでいた2人の視線がこちらに向けられた。
ひとりは腰まで伸びた銀髪の偉丈夫。
不気味とも言えるような色気を振り撒く長身美形の男性は、先ほど更衣室で会ったばかりの来栖夜行だった。
断花重工の『頭脳』とも呼べる技術開発部門、第六枝団“月読”の隊長を勤める男だ。ランドグリーズを始めとして、《八葉》内のあらゆる機器は彼が率いる“月読”で造られている。
そして彼の報告に耳を傾けていた初老の男性こそが、この断花重工の社長にして《八葉》総裁である断花浄雲。
事実上の社内トップ2の2人を前に、飛鳥は自然と居住まいを正した。
「先程の暴走事故について、君の見解を聞かせてもらえますか? 一番近くでその光景を目撃していたのは君ですからね。それと……」
「お初にお目にかかりますわ、断花総裁。《九耀の魔術師》が一柱、夜浪霧乃と申します。以後、お見知りおきを」
「断花重工の代表をしております、断花浄雲と申します。お会いできて光栄ですよ、“黒の魔女”殿」
社交界のパーティに招かれた令嬢のように恭しく一礼する霧乃の姿は、普段の彼女からは想像ができなかった。
普段の『姉』としての朗らかな顔ではない、『魔女』としての表情。
必要最低限の感情しか見せようとしないアルカイックスマイルを互いに交わす霧乃と総裁の会話は、ビジネスパートナーに向けるような、一線を引いた距離感と言おうか。
必要以上に踏み込むものではない、という不文律を視線で交わしているようだった。
「クロエさんも、よくおいで下さいました。こうやってお話しするのも久しかったですね」
「は、はい。断花様も御健勝にて何よりでございます」
総裁から急に目線を向けられて驚いたのだろう、クロエの受け答えはやけにお堅く、緊張で声も震えていた。
霧乃は呆れた様子で目を細めていたが、総裁はクロエの反応を微笑ましい表情で見つめていた。
簡単な顔合わせが終わったところで、本題に入る。
まずは根本的な疑問、そもそも暴走の原因は何だったのかとクロエが口火を切った。
「しかし、本当にOSの不具合が原因なんでしょうか?」
「少なくとも暴走とは違うようなのです。搭乗者の証言では、接近してきた相手を見境なく敵と識別し、火器管制や駆動プログラムが自動で起動したらしいんですよ。緊急停止の命令も受け付けずに、機械が勝手に判断していたかのように」
「確かに、システム上のトラブルにしては、ランドグリーズの動きはやけに鮮やかでした。それも、暴走前よりも」
いかにランドグリーズが人間さながらの挙動を可能としているとはいえ、搭乗者の操作が実際に機体の動きに反映されるまでには僅かばかりの『間』が存在する。
例えば、手を握るという動作ひとつとってもそうだ。
人間が自分の手を握るまでの動きには、脳から出た電気信号が手に向かって流れていき、そこに一切の『間』は存在しない。
しかし、ランドグリーズの動作では更にもう一段階。
搭乗者が『手を握る』という動作を行い、それを機械向けの電気信号に変換して、ここではじめて実際に駆動する。
そのタイムラグは開発により年々縮まってはいるものの、決してゼロではない。少なくとも超人の反射能力を持つ飛鳥にとっては十二分な隙であった。
「搭載されているOSは“グラディウス”でしたよね? SPTの」
「ああ、そうなんです。当初はOSも、一から我々の手で作ろうとしていたのですが……人型の機械を動かせるだけのプログラミングには、途方もない時間と実動データの蓄積が必要なのです。《八葉》にもそのあたりのノウハウはあるのですが、元は災害救助や調査用マニピュレータのものですからね。軍事機械への転用には難しかったのです」
仕方がなかったのだろう。
ブーステッドアーマーの開発は、世界中の軍需企業によりこぞって行われている。産業抗争に生き残るためにも、需要――要求された性能をクリアするためにSPTの導入は避けられなかったのだ。
SPTとは、Second・Prometheus・Technology――文字通り『セカンド・プロメテウス』以後に導入されたオーバーテクノロジーの産物の総称である。
即ち、ランドグリーズに搭載されたOS“グラディウス”には、製作者たる来栖夜行にすら理解しきれていないブラックボックスが存在していてもおかしくないということ。
「あの時乱入してきた男――鋼刃九朗の仕業でないとすると、あとは……」
「偶然に、一斉に、綺麗に統率されて、ねぇ。……ここまで来ると、理由は明白じゃないかしら?」
「外部からの遠隔操作か、あるいは何かしらのきっかけでああなる『仕様』なのか。どちらにせよ、AIT社が一枚噛んでいると見れますね」
飛鳥と霧乃の問いかけは、疑問のようでその実確信だった。
だが、実際にAIT社の仕業だとしてどうすればいいのか。
「ともかく、ランドグリーズは一旦解体しましょう。夜行くん、OSのプログラムにそういった機能が搭載されていないか調べてみて下さい。仮にAIT側に何らかの思惑があったとしても、物的証拠がなければどうにもなりますまい」
「畏まりました、すぐに『月読』総出で取りかかります」
総裁の鶴の一声で、少なくともランドグリーズに関しての対応は決定された。
残るは、現在拘束している刃九朗の処遇なのだが……意見を求めるべく、飛鳥と霧乃は総裁に目線を向けた。
「彼がランドグリーズと無関係だというのなら、実際に被害にあったのは飛鳥くんひとりと言うことになります。それに、元々彼は夜浪さんに同行していたとか。であれば、彼の身柄は飛鳥くん達に委ねようかと思いますが……問題ありませんか?」
「……よろしいのですか?」
「彼が保有している火力を見るに、どうやら生半可な拘束など無意味なようですし、ならば彼の扱いをよく知る人間に委ねるのは、そうおかしくもないでしょう?」
自分の会社を襲撃した人間相手だというのに、何とも剛毅な総裁の判断。さしもの霧乃も開いた口が塞がらなかった。
「飛鳥くん、君たちはしばらくはいつも通りの生活をしていて下さい。今日明日で事態がすぐに動くことはないでしょうが、もしAITが怪しい動きをするようであればこちらも即刻打って出ます。可能な限り、学生である君達の手を煩わせないようにはするつもりですが、今は《八葉》の戦力も大半が出張っていますからね。『雷火』の出番もあるやもしれません」
「了解しました」
好々爺じみた柔らかな物腰でありながら、その行動方針は実直にして勇猛果敢。
『大和侍』とも称される断花浄雲の気性と手腕こそが、今の断花重工、ひいては《八葉》を造り上げたといっても過言ではない。
世界最高峰の工学企業にあるAIT社相手に、躊躇いなく「打って出る」と発言できる断花総裁のなんと豪胆なことか。
(なるほどねぇ……この人が弟くんの『先生』か。弟くんのあの鉄砲弾じみた戦い方はこの人譲りなのかしら?)
「霧乃さん?」
「ああ、ごめん。何でもないから」
何やらぼうっとしている様子の霧乃が気にかかったが、飛鳥も飛鳥で考えることがあった。
飛鳥と刃九朗の間でのみ起きた、突発的な闘争本能の助長。
単純にイライラしていたからだとか、刃九朗の顔が気に入らなかっただとか、そういう気の迷いではない。
飛鳥の全神経が刃九朗の打倒のみに強制的に向けられていたような、それこそ、ランドグリーズに起きた現象がそのまま自分の心身に適用された感覚だった。
考えてみれば、人工英霊もまたSPTの一種と言える。
同じような現象を引き起こされても何らおかしい理屈はないだろう。
(ん?……なら鈴風はどうだったんだ? あいつもあの戦闘で同じことになっていたんだろうか)
現在鈴風はリーシェと一緒に外で待たせている。
こういった入り組んだ話に付き合わせても仕方がないだろうという判断だったのだが、総裁に面通しだけでもさせるべきだったかと少し後悔した。
ともかく、今は調査の報告待ちだ。
自分の身に起きた不可解な現象も結局のところ推測の域を出ないし、結論を急ぐべきでもない。
窓の外を見ると、既に夕日が落ちかかっていた。
女性陣に夜道を歩かせるのも忍びない。飛鳥は大きく一礼し、2人の魔女とともに社長室を後にした。
「そいじゃ、私はあの馬鹿迎えに行ってくるからこのへんで。2人とも、明日遅刻するんじゃないわよー」
刃九朗を回収しにいく霧乃と別れ、飛鳥とクロエは施設内のカフェテリアで、何やら神妙な面持ちでテーブルを囲んでいた鈴風とリーシェに合流した。
「あれ? 一蹴と沙羅先輩は?」
「先輩はここに泊まり込みであのロボットを看てあげるんだって。一蹴も付き合うんだってさ」
沙羅は『月読』の一員なのだから、当然といえば当然なのだろう。
しかし、畑違いの一蹴は付き添ってどうするつもりなのか。
ランドグリーズの機動実験がああいう結果になってしまった以上、警察への導入などできるはずもない。
おそらく面倒見のいい一蹴のことだ。夜通し作業することになるであろう沙羅を気遣っての判断なのだろう。
それよりもリーシェの様子がおかしい。
ずぅん、という擬音が聞こえてきそうな程に肩を落として落ち込んでいた。
「うう……アスカ、不甲斐無い私を笑ってくれぇ。戦うことしかできない無能者の分際で、皆が苦労している最中に眠りこけてしまうとはぁぁぁ……」
「……あー」
そういえば、先の戦闘でリーシェの姿を見かけなかった。
いきなり倒れて担ぎ込まれていたのは飛鳥も目撃していたのだが……どうやら日射病ではなかったようで。
「気にしなさんなって言ってるんだけどね?……知恵熱で倒れたくらいで」
「いや、気にするだろう。あまりに理由が下らなさすぎる」
「おおぅ……おおおおおぅ………」
「ちょっと飛鳥、歯ァーーーーッ! 歯に衣着せてあげて、リーシェのライフはもうゼロだよ!!」
「飛鳥さん、案外鬼畜だったのですね」
つい出てしまった迂闊な一言に慌てて口を手で押さえたが既に遅い。リーシェはテーブルに突っ伏して大号泣してしまった。
普段の様子からは考えられないリーシェの泣きっぷりと、珍しく鈴風にツッコまれてしまったことに、飛鳥は二重の意味でびっくりした。
鈴風に先程の疑問をぶつけようかとも思ったのだが、完全にそんな雰囲気ではなくなってしまった。この弛緩しきった空気でシリアスな話をするのもどうかと思ったのだ。
「まあ、ともかく帰ろうか。もう夜だし、明日も学園があるんだからな」
「あたし達は手伝わなくていいの?」
「手伝うもなにも、機械的な話が分かる人間でもなければ行っても役に立たんよ。俺達はどちらかというと荒事専門だからな」
「中間テストも近いですし、7月には『五行聖祭』もありますからね。学業を疎かにはできませんよ?」
「げ、そういや来週ってテストだったっけ」
遠からず、間違いなくまたひと波乱起きるのだ。ならば、その間に自分にできることをやっておこう。
とりあえず、今やるべきことは。
「明日からテスト対策で勉強会でもするか。鈴風、お前はそろそろ赤点スレスレの成績をなんとかしなさい。あとリーシェはさっさと立ち直るように。テストの話はお前も無関係じゃないんだぞ?」
「なんだとっ!?」
「留学生だろうがなんだろうが、テストの成績次第では楽しい楽しい補習が待ち受けています。成績低空飛行の貴女方おふたり、今は『テスト』という敵を打ち倒すべく戦うのです!!」
「「ぶーぶー」」
「別に貴女方が勉強をサボろうが、私は一向に構いませんよ? そうやって補習漬けの夏休みを送っている間に、私は飛鳥さんとふたりきりの夏休みを満喫しますので」
「すいませんごめんなさい私が悪うございましただからお願いですから見捨てないで生徒会長さまぁぁぁぁーーーーーッ!!」
「これが……これが格差社会というものなのかっ!!」
「違います」
自分達は学生なのだから、その本分を全うしよう。赤点候補者の面倒を見てあげることだって、きっと大切だ。
今日の夕飯はどうするかな、と一息つきながら考えていると、何かに気付いた鈴風が首を傾げながらこちらに問い掛けてきた。
「ねぇ飛鳥。……リルちゃんは?」
「……………………………あ」
その頃、更衣室。
「しくしく、狭いよぉ……暗いよぉ……みんなどこいったのぉ…………」
真っ暗闇のロッカールームの中で、カタカタと力無く扉をたたく音。
「今度からちゃんと野菜も食べるからぁ……お願いだから許してよぉ……」
大慌てで飛鳥が飛び込んでくるまでの時間、ロッカー内に閉じ込められたフェブリルによる涙交じりの懺悔の声が、更衣室内に空しく響き渡っていた。