―第31話 Dance with Heavy Metal ⑤―
実はクロエはいじめられっ子キャラ。
クロエと鈴風の健闘によりすべてのランドグリーズは沈黙した。
暴走鎮圧という主目的はこれにより達成されたわけだが、
(あと一歩……踏み込みが足りないか!!)
今の飛鳥には周囲の状況を鑑みる余裕など微塵も存在しなかった。
接近戦に持ち込んだまでは良かった。
つかず離れずという一足一刀の間合いは、対峙する刃九朗の射撃兵装を悉く無効化できている。
製作者は城攻めでも想定していたのか、破城鎚にも匹敵するであろう大質量の杭打ち機の挙動は大振りすぎるため、まず当たりはしない。
剣呑極まりない電磁火砲もこの距離では沈黙せざるを得ず、先端の銃剣部分による斬撃も、飛鳥に言われれば鈍重そのもの。
こちらが攻めに徹する限りは負けはしないと踏んでいた。
しかし、このままでは勝てもしない。
懐に飛び込んだからこそ分かった事実だが、この男、とにかく防御が厚過ぎる。
面の広い両腕の武装は、正面に構えるだけで鉄壁と化す。それでも、なんとかその隙間を潜り抜けて奴の肉体に灼熱刃を叩き込む事もできたのだが……弾かれてしまった。
刃九朗の身体を覆うように散布されている金属粒子が飛鳥の烈火刃に纏わりつき、その灼熱を抑えこまれてしまうのだ。
その様は、砂鉄が磁石にひっついてしまう光景に近い。
切れ味と熱量、烈火刃の攻撃性を殺されてしまった状態では、刃九朗に目立ったダメージを与えるには至らない。
太陽光で乱反射する金属片の守りは、さながら季節外れのダイヤモンド・ダスト。一瞬でもその光景に美意識など感じてしまい、飛鳥は心中で毒づいた。
このままでは埒が明かない。
少なくとも今の武器では刃九朗の防御を突破するには至らない、ならば――
「斬って駄目なら、ぶん殴るまでだ!!」
巨大銃剣の横薙ぎを大きく身を逸らして躱しながら、飛鳥は握りしめた双剣の形成維持を解除する。揺らぐ紅炎に還元された二刀は、すぐさま飛鳥の両腕に渦を巻くように纏わりつき新たな武装として新生した。
参式・赤鱗――肘先までを覆った深紅の手甲は、西洋の騎士が身に付けるような篭手を更に攻撃的にした形状で、厚みのある装甲は間違いなく弐式・緋翼を凌駕する熱量を秘めている。
この武器換装に要した時間は3秒にも満たない。
瞬きの間に敵の戦闘スタイルが一変した事に、刃九朗は目を見開いた。
「……貴様も同類ということか」
「そういうことだ。複数武装がお前の専売特許と思うなよ!!」
鋭く踏み込み、渾身の右拳を刃九朗の顔面目掛けて撃ち放つ。
再び刃九朗の身を守る金属片が飛鳥の拳を捉えようとするが、そこから放出される爆炎は先の双剣の比ではない。噴き上がる熱波が鋼鉄の吹雪を蹴散らして、その鉄面皮を砕かんと迫った。
防御も回避も間に合わせない、完璧な一撃。刃九朗はその剛拳を為す術なく受け入れる――
「爆破」
「な…………」
――拒否。
当たってやるくらいならばと、刃九朗は両腕の武装を『自爆』させるという暴挙に打って出た。
とっさの判断だったからか、爆発の威力はそれほど大きなものではなかった。
しかし至近距離で炸裂した鋼鉄花火の衝撃は、飛鳥を後退させ、刃九朗が再び銃撃の間合いに復帰するまでの時間を稼ぐには充分過ぎた。
噴煙が立ちこめる中、飛鳥と刃九朗は互いに無傷。
そもそも炎を司る存在である飛鳥には生半可な爆発など通用しないし、刃九朗に関しても先の爆発で堪えた様子はない。
互いに決定打がない千日手に、2人は鏡合わせのように同時に目を細めた。
「ヴァイオレイター」
「葬月!!」
そして動き出すのもまた同時。飛鳥は遠隔操作型の投擲刃である肆式・葬月を、刃九朗は先程自爆させた電磁加速砲剣・ヴァイオレイターを再構築。
視線が交錯する。
いい加減に決着をつけようと、言わずとも互いの目が物語っていた。
「……いくぞ、鋼鉄」
「来い、烈火」
計8枚の輝く円月輪が、飛鳥の周辺を衛星の如く旋回する。
刃九朗の砲剣、その照準が揺らぎなく飛鳥の心臓に向けられる。
倒さなければ、勝たなければ――飛鳥の思考は、ただ鋼刃九朗という男の打倒のみに注がれていた。
――どうしてだ?
何故、自分はこうまで頑なに奴との決着を望んでいるのか。
理由なき戦いに、どうしてこうも命を賭けようしているのか。
理由を問わず、ただただ闘争本能に身を委ねるなどあってはならない。それではまるで獣だろう。
避けられる争いは避けるべきだろうし、そもそも相手側の事情も聞かないうちに殺す殺されるのやりとりをするような男だったか、日野森飛鳥という人間は?
頭の中にノイズが走り、飛鳥は表情を歪ませた。
……それは完全に命取りだ。
「しまっ――――!?」
一瞬の逡巡、それを見逃すほど刃九朗もお人好しではなかったというだけの事。飛鳥が集中を取り戻した頃には、既に電磁砲弾は放たれていた。
文字通り電光石火。
稲妻と化した銃弾を、放たれた後に回避するなど物理的に不可能だ。
後悔している間すら存在しない。
瞬きの後には、間違いなく自分の肉体には綺麗な風穴が空いていることだろう。
迫る死の弾丸を、飛鳥は苦悶に歯噛みしながら待ち受けた…………が。
「はい、そこまで」
頭の中から鼓膜を直接揺さぶっているような女性の声とともに、飛鳥の視界は『闇』に閉ざされた。
「ふぃぃぃ……危ない危ない。もうちょいで弟くんが天に召されるところだったわ」
ヴァイオレイターの電磁弾が飛鳥の心臓を貫くその直前……飛鳥の影の中で2人の戦闘を見守っていた夜浪霧乃は、ここらが潮時と判断した。
魔力を宿した自身の影で飛鳥の全身を覆い隠し、刃九朗の銃撃を防いだのだ。
ずるり、と底なし沼のように深い闇の底から上がってくる彼女の姿は、まさしく『魔女』そのものであった。
「霧乃さん……」
「やっほ、弟くん。余計なお世話だったかしらー?」
「いえ、正直助かりました。……しかし霧乃さんも人が悪い。最初から手伝ってもらえたならもっと楽だったのですが?」
影による守護を解除する。
ちくちくと刺すような視線をこちらに向けてくる飛鳥の視線に対し、霧乃は両手を開いて困ったように笑った。
「悪いとは思ってるわよ。けれどまあ、弟くん達の力がどれほどのものなのか測るいい機会でもあったからね。ギリギリまでは手を出さないつもりだったのよ」
試金石と言うには上等過ぎるかもしれないが、想定外の事態への対応や、人工英霊並の戦闘能力を持つ刃九朗との交戦は、飛鳥達の現在の能力を見る判断材料としては最適と言えた。
それにしても、こうして飛鳥の戦いを目の当たりにするとつくづく思う。
(最後に弟くんと会ってから1年しか経ってないけれど……相変わらず尋常じゃない成長スピードね。これは人工英霊の特性というよりは、おそらく弟くんの努力とセンスによるものなんでしょうね)
各武装の効率的な運用、炎の能力を応用した分身や探知能力と、手札の多さとその運用術には《九耀の魔術師》夜浪霧乃も感服しきりだった。
それはあらゆる事態にも柔軟に対応出来るようにという戦術眼なのだろうが……しかし、それにしたって徹底し過ぎている。
――すべてを自分ひとりで解決しなければならない。
飛鳥の戦い方からそんな強迫観念じみたものを感じたため、どこか危なっかしさを覚えたのも事実だ。
実際、このような戦い方では心身への負担が大きいだろうし、それこそ今のように、集中が一瞬途切れただけで即絶命といったタイトロープを何度も渡ることになる。
彼の『姉』としては、できれば止めてやりたい。
しかし、飛鳥がそんな無茶な戦い方をしている理由を知っているため、霧乃は彼を諫めることができない。
(天下無敵の“黒の魔女”様が、たったひとりの男の子も助けてあげられないようじゃあ型無しよねぇ……)
ままならないものね、と霧乃は深く溜息をついた。
「霧乃さん?」
「ああごめん、なんでもないのよ。そんなことより……刃九朗、アンタどういうつもり?」
そう、今はそれどころではない。
突然姿をくらましたかと思ったら、まさかの《八葉》への強襲とはどういう了見か。
興が冷めたといった表情で武装を解除した刃九朗に、霧乃は鋭い視線を向けた。
「どういうつもり、とは?」
「今更しらばっくれてんじゃない、どうしていきなり弟くん襲ったのかって聞いてんのよ。それに、ランドグリーズを操ってたのもアンタでしょうが」
語気を強める霧乃の声に、刃九朗は目を閉じて考えこむような仕草を見せた。
その様子を見て、霧乃はまさかと思いながらきつめの口調で問い正した。
「アンタ、もしかして自分でも分からないとか言い出すんじゃないでしょうね!?」
「よく分かったな。その通りだ」
「こ、こんのおバカ脳がぁ……」
しれっと答える刃九朗に、霧乃は思わず頭を抱えた。
普段から何を考えているか分からない男だったが、よもやここまでアホの子だとは思わなかったのである。
しかし、だからといってはいそうですかと納得するわけにもいかない。
手伝おうとしなかった霧乃が言えた義理ではないが、今回の戦闘には人命がかかっていたのだ。
ランドグリーズの搭乗者まで巻き込んで、すべて不問に処すなどとできはしない。
「最悪、俺ひとりを狙ったのならば私怨で言い訳も立たせてやれる。だがランドグリーズを操作したのはやり過ぎだ。お前の行為は完全に《八葉》に対する明確な敵対行為とみなされるぞ」
怒気を滲ませながら、飛鳥が刃九朗に糾弾の視線を向けた。
こちらも既に戦意はないようだ、というより……飛鳥が刃九朗に対してああも好戦的な態度をとっていたことの方が異常だったのだ。
常に冷静に、理性的な判断を下せる子だと霧乃は思っていたし、実際にその評価は間違っていない。
「ランドグリーズ、とはあの人型兵器のことか?……俺は知らんぞ。それに俺にはハッキングの能力など搭載されていない」
「「なに?」」
錯綜する事態に、霧乃も飛鳥も頭がどうにかなりそうだった。
つまりはこういうことだ。
なんとなく霧乃と別行動をとっていた刃九朗は、偶然に足を踏み入れた《八葉》で発見した飛鳥を見るや否や、いつのまにか攻撃を放っていた。
そして刃九朗と交戦した飛鳥も、何故か戦いの手を緩めることが出来ず大規模戦闘に発展。
さらに、刃九朗とランドグリーズの暴走はまったくの別件であると。
「いったいなんだってのよ。さっきの間だけ、どっかの誰かさんが操り糸でも垂らしてたとでも?」
「冗談だと笑えませんね。確かに俺も、戦ってる最中に自分の感情に違和感を覚えたくらいですし。……そちらはどうなんだ」
「俺には、そもそも何が正常なのかが分からん。故に、そもそも正常や異常などといったものが理解できない」
これ以上語る事はないと、刃九朗は口を閉ざしてしまった。
その様子に、怒りを通り越して呆れるしかなかった飛鳥は深く嘆息した。
霧乃もそんな飛鳥の気持ちはよーく分かる。
鋼刃九朗という男の付き合いづらさというか、愛想のなさというか、会話の成立しなささというか。海よりも深い御心で接しないと、常にケンカを売られてるようにしか思えなくなるのだ。
どうしたものかと飛鳥と2人で頭を悩ませていると、
「問答など無用でしょう。その男……今すぐこの場で討滅すべきです」
刃九朗を射殺さんばかりの眼光を滾らせながら、白銀の双銃を携えたクロエがずんずんと荒々しい歩調でこちらに歩み寄ってきた。
その少し後ろから鈴風も近付いてきたが、「え、あたしどうしたらいいの?」とオロオロとした視線で訴えかけてきていた。
すぐにでも発砲しそうな怒れる“白の魔女”に対し、霧乃は手で制しながら淡々と告げた。
「来るのが遅いわよクロエ。あと肝心な時に弟くんの傍にいられなかったような奴が、偉そうに仕切ろうとするんじゃない」
「なっ!? ぐ……貴女こそ、好き勝手に物を語らないで下さい! その男が飛鳥さんを手にかけようとしたのは明白、そんな男を生かしておくなどと――」
「はぁ……アンタ、相変わらず吠えるのだけは一人前ね。そうやってすぐ感情的になって冷静に物事を考えられないから、アンタに弟くんを任せられないのよ?」
「それとこれとは関係ないでしょう!!」
意識していたわけではないのだが、クロエに対して自然と責める口調になってしまっていた。クロエは憤怒の感情を隠そうともせず、血管が切れてしまいかねないほどに顔を真っ赤にして叫んでいた。ぎりぎりとクロエの歯軋りの音が聞こえてきており、いつぷちんと切れてしまってもおかしくないほどだった。
流石に爆発させては堪らないか、と霧乃は言葉を付け足そうとしたが、
「クロエさん、ちょっと落ち着きましょう。俺は何ともありませんでしたし、ランドグリーズも無事に鎮圧できたんですから」
それよりも早く、優しい声でクロエをなだめている飛鳥の姿があった。
自分よりも素早い飛鳥の対クロエの反応に、霧乃は思わず感心してしまった。
「飛鳥さん……けれど、私は」
「気持ちは分かります、けれどここは堪えて下さい。……今回の事件、思ったより複雑そうです。少なくとも、奴ひとりをどうにかすれば解決するだんて単純なものじゃない」
「え? それでは、何か別の意思が介在しているとお考えなのですか?」
「俺はそう考えます。それをはっきりさせるためにも、彼からは色々と話を聞く必要がありそうですから、クロエさんにも協力して欲しいんです」
「……分かりました。飛鳥さんのご判断を信じます」
(すっげぇわね……)
何がすごいって、荒ぶる魔女を一瞬の下に沈静せしめた飛鳥の話術である。
怒りの焦点を逸らしながら、かつクロエの意見も尊重しつつ自分の意見をしっかりと相手に理解させた。
基本的に飛鳥に対しては従順なクロエ相手だったからかもしれないが、それでも見事と言わざるを得ない。
《八葉》のスタッフが数人、こちらに駆け寄って来る。
どうやら時間切れのようだった。
「ともかく、みんな一旦落ち着いた方がいいわね。刃九朗、これからアンタを拘束するけど抵抗するんじゃないわよ」
「仕方あるまい」
手錠をかけられて拘束される刃九朗――実際、手錠程度で拘束出来る相手ではないが――は、これからの自分の処遇にまるで興味がないようだった。大柄のスタッフに左右を固められて連行される刃九朗の背中を見送りながら、霧乃と飛鳥は揃って大きく息をついた。
「また、厄介事が始まったみたいですね」
「んん? ちょっとちょっと、今回は私悪くないでしょうよ。そんなジト目で睨まれる覚えなんてありゃしませんけど?」
意図しようとしまいと、霧乃は自分がトラブルを呼びこむ体質であることは重々承知はしている。が、だからと言って今回の事件までもを自分の責任にされては敵わない。
霧乃は頬を膨らませて飛鳥に抗議した。
それにしても、と霧乃は思う。
多少の荒事には慣れているし、想定外のトラブルも日常茶飯事ではあったが、まさか帰国して早々このような騒動に見舞われるとは予想外だった。
(《教会》からの突っつきとかだったらまだ分かるけどね。……狙いは弟くんか、刃九朗か。あるいは両方? ランドグリーズの遠隔操縦といい、こんなことやりそうな奴は限られてくるわね。こりゃあ弟くんへの風当たりも強くなりそうだわ)
先日酒の席で綾瀬とも話したことだったが、最近になって白鳳市――ひいては飛鳥の周辺が騒がしくなってきている。
そうでなくとも、日野森飛鳥は《パラダイム》に表立って対立している人工英霊であり、更に霧乃やクロエといった魔術師勢力からも注目されている。
本人に自覚があるのかどうかは不明だが、飛鳥は誰に狙われていてもおかしくはない、いわば嵐の中心なのだ。
その上、今回の事件の黒幕は、おそらくそのどちらでもない第三勢力。
心配になる霧乃の気持ちも至極尤もだろう。
だからこそ、イギリスでの仕事を予定より早く切り上げてまで無理に来日したのだ。自分が飛鳥の力になってあげるのはもちろんだが、欲を言えば、刃九朗も戦力として取り入れてほしい。あの様子では随分と骨が折れそうだが。
「……では、先に搭乗者の救出を。ランドグリーズの異常個所のチェックは沙羅先輩と夜行さん――来栖隊長にお任せして、俺達は総裁の所へ報告に行ってきます。……はい、《九耀の魔術師》のおふたりはこちらに同行してもらいますので」
「へぇ……」
だが、もしかすると余計なお世話だったのかもしれない。
スタッフ達と熱心に話しこむ飛鳥の後ろ姿を見ていると、自分のやっていることが単なるお節介に思えてきた。
霧乃の助けがなくとも、飛鳥はちゃんと自分の居場所を確立させている。頼れる仲間がいて、そして飛鳥自身も頼られるような立ち振る舞いをしっかりとこなしている。
しばらく見ない間に、立派な『男の子』の背中になって、『姉』としては誇らしいやら、寂しいやら。
「「……ぽー」」
彼の後姿を、霧乃は複雑な気分で見つめていたが、残る2人は『できる男の背中』にどうやら見惚れている模様。
気持ちは分からないでもない、自分も歳がもう少し近ければクロエ達と同じ風になっていたかもしれない。
(こりゃ、弟くんも大変だ)
今は一歩引いて見守るべきだろう。
彼を取り巻く世界の動きと、ついでに彼をめぐる女性関係。
心配半分、野次馬根性半分の心地で、霧乃は大事な『弟』の背中を見つめていた。