―第30話 Dance with Heavy Metal ④―
作者は主人公最強系がかなり苦手です。厳密にはそういう設定ではなくて、それが当たり前になってるような主人公が。というわけで今回のクロエの叫びは作者の叫びでもあります。
「――“鍛冶師”が彼等と接触したようです」
「ほう……思ったよりも早かったね」
そこは機械仕掛けの王国だった。
照明器具など一切設置されていない一室ではあったが、四方を取り囲むモニターの電子光が部屋全体を冷たく照らしている。
中央にそびえ立つ巨大な演算装置を心臓として、周辺には無数の接続ケーブルや複雑な計器類がまるで血管のように張り巡らされていた。
鋼鉄の巨人の体内にでも迷い込んだかのような不気味な光景の中、アルヴィン=ルーダーは報告の声に耳を傾けていた。
「随分と派手に撃ち合っているみたいだね。虎の子の“ヴァイオレイター”まで持ち出して、それでも倒しきれない相手か。となると相手は“黒の魔女”あたりかな…………おや?」
流れるような手つきでキーボードを操作し、正面モニターに呼びだした映像。 そこには“鍛冶師”と呼称されている鋼刃九朗と、それに正面から対峙している紅髪の青年との鉄火場が映し出されていた。
「名前は日野森飛鳥、《八葉》に所属する熱操作系統の人工英霊のようです。過去の調査における“祝福因子”の適合率が最低ランクであったため、《パラダイム》の研究機関も放逐されていた被検体です」
背後に控える白髪の少女が、どこか侮蔑の念を含ませながら報告を続ける。
日野森飛鳥と言う名に、アルヴィンはどこかで聞いた覚えがあった。
面識はない、確か『彼』の口から何度か聞いたような……?
「……ああ、そうだ! 以前にリヒャルト君が言っていた少年がそんな名前だった。そうかそうか、彼が『反逆者』か!!」
モニターの向こう側で、刃九朗が放つ剣林弾雨を細身の剣だけで凌ぎ続けている飛鳥の奮闘ぶりに、アルヴィンは思わず破顔した。
“鍛冶師”鋼刃九朗の戦闘能力は、凡百の人工英霊など物の数ではない。
アルヴィン自らが設計した数百の破壊兵器を意のままに操るワンマンアーミーは、これまで有象無象の超人たちを紙切れのように鏖殺してきたのだ。
ましてや今回の相手は、人工英霊の中でも『最弱』とされる男。
一方的な蹂躙による、虐殺劇が繰り広げられていて然るべきだ。
しかし、現実は一方的どころか互角の様相。
否、あの立ち回りであれば、むしろ刃九朗の方が危ういと言える。
数値化された能力値の大小がそのまま戦力差に結びつくとは限らない。頭で理解はしていても、こうも見事にそれを体現してのける存在がいるとは思わなかった。
「なるほど、なるほど……どうやら彼は他の人工英霊とは一味違いそうだね。身に付けた能力に頼り切った戦術ではなく、あくまでも数ある戦法のひとつとして行使している。……まるで、力が無くとも戦えると言わんばかりに」
そう考えれば、反逆者というあだ名も言い得て妙である。
何より自分自身に抗っているのだ、見上げた反骨心と評価すべきか。
アルヴィンが興味深く2人の決闘を観察していると、背後に控える少女が唐突に立ち上がった。
いつもは滅多に感情を見せない、仏蘭西人形のように整った容貌を苛立ちに歪ませながらモニターの様子を睨みつける様子に、アルヴィンは首を傾げた。
「どうしたんだい、フランシスカ。君はこの勝負に興味がないのかな?」
「ありません。片や機械仕掛けの戦闘人形、片や人工英霊の誇りを見失った愚か者でしょう。むしろ私は、何故マスターがこのような者どもに熱をあげられるのかが理解出来ません」
「おやおや、随分と手厳しいね。……ああ、そういえばあの少年は一度君を殺した張本人だったかな?」
彼女――フランシスカ=アーリアライズの怒りも尤もだ。
先日報告に上がってきた、“ヴァルキュリア”シリーズ研究区画で起きた暴走事故。
異世界にて、フランシスカはその指揮を任されていたのだが、彼――日野森飛鳥の介入により計画が大きく歪められてしまった。
ちなみに、ここで言う暴走事故の対象とは、何を隠そうフランシスカ自身のことを指している。
飛鳥が意図したものではないとはいえ、彼がフランシスカの拘束を破壊してしまったがために、あちら側の施設は壊滅。
“ヴァルキュリア”達の『管理』も事実上不可能になってしまったため、計画は凍結せざるを得なくなった――という、事の顛末を当のフランシスカ本人から聞いた時は、何とも言葉にし難い複雑な心境であった。
「関係ありません。『あれ』は、私であって私ではないのですから」
しかし、目を閉じて淡々と述べるフランシスカの言葉通り、飛鳥達が打倒した彼女と、今アルヴィンの目の前に立つ少女は、同一人物だが別人だ。
彼女自身、心中複雑なのだろう。
憤ればいいのか、関係ないと割り切ればいいのか。
「まぁ、その話は置いておこう。……おや、どうやら『彼女』が出てきたようだね。果たして事態はどう転がることやら……」
アルヴィンが考え込んでいる間に、2人の戦いは思わぬ方向へと流れていた。
君も最後まで見ていきたまえというアルヴィンの視線に、フランシスカは渋々ながらに腰を下ろした。
「射線上に立たないで下さい、邪魔です!!」
「いちいちそんな事意識しながら戦ってる余裕なんてないんだって!!」
乱戦だった。
地上、空中お構いなしに駆け巡る鈴風の疾風乱撃が無数の火花を散らしている。
クロエは5メートルほど後方でランドグリーズの関節部に銃口を向けようとするが、引き金を引く直前でチラチラと翡翠色の装甲が割り込んで踏み留まざるを得ない。
クロエ・鈴風の急造タッグ(しかもお互いに超不本意)と、原因不明の暴走を続ける3体のランドグリーズ。
勝利条件は敵対象の無力化であり、撃破はともかく搭乗者の殺害などあってはならない。
そういった意味では、この勝負は2人にとっては最も苦手とする分野と言えた。
「く……照準がうまく定まらない」
“白の魔女”クロエにとっては、ランドグリーズの装甲など紙切れ同然に貫けるが、最初に危惧したとおりやり過ぎかねない。
心中複雑ではあるが、圧倒的火力による殲滅戦こそ自分の魔術の本領であると自覚している。
いっそ諸共消し飛ばしてやろうか――そんな暗い感情が一瞬鎌首をもたげたが。
(……いけない。そんな考え方をするから私は駄目なんです)
もやもやとした思いを振り切るように、クロエは再び引き金に意識を預けた。
しかし、こうして初めて鈴風の戦いを見ていると、人工英霊とは何ともデタラメな存在である。
つい数週間前までは間違いなくただの無力な人間であった筈の鈴風が、今ではあのような怪力乱神に変貌し、人機入り乱れる戦場の最前線に立っている。
……なんとも、酷いものだ。
クロエ=ステラクラインの今の力と立場は、幼少時からの血を吐くほどの努力と研鑽で得たものだ。
それが自分が望んで得たものではなく、ただ義務だったからという理由だとしても、それなりの矜持というものがある。
だが、あれは何だ?
強くなりたいと希うこと自体を否定はしない。
だが、たったそれだけでいとも簡単に自分や飛鳥に並び立てる力を手にした鈴風の存在を、クロエはどうしても許容出来ない。
現実はお伽話でも英雄譚でもない。
クロエならばご都合主義的に降って湧いた力など、気持ち悪くて使う気にもなれない。
鈴風が努力をしていないと言うわけではないのだろうが……同じ人工英霊である飛鳥が今のレベルにまで戦えるようになるまでには、何度も歯を食い縛る思いをしてきた。
そんな飛鳥の苦悩と研鑽を知っている身としては、あまりに不公平だと感じてしまう。それほどまでに彼女の成長スピードは異常極まっていたのだ。
ただの学生だった少女が、ある日突然大きな戦いに巻き込まれました。
そして、ある時とても強い力を授かった少女は、仲間達と一緒に悪を倒すため戦い始めたのです。
今時そんな展開、少年漫画でもそうはあるまい。
ピンチになったら助けてくれる、願えば力を与えてくれる――随分と残酷な神様もいたものだ。
クロエは鈴風に対して嫉妬など微塵も感じてはいない。
あるのは嫌悪感と、ほんの少しの憐れみ。
あなたは戦うために生まれてきたのだ、勝利するために戦うのだ――そう神に操られているような、愚かな傀儡にしか見えなかったのだ。
(おそらく、鈴風さん自身も感じてはいるのでしょうけど)
あたしは強いんだぞ、どうだすごいだろう――だなんてそんな戯言、歯を食い縛りながら鉄機の猛攻を凌ぎ続けている彼女の横顔からは感じられない。
やはり幼馴染と言うべきか、戦闘スタイルも飛鳥に限りなく近いのだ。
異能の力に極力依存することなく、あくまで自分自身の力と技を練り上げ立ち向かう。
まだまだ危なっかしい戦い方ではあるが、その意思は評価しなければならないのだろう。
クロエは意を決して、風に乗り暴れ狂う鈴風に呼びかける。
「鈴風さん、奴らの足を止められますか!!」
「一瞬だけでいいなら、何とか!!」
「充分です、お願いできますか。それで私が合図したらすぐに離れて下さい……巻き込んでも責任取れませんので」
「……りょーかい! 信用してるよ、先輩」
まさか頼られるとは思ってなかった鈴風は一瞬目を丸くした。
しかし、クロエの強い眼差しを受けてその意を汲み取ったのか大きく首肯し、再び風を纏って走り出した。
これ以上の時間の浪費は許されない。
ランドグリーズ達に阻まれたあの先では、まだ飛鳥が戦っているのだ。
「並列術式展開……フローライト・ホークスアイ」
二挺拳銃を正面に構え、銃口より解放の時を今か今かと待ち望む暴虐の光を押さえ付け、研ぎ澄ます。
割れそうなほどに頭が痛む。
今にも氾濫しかかっている光の魔力を押し留めるのは、頭の内側をハンマーで叩き付けられているような感覚に近い。
しかし、これしきで苦悶の声などあげてなるものか。
飛鳥はもとより、眼前の鈴風にも合わせる顔がなくなってしまう。
どうやら、自分は思っていたよりも負けず嫌いらしい――苦痛に苛まれる中、クロエは不敵に笑いながらトリガーを引く指に力をこめた。
「やってやろうじゃん……」
地を這うように疾走しながら、鈴風は嬉しそうに小さく呟いた。
横薙ぎに振るわれる大型チェーンソーを跳躍して回避。飛び上がった鈴風を狙い放たれたロケット弾の軌道を、突き出した鋼槍で右側へと逸らす。唸る機関砲の雨嵐を、空中でくるりと一回転、目一杯振り抜いた槍の刃風で悉く撃墜した。
クロエと違い、一撃の重さがない鈴風の能力ではランドグリーズの装甲には歯が立たない。
撹乱は出来ても決定打がないことが分かっていたため攻めあぐねていた鈴風だったが、そこに先程のクロエの言葉だ。
いつもいけ好かなくて、勉強も運動も、戦いだって何でもこなす無敵の生徒会長様が、初めて自分を頼ったのだ。気合いも入ろうというもの。
自分を中心に吹き荒れる烈風は、そんな精神の高揚によるものか。
銃や剣で『風』は倒せないぞと、無意識に溢れ出る翠玉色の障壁が鈴風の周囲を守護していた。
背後からクロエの視線を感じる。
ランドグリーズ達をまとめて絡み取るタイミングを見逃すまいと意識を傾けているのが背中越しに感じられた。
鈴風にとってのクロエとは、1年前にいきなり飛鳥の家に転がりこんで、彼の隣をかっ攫おうとしている憎き敵だ。『恋敵』と言っていいのかどうかは……よく分からないが。
世が世なら傾国の美女となっていたかもしれない、誰もが羨む美貌。
留学生でありながら生徒会長に抜擢されるほどの人格、カリスマ。文武両道に才色兼備と、クロエの評価を挙げればキリがない。
その上、恋愛沙汰に関しては純情一途ときたものだ。
よくもまあこんな絵に描いたような『ヒロイン』が世の中にいたものだ、と鈴風はつくづく思っていた。
(けれど、先輩は《九耀の魔術師》とかいう存在で。飛鳥と一緒で、あたしの知らない所でずっと戦い続けていて)
思えば、鈴風は『魔女』であるクロエに関しては何も知らない。
おそらく1年前に飛鳥と何かがあって、それ以降クロエは飛鳥に対して並々ならぬ想いで尽くそうとしている。単なる好いた惚れただけではない、絡み合った糸のように複雑な何かを、飛鳥に向けるクロエの眼差しから感じたのだ。
それが何なのかは分からないし、向こうから話そうとしない限りは知りたいとも思わない。
クロエと飛鳥、2人の間でしか通じ合えないものがあるというのは、何だかもやもやとしたものを感じはするのだが……
(あたしはまだまだ遠いんだ。2人のことをちゃんと理解できるほど、あたしは苦労もしていなければ傷ついてもいない。……フェアじゃないよね、こんなの)
クロエの懸念など百も承知なのだ。自分が一足飛びで超人達の戦場に立てていることの異常さくらい。
鈴風とて剣の道を修めていた身だ。武芸や『力』そのものに対してある程度の矜持がある。
数週間前には、人工英霊――成り損ない、ではあるが――となった部の後輩、篠崎美憂に手も足も出なかった自分が、今ではそれを圧倒できる領域にまで達している。それはひとえに鈴風の誓い――飛鳥に追い付きたいという彼女の希求により成された結果ではあるのだが……この事実は鈴風にとっては『呪い』に等しい。
リーシェにも話したことだ。
――努力ってなに?
――頑張るってなに?
――今までずっと一心不乱に竹刀を振ってきました、けれど人工英霊になった以上そんなもの、あってもなくても変わりありませんよ。
おいおい何だそれはふざけるな、と声を大にして叫びたくもある。
しかし同時に、そうでもしなければ置いていかれると思ってしまったのも事実だ。
右手に握られた深緑色の長槍に目を向ける。かつてこの右手に握られていた竹刀とは何もかもが違う。
信念もない、誇りもない。
ただただ自分の望みを叶えたいという我がまま――つまるところが『欲望』の輝きだ。
「……それでもっ!!」
それでも、これは『力』だ。
どれほど曇っていようが、誇りなきものだろうが、戦える。
誰かを守れる。
彼の役に立てる。
ならば、それだけで上等過ぎるだろう。
鈴風を包囲した3体のランドグリーズが一斉にこちらに銃口を向けていた。
敵の配置、体勢、射角、どれをとっても狙い通りだ。
「先輩ッ!!」
「ハアアアァァァァッ!!」
竜が天に昇るかの如く、竜巻を伴った鈴風は一息で天高く急上昇する。
巻き上がった砂嵐、それによりほんの一瞬だけ、鋼鉄の兵士達は視界を遮られ鈴風の姿を見失った。
……即ち、クロエから見れば隙だらけだ。
視界に入ったあらゆる存在を消し飛ばすまで自動追尾し続ける熱光線“裁きの曙光”と、針のように細く形成した光弾による狙撃“落鷹の閃光”の同時起動。
それは、搭乗者には当たらないギリギリのラインで、かつランドグリーズの駆動を停止させる各関節部及びカメラアイへのマルチロックオン・スナイピングを実現した。
二挺より放たれた破壊光は、大樹が枝分かれするように無数の細い光糸に分離していき、横殴りの雨となってランドグリーズの四肢と頭を瞬きの間に通過していった。
炎上もしなければ煙も出ず、まるで眠りについたかのように狂える鉄機はその動きを停止させたのだ。
「……すっご」
ふわりとアスファルトの大地に降り立った鈴風は思わず感嘆の声をあげた。
「時間がかかり過ぎました……私もまだまだ精進が足りませんね」
痛みが残る頭を軽く振りながらクロエは苦々しく呟いた。
ランドグリーズが再び動き出すような気配はない。
中の搭乗者の容態が気になるが、少なくとも命に別状はないはずだ。
ならば、顧みる暇などない。
「飛鳥っ!!」
「飛鳥さん!!」
障害はすべて排除された。
ならば後は一秒でも早く駆けつけよう。
そこは鉄火舞い散る男の戦場。しかし、女が割り込むに野暮だ無粋だと言ってくれるな。
そこには、少女達の戦う理由がある。
少女達のあるべき場所が、そこにあるのだから。
いや最強系もいち読み物としては面白いんですけどね……