―第29話 Dance with Heavy Metal ③―
フローライト、ホークスアイ……名前で分かる人もいるでしょうが、クロエの技名は天然石の名前からとっています。
「くっ……邪魔を、するなぁっ!!」
飛鳥と刃九朗が鉄火を散らす戦場を守る門番であるかのように、4体のランドグリーズが侵入者を阻まんと迎撃の砲火を放つ。
しかし世界最強レベルの魔術師の称号である《九耀の魔術師》。その一柱であるクロエ=ステラクラインにとっては、本来であればこのような鋼の巨人ごとき、赤子の手を捻るがごとく簡単に撃滅することができる。
しかし、飛鳥が懸念したようにランドグリーズには人が乗っているのだ。
彼が搭乗者の身を案じて正面撃破を避けたのは遠目でも理解できていたがために、日野森飛鳥のパートナーを自認するクロエとしてはその意向に極力沿わなければならない。
そのため、いつものような力押しでは駄目だ。
人命を奪うことなく眼前の機動兵器を無力化しなければならない。
「光子魔術展開式02――“落鷹の閃光”」
白銀に輝く二挺拳銃を『召喚』し、眼光鋭く鋼鉄の守衛にその銃口を定めた。
そして起動させたのは、世界でクロエにしか扱う事のできない『光』の魔術式――光子魔術展開式の魔術陣だった。
(透過開始、搭乗者に当たらないギリギリの所を狙って――貫く!!)
全神経を研ぎ澄まし、今にも爆発しそうな自身の破壊エネルギーを圧縮、集束して針のように突出させる。
自分でも制御しきれていないこの光の魔術の奔流を、あえて力を抑えて行使するのは、文字通り針の穴に糸を通すような繊細さを要求される。
本来であれば、超長距離から対象の弱点を透視し、圧縮した光子弾で狙撃する“ホークスアイ”の術式。この技は、呼吸を整え精神を波立たせることなく、相手の間合いの外から放ってこそのものであった。
(悠長に距離をとっている暇などありません!!)
少なくとも、今にも相手の刃が届くような至近距離で行使するものではないのいだ。
しかしその選択こそが、唯一無二、誰も殺さず飛鳥を助けることができる選択であると理解していたクロエは、脳天から一刀両断せんと振り下ろされる大型ブレードの脅威を前に、無理矢理頭を冷静にして対処する。
――恐怖に震えている場合か。
――迫る刃を前に照準を揺らしている場合か。
――最速で冷静に精密な射撃をするしか、お前には許されない。
引き金は極めて軽かった。
既存の拳銃とは違い、“クラウ・ソラス”の回転式弾倉には鉛弾が入っているわけではない。
内面にびっしりと刻印されたルーンにより彼女の『光』の力が封入されているのだ。
一切のブレなく発射された一筋の光芒は、揺らがず曲がらずランドグリーズの右腕を貫通した。
今まさに、クロエの頭上すれすれまでに到達していた軍用刀の勢いが弱まった。その隙にクロエは相手の懐に滑り込み、銃身に備え付けられた銃剣部分で、肩と足の付け根にあたる場所を撫でるように斬った。
「……よし」
糸の切れた操り人形のように力無く地面に倒れ伏した鉄機を一瞥し、再び疾走を開始しようとするが、すぐさま残る3体が立ち塞がりクロエの行く手を阻んだ。
思わず舌打ちし、苛立ちを隠せないまま双銃を構える。
倒すだけなら簡単だ。
しかし『無力化』前提となれば3体同時はかなり骨が折れる。
この場合、自分の身よりも加減を間違って相手を殺してしまわないかという方が心配なのだ。せめて1対1の状況まで持ち込めれば随分と楽になるのだが――
「そこのけそこのけぇぇぇぇーーーーッ!!」
そんなクロエの懸念を振り払うように、背後から烈風が猛襲した。
それは、翡翠色の装甲を両手両足に纏い、ランドグリーズの1体に飛び蹴りをぶちかました意思ある風の化身。
「鈴風さん、貴女……」
「リーシェを運んできた間に、随分ときな臭いことになってるね……どうなってんの?」
隣に着地した風の人工英霊、楯無鈴風の疑問の声に、クロエは面倒だと思いながらも仕方なしに答えた。
「ランドグリーズが暴走……いえ、この場合はのっとられたと言うべきですか。ともかくあれらは敵です。しかし中には人が乗っているので、極力破壊せずに倒す必要があります」
「飛鳥と戦ってるヤツは?」
「不明です、しかし敵性勢力には違いありません。故に即刻――縊り殺すまで」
迸る殺意を抑えきれずに凄絶な笑みを浮かべるクロエの姿に鈴風は思わず背筋を震わせたが、すぐさま気を持ち直して叫んだ。
「と、ともかく! こいつらをほどよくブッ飛ばせばいいんだね!!」
「ええ。……あら、霧乃さんは?」
背後を見ると、先程まで居丈高に佇んでいた霧乃の姿がなかった。
こういう時こそ《九耀の魔術師》の出番だろうに、いったい何をしているのか。
元より、気まぐれな性格の“黒の魔女”だ。戦力としてアテにするつもりなどクロエには毛頭なかったのだが。
そんなことよりも、
「リーシェもすぐには来てくれなさそうだし……ここは2人で何とかしなくちゃ、だね」
「貴女に背中を預けるなど、不本意極まりないですが……やむを得ませんね」
「可愛くないの」
「可愛くなくて結構。飛鳥さんがご覧になっていない場所で体裁を気にしても無意味ですから」
「ぶっちゃけやがったよ、この人……」
間違いなくこのコンビ――相性最悪である。
息を合わせる、相手の動きを理解する、連携をとる……こいつ相手にやってたまるかそんなこと。
犬猿の仲である2人の心中は、反発しながらも互いへの対抗心という点でのみ完全に同調していた。
2人の戦乙女は、3体の機械巨人を前にたじろぐ様子は一切ない。
「せいぜい足手纏いにならないように。邪魔になりそうなら、問答無用で見捨てますのでそのつもりで」
光輝の魔女は、双銃の引き金に指を通して回転させながら、疾風を纏う女戦士を睥睨し、
「こっちの台詞だっての。後で助けてーって泣きついてきても知らないんだから」
嵐を呼ぶ女は半ば八つ当たり気味に、形成した鉄槍の石突を地面に叩きつけて、光を纏う異国の少女を睨みつけた。
無言の喧嘩を繰り広げる2人に業を煮やしたのか、ランドグリーズ達は一斉に各武装をがちゃつかせながら殺到した。
ああ、だがしかし、相手が悪かった。
「うるさい!!」
「邪魔すんな!!」
2人の男によって構築された戦場は、雨嵐となって押し寄せる銃弾とそれを迎撃する熱火の瀑布の衝突により、さながら溶鉱炉のような炎熱に支配された空間だった。
「この……野郎!!」
「…………」
再三の激突にも、刃九朗は鉄面皮を崩す様子はない。
理由は分からないが、奴が余裕綽々のままというのが飛鳥は気に入らないのだ。
左腕からの銃撃を、姿勢を低くし地面すれすれを疾走しながら回避。
武装構成から見るに、相手は高火力重視で機動性は二の次といったところ。
それ故に、勝負は一瞬。
あれほどの高速連射だ、近いうちに弾切れをおこす。
例え何かしらの技術で閃光の如き速度の再装填を実現したとしても、その刹那の時間だけで充分だ。
懐に潜り込み、絶対不可避の神速連斬を叩き込む。その瞬間を見極めるべく、飛鳥は今は距離を置いて回避行動に専念した。
(おかしい……あれほどの弾薬が、いったいあの武装のどこにつまっている?)
しかし、どれほど待っても弾切れどころか弾幕の勢いは増すばかり。……嫌な予感が脳裏をよぎった。
考えたくはないが、あの回転式機銃の弾薬は、
「弾切れを狙っても無駄だ。俺の武装は無尽蔵だ」
「ああ、そうかい……!!」
案の定と言うべきか。
無限弾倉などという理不尽に、しかし飛鳥は大した驚きを感じてはいなかった。
遠方で交戦しているクロエの拳銃を筆頭に、物理的にありえない構成の武装など飽きるほどに対峙してきたのだ。
しかし、そう考えると刃九朗の武装――いや、鋼刃九朗そのものが、何かしら特殊性を備える存在であるということは容易に結論づけられる。
一時接近を諦め、大きく後方へと跳び下がった。
ただの重武装ではない、まずは相手の能力を見極めなければ。
飛鳥は連装砲の射程外まで下がり、刃九朗の次の一手を待った。
「連装機動防盾“トライヘッド”を破棄。『保管庫』内より中・長距離射撃兵装を検索…………該当138機より、電磁加速砲剣“ヴァイオレイター”を選択」
「な……」
刃九朗が何かを呟いたかと思った次の瞬間、左腕を構成していた大型回転連装銃が光の塵となって、文字通り霧散した。
そして周囲を漂う光の粒子が再び左腕に集束、先程までとは全く違った形状に再構築される。まるで砂で作った城を壊して、また作りなおしているかのような不可思議な光景に、飛鳥の警戒は最大限に高められた。
『再生』された新たな武装――2メートル近い銃身を持つロングライフルの先端には、恐竜の爪牙を彷彿とさせる巨大な銃剣が接着されていた。
クロエの双銃剣をそのまま巨大化したような外観ではあるが、“クラウ・ソラス”のような芸術品じみた美麗さは一切ない。離れていても、血の匂いと勘違いしそうなほどにむせ返るような『鉄』の匂いが感じられる――無骨なる鋼鉄の塊。
重厚極まる新たな左腕の銃口を、ゆったりとした動作でこちらに向けてくる。
――まずい、まずいまずいまずい!!
(避けろおおおおおおっ!!)
全神経が稲妻に撃たれたかのように急激な回避行動を指示した。
眼前より迫る濃密な『死』の気配に、筋肉が千切れ飛ぶのも意に介さずと無理矢理に全身を駆動させて射線上から身体を逃がす。
……直後、雷神の大槌の轟撃が大地を打ち砕いた。
きぃんと鼓膜を殴打する爆音と、視界を純白に埋め尽くす閃光の嵐。
それが電磁加速砲――超科学によって生み出された、たった一発の弾丸によるものであると気付いたのは数秒後。飛鳥の視界が回復し、硝煙と紫電が蠢く刃九朗の腕を視認した後であった。
「今のは……俺と同じ、精神感応性物質形成能力? いや、だが、あんなものを作り出せるわけが……」
粒子レベルにまで分解された連装機関銃と、そしてそれを再構築して現出した電磁加速砲。この一連の流れに飛鳥はひとつだけ心当たりがあった。
今自分が両腕に保持している“烈火刃”の形成シークエンスに極めて近かったのだ。
しかし精神感応性物質形成能力は、飛鳥や鈴風“人工英霊”の固有能力であるはず。
刃九朗も同類である可能性も考えれるが、そうだとしてもおかしい。
精神力と想像力に依存するこの能力は、創り出す武器の詳細情報を、事細かに脳内に展開し続けて実現される。
烈火刃一振りとっても、剣の全長や、重量、硬度などの『設計図』を明確にした上でイメージし続ける必要があるのだ。
即ち、銃火器のような精密機器は事実上形成不可能とされている。刀剣とは比較にならないほどに細分化された部品の組み合わせに、実際に駆動させた際の各部分のアクションと、人間の脳内でその情報を常時処理し続けるなど一流の技術者でも困難を極めるのだ。
頭の中に高速演算システムでも搭載しているとでも言うのか?
飛鳥が言える立場ではないが、もしそうならまともな人間ではないだろう。
「考えている暇はないか……!!」
少なくとも、今の飛鳥には余裕がない。
音速を遥かに凌駕する弾速を前に見切りなど無意味。
銃口から射線角を読み取り、引き金を引かれる前にその射軸から一心不乱に退避する。一瞬でも足を止めたら最後、間違いなく全身が消し飛ぶ。
窮鼠のごとき跳躍疾走で、右へ左へ――
「む……」
圧倒的火力でじわじわと飛鳥を追い詰めている筈の刃九朗が小さく唸った。
それは、飛鳥が紙一重の回避行動を成功させ続けていることに対してではない。
「いつの間に増えている?」
瞬きの間に、3人に増殖した攻撃対象に対する驚愕の念によるものだった。
紅炎投影――プロミネンス・リンカーと呼称される熱分身投射能力。
一発の銃弾が迫る中、飛鳥は選択したのだ。左方向への回避、右方向への回避、そして正面突破……そのすべてを。
刃九朗にとっては単純な三択に見えて、その実詰みであった。
仮に、3人の内すぐさま本物を見極めて正確に撃ち貫けたならば、その時点で勝敗は決する。そのため、この場合刃九朗がとるべき選択は、勘でも何でもいいのでともかく撃ちまくることだったのだ。
だが、刃九朗は一瞬だけ判断に迷った。
飛鳥の狙いは、その間隙で得られたたった刹那の時間だった。
そもそも、飛鳥は三分の一のロシアンルーレットに身を委ねるような博打をするつもりなど毛頭なかったのだ。
烈火刃二刀流による超加速をもってすれば、1秒あれば充分相手の間合いに滑り込める。
「さあ、今度はこちらの間合いだ」
「ちぃ……!!」
故に、ここで攻守は逆転する。
放たれた矢のように一直線に撃出された飛鳥の双剣、電磁火砲で迎撃するには既に遅すぎる距離だった。
表情を曇らせながら、刃九朗は青竜刀にも似た銃剣部分で応戦する。
よほど想定外の攻撃だったのだろう、機械じみた人間兵器の鉄面皮には、明らかな動揺という亀裂が入っていた。
刃が届き、銃口が届かない至近距離戦。
右腕の杭打ち機も、左腕の大型銃剣もかするだけで致命的な大打撃になるだろうが、当たらなければいいだけのこと。
氾濫した大河のごとく荒れ狂う大剣と鉄杭による猛爆も、風にふわりと舞う一枚の木の葉のように。
どれほど火力が劣っていようと、飛鳥にはそれを補うだけの戦術技巧と機動性がある。
過去にはリーシェとの交戦でも披露した、断花流孤影術・揺。
必要最低限の動作で相手の力を捉え、受け流す――言葉にすればこれだけだが、一手間違えれば即圧殺という極限下で、それを涼しげにこなす胆力こそが異端なのだ。
「この……装甲が無駄に堅い!!」
「しつこいぞ、灯火風情が!!」
さりとて戦況は変わらず、完全に互角の様相を見せる。
一撃必殺なれど、その爆撃は空を切るばかり。
神速軽妙なれど、堅牢なる武装を突破するには至らない。
それぞれの武器を豪快に打ち鳴らしながら、滾る戦意を瞳に込めて互いの視線を真っ向から射抜く。
なんだこれは。
どこまで対照的なのだ。
まるで互いが互いを否定するために生まれてきたと思えるような感覚。
もはや理屈ではない。
何故奴はこちらに敵対するのか、奴の『鋼』がどうしてこうも憤怒を呼び起こすのか、それすら今はどうだっていい。
もはや冷静ではいられない。
何故こうも奴に苛立つのか、奴の『炎』がどうしてこうも不快に映るのか、それすら今はどうだっていい。
「その『鋼』を撃ち砕く!!」
「その『炎』を消し飛ばす!!」
感情を剥き出しにして、2人の男は吠え猛る。
貴様を叩き潰すまで俺は止まるつもりなどないぞと、鋼鉄の乱撃によるリズムを奏でながら。