―第28話 Dance with Heavy Metal ②―
ルビ振りまくり。勢い余って、つい……
『最強の兵器』とは何か?
人類の歴史とは、即ち闘争の歴史と同一である。
個人が集合することにより集団社会を構成し、複数の集団社会の間に生じた摩擦が戦争の火種となったのだ。
であるならば、科学技術が発展する歴史とは、即ち戦うための道具――武具兵器の発展の歴史と限りなく同一と言えるのではないか。
原始時代の石槍から始まった武器の歴史は、製鉄技術の発展により強固な鎧と鋭い剣を生み出した。
そして中世には『銃』という存在が戦場を支配し、刀や弓矢による戦争のモデルを大きく変動させた。
日本においては、織田信長が戦場に3000丁の鉄砲を導入し、敵方の武田軍を蹂躙した『長篠の戦い』はあまりに有名だろう。
戦車、軍艦、戦闘機――近代においては、一口に『兵器』と言ってもその用途に応じて多種多様な軍事兵器が造り出されている。
そのため、一概にどれが最も優れた兵器であるのかなどと決定するのは困難であろう。
だが、最強の兵器が何かなど決まりきっている。
それは『人間』だ。
武装さえすれば、人間は地上も、高き空も、深き海の底にも、はては宇宙の彼方までも進攻することができ、状況に応じた判断で最適な判断を行える。
結論、人間を兵器にできれば、それこそが紛れもない『最強』に違いないのだ。
「ブーステッドアーマーの生みの親、アルヴィン=ルーダーの言葉ですわ。あまりに荒唐無稽、と私も思ってましたけれど」
断花重工内、運用試験場。
飛行機の発着場並の面積を有するこの広大な空間で、計4体の鋼の兵士が舞い踊っていた。
全長は約4メートル。一見すると、巨人にでも着せるような全身鎧だ。
試験用ということでまともな塗装を施していないのだろう、各部の装甲は地金の鉄の色がそのまま浮き彫りになっていた。
「あれが“ランドグリーズ”か。本当に、人間そのものの動きができるんだな……」
「既存の戦車のようにスイッチやレバーで操従するのではなく、文字通り四肢の延長として操作していますのよ。パワードスーツの概念と同じですわね。性能一覧、ご覧になりますか?」
沙羅から手渡された情報端末を操作し、“ランドグリーズ”の詳細データを立ち上げた。目の前に機体の立体像が出現、その周囲に各部位の解説が記載されていた。
「あれの両手両足には、操縦者の手足の動きをそのまま反映するための運動変換機構が搭載されていて、それこそ指一本一本の動きに至るまで綺麗にトレースしてくれますわ。更に各部に内蔵された姿勢制御用のスラスターは、指向性次第で人間顔負けの急制動や急加速を実現できる――あれほどの大質量が、さながら豹のような瞬発力で襲いかかってくるのは相当な脅威でしょうよ」
ランドグリーズたちがその動きを確かめるかのように四肢を駆動させ準備運動している様を、飛鳥と沙羅は離れた場所から分析していた。
各機体には――最大積載量の限界値を測る意図もあるのだろう――それぞれ違った武装が無節操に取り付けられていた。
一体は近接格闘に特化しているのか、右手にはコンバットナイフの刀身をそのまま引き延ばしたような形状の長剣を携え、両腕部には大口径の機関砲が備え付けられている。
逆に、長距離射撃型の機体は、長銃身のアサルトライフルに、両脚には連装ミサイルポッド、背面からは天をも貫かんばかりに起立する擲弾砲塔と重武装だ。
どちらも素体はまったく同じ躯体だ。
だが、環境や用途に応じて全身の武装を自在に換装し、あらゆる場面に対応できる汎用性を実現している――これがブーステッドアーマーの設計思想なのだと沙羅は解説を続けた。
「確かに、こいつが量産されれば戦争の在り方が相当変わるでしょうね。紛争を鎮圧するために大勢の兵士を動員するのではなく、極少数のランドグリーズを小隊化して当てるだけで大抵の武装勢力に対抗できる。……単一の軍隊というわけか」
物量勝負だったこれまでの軍事兵器とは真逆で、人的かつ物的損失を極力抑えるための『量より質』を追い求めた結果でもあるのだろう。
そういう意味では、この新しい機械の兵士の台頭を喜ぶべきなのかもしれないが……どうにも解せない。
飛鳥は動き回る“ランドグリーズ”に視線を固定させたまま、沙羅にひとつの疑念を投げかけた。
「いくら『セカンド・プロメテウス』の影響があるとはいえ……あれが実用化までこぎつける段階には……まだ、早過ぎるように思えます」
「“ランドグリーズ”が実用化に至った理由のひとつとして、ウルクダイトに代表される特殊合金のおかげで、各装甲や内部パーツの強度を飛躍的に向上できるようになったことが挙げられますが……ブーステッドアーマーの開発には色々と謎が多いんですのよ。あれほどまでの機動力と、生身の人間と同じレベルの動作性を管理構築できるOSの開発には、まだまだ年月が必要とされていましたのに」
「開発者であるアルヴィン=ルーダーとやらが、それこそ世紀の大天才だったとしても……やはり」
「ええ……空白の時間を感じずにはいられませんわね」
眼前の、あまりに過剰発展しすぎた科学の鋼兵を見ていると、期待よりも言い様のない不安の方が先に立ってしまうのだ。
沙羅も飛鳥と同じ考えだったらしく、複雑な表情でトライアルの光景を見つめていた。
そんな2人の少し後方では、
「あの2人が何の話をしているのかが、分かりません……!!」
「む? あれは日本語だったのか?」
飛鳥と沙羅の会話に耳を傾けてはみたものの、その内容がさっぱりぽかんで知恵熱を発している鈴風とリーシェの姿があった。
呆れた様子のクロエから、考え過ぎでふらふらしている鈴風に向かって憎まれ口が飛んできた。
「はぁ……これだから体育会系は。飛鳥さんの力になると見栄を張るのならば、まずはその足りないお脳をなんとかしなさいな」
「なんだい偉そうに。……だったらクロエ先輩には分かるの? 飛鳥と沙羅先輩が話してること」
「…………………もちろんですとも」
「随分答えるまでに間があったね?」
そもそも高等学校で習うような知識ではないので、知らないことは決して恥ではないのだが……鈴風もクロエも、飛鳥絡みでは互いに意地を張りたがる性分のようだ。
犬歯を剥き出しにして、う~と唸り声をあげながら互いを睨みつける様子は、似たもの同士と言うべきか、五十歩百歩と言うべきか。
「しゃあないわね。それじゃあ、おふたりさんのためにこの霧乃先生が解説してあげようじゃないの」
「「頼んでない!!」」
教師としての本領発揮といったところか、見かねた霧乃が2人の間に入ってきた。
思わず同調した鈴風とクロエの突っ撥ねの声など聞かぬ存ぜぬと、魔女先生は大人の余裕で朗々と語り出した。
「そうねぇ……たしか、鈴きちは料理苦手だったわよね?」
「無視すか。ていうか変なあだ名つけないで霧乃さん」
飛鳥と同じように、鈴風もまた霧乃とは長い付き合いだ。
細やかな思慮が苦手な鈴風にとって、飄々として悪知恵ばかり回る霧乃の存在は目の上のたんこぶだった。
要するに、ああ口喧嘩では絶対勝てないわ、と確信させるほどに相性が悪かったのだ。
ここで駄々をこねても徒労にしかならないだろうし、疑問に答えてくれるのであれば無理に突っぱねる必要もない。
鈴風は渋々といった様子で霧乃の言葉に頷いた。
「たしかに料理は苦手だけどさ……それと何の関係が?」
「弟くん達がおかしいって話してるのは、例えるなら、料理のできない鈴きちがいきなり満漢全席作ってくるようなもんなのよ」
「いきなりの中華料理フルコースとか、どんだけ難度ウルトラCなんすか」
料理といえば、とりあえずそのまま焼くくらいしかできない鈴風が、そのような贅を尽くした料理を作る技能など持ち合わせているわけがない。
現実的に考えても、数年――飲み込み次第ではそれ以上かかるかもしれないが――の修行が必要だろう。
それが何だというのだろうか。
「ああ、つまり……上達や発展をするまでの過程が抜けている、と?」
「正解。ただ、アンタはそれくらい最初から理解しときなさいよクロエ。同じ《九耀の魔術師》として恥ずかしいったらありゃしないわよ」
「ぐ、ぬ……口惜しいですが返す言葉がありません……!!」
呆れた声の霧乃に、クロエは握り拳を震わせながら呻くばかりだった。
『セカンド・プロメテウス』が起きたのは10年前。
当時6~7歳だった鈴風やクロエ達が実感するのは難しいが、これによる世界技術の発展スピードは右肩上がりどころの騒ぎではなかったのだ。
例えばロボット工学。
人型のロボットというのは10年以上前から開発が進められていたが、その人工知能は二足歩行するための姿勢制御や最低限の動作を行うだけで、大半の思考回路が埋められていた。
しかし『セカンド・プロメテウス』以後に開発されたAIは、人間がほとんど手を加えなくとも自律制御し、なおかつ得られた情報を集積し『学習』する。
そんな研究者達の到達点と言っても過言ではないような知能回路が、ある日突然発表されたとなれば、何の冗談だと正気を疑うのが正しい反応だろう。
「んで、そんな夢物語みたいな超技術をバカスカと繰り出してきたのが、かの有名なAIT社ってわけよ。今じゃあ、あの会社が絡んでない発明なんてないんじゃないのってくらい当たり前になりつつあるけれど……それでも、出自がハッキリしない技術が使われたものを信用しきれないっていう弟くんの気持ちはよく分かるわね」
“ランドグリーズ”そのものは断花重工製ではあるのだが、装甲材として使われている相転移金属“ウルクダイト”や、人間同様の動作を実現するために積み込まれた駆動・火器管制OS――通称“グラディウス”と呼ばれる制御回路部分はAIT社由来のものである。
正直な話、断花重工の技術者たちも、これらがどういう理論で構築されたものなのか、そのすべてを解明しきれていないらしい。
これでは確かに飛鳥達が不安がるのも道理だろう。
「人工英霊の存在だって、AITが一枚噛んでるかもしれないんだし……弟くんにとって、あれは敵方の技術で造られた獅子身中の虫に見えるんでしょうよ」
「あ、そっか。確かあたしが人工英霊になったのも、そのAITが作ったとかいう“祝福因子”が原因なんだっけ」
「感染した人間に対して爆発的な進化を促す未知のウイルス……でしたか。ふむ、こうして考えると『セカンド・プロメテウス』とは一種のミッシングリンクとも言えますね」
「みっしんぐりんく?」
クロエから発せられた謎の言葉に、鈴風はこてんと首を傾げた。
さっきから小難しい専門用語ばかり出てきているので、そろそろ話に置いていかれそうで結構焦っている鈴風さんだった。
「人類の進化の過程において解明されていない『空白の時間』のことよ。例えば、人間はサルから進化した生物だけど、いつどうやって二足歩行するに至ったのか――その過程にはまだまだ謎の空白部分が存在しているのよ」
「どうやって進化したのか分からないってこと?」
「そもそも進化の過程ってのは、絵に描いて見れば分かるだろうけど階段みたいになっているものよ。人間であれ科学技術であれ、今日に至るまでに途方もない年月をかけてゆっくりと前進上昇してきたわけ」
「しかし、ブーステッドアーマーのような『セカンド・プロメテウス』の産物にはそれが適用されていないんです。言うなれば『進化』の階段を数段飛ばしで駆け上がったようなものでしょうか。道理に合わない、証明できない進化というわけです」
つまり、今までゆっくりと進化の階段を上っていた科学技術が、いきなりズドンと遥か高みにまで瞬間移動したようなものだ。
それが『セカンド・プロメテウス』。
だが、それが本当に良くないことなのかどうか、鈴風には判断ができかなった、
「でも、それって仕方がないんじゃないの? 『セカンド・プロメテウス』からはもう10年も経ってて、そのおかげで今の世の中が成り立ってるわけだし」
「……ええ、そうね。それはもう仕方がない。賽は既に投げられている、時が逆巻くことは無い。世界はもうとっくに受け入れてしまっているんだから……この、歪な進化を」
歪な進化――吐き捨てるように語り終えた霧乃の最後の言葉が、鈴風の脳裏にやけにこびりついていた。
霧乃に限らず、10年前の技術革新を物心ついている状態で体感している世代であれば考えることだ。
この『進化』は、間違いなく世界を変えた。
もしも『セカンド・プロメテウス』が起きなかった世界があるのならば、それは今とは比べものにならない、完全な別世界だろう。
難しい顔をしている霧乃のことが気にかかった鈴風だが、それよりも……
「…………ぷしゅー」
「先生、せんせぇーーーっ!? リーシェさんが頭から煙出して気絶してるんですけど!?」
必死に理解しようとしてくれていたのだろうが、リーシェの思考回路は限界だった。知恵熱でふらふらになっているリーシェの姿に、鈴風は慌てふためきながら叫ぶしかなかった。
「……何をやっとるんだアイツらは」
背後で繰り広げられているバカ騒ぎを、飛鳥は溜息まじりに見つめていた。
日射病だろうか、随分とリーシェの顔色が悪かった。
鈴風が肩を貸して建物の中に避難していく背中を見送り、再び“ランドグリーズ”の演習風景に向き直った。
しかし計4機の鋼鉄兵――その動きに、何やら違和感を感じた。
「なんだ?……沙羅先輩、“ランドグリーズ”の動きがおかしくありませんか?」
「ですわね、油の切れた人形みたいにぎくしゃくと。……燃料切れですの? 陽電子反応炉を積んでいるのに、この程度で限界が来るとは考え辛いですが」
だとすると動きを止めるには早過ぎる。
まだトライアルが始まって10分少々といったところだ。
さっき見た“ランドグリーズ”の性能一覧からしても、駆動限界までにはまだまだ時間的余裕があったはずなのだ。
だが、そうだとしても妙だ。
飛鳥は『炎』の能力の延長線上で、周囲の熱量を探知して視覚化する、サーモグラフィーにも似た能力が使用できる。
もし燃料切れならば、“ランドグリーズ”内から発せられる陽電子反応炉の熱量の低下が感知できるはず。
しかし、
「だったらどうして、反応炉の熱量が上がっている!!」
飛鳥が感知したのはむしろ逆。
先程までに比べて、むしろ向上している鉄機の出力に背筋が凍りつく。
違和感のある動き、想定外の熱量上昇。
そこから導き出される解などひとつしかあるまい。
「まさか――暴走!?」
思わず息を呑む沙羅の姿を置き去りにして、飛鳥は瞬時に駆け出した。
もしも“ランドグリーズ”が無人機ならば、飛鳥は慌てずに上からの指示を仰いだが、あれは人間だ。
暴走したとなると、あの鋼鉄の鎧はそのまま鋼鉄の棺桶に変身してしまう。
いつ手遅れになってもおかしくない状況と判断した以上、飛鳥は足にブレーキをかけるつもりは毛頭なかった。
不自然な体勢で硬直していた機兵たちは、飛鳥の接近を待っていたかのように駆動を再開。頭部カメラアイを飛鳥に向け、明らかな敵意を展開し始めた。
両腕の機関砲が回転し唸る、長距離射程砲の砲口が狙いを定める、そして黒鉄のブレードの昏い輝きが飛鳥を戦慄させた。
(単なる暴走じゃないのか? あちらは完全に俺を『敵』として認識している、これは、まさか……)
暴走にしては、あまりに迎撃反応が鮮やかすぎた。
搭乗者の意図で、あえてこちらを狙ってきたという可能性も捨てきれはしない。抜き打ちで人工英霊相手の実戦テストを行おうという腹なのかもしれないが……それにしては殺意がこもりすぎていた。
その思考を打ち消すように放たれた一発の銃弾。
その弾道は飛鳥の頭を吹き飛ばす、徹頭徹尾、一撃必殺を意図した弾丸であった。
「烈火刃・弐式――“緋翼”!!」
驚愕に震えている暇などない――飛鳥の脳は完全に戦闘状態に切り替わっていた。
直進していた自身の身体を、烈火の双刃から噴出される推進力により無理矢理側面に捻じって回避した。
炎の人工英霊、日野森飛鳥の固有能力である炎熱自在操作、その総称を“緋々色金”と言う。
その数ある能力のひとつが、精神力を燃料として発生する無限熱量を、自身が望む姿に形成し武装する“烈火刃”である。
紅炎煌く二刀流の刃は、鋭き一閃と圧倒的高熱による溶断破砕を両立する魔剣であるが、その真価はむしろ攻撃以外でこそ発揮される。刀身から生じる噴炎はそのまま推進力として利用可能であり、ジェットエンジン並の急加速や急制動を実現できるのだ。
物理法則を無視したかのような急激な方向転換に、振り下ろされた軍用ブレードが空を切り、アスファルトの大地を深く抉った。
もし直撃しようものなら、真っ二つを通り越してミンチになっていたであろう未来を幻視し総毛立った。
だが運動能力、反射神経ともに人間の領域を逸脱している飛鳥にとっては、“ランドグリーズ”の一撃は素人同然の大振りであり、当たってやる道理など何処にもなかった。
瞬間制動により一息で相手の背後に回り込む。
狙うべきは両手両足の関節部。
飛鳥の武装は超高熱を纏っているがために、エンジン部に直撃させると間違いなくドカンだ。
まずは動きを封じるために、肩と肘にあたる部分に剣先を向ける。
瞬間、全身の血液が沸騰したようだった。
危険、警告、離れろ、何をやっている今すぐここから逃げろ――!!
総身の細胞という細胞が突如発した危険信号に、飛鳥は思考の及ぶ暇すらなく必死に後方へ地を蹴った。
刹那の後、飛鳥が立っていた場所には巨人が鉄鎚を振り下ろしたかのような圧倒的破壊と衝撃が巻き起こった。
「なんだ、今のは……」
山が崩れ落ちたような轟音が鼓膜をつんざき、視界を覆い隠す砂塵に目元を覆いながら飛鳥は先の一撃の発生源を見極めようとする。
他の“ランドグリーズ”による攻撃ではない。
近接武装を使うには距離が離れ過ぎていたし、射撃兵装にしては考えられない威力の高さだ。
攻撃というよりも、超重量の何かが墜落したような衝撃だったようにも思える。砂塵が晴れる前にその推測に達したからこそ――
「――貴様が、『反逆者』か」
視界が晴れたその先から淡々と告げられた、聞き覚えのない男の声に動揺することもなかったのだろう。
落下してきたのはひとりの青年だった。
日本人には違いない黒髪と顔つき、しかしその双眸からは意思の光が感じられない――正しく、機械のような瞳と呼べるほどに冷たい視線だった。しかし、今はそれほど気にはならない部分だ。
そんな事よりも、今の男の両腕に飛鳥の視線は釘付けだった。
右腕――丸太と見間違えるほどの全長を持つ鈍色の鉄芯が、アスファルトの地面を軽々と貫通していた。地割れでも起きたかのように周辺の地面を隆起させた破壊力の正体はどうやらあの巨大杭打ち機のようだ。
左腕――一見すると二の腕までを覆う銀色の大盾だが、その内側からは三連装の回転式機関砲の大口径が覗いており、攻防一体の備えを見せる。
外見だけでも即座に理解できた。
――俺にはあれは砕けない。
こちらに向けてくる冷たい眼差しからして、少なくともこの事態を収めるべく馳せ参じた正義の味方……ということはないだろう。
吹きつける砂まじりの向かい風が、刃となって全身を切り刻んでいるようだ。
「何者だ? 少なくとも《八葉》の人間ではないな」
「…………」
飛鳥の問い掛けに、武装した男は眉ひとつ動かさず沈黙を守り続けた。会話する余地など持ち合わせていないという無言の意思表示のようだ。
2人の逢瀬を邪魔しないように配慮でもしているのか、何故か4体の“ランドグリーズ”は視線だけをこちらに向けてその動きを停止させていた。
眼前の男が操っているのだろうかと飛鳥はあたりを付けていた。
「いきなり乱入しておいてだんまりか?……そちらは俺のことを知っているみたいだが、俺はお前など知らんぞ。だったらせめて、名乗るくらいの礼儀は欲しいんだがな?」
憎々しげに吐き捨てる飛鳥に、男の眉間が一瞬だけぴくりと動いた。
気に触れることがあったのかもしれないが、飛鳥にとってはそれこそ知ったことではない。
この男が飛鳥にとって邪魔者であるのはもはや確定事項であり、まともに会話するつもりがあるのならば耳を傾けはするが、最初から問答無用といった男に配慮してやるほど慈悲に満ちているわけでもないのだ。
地面を貫いている鉄芯を抜き、男はこちらに向き直った。
張り詰める空気、双剣を握る手に力を込めて臨戦態勢を整える。
「鋼、刃九朗」
「――――!!」
ただ一言、表情も変えずに言い放った男の名乗りにこそ、飛鳥は動揺が隠せなかった。
――この男がそうか!!
これが、その名の通り鋼を纏う男――鋼刃九朗と、炎を纏う人工英霊、日野森飛鳥の邂逅だった。
戦闘回避は不可。
理由も事情も分からないが、とにかく、戦うしかない。
「お前が何を考えているのか知らんが、やるというなら容赦はしない。……来い、この場でスクラップにしてからゆっくり話を聞いてやる」
「……」
左腕の銃口がゆっくりと持ちあがる。
烈火の二刀を正面で交差させる。
鋼を体現するが如く、男の表情は揺るがない。
炎を体現するが如く、男の表情は赫怒に揺れる。
そして、風が止んだ。
――――――――静謐。
「「おおおおあああああああああああっ!!」」
激突!!
銃弾の嵐が刃九朗の左腕から吹き荒れる。
飛鳥の双剣による十字斬の灼熱風が、迫る弾丸を悉く融解させる。撃つ、斬る、放つ、弾く、銃口と刀身が踊り狂う。
炎と鋼の銃剣乱舞は今ここに、硝煙と火花に彩られながら開幕された。
前半は大学の論文書いてる気分だった……けど何気にこの設定がこの小説の根幹だったりします。