―第21話 異世界英雄譚―
冒頭に結構エグいシーンがあります。ご注意。
澄み渡る空、青々と生い茂る草原。天空にそびえるオーヴァンの光景は、汚れなき大自然の美しさに囲まれていた。
「グぁおあアああああああーーーーっ!!」
「アハッ、アハハッ、アハハハハハーーーーッ! 最高、もうほんっとうにサイコーよその悲鳴! 腐った精神のクズ人工英霊かと思ってたけど、なかなかどうして死に際だけは素晴らしいじゃない!!」
しかし今、飛鳥の視界を埋め尽くすのは、余すところなく鮮血の赤。
壊れた蛇口のように吹き出る血色のペンキが草木を染める。
肉を切り裂き、骨を圧し折り、内臓を握りつぶす絶望の音色。
劉功真の肉体が瞬く間に解体され、ただの肉の塊に成り果てていく地獄の光景を前に、飛鳥は指一本動かす事が出来なかった。
分かりあったつもりはない、元より敵同士だ。
同情する必要などないことくらい分かってはいる。
だが、こうも簡単に自分と拳を交えた相手が蹂躙されていく様は、あまりにも惨い。
そう悔やむ暇すら与えてやらぬといわんばかりに、夥しい血が滴る心の臓を素手で抉り出し、
――がぶり。がつがつがつがつがつがつ、ごくん。
――ぱくり。むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ、ごっくん。
……始まったのは暴食の宴。
フランシスカの小さな口唇が、鮮血で真っ赤に染まるのも厭わずにもぐもぐと動く。それはまるでオオカミを食べようとする赤ずきんのような、ちぐはぐなもののようで。
食事を終えたフランシスカは汚れてしまった口周りを舌で舐め取りながら、ぎょろりと飛鳥の方へと金色の双眸を向けた。
悪魔のように笑いながら、次は貴方の番よと獣の瞳が訴えかけていた。
「ふぅ、お待たせしたかしら? それにしても、レディの食事を凝視するなんて少々悪趣味ではなくて?」
「そいつは失礼だった。……しかし、レディと呼ぶには些かお行儀が悪いにもほどがあると思うが?」
「だって、仕方ないじゃない。目の前にこんな美味しそうなメインディッシュが待ってるんだもの、それを前に平静を装うことの方が失礼でしょう? ……ああ、まるで恋をしているかのように心が躍る、胸が高鳴って仕方がないって!!」
頬を赤らめ、情欲すら感じさせる潤んだ瞳で白貌の少女が嬌声をあげた。
仏蘭西人形のように愛らしい顔立ちでこのような事を告げられれば、何も知らない男ならば一瞬で理性を失いかねないだろう。
しかし、その天使のような容貌の内面が、万象悉くを食い散らかす悪食の凶獣であると理解しているが故に、飛鳥の心は極限まで冷え切っていた。
――惨劇に心を乱すなかれ。
恐怖や動揺による意識の綻びを面に出さないように、飛鳥は仮面を付けたかのように表情を眉ひとつとして動かさない。
その脳内では、如何にして奴を打倒するか、ただそれだけを導きだすために思考の歯車を回し続けていた。
「……いったいお前は何者だ?」
「そうねぇ、腹ごなしに少しお話するのもいいかしら。……結論だけを言うと、この世界はすべてが私のために造られた場所なの」
「餌場として、か?」
「その答えじゃ70点ね。食べるものが必要だったら、いちいちヴァルキュリアや人工英霊なんてものじゃなくて、動物園のライオンみたいに檻に入れて生肉放り込んでいればいいわけじゃない?」
乱暴な解釈だが、確かにその通りと言えた。
この場合、何故餌となる存在が強くないといけないといけないのかが問題だ。
狩猟本能を養うためなどといった下らないものではまずないだろう。
そうすることによりフランシスカ、及び彼女にお膳立てをした者にとって明確なメリットが存在する筈なのだ。
概ね予想が付くものではある。
力ある者をその身に取り込む、それが意味するものなど。
「つまり、お前は俺の『能力』が御所望ということか」
「正解! 貴方と会うのはまだ2回目なのに、よくそこまで辿りついたわね。そうやって一を聞いただけで十まで理解できる人なんて中々いないわよ!!」
相手を捕食することで、その能力を自分のものとする。
そのためには、生半可な力の持ち主では意味がない。より強く育成された能力者を彼女の目の前に差し出す必要があった。
最初、飛鳥達が遭遇した時点での彼女――機械的な反応しか出来なかったフランシスカは、暴走を防ぐための精神拘束具が装着されている状態で、言ってしまえば首輪を着けられていたのだ。
本来であれば、ヴァルキュリア達が順調に成長して、拘束状態の彼女に一矢報いる事が出来た時点で拘束が解除され、その瞬間にぱくり、という想定だった。
だが、そうなる前に外界からの想定外である飛鳥が彼女の拘束を破壊するに至ったため、予定が大幅に狂ってしまった。
不完全な状況下で首輪を外された狂犬は餓えを満たすべく、敵味方問わずに喰らい付いたという現状である。
「つまり、先の重力結界も本来はお前の能力ではなかったわけだ」
「今は、私の能力よ? 人工英霊はかれこれ60人近く取り込んだけど、その中でも特に食べ応えのある人だったわ」
楽しかった思い出に浸るように、どこか遠い目をしながらフランシスカは嗤う。
対する飛鳥は、60という数字の人工英霊がこの悪魔の中に吸収されていることに戦慄を隠せなかった。
「貴方の噂はかねがね聞いているわ、日野森飛鳥さん? 《九耀の魔術師》の1人であるクロエ=ステラクラインが心酔し、“祝福因子”の適合率が最下層であったにも関わらず、怪物じみた錬武と研鑽により驚異的な『進化』を遂げた反逆者。…ずっと楽しみだった。貴方はいったいどんな声で鳴いてくれるのか、その血がどれほど芳醇で甘美なものなのか!!」
その嬌声を皮切りに、2人を取り巻く空気が途端に凍結した。
爛々と獣欲に塗れた双眸を向け、8本の機械武装の関節部からはまるで断頭台の刃が滑り落ちるような摩擦音が飛鳥の鼓膜を不快に刺激している。更に、蟷螂の鎌にも似たブレードから滴り落ちる劉の血液が、その剣呑さを加速させていた。
「だったら、これが最後の晩餐だ。遠慮なく喰らうといい……俺の炎をな」
「アハァッ!……すてき、すてき、すてき! とっても楽しいディナーになりそうだわぁ!!」
犬歯を剥き出しにし、白亜の麗貌は餓えた恐竜のように醜く破顔した。
耳障りな狂笑をあげて飛び掛かるフランシスカを、飛鳥は獄炎の二刀を交差させて迎撃の構えをとる。
憤怒を膂力に、恐怖を反射能力に還元し、あらゆる精神を力と変えて。
――これより、いざ獣狩りだ。
総数60もの特殊能力を保有する人工英霊、フランシスカ=アーリアライズの戦闘能力は兇悪の一言に尽きた。
「“拒絶の城塞を”!!」
「ちぃ……今度は地震か!!」
それは彼女が奪取した能力のひとつ。
局地的に発生させた大地震によって、急激な地盤の隆起を引き起こしたのだ。
その破滅的な震度により生じた大地の津波により、飛鳥は2本の脚で立っている事すら覚束ない。その上、周辺は荒れ狂う砂嵐により視界が完全に封じられていた。
半ば直感で身体を前へと投げ出す。
その瞬間、背後を荷電粒子砲による業火の波が通り過ぎていった。
圧倒的な戦力差に飛鳥は歯軋りする。
発生した地震と砂嵐により視覚と聴覚は殆ど役に立たない。間隙なく続く火砲と銃弾の爆撃も、すべて第六感で回避するのは至難の技だ。
激震止まぬ地面を強かに蹴り抜き、褐色の包囲網から脱出せんと飛鳥は疾走を開始する。しかし、
「逃げないでよ、いけず!!」
嵐を抜け視界が晴れた途端、完全にその動きを先読みしていたフランシスカの狂貌が眼前にあった。
放たれる極光、加速の頂点に達していた飛鳥は急激な転進すらままならず、その灼熱光に自ら身体を投げ出すこととなった。
「随分と呆気ないわね? こんなにも考えなしな動きをするとは思えなかったけど――――ッ!?」
荷電粒子砲の直撃により灰すら残らず消滅した飛鳥だったが、それを訝しむフランシスカの背後から2人目の飛鳥が肉薄していることに気付く。
武装は壱式・破陣。
3メートル超の鉄塊が、白い悪魔の脳天を叩き砕くべく袈裟がけに襲いかかった。電光石火でそれに反応した彼女は蜘蛛の8脚を正面で絡み合わせ、即興の隔壁を造り出す。
流星が墜落したかのような爆音が轟き、衝撃波が吹き荒ぶ嵐を一掃した。
超速落下した深紅の重鋼は、しかし黒金の機械蜘蛛を突破するに至らなかった。8本による防御の内、6本までは圧し折り破砕していたが、どうしてもあと一息が足りない。飛鳥は舌打ちしながら後方へと跳躍した。
「これでも駄目か――!!」
「流石の私もひやりとしたわ……ブラックウィドウの装甲がリュミエール鋼製でなければ危なかったわね」
破損した蜘蛛の装甲は、すでに修復が開始されていた。
時計が逆巻くようにひしゃげた部分は元の均整を取り戻し、砕け散った部分は細胞分裂によりその穴が埋められていく。生き物が傷を治す過程を早回しで見ているようだった。
ウルクダイトを素体として軍事兵器用に開発された新たな鋼材であるリュミエール鋼は、フランシスカが装備する複合武装“ブラックウィドウ”の他にも、リーシェ達有翼人の武具にも試験的に用いられている。
ウルクダイトに比べ修復速度が大幅に向上しており、更に使用する人間の脳波を読み取って、その硬度や靱性を変化させるという生物じみた特性をも備えた驚異の物質である。
これにより飛鳥が勝利を拾う確率は絶望的となった。
攻撃能力、防御性能、そして継戦力――どの方向から見てもまるで歯が立たない。
フランシスカは天変地異を起こすほどの能力を持ち、しかも防御は特殊合金により堅牢そのもの。
対する飛鳥は決定打に欠ける武装構成、防御は殆ど意味を為さず、更に劉功真との戦闘によるダメージも響いている。先程の分身――“紅炎投影”も1体出すのがやっとであったのだ。
……増援を待つ、という選択肢もある。
少なくともクロエが合流すれば勝率は格段に跳ね上がるだろう。そう思う限り、最強の魔女は必ず飛鳥を助けに来てくれる。
だが、
「ここで逃げたら、男が廃る」
その一言で、飛鳥は最善の選択肢を切って捨てた。
どの道、この程度の相手をクロエ抜きで倒せないようでは未来はないに等しいのだ。
――停滞は死だ。
今の自分では勝てないなら、勝てるまで『進化』するしかあるまい。
人工英霊とは元来そういうものである。
奴に勝ちたい、強くなりたい――そんな、意志を力に変えるというさながら御都合主義の存在。
自分を信じろ、限界などない。
努力は己を裏切らないのだと、眼前に佇む理不尽の怪物に思い知らせるのだ。
四肢に力を入れ直し、絶望に屈しはしないという鋭き眼差しでフランシスカを正面から射抜く。
「折れる気配はなし、か。本当に歯応えがあって堪らないわね……!!」
「図に乗るなよ悪食が。ここで終わらせるといった筈だ、60人分まとめて火葬してやるからかかってこい」
「まだ力の差が解っていないのかしら? 聡い貴方なら、勝ち目なんてまるでない事くらい理解できると思うけど」
「分かっているさ。……だがそれがどうした。そんなもの、諦める理由にも逃げる理由にもなりはしない」
――炎を纏ったあの日から、俺は最後まで戦い抜くと決意したのだから。
「……貴方も存外、壊れてるわね」
飛鳥の揺るぎ無き抗戦の咆哮に、さしもの金眼の獣も思わず息を呑んだ。
壊れている、という彼女の感想も尤もなのだ。
勇気と無謀を区別するのではなく、あらゆる無謀を勇気に変えて立ち向かう。
それは危機意識知らずの暴走車のような、視点を変えれば破滅願望そのものだ。
あまりに実直、しかし途方もなく歪みきった飛鳥の精神構造の一端を感じ取ったフランシスカは最大級の警戒を見せた。
――この男を生かしておいてはならない。
――放置していると、いつか必ずとてつもない脅威となる!!
「……『I have control』」
先程奪取したばかりの異能“鉄機掌握”を起動させ、全8脚の武装を最大機動へと導く。各関節から電流火花が舞い、背部の動力装置からは断末魔の悲鳴にも似た甲高い駆動音が鳴り響いた。
飛鳥にとってはその姿が、志半ばで彼女の凶手にかかって果てた劉功真の慟哭にも聞こえ無意識に歯噛みした。
仇、などと言うつもりはないが。
確かに感じた男の無念を気炎に変えて。
再度の衝突――その瞬間。
「――――ッ!?」
「なっ……鈴風!?」
突如襲来した意思持つ烈風が、フランシスカを路傍の石のように横殴りに吹き飛ばした。
その正体――轟風に揺れる亜麻色の髪、静かに闘志を漲らせる双眸、確かに飛鳥の知る楯無鈴風であったが、
「お前、それは、まさか……」
「……うん、お待たせ飛鳥。頑張って追いかけてきたよ」
両手両脚を覆う翡翠色の装甲、変形した鋼槍、なにより全身から放出されている力ある風が、彼女を人ならざる存在――人工英霊へと変貌させている証明であった。
誇らしさと悲しさがごちゃまぜになったような儚い笑顔を向ける鈴風を見て、飛鳥は涙が零れ落ちそうになっていた。
どう言い繕おうと覆らない。
鈴風に人間を止めさせたのは間違いなく自分だ。
どう償えばいい。
彼女にどんな言葉をかけたらいいのか、頭が真っ白になる飛鳥の手を鈴風は両手で優しく包み込んだ。
「そんな顔しないでよ。これは間違いなく、あたしが望んだことなんだから。……そりゃあ、色々葛藤とかもありましたよ? でも、こうやって飛鳥の隣に立っていられる。それが何よりも嬉しいんだから」
ふわりとした柔らかな笑みで、彼女は告げる。
責任なんて感じてくれるな、ここがあたしの居場所なのだからと。
どこまでも透明で確かな決意。
ここまで言われて、飛鳥も退くわけにはいかなくなった。
「分かった。色々と言いたいこともあるが後回しだ。……背中、任せていいか?」
「――うん! 頑張ろう、一緒に!!」
戦いにおいて初めて、飛鳥が自分から誰かを頼った瞬間だった。鈴風もそれに気付いたのか、思わず感極まった声を出していた。
炎と風が並び立つ。
2人の視線の先には、先の衝撃などどこ吹く風と言わんばかりに悠々と立ち上がる黒白の獣。
「折角の逢瀬に横槍入れるなんて……新入りさんは随分と空気を読めないじゃじゃ馬さんのようねぇ?」
「あんたみたいなのに空気読めなんて言われてもね。……ところで、ジェラールさんの言ってた『管理者』ってのは、あんたの事でいいのかな?」
「うん?……あら、いつの間にか終わってたのね、彼。結局、最後の最後まで使えない玩具だったわ。……で、それがなにか?」
「ああ、そうかいよく分かったよ……あんたは潰す!!」
もはや問答無用。
ジェラールの遺志に報いるべく、撃槍を振りかぶり超速疾走を開始した。
脚部射出機構による凄まじき加速に、飛鳥もフランシスカも驚愕で反応が追い付かなかった。
目を離してなどいない、すでに彼女の刺突はフランシスカの黒の装甲を撃ち抜いていた。
衝突による火花が散る。しかし硬質の鋼に弾かれたと見ると、すかさず爆発的出力による蹴撃に切り替えた。360度、ありとあらゆる角度から、蹴って、蹴って、蹴って、蹴って、嵐そのものとなって蹴り抜いていく。
瞬時に懐に入り込んだ鈴風を迎撃すべく、蜘蛛の8脚が狙いを定めようとするが……
「鈍い、遅い、のろい、とろい! 当たってやるかよのろまな亀が!!」
「鬱陶しい蠅が……ちょこまかちょこまか目障りなのよ!!」
苛立ちを抑えられずフランシスカが苛立ち任せに叫んだ。
ブレードやクレーンアームは空を切るばかりで、機関銃の銃口は照準すら合わせられず、必滅の荷電粒子砲は沈黙するほかない。
風神の舞踏に翻弄され続けている機械仕掛けの悪魔、戦局は鈴風の方に傾いているように見えるが、
(くぅ……硬過ぎでしょ、コイツ!!)
能力値が極端に速度特化したが故の欠点――鈴風の武装構成では単純に火力が足りないのだ。
更に、
「ほらほらどうしたの! スピードが落ちてきているんじゃないかしら!!」
一度ジェラールによって瀕死の状態まで追い込まれ、肉体の修復に相当の力を使ってしまっていることにより、継戦能力の限界が近かった。
別の切り口から攻めようにも、覚醒して間もない今の彼女では応用的な能力の運用は困難であり、ましてや飛鳥のように複数の武装を使い分けるなど論外だ。
それに、元より小細工向きの能力でもない。
高速移動による慣性力を利用した突撃、これを突き詰めてこその“ジェットセッター”であるのだから。
「つーかまーえたっ!!」
「あ、ぐっ!? クソッ、離せぇ!!」
調息が途切れ、一旦離脱を試みようとした鈴風だったが、その隙をついて右脚をクレーンアームによって拘束されてしまう。
このように圧倒的膂力によって押さえられると、鈴風には振り切る手段が殆ど無くなってしまう。長所も短所も飛び抜けている――彼女の外連味の強い力の特性がありありと示された瞬間だった。
「“薄刃陽炎”!!」
が、そんな欠点を補うのが、『万能』たる飛鳥の役目だろう。
炭素結合にも匹敵する硬度を有するリュミエール鋼の機械腕であっても、完璧な構え、滑り込ませる刃の角度、研ぎ澄まされた集中力、全身の駆動によって一刀両断へと導く。
これこそが、断花流孤影術“薄刃陽炎”。
最適かつ絶妙な神技の斬撃により、鈴風を絡め取る鋼鉄は分断され彼方へと斬り飛ばされた。
「この馬鹿! 背中任せると言ったそばから突出する奴があるか!!」
「こ、ごめん飛鳥!……それでも、あいつだけは許せないんだ。リーシェ達の心を弄んだあいつだけは!!」
飛鳥は荒ぶる暴走幼馴染の首根っこを掴み、無理矢理に間合いの外へと引き戻しながら、いきなり捨て身の特攻をかました暴走を叱咤した。
それにより頭に血が上っていた事に気付いた鈴風は、すぐさま自身の独断を詫びてはいた。しかし歯を剥き出しにして獰猛に唸る彼女を見ていると、それを改められるようには見えなかった。
この攻防により彼女の能力の特性を概ね理解した飛鳥は、下手に枠に嵌めるよりも、その強勢を生かしながら適宜こちらで補助した方が戦術を組み立てやすいと判断した。
「だったら好きにやってみろ、足りない部分がこちらで補う。……思いっきりやれ」
「飛鳥……いいの?」
「いいもなにも。お前が杓子定規で測れるようなやつじゃないことくらい、俺が一番よく分かってる。だったら、グダグダ考えずに押して押して押して押しまくれ!!」
「――よっしゃあっ!!」
不敵に笑い合う2人の姿は、まさしく信頼し合う相棒同士のそれだった。
いちいち言葉にせずとも、家族同然に育ってきた彼等であれば交わす視線だけで互いの意思が読み取れる。
長期戦は不利、体力も限界寸前、敵の防御は未だ堅固そのもの。
……ならば道はひとつだろう。
「いい加減にしてもらおうかしら……もういいわ。貴方達みたいなゲテモノ、食べてもお腹を壊しそうだもの。2人まとめて消し飛びなさいッ!!」
完全に業を煮やしたフランシスカは激情の赴くままに、ブラックウィドウの武装を展開。真正面に全砲門を集約させて圧倒的火力で塵も残さず殲滅する構えを見せた。
――さあ、これが正真正銘の最高潮だ。
鈴風が真っ直ぐに構えた翡翠色の槍、その尖端から鋭き疾風が放出される。
更にその正面には、飛鳥が再び顕現させた計8枚の円月輪――肆式・葬月が、円状の陣形で回転しながら鈴風の往く道を守る障壁のように射出されていた。
「何をやっても無駄よ、無駄無駄ァ!……さあ、電子の業火に焼かれ煌いて死になさいっ!!」
遂に放たれた、2門の荷電粒子砲による限界駆動は、地上に墜落した太陽のように見るものの網膜を白く塗りつぶし、近付くものを瞬時に蒸発させるだろう。
迫る奈落の業火を前に、逃亡など無意味。抗う術もなく飛鳥達は消滅という結末を辿るしかない。
――その結末に反逆する。
「鈴風――――突っ込むぞ!!」
「いっけえええぇぇぇぇっっ!!」
背を向ける素振りなど一切なく、2人は灼熱の波に自ら飛び込んでいった。
超圧縮された大気の刃が、太陽の熱波を貫き切り裂く。更に周囲を舞う輝ける円月が、電子の炎を吸収し鈴風達の身を守りながらその光輝を増していく。
肆式・葬月は他の烈火刃とは違い、純粋なエネルギーで構成されている。そのため、物理及び光学的な攻撃で破壊されることはなく、また周囲の熱量を取り込んでその出力を向上させるという反則じみた性能を持つ。
ただし運動制御が極めて困難であるという点と、質量が存在しないため、厚い装甲相手では突破できずに霧散してしまうという欠点もあるのだが……ここでは全く問題にならない。
「――――な」
電子光の濁流を抜けて肉薄した鈴風達を前に、フランシスカは驚愕で目を見開く。四肢の所々を炭化させつつも、炎と風の人工英霊は健在だったのだ。そして守護という役目を終えた葬月の光輪は、この瞬間役割が反転する。
2人を守護する月輪が陣形を組み替えた。
8枚の葬月が一列に並び、2人とフランシスカの間に一本の道を作り出した。吸収した荷電粒子を開放し、雷火を轟かせながら回転する様は巨大な拳銃のライフリングのようだ。
装填される銃弾――鈴風の撃槍の柄を2人で握りしめる。眼前に連なる白炎と、それに伴うプラズマの光が、この世界の闘争を終焉へと導く花道だ。
「「つらぬけええええェェーーーーッッ!!」」
圧縮大気と爆発を融合させた超速の槍は、軌道上の葬月を巻き込み、その極光を纏いながら一直線に悪しき凶獣を撃ち抜く一矢となって駆け抜けた。
「あーあ、これでおしまいか……最後に、もう一度だけ褒めてほしかったな。お、とう、さ――――」
消滅の光が自身の胸を貫いた光景を、当のフランシスカはそれを他人事のように感じながら。
儚げな笑みを浮かべながら、光に飲みこまれて消えていった。