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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE1 勝利の風と翼の騎士
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―第16話 真実は常に残酷だ―

 暗闇に覆われたその広大な空間は、各所から発せられるモニターや機器類による電気の光でかろうじて視界が保たれていた。

 照らされる天井や床は鈍色の金属物で構成されている。少なくとも《ライン・ファルシア》の自然に満ちた風景には似つかわしくない、すべてが人工物で成立している機械の城だった。

 

「あら……被検体NO.27の精神制御(マインドコントロール)に変調? 珍しい事もあるものねぇ」


 チカチカと明滅、異常事態のサインを知らせている画面を見つめながら少女が呟いた。触れるだけで簡単に折れ砕けてしまいそうな白く細い肢体、フランシスカ=アーリアライズの深紅の双眸が細められた。


「ああ、成程ね。『反逆者(トリーズナー)』との接触で何かしらの刺激を受けたってわけか……はぁ、これだから研究畑の人間の考えはアテにならないのよ。実験実験って騒いでても、結局のところ現場での実践に勝るものなんてないんだから。2年間もなに無駄なことさせてんだか」


 苛立ちを抑えられず、思わず親指の爪を噛んだ。

 目的達成に一歩近づいたとはいえ、2年もの時間を浪費したのだ。喜ぶ理由など何ひとつとしてない。

 コンソール上のキーボードを流れるように叩く。細くたおやかな指が踊る様はさながらピアニストのようだった。

 とはいえ、それがもたらすのは美しき音色ではなく、


「それにしても、日の目を出そうな被検体がこれでようやく1体、か。ここまで来るのに、いったい何体創り捨てて(、、、、、)きたのかしら。AITのお偉方の考えはよく分からないわ」


 常軌を逸した人体実験、その成果を画面上に提示していた。

 モニターには現在彼女が立つ施設――AIT社特別実験棟の各所の光景が映し出されていた。

 画面のひとつに映っていたのは、先日フランシスカが飛鳥達と交戦した山岳地帯。これは侵入者を防ぐ監視映像のようだ。

 様々な角度、あるいは場所そのものを移動しながら撮影されていることから、どうやら“クーガー”の視界と同期(リンク)させているのだろう。

 飛鳥とリーシェの奮戦により多くの“クーガー”が破壊されたが、すでに補充(、、)は済んでいた。


 映像を切り替える。

 次に映った場所は製造プラント――鈴風とフェブリルが『彼』と交戦した場所だ。


「あちゃあ……また派手にぶっ壊されたものね。こうなっちゃうと、これ以上の製造は無理か。そうなると、なおのことNO.27には頑張ってもらわないと。……そういえば、ここの廃棄物にはアイツがいたわね」


 ある事を思い出したフランシスカは室内のカメラを移動させる。

 機械の眼が捉えた姿は、破壊された培養槽の硝子が散逸する空間で糸の切れた人形のように力無く佇む1人の有翼人、ジェラール=サヴァンの全貌であった。


「NO.26……精神が完全にイカれて使い物にならないかと思ったけど。最後の最後で有効活用できそうじゃない?」


 これは偶然か、それとも神の采配か。

 もし後者であるのなら、神様は随分と悲劇がお好きなようだ。そんな他愛もない事を考えてしまう。


 ――あともうひと押し。

 ――残された命を最愛の妹のために使えるだなんて、実にロマンティックではないか!!


 リーシェの兄であったころの面影は最早ない。

 理性の光が完全に消え失せているジェラールの姿をモニター越しに眺め、フランシスカは哄笑した。


「もうすぐ……もうすぐよ。そうすれば私も『お父様』の下へ――」








 次の日の朝。

 再びあの山岳地帯に向け出立する前に、確認すべきことがあった飛鳥はメトセラの家を訪ねていた。


「オーヴァンの歴史、ですか?」


「はい。興味本位ではあるのですが……」


 嘘はついていないが、この質問の本当の意図は単なる知的好奇心ではない。

 ここに来るまでの間、飛鳥は出会った住人達にも同じ質問をしていたのだが、ほとんど収穫はなかった。

 最もこの世界の過去(、、)に精通しているであろう長老であればもしや、とも思ったのだが……メトセラは申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「……申し訳ありませんが、昔の事は覚えておりません(、、、、、、、、)耄碌(もうろく)していけませんね、まったく」


「そうですか……すいません、変なことを聞いてしまって」


 それは他の住民と同じ答えであり、予想通りの返答(、、、、、、、)に、飛鳥はかねてよりの疑問を確信に変えた。

 思えば、初めてこの世界に来てから今に至るまでに、有翼人たちに対して奇妙な違和感を感じていたのだ。

 先の出立前にも気になっていた、騎士団の武具の高い完成度。

 その理由をミレイユもリーシェも知らなかったという点。

 そして、村を一回りして分かったこと。


 この村には、子供がいない(、、、、、、)


 老体であるメトセラを除けば、オーヴァンの民はほとんど10代後半~30代の男女で構成されていた。

 ここまでなら偶然と片付ける事も出来ただろうが……極めつけが今しがたの質問だった。

 つまりメトセラを含め、オーヴァンの住人には全員過去の記憶が無い(、、、、、、、、)

 より正確に言えば、およそ2年前――ちょうどジェラールが失踪したあたりまでの記憶が存在しない事が確認できた。


(そして鈴風が見たという、研究施設で行われていた生体実験。これらを総合すると、つまりリーシェ達やこの世界は……)


「アスカさん?……どうなさいました?」


 考え込む飛鳥を訝しんでか、メトセラが恐る恐るといった様子で声をかけてきた。

 流石にこの真実を伝えるわけにもいかない。飛鳥は何でもありません、と小さく手を振った。


 確認も終わったところで、そろそろ皆を集めて再チャレンジと行こう。最高戦力であるクロエが加わったことにより、攻略の糸口も見えてきた。

 そう思い部屋を後にしようとした瞬間、甲冑(かっちゅう)姿のミレイユが大きく息を切らせて押し入ってきた。


「おばあちゃん! あ、アスカさんもご一緒でしたか、ちょうど良かった!!」


「なんですか騒々しい、来客中ですよ」


「それどころじゃないんだって! あぁえっと、どう言えばいいのか……」


「大丈夫、落ち着いてミレイユさん。……何があったのか、ゆっくりでいいから話してみてくれ」


 混乱するミレイユの肩に両手を置いて、飛鳥はゆっくりと、諭すように次の言葉を促した。ミレイユは大きく深呼吸し、ほんの少しではあるが平静を取り戻したようだ。

 よく見ると、彼女の身体中には擦り傷や切り傷が目立つ。走って転んだ、だけでは説明できないほどにボロボロだった。


「ご、ごめんなさい。……さっき、行方不明になっていたジェラールさんが帰って来たんです」


「なんですって!!」


「……」


 ジェラールの帰還――その朗報に、メトセラは普段では考えられないほどに大きな驚愕の声をあげた。

 本来であれば諸手をあげて喜ぶべき話であるが、わなわなと肩を震わせる彼女の様子からして、事態はそう単純でもないようだ。


「けど、ジェラールさん様子がおかしくって……どうしたのかなって思ったら、いきなり剣を抜いて……!!」


「襲いかかってきた?」


 飛鳥の言葉にミレイユは力無く頷いた。

 どうやらかなりまずい展開に向かっているようだ。

 突然中央広場に姿を現したジェラールはどうやら凶荒状態であり、見境なく暴れ回っているらしい。

 では、現在はリーシェ達騎士団が彼を抑えているのだろうか?


「はい、でもみんな全然歯が立たなくて。それでリーシェちゃんも私を庇って怪我して、お前はアスカさんかクロエさんを呼んできてくれって言われて、私……!!」


 ――ひとりだけ、逃げ出して来たんです。


 まくしたてるように話し続けていたミレイユだったが、その最後の言葉だけは、苦痛に満ちたしぼりだすように小さな声だった。

 どうやら事態は急を要するらしい。

 他の騎士達の安否も気になるが、しかし目の前の彼女も心配だ。

 仲間に背を向け、誇りをかなぐり捨て、涙をこらえてただただ走った。

 きっとジェラールの兇刃に倒れた騎士達と同じか、もしくはそれ以上に彼女の心は深く傷ついているのだろう。

 

「ミレイユ、貴女……」


「お、おばあ、ちゃ……ごめ、ごめんなさい……わたしも騎士なのに、なのに皆を見捨てて、わたしだけ逃げて……」


 限界だったのだろう、ミレイユの双眸からとめどなく涙があふれ出る。ごめんなさい、ごめんなさいと呂律の回らぬ声で何度も謝罪の言葉を口にする彼女の姿を、メトセラは痛々しげな表情で見つめることしか出来なかった。

 しかし、


「見捨ててなんかない、君はちゃんと戦った」


「……ふぇ、あ、アスカさん?」


 悲しみに揺れる少女の眼を正面から見据る。

 逃げ出してなんかいない、見捨ててもいない。

 そうだ、彼女はこの危機をしっかりと自分に伝えてくれたのだ。そうする事で皆を助けられると信じて、ここまで必死に走ってきたのだ。


 ――応えなければ。


 彼女の涙を無駄にしないためにも、日野森飛鳥には戦う義務(、、)があるのだ。


「2人はここにいて下さい。……俺がなんとかします」


 語る言葉はもはや不要。

 速やかに現場に急行、あらゆる手段を用いて対象を制圧すべし。

 その決意に応じるがごとく召喚された緋翼二刀が煌々と輝いた。

 思考と肉体を戦闘状態に切り替える。炎の熱が血流のように飛鳥の総体を満たしていった。

 ジェラールの敵対――この場合は暴走と言うべきか。

 飛鳥はまだ彼と面識はないが、少なくとも仲間に襲いかかった凶行の理由には大よその見当がついていた。最悪の場合、彼の命を奪ってでも事態を収束させる必要性も考慮しなけばならないだろうが……


「――アスカさん!!」


 外に出た飛鳥の背後からミレイユが涙ながらに叫んだ。


「お願いします、どうか……どうか、助けて下さい!!」


 小さく頷く。

 誰を、とは聞く必要もあるまい。振り向いて見た少女の揺れる瞳からも伝わってくる。

 彼女は真実、案じているのだ。

 リーシェや騎士団の仲間達、そして何よりジェラールのことを。


「わかってる、全員助けるさ(、、、、、、)。リーシェ達も、ジェラールさんも」


 安請け合い、だとは思わない。

 救うべき命があって、そして自分はそこに手が届く場所にいる。

 ならばそこに妥協を許すつもりはない。

 今の自分にできること、為すべき事をしっかりと認識し、そのために全力を尽くす。

 どれだけ力があっても、どれだけ尽力したとしても。

 それでも、助けられない命があるかもしれない。

 だが、それを前提として考えることなど有り得ないのだ。理想論だろうが絵空事だろうが、求めるは常に最良の結末を。

 自分にはそれができると、信じて、信じて、信じて。


 絶対に、信じることを諦めないのだ。


 剣形の推進機器(バーニア)に点火、ミレイユの懇願に満ちた眼差しを背に、爆音を伴いながら飛鳥は飛翔した。


『君のその志はとても美しく、素晴らしいものです。……しかし私はこうも思うのです。いずれ君が、その志に喰われて(、、、、)朽ちてしまうのではないのか、とね』


 一瞬だけ飛鳥の脳裏に走った、懐かしき人の声。

 そんな事はない、自分はこの生き方を後悔することなどない。

 諦めもしない、喰われもしない。

 死ぬまで理想を追い続けて戦っていく。

 そんな記憶からの声も、超速で切り裂かれる風の悲鳴が掻き消していった。

 暁の双刃がもたらす爆発的推力により、飛鳥の進行速度は音速に到達しようとしていた。

  

 


 



 その数分前。

 多くの有翼人が行き交い、食べ物や衣類などを持ち寄って、小さいながらも賑わいを見せていた中央広場は見るも無残な光景に覆われていた。

 むせ返るような鉄錆の匂いが充満していた。

 そこかしこに倒れ伏す人々は騎士だけではない、武器を持たない者達も等しくその身を切り刻まれ、地面や家屋の壁にはまるで塗料をぶちまけたように夥しい量の血痕がこびり付いていた。

 ひらひらと雪の如く舞い落ちた白い羽に、地面に流れる血液が染み込んでドス黒く変色していいった。

 この惨劇を作りだした張本人――広場の中心で、仲間を斬った血で赤く染まった長剣を手に佇む兄の姿を、リーシェは朦朧とする意識の中で捉えていた。

 壁にもたれかかった体勢でなんとか昏倒は免れているが、腹部からの出血が止まらない。

 先程ミレイユを庇った際に受けた剣は、蒼鉄の鎧をいとも簡単に砕きそのままリーシェの腹部を貫通していた。

 一刻ごとに全身から力が抜けていくのが分かる。

 このままではまずいと生存本能が必死に訴えかけるが、ジェラールが自分達を殺そうとしている事に彼女の意識は完全に麻痺して、身体は頑なに動こうとしなかった。


「に、兄様、どうして……」


 なけなしの力を振り絞り、リーシェは狂戦士と化した兄に問い掛けた。

 しかし、彼からの反応は意外なものだった。


「……にいさま、だと?」


 彼女の声に反応したジェラールは、ぎょろりと血走った両の目を向けてくる。

 その眼の奥には明らかな憤怒の感情があり、そして彼の言葉には、『兄』と呼ばれた事に対しての侮蔑(、、)の感情が大いに込められていた。


「キサマとワタシが兄妹だと!……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな! そんなものすべてまやかし(、、、、)なのに!……何も知らないくせに、家族面してるんじゃない!!」


 狂ったように髪を振り乱し叫ぶ、そんな兄の言葉をリーシェは理解出来なかった。痛みも忘れて、彼女の表情は完全に凍りついていた。


 ――目の前のこの人は、いったい誰だ?


 リーシェの知るジェラール=サヴァンという人間は、穏やかな笑顔が似合う太陽のような人だった。

 誰に対しても隔てなく優しく、また仲間の危機には毅然とした態度で勇敢に立ち向かう。それはリーシェにとって自慢の兄であり、また自身が思い描く騎士の理想像でもあった。

 だからこそ、彼が行方不明になった時、村中の人が深く涙していたのだ……そう、そのはずだ(、、、、、)


「何も知らないとは実に幸せだよなぁリーシェ!……だが、真実は常に残酷だ。いつまでもそんな騎士ごっこ(、、、、、)を続けるわけにはいかないのさ!!」


 それは、誰よりも騎士という存在に誇りを持っていた兄から出た言葉だとは思えなかった。

 洪水のように押し寄せる疑問と激痛がリーシェの精神を混乱の渦に墜落させていった。

 

「それはいったい、どういう事、なんですか……」


 ――聞いてはならない。

 ――それを聞いたら、きっと私は、私ではなくなる(、、、、、、、)


 力無き理性の制止も意味がなく、リーシェは足を踏み入れてしまった。

 恐怖と困惑で全身を震わせるリーシェに歩み寄ったジェラールは、その血みどろの手で彼女の頭を鷲掴みにする。万力で締め付けられるような激痛に、リーシェの喉から獣のような呻き声がもれた。


「ア……ギャ……」


「このまま握り潰してやりたいところだが……まあいい、その前にお望み通り教えてやるさ。我々の人生が、いかに『茶番』であったかをな!!」


 その叫びを合図に、リーシェの頭の中に一気に『情報』が流れ込んでくる。

 脳内を駆け巡る記憶と記録の濁流に、悲鳴を上げる暇すらなく彼女の意識は暗転した。







「被検体NO.27、生体反応正常。因子適合率95%。脳波、パターンともに問題なし」


 硝子ごしにこちらを観察する白衣の男。それが『彼女』が生まれて初めて見たものだった。

 彼女は試験管の中で生を受け、研究棟の培養槽の中で人間になるまで(、、、、、、、)育てられた実験動物だった。


「ほぅ……今までの被検体よりも因子の定着がはやい。“ヴァルキュリア”の実用化、これはもしかするかもしれないな……」


 無精髭の生えた顎を軽く撫で、興味深そうに男は呟いた。

 ぼさぼさの髪に汚れてくたびれた白衣、彼の姿は正しくマッドサイエンティストそのものだった。しかし、外見で目を引くのはリーシェと同じ髪の色。世にも珍しい若草色の髪だった。


 AIT社、生体科学研究棟。

 この施設で行われていたのは、“祝福因子(ブレスコード)”を用いた生体兵器開発プロジェクトのひとつ、“ヴァルキュリア・シリーズ”の研究であった。

 ヴァルキュリアとは、誕生時点で(、、、、、)“祝福因子”を内包する生命体であり、先天的人工英霊――アプリオリ・エインフェリアとも称される。


 “祝福因子”という、科学常識を根本から覆すガジェットは、人工英霊の誕生によりその軍事的有用性の高さを証明した。

 しかし、その制御や運用法を科学者達は未だに解明しきれないでいたため、研究は難航の一途を辿っていた。

 人工英霊に関してもそうだ。

 何らかの条件を満たさないと存在変化(チェンジシフト)できなかったり、『精神力』という数値化して測れない要素でエネルギーを精製する特性。

 純粋な軍事兵器として運用するには、あまりに不確定要素(ブラックボックス)の多いものだったのだ。


 しかし、精神力とは事実上無尽蔵の力といっていい。

 外部からエネルギー源を供給する必要がなく、あくまで人体の内側から力を創出する。それは科学者であれば誰もが夢見る『永久機関』、そのひとつの答えでもあったのだ。

 だが、人工英霊の能力は各人の精神の在りよう――言ってしまえば『個性』が実直に反映されてしまい、統一性など皆無だった。

 兵器として考えるとこれは致命的である。

 引き金を引いても、どのような効力が発生するのか判断出来ない武器など誰が好んで使うだろうか?


 即ち、祝福因子をより確実に、安定して運用するには画一化された精神(、、、、、、、、、)が必要なのだ。噛み砕いて言うのであれば、まったく同じ考え方(、、、、、、、、、)の集団を作るということである。

 少なくともAITの研究者達は、その結論のひとつとして「精神、肉体、そのすべてを、生まれる前の時点からこちら側で作ってしまおう」という発想に至ったのだ。

 祝福因子の恩恵を戦場でより有効に発揮できるように、強靭な肉体を。

 そのために多種多様な生命体の遺伝子をかけ合わせ、人間を遥かに越えた身体能力を獲得させた。

 余計な情報で心を乱さぬよう、精神は常にこちらで制御出来るように。

 生まれた被検体には、予め偽りの記憶(、、、、、)を刷り込ませておき、外部からの干渉にも揺るがないよう設定した。




 精神制御(マインドコントロール)された人工生命体(ホムンクルス)。 それがヴァルキュリア――自らを、有翼人(スカイウォーカー)という異界の民と思い込んでいた(、、、、、、、)者たちの正体である。




「なんとなく、なんだけど……君ならきっと、うまくやれると思うんだ。この『箱庭』から抜け出して、本当の意味で、自由に空を飛んでいけるのかもしれない」


「…………?」


 男は水槽の少女に向けて独白していた。

 しかし言葉の意味が分からないのか、ただ単に聞こえていないだけなのか、『彼女』はきょとんとした表情で首を傾げていた。

 少女に向ける男の眼差しは、実験動物(モルモット)に対してのものではなく、まるで父親が子供に向けるような、言葉にできない不器用な愛情が感じられるものだった。


「アルヴィン博士、時間です」


「んん?……おっと、もうそんな時間か」


 どこか寂しげに少女を見つめる男――アルヴィンの背後から声がかかった。

 それは彼がよく知る女性だった。

 人形のように白く透き通った肌、絹糸を思わせる白い長髪、更に研究員である事を示す白衣と、まるで天使の如き純白に満ちた少女。


「フラン君、君はどう思う? 『彼女』は本当に、人類を更なる先へと導く神の御遣い(ヴァルキュリア)になれると思うかい?」


「そこまで大袈裟なものではないでしょう。博士のお考えはどうあれ、彼女達は戦争のために作られた。ならば、それ以上でもそれ以下の存在でもありません」


 アルヴィンは冷静かつ冷徹な答えを返してくる愛すべき助手――フランシスカ(、、、、、、)のいつも通りの態度に肩をすくめた。

 ヴァルキュリアはどこまで行っても所詮は兵器だ。しかし、彼女達の生みの親として情がわいてしまったのだろうか?だから、


「確かにね。……でも彼女達には、心がある。僕達人間と同じように、泣いて、怒って、笑って。そして、誰かを憎むこともあれば、誰かを愛することもできるはずだ」


「彼女は人工生命体(ホムンクルス)ですよ?」


けれど生きてる(、、、、、、、)。出自はどうあれ、共にこの地球で暮らす生命であることに変わりはないよ」


 信じたかったのだろう。

 どのような目的で創られたのであれ、戦う以外の生き方を見つけることだってできるはずなんだと。

 夢を語る子供のように朗々と言い放つアルヴィンを、フランシスカは呆れたように、しかしどこか眩しげに見つめていた。


「相変わらずの理想論者ですね。科学者としてはどうかと思いますが…………私個人としては、嫌いではありませんけど」


「え、何か言った?」


「……いいえ。とんだ変人の助手になってしまったなと、我が身を(なげ)いていただけです」


 小さく呟くフランシスカの声は彼には聞こえていなかったようだ。

 ひどいなぁ、と冗談めかして笑うアルヴィンとフランシスカは連れだって研究室を後にしていった。

 『彼女』はそんな2人の仲睦ましい背中を見つめながら――






「――はっ!?」


 ぶちん、とビデオテープの再生が途切れたかのような感覚。

 それと入れ替わるようにリーシェの意識が再び浮上した。

 

「今の光景は、いったい……」


 得体の知れない場所、見知らぬ白衣の男女。

 先の映像はなんだったのかという疑問を言葉に出したものの、リーシェにはそのすべてが理解できていた――理解できてしまっていた。


 ――あれは、私が生まれた日(、、、、、、、)だ。


 本来であれば、精神制御により思い出すことは決してないはずの原初の記憶。

 しかし、ジェラールの手でその束縛を無理矢理こじ開けられたことにより、彼女は生まれてから現在に至るまでの記憶をすべて正しく認識できていた。


「これが、真実だ。分かっただろう、ワタシとキサマは兄妹などではない。作られた順番が隣だっただけのただの実験動物(モルモット)なんだよ、リーシェ――いや、NO.27!!」


 NO.26――ジェラールは煮えたぎる赫怒(かくど)を込めた咆哮をあげた。

 いつのまにか手は離されていたが、血が流れてまともに動けないのに変わりはない。ずるずると家屋の壁に背中を預けた。


 これにより、リーシェはようやく理解した。

 優しかったあの兄がどうしてここまで狂って――精神が壊れてしまったのか。

 リーシェの今までの人生、騎士として戦ってきたという記憶は、実はすべて作り物で。

 覚醒した記憶を掘り返しても、どこにも無かったのだ。

 眼前に立つ、兄だと思っていた人物と接した記憶が。


「では、私と兄様は……」


「そうだ。我々は、そもそも会ったことなどない(、、、、、、、、、)。キサマ達がこの世界で活動を始めたのは2年前からであって、それ以前の記憶はすべてねつ造された、実際にはなかった記憶なんだよ」


「どうしてそんな事を……?」


「『管理者』は我々をより兵器として適した存在に昇華させるために、この『箱庭』で戦闘実験を行わせるつもりだった」


 《ライン・ファルシア》とは、厳密な意味では『異世界』ではない。

 『管理者』、即ちAITの研究者達はこの世界を『箱庭』と呼んでいた。あるいはすべてが管理、監視された巨大な実験室と言うべきか。

 製造された有翼人――ヴァルキュリアは、まず空っぽの記憶を操作され、最初から《ライン・ファルシア》の住人であったと刷り込まれた状態でこの世界に送り込まれる。

 そして予め用意された敵――クーガーのような自律兵器、あるいは劉をはじめとする人工英霊も含まれている――との戦闘を通して、肉体と精神を戦場に適応させていく。


「しかし、ここで誤算が生じた。当初の被検体達は誰も率先して戦おうとはしなかった。外敵に遭遇しても空を飛んで逃げられるからな。……だがそれでは意味がないと、管理者はご立腹だったわけだ」


 一向に戦おうとしない被検体達に業を煮やした管理者は強硬手段に出る事にした。戦いたくないのならば、戦う理由(、、、、)を作ればいい。


「故にひとり、『被害者』を作りだしたわけだ。仲間が敵に捕まった、助けるためには戦うしかない。そう皆に決意させるために、私は人身御供(ひとみごくう)となった、ということだ。……この『設定』を定着させるために、キサマ達の記憶は一旦リセットされたのだ」


「兄様がいなくなる以前――2年前までの記憶が消えているのはそのためか……!!」


 当初、被検体達はすべてバラバラに行動していたが、闘争本能の低さと個別の管理が困難であったという理由で、精神の再調整が行われた。

 オーヴァンという集合体と、メトセラという指導者、そしてジェラールという被害者。

 これらの要素を追加することで、被検体を1か所でまとめて管理した上で、騎士団という戦闘集団を作りだして効率よくサンプリングが行えるようになった。

 後はリーシェ達騎士団と管理者側の敵役との戦闘実験を重ね、ヴァルキュリアの戦闘能力の熟成を待つだけだったのだが……


「だが、そこに予期せぬ闖入者が現れた。それはキサマの方が詳しかろう?」


「アスカやスズカといった外部からの侵入者の干渉……管理者から見ても、彼等の存在は完全にイレギュラーだったのか」


 強力な人工英霊である飛鳥や、それをも凌ぐ魔女――クロエの干渉によって戦局が一気に傾いてしまった。

 これは様々な偶然が重なりあった結果でもあるのだが……ヴァルキュリアの対戦相手を演じていた劉功真が、鈴風を攫ってこちら側の世界に帰還したのがすべての原因といっていい。

 このままでは決着は時間の問題、少なくとも悠長にヴァルキュリアの戦闘実験を行っている余裕は無くなってしまった。


「もはやパワーバランスの修正は不可能。故に、2年前と同じく事態をリセットすることになったのだ。……つまりは今回も(、、、)、キサマは失敗作と断じられたわけだ」


「それは、どういう……っ!?」


 ジェラールの言葉に疑問符を浮かべる暇もなく、リーシェは苦痛に顔を歪ませながら右側面へと転がった。瞬間、今しがた自身が座り込んでいた家屋がすっぱりと縦に両断されていた。

 地面を這いずりながら、必死に兄であった狂戦士から距離をとろうとする……が、背後から近付く死神の声はその意志すら奪い去った。


「2年前と同じだ。その時点での被検体達はすべて『処分』され、新しい記憶を刷り込まれた我々が再びこの地に降り立つ。……そうしてまた繰り返されるのだ、終わることの無い闘争がな」


 それは、つまり――ブラウリーシェ=サヴァンという存在は、彼女で2人目(、、、、、、)ということだった。

 自分という存在が、いくらでも替えがきく消耗品(エクスペンダブルズ)であることを叩き込まれ、リーシェの心は粉々に砕け散ってしまった。

 金属の蒼と鮮血の赤が(まだら)に混じった刀身をぼうっと見つめたまま、リーシェは乾いた笑みを浮かべながら目を閉じた。


 ――私の命のなんと軽いことか。


 ――この運命に、抗う必要があるのだろうか?


 ――結局のところ、真実を知って理解できたことは、私という存在がどれだけ空っぽ(、、、)かということだけだ。


 ――もう、いいではないか。忘れてしまおう。


 ――このまま眠ってしまえばまたやり直せるのだ。


 ――再び騎士として、誇りある生を「ちょおっと待ったあああああああああああああぁぁぁっ!!」


 突如、空から飛来した物体――大槍を担いだ少女の絶叫により、薄れゆくリーシェの意識は無理矢理に現実へと引き戻された。


「す、スズカ……?」


「ぎりぎりセーフ、かな? あたしが来たからにはもう大丈夫だよ、リーシェ」


 さあ、種明かしの時間はこれにておしまい。

 そして始めようではないか。

 ここより先は、勇者の出番(ヒーロータイム)だ。


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