―第162話 羽々斬と村雨 ①―
長らく更新停止して申し訳ございませんでした!
ここより第5章です。ブランクがあるため書き方が若干変わっているかもですが、温かい目で見守ってやってください!!
働く、とは大変なことである。
お金を稼ぐ、ということは大変なのである。
「よ、よくもいらっしゃったなお客様め! さぁ、ちゃかちゃかご注文をなさるがいい!!」
「はいブラウリーシェさんちょっとこっち来て下さいねー!!」
ザ・接客業とも言えるファーストフード店のアルバイト(時給780円・試用期間終了後800円)をまさかの初日でクビになったブラウリーシェさんは、先輩店員に襟を引っ張られながら勤労の大変さをしみじみと痛感していた。
「人には向き不向きってものがあるのですよ。正直……結構な人見知りのリーちゃんでは、ファーストフードの接客は無理があったのではないかとー」
「ぬおぉう……おおおう……」
「いちいち泣くんじゃないよ、いい加減慣れなさい。……それにしても、これで6ヶ所連続でクビ、かぁ」
「うわあぁぁぁぁぁん! わたしなんて、わだじなんで、まどもにお金も稼げない、ただ飯食らいの穀潰しなんだあぁぁぁぁ!!」
「ちょっ!? 飛鳥くんそれ言っちゃダメなのです! リーちゃんの繊細なハートにクリティカルヒットしちゃってるのですよ!!」
7月18日――夏休み初日の郷土史研究部部室においての一幕である。
机に突っ伏しわんわんと泣き叫ぶブラウリーシェ=サヴァン――リーシェに対し、たははと苦笑いを浮かべることしかできない真散部長。そんな2人を見て、飛鳥は頬をかいて困り顔をしていた。
さて、こんなことになった発端は5月の終わりごろ、レイシアと出会うほんの少し前のことである。
覚えているだろうか?
飛鳥は(主にあの大食らい使い魔による)エンゲル係数急上昇により、生活費が圧迫されていることをぼやいていた。そのためアルバイトの必要性を感じ、各方面に顔の広い真散にバイトの斡旋を依頼していたのである。
飛鳥自身、《八葉》の職務でもきっちりと給金は貰っている。
曲がりなりにも隊長職、危険手当もあるのだからそれなりに稼いではいるのだが……故あって、そのお金に手を付けるわけにはいかなかったのだ。
人助けを食いものにしたくない――そんな下らない意地も理由のひとつだが、単純に他の明確な使い道があったからである。
……話が逸れたが、ともかくバイトをしようということになったのだ。
家事万能身体能力社交力抜群の飛鳥ならば、働き先は引く手あまたであろう。家事や《八葉》の仕事もあるので、ともかく短時間で高収入のバイト先を探す方針だったのだが、
「待て、それなら居候である私が出稼ぎに出るのが筋ではないか!!」
そんなリーシェからの一声があり、急遽彼女でもできそうなバイト探しに方向転換したのである。
世話になっている身の上、何か少しでも恩返ししたい――そう言って笑うリーシェは本当にいい子だと、飛鳥は思う。最近『騎士』としてのキャラ設定(?)が微塵も感じられない気がするが、それでもいい子だと思っている。どこぞのタダ飯食らいの幼馴染と使い魔も見習ってほしいくらいだ。
が、気持ちだけで何とかなるほどお仕事とは甘くない。
技術なければ人を売れ――真散が紹介してきた、それといって特技のない留学生でも雇ってくれそうな場所となると、自然と職種は限定されてくる。
飛鳥と真散からすると、これはリーシェの社会経験にもなるので、なるべく得るものが多い仕事をさせてやりたかった。
要するに、接客業である。
「ごめんなさいねぇ、リーシェちゃんがいい子だっていうのは分かってるんだけど……どうしても笑顔が怖いというか、外のお客さんが怖がってお店から遠ざかっていくものだからねぇ……」
リーシェも顔なじみである老舗の和菓子屋『光月堂』のおばちゃんの声である。
それは不可抗力なんじゃ――と言いたくもなるが、元々かわいいよりは凛々しいという表現が似合う顔立ちで、そこに緊張のあまり鷹みたいに目を鋭くして表情筋を引き攣らせていたせいか、傍から見れば殺気を振り撒いているようにしか見えなかったそうで。
「……いくら態度の悪い客がいたとはいえ、暴力は、駄目だ」
寡黙で強面だが気の優しい居酒屋『八鳥』の店長は、申し訳なさそうにそう言ってきた。酔って女性従業員に抱き着こうとした客に対し、綺麗な一本背負いを決めてしまったらしい。
相手に怪我はなかったし、あちら側から謝罪をしてきたので大事にはならなかったが、やはり手を出すのはいけないこと。示しは付けなければ、ということでやむを得ずリーシェに店を出てもらったのだ。
ちなみに同じ頃、バイト仲間のレイシアさんは厨房で絶賛焼き鳥の『焼き』作業中だった。役に立たないにも程があった。
その後も様々なお店でバイトに入ってみたのだが、諸々の理由で長続きせず……6件目、冒頭で大手ハンバーガーチェーンを速攻でクビになったのがつい先日の話であった。
「流石はスマイルを無償でばら撒いているだけのことはあるな」
「入社研修の時はすごく高評価だったらしいのに、いざ本番となるとどうしてああなっちゃうのでしょう……」
飛鳥と真散は、そんなリーシェの働く軌跡を物陰からこっそりと見守ってきた。
知らない人と少し話すだけでガッチガチに緊張する彼女が接客業に向いていないことくらいは百も承知だった。
極端な話、人と一切接することのないバイトもあるにはある。だがそれは、リーシェの経験としてプラスになるのかどうかと言われると、辛いところだ。
それに、
「ま、まだ……まだまだこの程度では諦めんぞぉ! 次は、次こそはぁ!!」
涙目のまま、それでも決して心折れずにいるリーシェに対して、そんな妥協案を出そうとも思わない。
ここは彼女の気が済むまで付き合ってやろうと心に決める飛鳥だった。
夏休みの学園は、どこか不思議な雰囲気だ。
ほとんど生徒のいない廊下の床を、窓ガラス越しに木漏れ日がちらほらと照らしている。遠くから聞こえてくる蝉の鳴き声とひとり分の足音だけが、長い廊下を支配していた。
「私にもできそうな仕事、できそうなこと……ううむ」
そんな中、リーシェは俯き加減でうんうんと悩みながら歩いていた。
今まで様々なアルバイトを紹介してもらったが、そのどれもが酷いありさま。せっかく紹介してもらった真散部長に申し訳が立たない気持ちでいっぱいだった。
(いつまでも頼り切りではダメだろうし……次は私自身の力で仕事を探さなければ)
その志は立派。しかし、やることなすことすべてが空回り。
思えば、自分はこの世界にやってきてから、いったいどれだけの事を成し遂げてきたというのか。
翼の騎士として、飛鳥たちと共に力は尽くしてきた。だが、どれも立派に貢献できたのかというと――
(時間稼ぎや囮役が精いっぱい。我ながらなんと情けない)
明確に、自らの力で勝利を掴んだことなど無かった。
傀儡聖女事件の折では、鴉という人工英霊に卑劣な手で後れをとり、巨大な機動兵器相手では、飛鳥と刃九朗の助けがなければ今頃ハチの巣になっていた。
先日の大雪の時には、電撃一発で気を失うなど散々な戦果だったのだ。
自分は弱い。
騎士の誇りにかけて誰かの助けになりたいという意志も、それを実践するための行動も起こした。
しかし、結果が伴わなければ何の意味もない。今更ながら、そんな当たり前の事実に打ちのめされているリーシェだったのだ。
「せめて戦い以外で役に立てないかと思っても、このザマか」
焦っていた。
戦いでも、それ以外のことでも、自分にはできないことの方が多すぎる。
悲しさと悔しさのあまり、ついそんな独り言が喉をつく。誰に聞かれるでもないその声は、広い廊下の中に小さく響くだけだった。
この何気ない一言がなければ。
この何気ない一言を、本当に誰も聞いていなければ。
きっと、今回の事件が起きることは無かったのだろう。
超人達が織りなす絢爛舞踏、第五幕。
剣に生まれ、剣として生き、剣として死ぬ。
その生涯を、戦うために捧げつくすだけの覚悟はあるか。
なお、以前投稿されていたintermission6(遊園地回)はいったん削除していますが、これは5~6章の本編中に組み込みなおす予定です。