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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
162/170

―第155話 セカンド ③―

 あまりに力の差が隔絶された戦いは、戦いではなくただの蹂躙だ。

 中空からその舞台を見守っていたフェブリルは、主の気持ちと共感するように自分の力の無さに強く歯噛みしていた。


「こんなの、酷いよ……」


 フェブリルは雪彦の人となりなど知りはしないが、今朝の飛鳥とのやり取りから、少なくとも浅い付き合いでないことは分かっていた。

 何の理由も明かされることなく――理由があれば納得できるわけではないが――親友と呼んでいた間柄の2人が、どうしてこんな殺し合いをしなければならないのか。

 凍て付く鎧を纏った竜騎士が右手を振りかざす。横殴りに巻き起こった氷柱(つらら)の雨が飛鳥の全身をズタズタに引き裂いていた。

 ご主人様が傷付き、苦しんでいるというのに、自分はいったいここで何をやっている?

 役に立ちたいと意気込んで付いてきた結果は、単なる足手まといだった。

 使い魔失格どころの話ではない。


(アタシは、飛鳥に何も返してあげられてない……!!)


 囚われの身を助けてもらった恩義を返すためこの世界にやってきて、結局フェブリルは何も飛鳥に対して貢献ができていなかった。

 応援なんて誰でもできることがお返しになるだなんて思っていない。

 戦わなければ。

 戦う飛鳥を支えたいのならば、鈴風やクロエがそうしたように、自分も隣に立って戦わなければ。

 力なら……ある。

 長年の封印で弱まったとはいえ、魔神としての能力がすべて消えてしまったわけではない。

 代償(リスク)ばかりを怖れて、飛鳥の前で使うことを頑なに避けてきたが、いい加減その言い訳も限界だ。


「嫌われてもいい、怖がられてもいい。それでも、アタシは――」


 自らに言い聞かせるように言葉を吐き出し、フェブリルはこれまで溜めこんできた自分の内に秘める力に手を伸ばした。





 第二位階(セカンドフォーム)への覚醒。

 飛鳥が雪彦に対抗するためには、もはやそれしか選択肢はない。

 腕力、速度、技術、そういった小手先の力量差(パワーバランス)をせせら笑うかのように、雪彦は飛鳥より一段階先へと進んだ力を見せつけてくる。


「ふっ!!」


 氷騎士から鋭い呼気が吐き出されると同時、腰から伸びた長い尾を巨大な鞭のように振り回してきた。

 上や下に躱すのは間に合わないと判断した飛鳥は、赤鱗手甲を両腕に装着。襲い掛かる竜の尾を全身で受け止める。トラックに撥ねられたかのような衝撃、おそらく胸骨が砕けただろうが一切無視し、すかさず尾を両手で掴んで振り回した。


「うおりゃあああああああああっ!!」


 ジャイアントスイングよろしく、両足を軸として独楽のように1回、2回、3回と回転スピードを徐々に引き上げていき――壁に向かって思い切りぶん投げた。

 弾丸の勢いで飛んで行った雪彦が向こう側の壁に叩き込まれたのを見送った後、飛鳥は感覚が消え失せた両腕に目を落とした。


(ちくしょうが……少し触っただけでこのザマか!!)


 先ほどまで莫大な熱で茜色に輝いていた赤鱗手甲は、装甲の内側まで完全に凍り付いてその機能を停止していた。その凍結は飛鳥自身の腕までもを侵食しており、指先ひとつまともに動かせない有様だった。

 体内で生み出した炎を両腕に集中させ、無理やりに解凍する。

 急激な温度変化のせいか、両腕からパキパキと軽い音が鳴っていた。脆くなった骨が板チョコレートのように割れていたのだ(、、、、、、、)

 痛覚が飛んでいたことで何の痛みも感じられないのが、かえって恐ろしくもあった。

 これではまともに剣も握れない。再生するまで時間稼ぎに徹するべきかとも考えたが……


(それで、どうする? 回復したら勝機が出てくるのか?)


 結局は決着を先送りにするだけの無為な行動に過ぎなかった。

 勝てない。

 勝利をたぐり寄せるための材料がまったくと言っていいほどに足りない。

 どれほど技術や知略を巡らせたとしても、小鳥が龍を倒すことなどできはしない。

 求められるのはただ――龍を平らげるほどの怪物として、並び立つこと。

 『進化』だ。

 顔を上げた飛鳥は……目の前で(、、、、)大きく脚を振りかぶっていた雪彦の姿を前に、文字通り凍り付いた。


「お返しだ」


 悲鳴も、苦悶の声をあげることすらできなかった。

 脇腹にめりこんだ氷の脚甲が、そのまま身体を真っ二つにしたかと思うほどの衝撃、続いて激痛。全身を凍て付いた壁にめり込ませながら、飛鳥は喉奥からこみ上げてきたものを我慢しきれずに吐き出した。


「……無様だな」


 反論したかったが、飛鳥はまともに声も出せない状態だった。

 前のめりに倒れ込み、手を付きながらよろよろと立ち上がろうとするが、無防備な背中をしたたかに踏み付けられ再び床へ叩き付けられる。


「く、あ……」


「ここまで己が無力さを痛感しておきながら、まだありもしない虚勢を張り続けるか」


「なん、の……ことだ……」


 フルフェイスの兜で表情は窺えないが、きっと雪彦は失望や呆れに満ちた顔をしていたことだろう。


「虫けら同然に叩き伏せられ、足蹴にされ、どうしてお前は怒らない? どうしてまだ冷静でいられる? どうして……負けて死ぬと分かっていて、そうも平然としていられる?」


「これの、どこが……平然に見えるってんだよ」


 飛鳥は自然と荒っぽい口調になりながら雪彦の脚を押しのけようとするが、待てと言わんばかりに踏み付けられて再度地を舐めた。


「俺はそんなメッキに飾られた答えを聞きたいわけじゃない。俺は……お前の本心(、、、、、)を聞きたいんだよ」


「ほん、しん……?」


 雪彦の問いかけは、飛鳥にはまるで要領を得ないものだった。

 これまで飛鳥は自分の心を偽ったことなどないし、メッキで覆って本心を隠しているつもりはなかった(、、、、、、、、)

 疑念ばかりが脳裏をよぎるが、今はそんなことに耳を貸している場合ではない。飛鳥は両手両足に力を込めて、徐々に雪彦の脚を押し返していく。


「……お前に期待した俺が馬鹿だったか」


 かすかに、消えゆくような声が飛鳥の耳を打ったと同時、


「が、ああああああああああああああああああっっ!!??」


 先とは比較にならない衝撃が背中の上から落ちてきた。

 折れた。

 砕けた。

 広大な氷の床に蜘蛛の巣状の亀裂を作りながら、飛鳥は自分の背骨が完全に砕け散る音を聞いていた。

 全身の感覚がまったくと言っていいほど機能しなくなり、急速にまぶたが重くなっていく。

 駄目だ。ここで意識を飛ばしたら絶対に二度と目覚めることはない。

 ありったけの力で体内から熱を発生させ、全身を活性化させて途切れそうな意識の糸を繋ぎ止めようとする。

 それでも、視界は少しずつ闇に沈んでいく。

 これまでの戦いの比ではない、目前にまで迫った死の恐怖。

それに対し、飛鳥は怖れるでも、悔しがるでもなく……ただ、悲しかった(、、、、、)


(ああ、ここで終わりか。結構あっけなかったな……)


 みしみしと鳴り続ける全身からの悲鳴をBGMに、飛鳥は自分でも驚くほどに(、、、、、、、、、)冷静な自意識に、初めて違和感を覚えた。


(どうして、こんな簡単に諦めてるんだよ。こんなのおかしい。……おかしい、よな?)


 自分で自分が理解できない。

 混沌が渦を巻くような意識の中、飛鳥はそんなことを考えていた。

 だが、それも今となってはどうだっていい。

 どの道、自分はここで終わりだ。今さら自分の精神構造がおかしいことに気付いたところで、何がどうなるというわけでもないだろう。


 ――本当に?


 自分の中から、知らない誰かに声をかけられた気がした。


「ここまでか。じゃあな飛鳥、墓参りくらいはしてやるから心配するな」


 ふざけんな。

 そう返してやりたかったが、もう声どころか指先ひとつ動かすこともできそうになかった。

 しかし、その憎まれ口のおかげで少しばかり気合いが入った。

 わずかに回復した視界に映るのは、こちらを見下ろしてくる青色の騎士甲冑の男の姿と、





「アタシのご主人様を……足蹴にしてるんじゃなああああああああいっ!!」





 その背後から、溜め息を付くほどに美しいフォームでドロップキックを放つ銀髪の少女。

 雪彦の重圧から解放された飛鳥は、再び全身の活性化に集中して何とか意識を繋ぎとめることに成功した。

 しかし全身の骨や筋肉がズタズタになっているため、立ち上がることはおろか、上半身を起こすことさえままならない。うつ伏せになったまま首だけを動かし、雪彦を蹴り飛ばし自分を助けてくれた少女に視線を移した。


「フェブリル……?」


「あいっ!」


 飛鳥の声に、フェブリルはこちらに振り向いて、しゅたっ! と右手を振り上げて元気よく返事をしてきた。

 まさかこの子に助けられようとは……と思ったが、それよりも気になったのが、


「お前、その姿……」


 ポケットに収まる人形サイズだった彼女が、どうしてか今は普通の人間と同じ大きさになっていた。

 ぼさぼさになってもその輝きを失わない銀色の長い髪。

 吸い込まれそうなほどに深い紅玉色(ルビー)の瞳。

 大きさが違うだけで見た目は変わっていないのに、今の彼女から放たれる気配はまるで別人。歴戦の勇者が持つような力強さと、薄ら寒くなるほどの暗い殺気が同居する、まさしく悪魔としての佇まいだった。

 ボロボロの黒いローブをはためかせながら、フェブリルは飛鳥の隣にしゃがみ込んで手を握ってきた。


「遅くなってゴメンね。……アタシも戦う。今こそ恩返しの時なのですよ」


「馬鹿言ってんじゃない。相手は第二位階の人工英霊だぞ、お前がどうこうできるわけ――」


「それはこっちの台詞だよ。アタシは悪魔を統べる魔神、フェブリル様だよ? あんな奴、アタシが本気を出したらあっという間にかき氷にできちゃうんだから」


「お、お前なぁ……!!」


 ちらりと八重歯を見せて無邪気に笑う使い魔を前に、飛鳥は二の句を告げられなくなっていた。

 緊張感のない様子を見せてはいるが、これまでまったく戦おうとする素振りを見せなかった彼女が、今回飛鳥のピンチを救うべく初めて戦場に立ったのだ。

 そこには並々ならぬ覚悟があったことくらい、聞かずとも察することができた。


「それじゃあ、行ってくるね。ふふふ、このプリティ使い魔の勇姿に見惚れるがいいさ!!」


 飛鳥が何かを言おうとする前に、フェブリルは立ち上がって背後に視線を回していた。

 音も無く近くまで戻ってきていた雪彦は、思わぬ伏兵の登場に苦笑していた。


「いったい誰かと思ったら……珍しいペットもいたものだな」


「誰がペットか! アタシはフェブリル。飛鳥の使い魔にして……アンタをこれからギッタンギッタンにする最強の魔神なのだ!!」


「いいのか? 戦うと言うならこちらも容赦はせん。女子供とて甘くするつもりもないぞ」


「はんっ! そうやって舐めた態度をとれるのも今の内だよ? アタシを怒らせたこと……そして、アスカを傷付けたこと、後悔させてやるっ!!」


 敵意を剥き出しにしてフェブリルが叫ぶと同時、飛鳥の視界から2人の姿がかき消えた。

 頭上から空気を震わせるほどの衝突音が何度も打ち鳴らされる。

 彼女が雪彦と渡り合えるほどの力を持っていたことには驚いたが、


(何やってるんだ、俺は……!!)


 今は、そんな事実はどうだっていい。

 自分はここまでやってきて、いったい何をした?

 敵に力の格差を見せつけられ、為すすべなく足蹴にされ、あげくの果てには女の子にかばわれる始末。

 戦う者として、何より男として、これに勝る恥辱など存在しない。


「ちくしょう、ちく、しょう……」


 瞳の内側から熱いものがこみ上げてくる。目をこすろうとしても、両手は凍り付いてまともに動かすことすらままならない。

 お前に生きる価値などない。

 死ね。

 死ね。

 死んでしまえ。

 もう、このまま消えて無くなってしまいたい。

 これまで飛鳥の心を支えていたナニカが、音を立てて崩れ去ろうとしていた。

 


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