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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
161/170

―第154話 セカンド ②―

 日野森飛鳥と霧谷雪彦の関係は、単なる友人とは言い切れない妙な間柄だった。


「変わった髪色だな、まるで燃えているみたいだ」


「そういうそっちこそ、まるで積もった雪みたいな髪色だな」


 きっかけは些細なことだった。

 白鳳学園に入学した際、席が隣だった。ただそれだけ。

 雪彦が、人工英霊になった影響で変化した飛鳥の髪の色を珍しがって話しかけてきたのを最初に、2人の気兼ねのない友人付き合いが始まった。


「俺が氷でお前が炎か。はは、面白いくらいに対照的だな」


 相手が人工英霊であることは、初対面の時点でお互いにすぐ気付いていた。

 どうして雪彦は人工英霊になったのか、どういった目的でこの街にやってきたのか。気にならなかったと言えば嘘になる。

 だが、飛鳥は決してそれを追及することはなかった。


「どうして何も聞いてこない。仮にも人工英霊だぞ、もう少し警戒してもいいと思うんだがな?」


「人工英霊だからなんてのは関係ないぞ。友達相手に、そんな勘ぐるような真似をしたくないだけだ」


 飛鳥にとっての雪彦は、一緒に学園に通って、一緒にバカをやっている、かけがえのない友人であり、それ以外の何者でもなかったからだ。

 結果的にそれは裏切られ、あまりにも甘っちょろい考えだと一蹴される形となったが……飛鳥はその時の自分の判断が間違っているとは思わなかった。

 人工英霊だからなんて関係ない――その発言は、同族として、ただ自分の理解者が欲しかったがための偽善的な言葉だったのかもしれない。

 しかし、飛鳥はその意識を恥じるつもりはなかった。

 普通の人間でも、誰からも怖れられる魔女でも、機械仕掛けの人造人間(サイボーグ)でも、異世界から来た悪魔でも。

 一緒に泣いて、笑って、手を携えながら進んでいけることを知っていたから。

 だから、諦めない。

 信じることを、諦めたりはしない。





 炎の双剣と氷の薄刃が交錯する。

 その一手一手が確実に相手の命を奪い去る必殺の応酬の中、飛鳥は口元を苦悶に歪ませ、対する雪彦は口元を微笑みの形に歪ませていた。

 速度に関しては雪彦に軍配が上がっていた。

 確かに剣速こそ雪彦の氷刃が先んじていたが、受けに徹する飛鳥の二刀流を崩すには至らず、大蛇の体内に何度も金属音をかき鳴らすだけで終わっていた。

 一撃の重さにおいては飛鳥の方が上だっただろう。

 だが、どれほど強力な剣撃も当たらなければ同じだ。負傷覚悟で一気呵成に攻勢をしかけるも、柳に風を送るようなものでするりと避けられていくばかり。

 ならばと飛鳥は後方へ飛びずさり、両足への反動をそのまま真上へ向けて高く飛んだ。

 雪彦は腰溜めに刀を構え、当然のように追跡の一手を打つ。


「はぁっ!!」


 飛鳥は力強い言霊を吐き出し、自分の両隣に熱分身を2体作り出す。

 こちらを追って跳躍してきた雪彦を包囲する形で、分身と合わせて計6本の烈火刃で迎撃するべく上段に振りかぶった。

 だが、雪彦はそれを予期していたかのように武装を変形、身長よりも長い大太刀を力任せに横へ振り払う。飛鳥は双剣を盾代わりに構えるも抑えきれず、分身もろとも壁面に叩き付けられた。

 後頭部をしたたかに壁面にぶつけ、意識がわずかに空白になる。追い討ちが来るのは必定、空白の意識のまま(、、、、、、、、)、飛鳥は赤鱗の手甲を形成し、両腕を正面で交差させた。


「――ッ!!」


 それとほぼ同時に、両腕の装甲の上から重い衝撃。

 唇を強く噛んで(もや)がかった意識を無理矢理に覚醒させる。眼前には大太刀を振り下ろした格好の雪彦、その腹部目がけて右足を思い切り叩き付けた。

 無防備な腹にブーツの固い靴底がめりこんで、いかにも不快そうな面持ちを見せた雪彦は、蹴られた衝撃に抗うことなくそのまま氷仕掛けの舞台に着地する。その着地の瞬間を狙い、飛鳥は床もろとも叩き壊すつもりで赤鱗の拳を大きく振りかぶりながら飛び降りた。

 弾かれるようにこちらを見上げてくる雪彦、その顔面に向かって全力の拳撃を打ち込むが、


「くそっ、またか!!」


 拳と雪彦の顔のわずかな隙間に、薄い氷漬けの結界が再び出現した。

 “桜蓮軛(おうれんやく)”でも壊しきれなかった絶対防御に対し、飛鳥は両腕装甲内から竜の息吹(ドラゴンブレス)を思わせる勢いの火炎を撒き散らした。

青の氷に覆われた空間が赤の炎で染め直されていく。


(壊れる気配もなければ溶ける気配もない、なんだこの氷は!?)


 しかし、それでも効果は見受けられない。

 見た目は触れるだけですぐにでも割れそうなほどに薄く頼りない氷壁だというのに、その実態は鋼鉄の非ではない強度だった。

 どうにか攻略する手立てがないか、瞬間的に思惟を巡らせるものの、


「いいのか、そのままで?」


 障壁越しの雪彦からの声により、飛鳥は自分の両腕が壁に触れた部分から徐々に氷に侵食されていることに気付き、慌てて武装を解除しながら飛び退いた。

 再び開戦前の間合いに巻き戻り、自分の両手にびっしりと(しも)がへばり付いているのを見て渋面を浮かべた。

 氷壁を消し去り、武器も持たずに悠然と立つ雪彦から、失望ともとれる声が飛んでくる。


「弱いな」


 その一言に、飛鳥は何の反論もできなかった。

 そんなこと、誰に言われずとも飛鳥自身が一番よく理解していた。


「いかに多彩な武器を持とうとも、変幻自在な技を習得しようとも……所詮は小手先の技術に過ぎん。お前が先の防壁を破れなかったのがいい例だ。結局のところ、『力』がなければすべて無意味」


 返答はしない。

 雪彦の言い分は至極真っ当で、かつ飛鳥が目を背けていた事実でもあった。

 複合武装である烈火刃、あらゆる敵に対峙することを想定した断花流弧影術。

 それらは常に、自分自身が弱者だったために(、、、、、、、、)力以外で(、、、、)強者と渡り合うために編み出した術理だった。


「お前の能力も、俺の能力も、いかなる可能性にも対応できる万能型と言えば聞こえはいいが、実際は単なる中途半端だ。すべてを救うと粋がりながら、実際は何もかもを取りこぼしてしまっている」


 奥歯を強く噛みしめる。

 雪彦の言う通り、飛鳥はこれまでの戦いにおいて一度たりとも、完全な勝利(、、、、、)を得ることができないでいた。

 仲間の力を借りずに得た勝利などまるでなく、あげくの果てにはシグルズと対峙した時のように、手加減された上に見逃されたという屈辱をも演じていた。


「お前もとっくに分かっているはずだ。今のままでは、お前は一生負け犬だとな(、、、、、、、、)


「――ッ!!」


 飛鳥は激情にかられて飛び出そうとする両足を必死に押し留める。

 いかにも挑発といった雰囲気にみすみす飛び込むような馬鹿になるつもりはない。深呼吸をひとつして、腹の奥底から煮えたぎる怒りの感情を、ゆっくり、確実に沈めていく。

 冷静さを保った飛鳥の様子に苛立ちを感じたのか、雪彦は小さく舌打ちをしていた。


「……聞き分けが良すぎるのも考え物だな。自分を押し殺したままで第二位階(セカンドフォーム)に到達するなど夢のまた夢だぞ」


「なに……?」


「口で言ったところで分からんだろうさ。こういう時は……直接その身で体感してみて方が早いだろう」


 雪彦の発言に何か引っかかりを覚える飛鳥だったが、その直後に襲い掛かってきた爆発的な殺気の高まりに、思わず一歩後ずさった。

 この空間の温度が、更にがくんと落ちる。吸い込んだ空気が冷たい棘となって喉に突き刺さるようだった。

 来る――まともに対峙するのは初めてだが、これが第二位階(セカンドフォーム)の発動であることは火を見るより明らかだった。

 群青色のコートを羽織った雪彦を中心に、目も開けられないほどの吹雪の渦が巻き起こる。どこか離れた場所で見守っているはずのフェブリルが気がかりだったが、流石にそこまで意識をやる余裕はなかった。


 ――護法刻印(アルターコード)No.9“バルドル”展開開始。


 飛鳥の耳の内側で、ノイズ混じりの電子音声が途切れ途切れに聞こえてきた。

全身に叩き付けられる氷雪に耐えることしばし、ようやく竜巻が去ったあとに残っていたのは、人という殻を脱ぎ捨て、新しい姿へと変貌を遂げたかつての友の姿だった。


「これが、お前の……」


 一見すると、全身がすべて氷漬けになったようでもあったが、どうやら鈴風と同じく氷の鎧を精神感応性物質形成能力スピリットマテリアライズで作り出したのだろう。薄青色のプレートが鱗のように何層にも張り巡らされており、スケイルアーマーに近い印象を受ける。

 だが、そんな印象を吹き飛ばすほどに強烈な存在感を発揮するのが、腰の部分から1m近くまで伸びた強靭な尾と、鋭い牙を持つ龍の頭を模したフルフェイスへルム。

 二足歩行をするドラゴンとも、怪物と化した西洋の騎士ともとれる。化け物じみた恐ろしさと、磨き抜かれた日本刀のように洗練された美しさが同居する、異形の魔人だった。





「そうだ。これが俺の第二位階(セカンドフォーム)――“ヤドリギ”だ」





 物々しい外見とは裏腹に随分と大人しい名前ではあったが、目の前で相対している飛鳥にとってはあまりに些細なことだった。

 直接剣や拳を交えなくとも、力の次元そのものが自分と隔絶していることが分かってしまう。

 脳細胞をフル稼動させて、今の自分が実現できるありとあらゆる戦術を片っ端から提示していくが、どれもこれも1%たりとも勝機が見出せない。戦う手段はいくらでもあるが、そのどれもが通用しそうにない――『万能』ゆえの欠点が浮き彫りになった瞬間だった。

 雪彦は装着された鎧の感触を確かめるように、つま先で床を軽く叩きながら、


「さて、続けようか。さっきまでの威勢、簡単に無くしてくれるなよ」


 飛鳥の眼前から、真実一切の予備動作もなく、消えた(、、、)

 驚愕に声を上げる暇すらない。

 飛鳥は思考も反射もない、純粋な生存本能のみの判断で身体を前方へと投げ出した。それとほぼ同時、背中の後ろから総毛立つような冷たく鋭い凶風が駆け抜けた。


「今のを躱すか。だったら、もう一段階ギアを上げていこうか」


「くそっ!!」


 受け身も取れずに氷の床に倒れ込む飛鳥の背後から、絶望的な事実が飛んでくる。

 振り向いている暇などない、とにかく本能の導きのままにがむしゃらに走り出した。

 どうすればいいのか、どうすれば奴に勝てるのか。

 そんなこと、考えるまでもなく答えはひとつだ。


第二位階(セカンドフォーム)……これしかないのか!!)


 日野森飛鳥は、これまでずっと弱者に甘んじていたツケを今すぐここで清算しなければならない。

 進め。

 進め。

 進めなければ、死、あるのみだ。


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