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AL:Clear―アルクリア―   作者: 師走 要
STAGE4 氷夏
155/170

―第148話 フルテンペスト・ディスチャージ ⑥―

 人工英霊(エインフェリア)の特殊能力とは、何もランダムで決定されているわけではない。

 適合者(キャリアー)の精神性――まさしく『意志』の力こそが、それを決定付ける唯一にして最大の要素となっている。

 日野森飛鳥であれば、目の前で両親を殺された憤怒の激情を炎と化し、あらゆる可能性を妥協しない精神が多様な武装形態を創り出した。

 村雨蛍であれば、剣の道を模索する精神が、『切断』という剣の用途を極限まで引き出した。

 では――楯無鈴風はどうなのだろうか?

 少なくとも第一位階(ファーストフォーム)では、飛鳥に追い付きたいという強い願いが、壁を壊し、最速で突き抜けるための能力として発現された。

 ならば、この第二位階(セカンドフォーム)の能力は、いったい何を意味するのか。


属性転化(エレメントチェンジ)――なるほど、それが君の能力の神髄ということか」


 勇猛なる叫びと共に、鈴風は再び第二位階(セカンドフォーム)の鎧を身に纏った。

 しかし、鮮やかなエメラルドグリーン一色であった精神武装が、今回はところどころが雷鳴迸る金色でまだらに染まっていた。

 これぞ、“ジェットセッター・フルテンペスト”が誇るとっておきの切り札――風雷武装(ディスチャージ)。風を操る能力はそのままに、今朝の麗風との戦いで学びとった雷を反映させた能力の二重起動。

 人工英霊になって、これまで剣道部で竹刀を振り続けてきたことが、頑張ってきたことが何かも無意味なのだと思い知らされた。

 それでも……無意味だったとしても、無駄だ(、、、)とは思いたくなかった。

 今までの経験、辛いことや苦しいこと、嬉しいことや楽しいこと。

 それらはすべて、今の自分の力となってくれているはずだから。


「今度の今度こそ、しっかり決着つけてやる。これ以上もたついてたら飛鳥に置いてかれちゃうからね」


 走り続けるために。

 鈴風はこれまで戦ってきた敵の強さを学び、自分の力に生かそうと努力した。

 その結果誕生した能力こそが、この風雷武装(ディスチャージ)だった。

 先程までとの違いは二重属性だけではない。第二位階(セカンドフォーム)になっていながら、鈴風の意識はまったく変化していなかったのだ。

 意思の光を瞳に宿し、機械槍の切っ先をまっすぐにアルゴルへと向けるその姿は、まさしく楯無鈴風その人だ(、、、、、、、、)


「私も君の能力を一時的に借り受けていたが、雷が発動したのはそのためか。敵の能力を解析し、それを上回るだけでなく、その力の一部を流用して自身の能力を増幅(ブースト)させているのだな」


 今朝の飛鳥との戦いにおいて、アルゴルは鈴風の能力――その第二位階(セカンドフォーム)の力の一部を解放させた。その際に発動したのは、風ではなく、稲妻。

 つまりアルゴルは、取り込んだ相手の“祝福因子(ブレスコード)”を読み取り、まだ存在して(、、、、、、)いなかった(、、、、、)第二位階(セカンドフォーム)の能力すら再現してみせたのだ。


(ここまでは私の能力が予想した通り……それが君の力の底だというのなら、どうあがこうと私には勝てんよ)


 両者ともに、相手の能力を自分のものにする、という点では共通していた。

 だが、その解析した情報の精密さ(、、、)では、アルゴルの方が遥か先を行く。

 特性、長所、そしてもちろん短所に至るまで。


「では、再開しようか。君のその雑草根性には驚いたが、そろそろ眠りにつく時間だ。亡骸はしっかり彼のもとに運んで差し上げるから安心したまえ!!」


 アルゴルは勝利を確信していた。

 先ほどの負傷をおして無理矢理に再展開させた武装。

 そして能力の二重起動という、明らかに燃費が最悪の行動(アクション)をとったところから、今の鈴風の勢いは1分と保てまい。

 ならば当面は守りに特化した能力を用いて、彼女のスタミナ切れを待てばいい――そう冷静に判断していた。


「いっくぞおおおおおっ!!」


 だが、言い換えるならば。

 この時、アルゴルは慢心していたのだ。

 疾風と雷鳴が渦巻く槍の尖端が、何の騙し(フェイント)もなくただ一直線に走り始めた。

 アルゴルはここで、シグルズ=ガルファードの能力である“覇龍顕現(バハムートスケイル)”を発動。超上位者の能力である以上、使用できる時間はほんのわずかだが……鈴風の猛攻をしのぎきるまでの間もてばいい。

 未だかつて、たった1人にしか(、、、、、、、、)砕けなかった覇龍の鱗、アルゴルが知り得る限り最強のこの守りであれば、勝利は揺るぎない。


「さぁ、来るが――」


 余裕綽々といった態度で両手を広げ、逃げも隠れもせずに鈴風の突進を受け止めようとしたところで、アルゴルの声がかき消えた。


「うらああああああああああああああああっ!!」


 アルゴルの胸の中心に突き立てられようとした風雷の牙。

 だが、そのわずか数ミリ手前で見えない障壁に阻まれたかのように、その切っ先は届かない。

 届け、届けと、鈴風は力のすべてを槍を持った右腕に集結させる。

 行き場を失った雷電が空飛ぶ蛇となり、2人の周りを駆けまわっていた。


「無駄だ少女よ。この能力はいかなる人工英霊でも決して超えることができなかった最強の壁だ。ましてや君のような新米(ルーキー)がどうにかできるほど甘いものではないぞ!!」


「そんなもん、知ったことかああああああああっ!!」


 槍の尖端から粒子混じりの風を噴出。ドリルのように螺旋(らせん)状に研ぎ澄ませ、障壁を削り取らんと更に槍を押し込んだ。

 目も開けられないほどの火花が舞っては散っていく。そこに雷鳴の怒号が加わり、まさしく風神と雷神の怒りが爆発したかのような光景だった。

 何か勝算があるわけでも、風雷武装(ディスチャージ)の能力にあっと驚くような隠し要素が付いているわけでもない。すべてはアルゴルが予測した通り、単なる力の増幅(ブースト)に過ぎなかった。


(それでも)


 だから、奇をてらった攻撃で勝利をかすめ取れるわけでもない。


(それでも……)


 何か奇跡が起きて盤上をひっくり返すような事態になることもない。


(それでもっ!!)


 だが、それが諦める理由になどなるものか。

 踏み込んだ脚の力強さが、アスファルトの地面を砕き割った。

 獣のごとき咆哮と鳴り止まぬ稲妻、そして障壁との摩擦(まさつ)で徐々に削られていく槍の悲鳴が起こす不協和音により、鈴風の鼓膜(こまく)は既にズタズタに破れていた。

 ここにいるのは単なる勝気な少女でも、心を無くした戦闘機械でもない。

 ただただ勝利に向かって走り続ける、不退転(ふたいてん)の意志を表明した勇者の姿だった。


「いい加減、諦めたまえ……」


 だが、いかに凄まじい意志の力を見せつけようが、『戦争屋(ウォーメイカー)』が誇る圧倒的な力の壁を埋めるには至らない。飛鳥はおろか、《九耀の魔術師》である霧乃や絶対破壊の魔術を持つクラウですら歯が立たなかった力なのだ。

 現時点では、鈴風とシグルズの力比べなどそもそも比較対象にすらなりはしない。それほどまでの格差なのだ。

 しかし、たった今鈴風が対峙しているのはシグルズではなく、奇術師アルゴル。

 そして、今一度人工英霊の能力を左右する要素を思い出してみて欲しい。

 人工英霊とは、精神(ココロ)の強さが、そのまま力に反映される生命体。


「負けて、たまるかあああああああああああ!!」


 ならば、より強く、より早くと強靭な意志を貫き通そうとする者と。


「ぬ、う……」


 揺るがぬ精神の力に、ほんの少しだけ不信を抱いてしまった者。

 その差は目に見えぬほどわずかなものだったが。

 もしかすると――そう、アルゴルが頭の隅で無意識に感じてしまった弱気こそが。


 ……ピシッ。


 一瞬。

 瞬きをしていたら間違いなく見逃していたであろう、完全な守りに小さな亀裂が生じた瞬間を、鈴風は決して見逃さなかった。


「っ!? いっけえええええええええええっ!!」


 その一瞬。

 そのわずかな『敗北』への恐怖。

 それこそが、この戦いの明暗を分ける唯一のものだった。

 小さな亀裂がまたたく間に蜘蛛の巣状に広がり、障壁はガラスのように割れて散っていった。

 そして、これまで瀬戸際で食い止められていた鈴風の勢いが爆発する。


「し、しまっ、ぐおああああああああああっ!!??」


 届いた。

 風と雷が繋がり合った渾身の牙が、ついに道化の肉体へと食らいついた。

 4枚の翼から送られる加速も手伝い、2人は錐揉(きりも)みしながら運用試験場(トライアルポート)を駆け抜け、


「ご、はあっ!?」


 断花重工の建物壁面に着弾。

 特殊合金製の壁材を飴細工のようにひしゃげさせ、突き破りながら、ようやく停止した。

 いくら第二位階の人工英霊とて、胸に鉄槍を埋め込まれ、勢いのままに壁に激突して無事ではいられない。

 馬鹿な、と今起きた事実を受け止めきれていないアルゴルに対し、槍から手を離した鈴風は、親指を下に向けて堂々と言い切った。


「あたしの……勝ちだ」


 清々しいまでの勝利宣言。

 どうして無敵の“覇龍顕現(バハムートスケイル)”が破られてしまったのか、ここでようやく理解するに至ったアルゴルは、


「ふふ……そうだな。私の、負けだ」


 自分の思い通りの結末にならなかったことが、なぜか少しだけ喜ばしいとさえ感じながら、目蓋(まぶた)を落としていった。





「へ、へへ……やったね……」


 武装をすべて解除し、ふらつく足になけなしの力を入れて立ち上がった鈴風は、瓦礫と化した壁材の山に埋もれて気絶したアルゴルを見下ろしながら、息も絶え絶えといった様子で笑顔を浮かべていた。

 殺してはいない、はずだ。

 心臓は外していたし、アルゴルの肉体に届いた槍は背中まで貫くことはできなかったのだ。

 だが、これでしばらくはまともに動けまい。

 後は《八葉》のスタッフに拘束してもらえばいいか、と疲労しきった思考の片隅で考えていると――――どしゃっ。


「え……?」


 鈴風のすぐ隣で、ナニカが地面に落ちるような音が聞こえた。

 瓦礫ではない。もっと柔らかい、それこそ、人間が落ちてきた時のような……?


「う……あ……」


 小さな呻き声が、まだ再生しきっていない鈴風の鼓膜に微かに響いた。

 普段であれば、絶対に聞く事なんてありえない声。

『彼女』が苦痛に悶える声なんて、聞いたことがなかったし、そんな光景をイメージすることさえできなかった。


「せん、ぱい……?」


 鈴風が立っている場所のすぐ隣。

 3歩も歩けばすぐに手が届くそこに、彼女は倒れ伏していた。


「先輩っ!?」


 プラチナブロンドの長く美しい髪が泥土にまみれ、純白のロングコートは所々が炭化しいくつもの穴が開いてしまっていた。顔や手足には無数の切り傷が刻まれ、衣服のあちこちを血の赤で汚していた。

 最強無敵の魔女であるクロエ=ステラクラインの、見るも無残な姿。

 これは本当に現実なんだろうか、と鈴風は一瞬この光景を夢か幻かと疑ってしまっていた。


(って、ぼうっと突っ立っててどうする!!)


 鈴風が慌てて抱き起こそうとすると、


「だい、じょうぶ、です……」


 倒れていたクロエが全身を震わせながら危なっかしい足取りで立ち上がろうとする。鈴風がすぐに手を貸そうとしても、弱々しい手付きでその助けを振り払った。

 顔を上げた彼女の顔色は、明らかに死の淵に片足を突っ込んだような、生気が失せて真っ青になっている状態だった。


「いったいどうして、こんな……!?」


「なに……少々油断しただけですよ。たかがこの程度で大袈裟なんですよ、貴女は」


 泰然自若な態度を崩そうとしないクロエの態度に、何と声をかけるべきかと考える鈴風だったが、


「貴女は、早く飛鳥さんを追いかけなさい。今の貴女の力なら、すぐに追いつけるはずです」


 それを制して、クロエの方から鋭い眼光を向けられた。

 口ごたえするな、いいから言う通りにしろ、と言わずとも伝わるプレッシャーを浴びせ掛けられた。


「でも……だったら先輩はどうするの?」


「私は、自分の落とし前をつけてから後を追います。このままでは、飛鳥さんに合わせる顔がありませんので」


 息を整え、ぴんと背筋を伸ばしたクロエの姿は、どう見ても張りぼてのようにしか見えなかった。

 風に吹かれて飛んで行ってしまいそうな儚さを見せる魔女の強がりに、鈴風は、


「……手は足りてる?」


「貴女の手を借りるなどまっぴらごめんです。いいからさっさと行きなさい、目障りです」


 最後の確認とばかりに、正面からクロエと視線を合わせた。

 いくら全身が血と泥に汚れようと、彼女の碧眼には一切の曇りは見られない。

 強く、可憐で、美しい。

 鈴風にとってはちょっぴり憎ったらしい、才色兼備な生徒会長さまの目だった。


「――よっ!!」


 呼吸を整え、本日3度目の能力解放を行う。

 流石に、もう絞りかす程度の力しか残っていない状態だ。どうにか4枚のウイングスラスターだけは顕現できたが、ふらふらと飛ぶのがやっとだろう。

 飛鳥と合流するまでにいくらか回復していることを願いつつ、鈴風は両足を曲げ力をこめた。


「死んじゃやだよ?」


「……まさか貴女に心配される日が来ようとは。明日は空からお魚でも降ってきそうですね」


「なにそれすごい」


 背中を向け、しっしと手で追い払う仕草をしてくるクロエに苦笑しながら、鈴風は瓦礫を吹き飛ばしつつ大きく飛び上がった。

 リーシェにも引けをとらないこの飛行能力があれば、海を渡って塔へと向かった飛鳥を追いかけるのに不都合はない。

 第二位階(セカンドフォーム)になった今の自分の姿を見た時、飛鳥は何を思うのか――さっきアルゴルに偉そうな口を叩いてはいたが、それだけで不安がすべて解消されるほど、鈴風は割り切りのいい方ではない。


(それでも……逃げたらダメだよね)


 ハヤブサを思わせる軽快さで空に躍り出た鈴風は、その不安ごと切り裂くように、飛鳥がいる方向に向かって疾走を開始した。





 風鳴りの翼が飛び立った後、この場に残ったのは、倒れ伏したまま微動だにしないアルゴルと、


「さて、ここからが正念場ですね……」


 全身を駆け巡る痛みに耐え忍びながら、両手に召喚しなおした拳銃をしっかりと握りしめるクロエ。

 そして、


「アルゴルがやられましたか。あの少女がここまでやるとは予想外でしたが……まぁ、大したことではありません。すぐにこの場を片付けて、『反逆者(トリーズナー)』もろとも滅するまで」


 音も無くクロエの視線の先に出現したチャイナドレス姿の女性――劉麗風(リュウレイフォン)

 先程までの憤怒に染まった形相とは一転し、見るものをぞっとさせるほどの蠱惑的(こわくてき)な笑みを浮かべながらゆっくりと間合いを詰めてきていた。


「叶いもしない夢ばかり語るものではありませんよ。まさか、この程度で私に勝ったつもりですか?」


「流石は《九耀の魔術師》、害虫並みのしぶとさですね。やはり……肉片ひとつ残さず消し炭にしないと殺せませんか」


 両者、いくらか怒りは冷えたのか、こうやって舌戦を繰り広げるくらいの余裕を見せていた。

 だが、心の底ではお互いに煮えたぎるほどの憎悪と殺意で黒く染まりきっていた。

 私の大切な人を傷付けた罪。

 私の大切だった(、、、)人を侮辱した罪。

 ああ、もう御託(ごたく)はいいだろう。


「では、続きをやりましょうか」


「ええ。貴女の顔もいい加減見飽きましたし」


 では始めよう。

 魔女と雷帝――その衝突に、勇気や覚悟といったお綺麗なお題目など必要ない。


「「殺してやる」」


 これより先、戦場を彩るは破壊と殺戮(さつりく)

 『意志』の力など何の意味も持たない暴力の(うたげ)である。


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